遍路旅の準備
2007年11月01日
今朝、航空機の予約をした。
===================================
このたびは、国内線ドットコムをご利用頂きましてありがとうございます。
2007年11月1日の、ご予約確認の結果をお送り致しますのでご確認下さい。
■ご購入番号:ADYM-6117
■ご搭乗便
============《1便目》==================
ご搭乗日・便名 : 2007/11/04・ANA533
出発地/到着地 : 東京/羽田 09:55 → 高松 11:15
運賃種別(大人): 特割1
自分の場合、上記の国内線ドットコムが一番安くて確実に取れた。初日と二日目のの宿、「奥の湯温泉」と「樺沢荘本館」にも予約の電話を入れた。羽田までの高速バスも手配した。 歩き遍路への出発日は11月4日と決めた。「4」は自分の運命数、昨日の記事にアップした計画書通りなら、帰ってくるのは早くても62日後。 高野山や大阪に立ち寄って、祖母の墓参りをしたりすると、小正月には帰って来れそうにない。
だが、もはや憂いは全くない。行くと決めたら行くしかない。 最後に心ある知人、友人ほんの一握りの数人に連絡をとった。近い人には会いに行き、遠い相手には電話やメールをした。
その中の一人、富岡市のT氏に会いに出掛けた。
建築会社を経営する、年上で年配のT氏とはご夫婦二人とも、ビジネスを通じて知り合った。それほど長い付合いではないが、タイの貧しい子供達の里親になるなど、慈善活動にも積極的で、お二人とも素晴らしいご夫婦だ。
そんなT氏から、自分がちょうど、歩き遍路の旅立ちに躊躇していたころに、どうしているか? と、電話を下さった。 そのときは出られなかったが、迷っていたのもあってハッキリした答えが見つからず、折り返し電話をしないままで居た。
急な訪問すると云う電話にも、快く返事を下さり、お二人を訪ねた。 そこでお二人と様々な話しをした。 お二人は信仰心がおありなのかどうかさえ知らないが、神仏を信じだした理由、根拠、それまでの自分の生き方、考え方。 今なぜ、遍路に行くのか? なぜ歩くのか? なぜ逆打ち遍路なのか?
「なぜ、そこまでの覚悟をした上で、なお自分を追い詰める?」 と、T氏は最後にこう投げ掛けてくれた。「もっと、気楽に遍路を愉しんできては?」・・
実は、このT氏の一言で、あの時の自分が、どれほど救われたか分からない。
戻ってから、その感謝の気持ちを手紙に綴り、彼と彼の家族の為に書いた、写経とともに旅立ち前に投函した。 更に彼の家では、予想だにしていなかった、初めての『現金お接待』をも受けたのだ。 これは勿論、使わずにそのまま『御守』として、歩き遍路旅の間中ずっと大切に持って歩いた。 そして、108ヶ所全ての寺において、T氏の家族の健康と繁栄を祈り続けた。
▼〜公開〜『T氏への手紙』
続きを読む
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このたびは、国内線ドットコムをご利用頂きましてありがとうございます。
2007年11月1日の、ご予約確認の結果をお送り致しますのでご確認下さい。
■ご購入番号:ADYM-6117
■ご搭乗便
============《1便目》==================
ご搭乗日・便名 : 2007/11/04・ANA533
出発地/到着地 : 東京/羽田 09:55 → 高松 11:15
運賃種別(大人): 特割1
自分の場合、上記の国内線ドットコムが一番安くて確実に取れた。初日と二日目のの宿、「奥の湯温泉」と「樺沢荘本館」にも予約の電話を入れた。羽田までの高速バスも手配した。 歩き遍路への出発日は11月4日と決めた。「4」は自分の運命数、昨日の記事にアップした計画書通りなら、帰ってくるのは早くても62日後。 高野山や大阪に立ち寄って、祖母の墓参りをしたりすると、小正月には帰って来れそうにない。
だが、もはや憂いは全くない。行くと決めたら行くしかない。 最後に心ある知人、友人ほんの一握りの数人に連絡をとった。近い人には会いに行き、遠い相手には電話やメールをした。
その中の一人、富岡市のT氏に会いに出掛けた。
建築会社を経営する、年上で年配のT氏とはご夫婦二人とも、ビジネスを通じて知り合った。それほど長い付合いではないが、タイの貧しい子供達の里親になるなど、慈善活動にも積極的で、お二人とも素晴らしいご夫婦だ。
そんなT氏から、自分がちょうど、歩き遍路の旅立ちに躊躇していたころに、どうしているか? と、電話を下さった。 そのときは出られなかったが、迷っていたのもあってハッキリした答えが見つからず、折り返し電話をしないままで居た。
急な訪問すると云う電話にも、快く返事を下さり、お二人を訪ねた。 そこでお二人と様々な話しをした。 お二人は信仰心がおありなのかどうかさえ知らないが、神仏を信じだした理由、根拠、それまでの自分の生き方、考え方。 今なぜ、遍路に行くのか? なぜ歩くのか? なぜ逆打ち遍路なのか?
「なぜ、そこまでの覚悟をした上で、なお自分を追い詰める?」 と、T氏は最後にこう投げ掛けてくれた。「もっと、気楽に遍路を愉しんできては?」・・
実は、このT氏の一言で、あの時の自分が、どれほど救われたか分からない。
戻ってから、その感謝の気持ちを手紙に綴り、彼と彼の家族の為に書いた、写経とともに旅立ち前に投函した。 更に彼の家では、予想だにしていなかった、初めての『現金お接待』をも受けたのだ。 これは勿論、使わずにそのまま『御守』として、歩き遍路旅の間中ずっと大切に持って歩いた。 そして、108ヶ所全ての寺において、T氏の家族の健康と繁栄を祈り続けた。
▼〜公開〜『T氏への手紙』
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2007年10月31日
いつまでもダラダラしてられない。
何のために、車遍路を止めたのか? 何のために歩くのか? トレーニングも仕上がってきた、歩くための遍路用品も随分買い込んだ。 会社や仕事や家庭のことも、全てを完璧に整えては行けない。本来は10月15日に旅立つ予定だったから、それ以後会っていない知人友人は既に四国遍路へ発っていると思っているハズだ。もう半月が経とうとしているのに、今バッタリ会ったら何と云う?「いや、歩き遍路をすることにしたんで計画練り直して・・」そんなモン、ただの言い訳にすぎん。カッコ悪すぎる。
もうええ。もう充分や。
男が一旦決めたなら何が何でも実行すべきだ。歩行計画書も出来上がっている。当初、奥の院や番外札所も殆ど網羅する計画だったが、あまりに長い日数になってしまったので、四国八十八ヶ所札所付近や通り道に存在する奥の院だけに絞り直した。
また、車遍路で予定していた「西国三十三観音」や「小豆島八十八ヶ所」は次回へ延期した。だが、せっかく四国へ行くのだから「別格二十ヶ所霊場」だけは外せない。ただ、別格霊場はほとんど、八十八ヶ所札所の圏外にある。従って、それでも60日間を越える計画となった。
【歩き遍路ー歩行計画】
まず、エクセルで雛形を作成し、見やすく表を整え、簡単な数式を入れて行った。最終的に実際に歩き遍路に持参した、歩行計画書(エクセルシート)を皆さんにシェアするので、宜しければ参考にして頂きたい。シートの保護、ロックは解除してあるので、ご自身にあった計画書に自由にアレンジして貰えば良い。これより良いのが出来る人はいっぱい居るだろうから、出来上がったら自分にも頂戴(笑。
▼無償ダウンロードはこちら。
【ダウンロードの仕方】
*ご注意
エクセルファイルは、ブラウザ上で開こうとすると場合によってはフリーズし易いので、「開く」ではなく、「保存」するにして、デスクトップでもどこでも一旦、保存してから開かれたら良いと思う。勿論、ウィルス検査済みだが、ご心配な方はセキュリィーソフトを通じて、スキャンニングしてから開きまひょ。自己責任で閲覧・使用のこと。
【計画書の使い方】
さて、アホみたいに幼稚な数式を見て頂くと一目瞭然の通り、このシートは行き先(札所や宿)までの「D:距離」と、「E:歩行速度」を入力してもらえば、おのずと目的地への「F:所要時間」「H:到着時間」が計算される。
更に目的地が札所の場合は、「I:勤行時間」を入力すれば、それを考慮した上で次の札所への「G:出発時間」が計算される。
日が変われば、この「出発時間」に希望の時間を入力して始めれば良い。ロックしてないので数式は壊れるが、生きてるセルからコピペして。また、「J:休憩時間」を入力しても同様。因みに休憩は、「一時間に10分」が目安とされるので、テキトーに暗算して入力して頂戴。そこまで自動化するのが面倒臭かっただけやし(笑。
【計画書の見方】
A:左端から「宿泊日数」、B:の数字は歩き遍路地図の「ページ数」。後で照合するのに便利だと思った。 色の変わっているセルは、「宿名or=宿泊日」。
▼具体的な応用法続きを読む
何のために、車遍路を止めたのか? 何のために歩くのか? トレーニングも仕上がってきた、歩くための遍路用品も随分買い込んだ。 会社や仕事や家庭のことも、全てを完璧に整えては行けない。本来は10月15日に旅立つ予定だったから、それ以後会っていない知人友人は既に四国遍路へ発っていると思っているハズだ。もう半月が経とうとしているのに、今バッタリ会ったら何と云う?「いや、歩き遍路をすることにしたんで計画練り直して・・」そんなモン、ただの言い訳にすぎん。カッコ悪すぎる。
もうええ。もう充分や。
男が一旦決めたなら何が何でも実行すべきだ。歩行計画書も出来上がっている。当初、奥の院や番外札所も殆ど網羅する計画だったが、あまりに長い日数になってしまったので、四国八十八ヶ所札所付近や通り道に存在する奥の院だけに絞り直した。
また、車遍路で予定していた「西国三十三観音」や「小豆島八十八ヶ所」は次回へ延期した。だが、せっかく四国へ行くのだから「別格二十ヶ所霊場」だけは外せない。ただ、別格霊場はほとんど、八十八ヶ所札所の圏外にある。従って、それでも60日間を越える計画となった。
【歩き遍路ー歩行計画】
まず、エクセルで雛形を作成し、見やすく表を整え、簡単な数式を入れて行った。最終的に実際に歩き遍路に持参した、歩行計画書(エクセルシート)を皆さんにシェアするので、宜しければ参考にして頂きたい。シートの保護、ロックは解除してあるので、ご自身にあった計画書に自由にアレンジして貰えば良い。これより良いのが出来る人はいっぱい居るだろうから、出来上がったら自分にも頂戴(笑。
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【ダウンロードの仕方】
*ご注意
エクセルファイルは、ブラウザ上で開こうとすると場合によってはフリーズし易いので、「開く」ではなく、「保存」するにして、デスクトップでもどこでも一旦、保存してから開かれたら良いと思う。勿論、ウィルス検査済みだが、ご心配な方はセキュリィーソフトを通じて、スキャンニングしてから開きまひょ。自己責任で閲覧・使用のこと。
【計画書の使い方】
さて、アホみたいに幼稚な数式を見て頂くと一目瞭然の通り、このシートは行き先(札所や宿)までの「D:距離」と、「E:歩行速度」を入力してもらえば、おのずと目的地への「F:所要時間」「H:到着時間」が計算される。
更に目的地が札所の場合は、「I:勤行時間」を入力すれば、それを考慮した上で次の札所への「G:出発時間」が計算される。
日が変われば、この「出発時間」に希望の時間を入力して始めれば良い。ロックしてないので数式は壊れるが、生きてるセルからコピペして。また、「J:休憩時間」を入力しても同様。因みに休憩は、「一時間に10分」が目安とされるので、テキトーに暗算して入力して頂戴。そこまで自動化するのが面倒臭かっただけやし(笑。
【計画書の見方】
A:左端から「宿泊日数」、B:の数字は歩き遍路地図の「ページ数」。後で照合するのに便利だと思った。 色の変わっているセルは、「宿名or=宿泊日」。
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2007年10月24日
ちょっと後追い徒然日記なので、日にちは不明確だが多分この日で、藤岡二千階段へ三度目の挑戦だと思う。今回は鉄アレーを8Kg入れたザックを背負い、かあちゃん茶屋側(画像の案内板左側)から登った。こちらの方が、階段数が1300〜1400段(不明確)で長い。ただ、始めはほぼ平坦と思えるほどの、緩やかな竹と植物の蔓で囲まれた、まるで回廊のような通路が序章のように続く。それから少し登ると一旦、広場に出て、そこから急な男坂となだらかな女坂に分かれる。男坂は急勾配でロープも掴んで登る。が、山頂手前で女坂と合流してから、一旦下らされまた登らされる。ここは戦国時代にも、厩橋城を狙う戦略拠点ともあったらしい。どこの武将だったかは忘れた(笑。
しかしさすが、8Kgのザックを背負い山頂まで一気に上ると、息も絶え絶え、風が吹くと震えそうなほど汗でグッショリだ。着替えを持参して、アンダーウエアを取り替える。こういうリアルなシュミレーションが、歩き遍路のトレーニングには大事ではなかろうか。きっと四国に行っても、これからの季節じゃ登って汗かいて、下って冷えそうな気がする。
この日は、反対側に降りて尾根道も歩いてキレイに一周した。
今ままで散々贅沢三昧をし続け、腹にたまりに溜まったメタボリックな身体で、急なトレーニングを毎日こなすと、脚だけでなく体中が痛い。タバコは減らないが、酒はあまり呑まないようにしている。酒は大好きだが、元々家で毎日どんな酒でもいいからって晩酌するタイプではない。外へ呑みに行くのは、神仏に目覚めてから随分自粛しているので、バタっと行かなくなった。
果たして、あとどれ位トレーニングを積めば良いのだろうか・・
そして、四国歩き遍路に旅立つ日はいつにするのか・・ 正直なところ、まだ何も決めかねているまま、無駄になんとなく毎日が流れている気がしないでもない。 およそ二ヶ月以上も家も会社も放ったらかして、歩き遍路に行くのだ。まだまだ、やっておくべき事があるハズなのに、時間さえあればこうしてただ漠然とトレーニングに出掛けている。まるで何かから逃避するかの如く・・。
2007年10月23日
ここ最近のトレーニングコースは、もっぱら時間のある時は「藤岡二千階段」、あまり時間の取れないときは、観音山(清水寺500階段)が定番になってきた。
早朝しか時間がない時は、車で清水寺500階段下まで行ったり、自宅から歩いたりもした。前回の記事で紹介した、小学校以来買ったザックが届いたので、そこへ4Kgの鉄アレーを二本タオルに撒いて、詰め込んで背負った。実際、歩き遍路に推奨されるザックの重量は5Kgが妥当だとされる。自分はまだ荷物が揃いきってないので、どれぐらいの重量になるか分からんが、重い目にトレーニングしておけば難儀しないだろうと8Kgにした。荷物を背負って歩くのは、手ぶらとは想像以上に堪えるが、これをやらんとシュミレーションにならん。四国へ行けば、イヤでも毎日歩き続けるのだから。
今日は時間もあるので、遠回りで全て歩こう。観音山は少林山から、山間に連なっており山頂まで続く遊歩道がある。少林山に参ったあと、案内図に「穴大黒」と書かれてある場所があった。全然知らなかったが、(そりゃそーだ、散歩やハイキングもするような輩ではなかったし、インドア&ナイトライフ(笑) まぁとにかく行ってみると、吉井町指定の史跡だった。少林山達磨寺から約1時間半、県道藤木・高崎線を下奥平から北上すると吉井町、安中市、高崎市が接する境界があり、その吉井町域の最北端に位置する場所だが、画像の札があるだけで車では見落としてしまいがちなほど目立たない。
「穴大黒」へは県道から昼間でも暗い、鬱蒼とした雑木林の細い小道を下って行く。近頃は誰も礼拝するものが居ないのだろうか・・小道は荒れ放題、蜘蛛の巣が散々顔に引っかかる。100mほど入って行くと、古墳時代のもので元禄3年と刻まれた石殿の中には、石宮や大黒様が祀られた小さな洞窟があった。が、その目の前には不法投棄のゴミが散乱していた。見上げれば、洞穴のすぐ上を県道が通っている。そこから投げられたのか、散策コースに訪れた者が捨てたのか分からんが、簡単に片付けられる量ではなかった。嘆かわしいことだ。因みにこの辺りの字名である「大黒」の地名は、この穴大黒の石像があったからと云われているそうだ。

早朝しか時間がない時は、車で清水寺500階段下まで行ったり、自宅から歩いたりもした。前回の記事で紹介した、小学校以来買ったザックが届いたので、そこへ4Kgの鉄アレーを二本タオルに撒いて、詰め込んで背負った。実際、歩き遍路に推奨されるザックの重量は5Kgが妥当だとされる。自分はまだ荷物が揃いきってないので、どれぐらいの重量になるか分からんが、重い目にトレーニングしておけば難儀しないだろうと8Kgにした。荷物を背負って歩くのは、手ぶらとは想像以上に堪えるが、これをやらんとシュミレーションにならん。四国へ行けば、イヤでも毎日歩き続けるのだから。
今日は時間もあるので、遠回りで全て歩こう。観音山は少林山から、山間に連なっており山頂まで続く遊歩道がある。少林山に参ったあと、案内図に「穴大黒」と書かれてある場所があった。全然知らなかったが、(そりゃそーだ、散歩やハイキングもするような輩ではなかったし、インドア&ナイトライフ(笑) まぁとにかく行ってみると、吉井町指定の史跡だった。少林山達磨寺から約1時間半、県道藤木・高崎線を下奥平から北上すると吉井町、安中市、高崎市が接する境界があり、その吉井町域の最北端に位置する場所だが、画像の札があるだけで車では見落としてしまいがちなほど目立たない。
「穴大黒」へは県道から昼間でも暗い、鬱蒼とした雑木林の細い小道を下って行く。近頃は誰も礼拝するものが居ないのだろうか・・小道は荒れ放題、蜘蛛の巣が散々顔に引っかかる。100mほど入って行くと、古墳時代のもので元禄3年と刻まれた石殿の中には、石宮や大黒様が祀られた小さな洞窟があった。が、その目の前には不法投棄のゴミが散乱していた。見上げれば、洞穴のすぐ上を県道が通っている。そこから投げられたのか、散策コースに訪れた者が捨てたのか分からんが、簡単に片付けられる量ではなかった。嘆かわしいことだ。因みにこの辺りの字名である「大黒」の地名は、この穴大黒の石像があったからと云われているそうだ。
2007年10月18日
義理の母から、群馬県藤岡市に「二千階段(子王山)」なるものがある事を訊き、早速トレーニングに丁度良いと行って見る事にした。藤岡市は高崎市の隣、さほど遠くはない。今朝は既に、早朝から清水寺(高崎観音の麓)の500段階段も登ってきた。
着いてから分かったが、二千階段は一気に上るのではなく、標高550mの凰鳳山全体が山歩き散策コースになっており、二箇所ある子王山山腹から山頂まで、双方向の昇り降りで合計二千階段 (下日野側=かあちゃん茶屋1,600 段、高山側=みはらし茶屋400段) あることから、二千階段と呼ばれているらしい。片道2.5kmー所要時間 50分 と案内板に書かれている。
市街地を抜け、狭い峠道をグネグネ登って、今回到達したのは「みはらし茶屋」側。こちらから山頂まではたった400段しかないが、もう夕方近かったので下見がてら短い方にした。しかし、まぁまぁ結構急な丸太の階段だ。途中、100段200段と標柱があったような気がする。実際は、全部で2000段かけるらしい。四捨五入でアバウトな二千なのか、元々はチャンとあったのかは定かではない。

山頂手前にお稲荷さんの小さな祠があった。山頂を越えそこからほんの少し、下日野側へ降りたところに展望双眼鏡が設置されていた。群馬には県庁や高崎市庁以外に、デカイ建物がないからはるか彼方まで見渡せて、眺めは爽快だ。登って降りて、尾根道を歩いて戻るグルっと一周するコースもあるようだ。次回は、1600段の方から挑戦してみよう。二千階段、コイツはかなりいいトレーニング場になりそうだ。
またこの日、歩き遍路に向けて遍路用品も買い足した。
遍路用品は、大抵の物が揃っているこのサイト表装の詠智会が便利。初めてでも割引価格で買え、以下の自分の注文控えを見て頂くとお分かりの通り、ポイントもすぐさま消費出来る。1万円、3万円、5万円以上でそれぞれプレゼント(お接待)も貰えるので、自分は3万円づつ区切って注文した。まぁ参考にしとくんなはれ。
▼ご注文内容
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着いてから分かったが、二千階段は一気に上るのではなく、標高550mの凰鳳山全体が山歩き散策コースになっており、二箇所ある子王山山腹から山頂まで、双方向の昇り降りで合計二千階段 (下日野側=かあちゃん茶屋1,600 段、高山側=みはらし茶屋400段) あることから、二千階段と呼ばれているらしい。片道2.5kmー所要時間 50分 と案内板に書かれている。
市街地を抜け、狭い峠道をグネグネ登って、今回到達したのは「みはらし茶屋」側。こちらから山頂まではたった400段しかないが、もう夕方近かったので下見がてら短い方にした。しかし、まぁまぁ結構急な丸太の階段だ。途中、100段200段と標柱があったような気がする。実際は、全部で2000段かけるらしい。四捨五入でアバウトな二千なのか、元々はチャンとあったのかは定かではない。

山頂手前にお稲荷さんの小さな祠があった。山頂を越えそこからほんの少し、下日野側へ降りたところに展望双眼鏡が設置されていた。群馬には県庁や高崎市庁以外に、デカイ建物がないからはるか彼方まで見渡せて、眺めは爽快だ。登って降りて、尾根道を歩いて戻るグルっと一周するコースもあるようだ。次回は、1600段の方から挑戦してみよう。二千階段、コイツはかなりいいトレーニング場になりそうだ。
またこの日、歩き遍路に向けて遍路用品も買い足した。
遍路用品は、大抵の物が揃っているこのサイト表装の詠智会が便利。初めてでも割引価格で買え、以下の自分の注文控えを見て頂くとお分かりの通り、ポイントもすぐさま消費出来る。1万円、3万円、5万円以上でそれぞれプレゼント(お接待)も貰えるので、自分は3万円づつ区切って注文した。まぁ参考にしとくんなはれ。
▼ご注文内容
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2007年10月15日
今日、10月15日は四国遍路への出発日だった。
車遍路で四国八十八ヶ所と、西国三十三箇所、そして小豆島八十八ヶ所までを約17日間を、ツアー会社のプログラムでレンタカーにて巡る・・と云う、予定だった。
んでオマエは呑気に何やってんだ?ってハナシだが、実は車をやめて歩き遍路で巡ることにした。急に決断したので、日程的にも大幅な変更だ。レンタカーはキャンセル、遍路ツアーもキャンセル、一から計画を練り直した。
ご存知の通り、関東八十八箇所と秩父三十四箇所は車で巡礼した。今回も車遍路の予定だった。だが、誰しもそうらしいが遍路は巡礼するたびに、すぐさま気付かなくても、徐々に心の変化を感じることが出来る。
自分も巡礼を重ねる内に、そうした心境の変化の中で、歩かなければならない・・歩きたい・・歩こう・・歩くべきだ! そう強く思うようになった。具体的には、秩父三十四観音巡礼において特に、その思いは強まっていったと思う。
26番円融寺から27番大渕寺までの山道を歩いたり、また31番観音院の奥の院を始め、極力歩こうと試みた中で、やはり遍路は「歩いてこそ」と考えるようになった。
「人生は遍路なり」・・
人々はなぜ、遍路に旅立つのか?その先に何が見えるのか? 不安が無いわけではない。かつてキックボクシングをしていた、マラソン経験もあるとは云え、もう二十年近く運動らしい運動もしていない、ぶったるんだメタボリックな中年の身体で、1300とも1400Kmとも云われし、途方もない距離を本当に歩けるのか?
一体何日要するのか?その間、仕事はどうする?家族は?従業員は?取引先は?考えればキリがない、ネガティヴな要素は溢れんばかりに湧いてくる。
しかし、自分は歩かなければならないのだ。
とにかく、やると決めたらやるしかない。そうと決まればやるべき事は山ほどある。出発を遅らせて、歩行計画や旅の準備、トレーニング、仕事もある程度片付けて行かねばなるまい。心思う相手には公私問わず告げて行かねばなるまい。
さあ、今日からまた忙しくなりそうだ。
車遍路で四国八十八ヶ所と、西国三十三箇所、そして小豆島八十八ヶ所までを約17日間を、ツアー会社のプログラムでレンタカーにて巡る・・と云う、予定だった。
んでオマエは呑気に何やってんだ?ってハナシだが、実は車をやめて歩き遍路で巡ることにした。急に決断したので、日程的にも大幅な変更だ。レンタカーはキャンセル、遍路ツアーもキャンセル、一から計画を練り直した。
ご存知の通り、関東八十八箇所と秩父三十四箇所は車で巡礼した。今回も車遍路の予定だった。だが、誰しもそうらしいが遍路は巡礼するたびに、すぐさま気付かなくても、徐々に心の変化を感じることが出来る。
自分も巡礼を重ねる内に、そうした心境の変化の中で、歩かなければならない・・歩きたい・・歩こう・・歩くべきだ! そう強く思うようになった。具体的には、秩父三十四観音巡礼において特に、その思いは強まっていったと思う。
26番円融寺から27番大渕寺までの山道を歩いたり、また31番観音院の奥の院を始め、極力歩こうと試みた中で、やはり遍路は「歩いてこそ」と考えるようになった。
「人生は遍路なり」・・
人々はなぜ、遍路に旅立つのか?その先に何が見えるのか? 不安が無いわけではない。かつてキックボクシングをしていた、マラソン経験もあるとは云え、もう二十年近く運動らしい運動もしていない、ぶったるんだメタボリックな中年の身体で、1300とも1400Kmとも云われし、途方もない距離を本当に歩けるのか?
一体何日要するのか?その間、仕事はどうする?家族は?従業員は?取引先は?考えればキリがない、ネガティヴな要素は溢れんばかりに湧いてくる。
しかし、自分は歩かなければならないのだ。
とにかく、やると決めたらやるしかない。そうと決まればやるべき事は山ほどある。出発を遅らせて、歩行計画や旅の準備、トレーニング、仕事もある程度片付けて行かねばなるまい。心思う相手には公私問わず告げて行かねばなるまい。
さあ、今日からまた忙しくなりそうだ。
2007年09月30日
とうとう、9月も今日で終わりというのに
四国八十八ヶ所遍路へ旅の準備は整わず
出来たといえば、レンタカーの予約だけ。
宿泊も、航空機も、持参品もまだです。
今日はここから先、自分用に書きます。
訪問された方のお役にたつかどうか、分かりませんが・・
〜発願(遍路への旅立ち)まで、あと準備すること〜
1、航空機と新幹線の手配
*片道のみ。帰りはいつになるか未定なので。
2、宿泊予約
ツアー会社に頼むと楽。でも融通が利かない。
→歩き遍路なら、向こう三日間づつぐらい予約しながら行くらしいです。
もういっそ、関東八十八ヶ所遍路の時の様に、行き当たりバッタリで行きますかね〜
3、持参品(購入しないとない物)
◆リュックサック(ザック?)
(四国八十八ヶ所遍路と小豆島八十八ヶ所遍路の満願後に、最終地の高野山金剛峰寺までは、電車など利用するものの基本的に歩きなので必要)
◆軽登山靴
これも当初は不要かと、思いましたが、境内での歩きや鎖で登るような行場では、やはり必要ですかね。
◆カッパ(レインコート、ポンチョ)
リュックごと、羽織れる物がいいそうだと聞いて見に行きましたが、レインスーツに比べ安価ですが、品数が少ないのが難点。登山靴もそうですが、ザックも合羽も全て白装束にしたいのですが、そんな物ありません。半分もう何でもいいかという気になってます。
4、持参品(上記以外)
*当初、レンタカーをいい事に何でも持っていく気でいましたが、やはり高野山へは基本歩きなので、極力減らす事にします。しかし・・
◆パソコン
これは外せません。ブログも書きたいですし、メール連絡もあります。
いざという時、調べごとをするにも楽です。
しかし、ACアダプターも重い。濡れるのが心配。
電波入らない場所も多いでしょう。
毎日、早寝早起き・・書いてる時間はあるのか?
そもそも、遍路に必要なのか?・・
とはいえ、約一ヶ月間もPCを開かないとどうなるのか?
正直、悩んでます。
◆衣類
二三日分。洗濯出来る宿が多い(らしい)です。
たった二三着の服だけで、およそ一ヶ月間やりすごす。これも初めてですね。
◆電気ひげそり
ぼうず頭なので、普段からひげも頭も刈れる物を使ってます。が、しかしこれもまた持参するには、ACアダプターが・・旅をするにも、こんなに充電器だらけなのですね。今は。これも置いていこうかと思います。
◆医薬品
胃腸薬・・薬は結構、平気なので不要ですかね・・
絆創膏とホワイトテープぐらいで。
◆保険証、免許証
◆ぱるるのキャッシュカード
四国は、郵便局が便利だそうです。
◆仏具、遍路用品
数珠、半袈裟、持ち鈴、笈摺、菅笠、手甲、脚甲、前掛け、金剛杖、納経帳
経本は、四国八十八ヶ所用と小豆島八十八ヶ所用、それぞれ現地にあるでしょうから調達しようと思います。
こんなところでしょうか・・
無事に、高野山金剛峰寺まで辿り着けたら、高野山で2〜3泊してから、地元大阪でも1〜2泊して小休止したあと、レンタカーを借り直し、西国三十三観音巡拝に行くつもりです。
この小休止の間、ずっと遍路用の白装束では変ですし、ご近所の不動寺ご住職がいうには本来、西国三十三観音は観音霊場なので、遍路とは違う(南無大師遍照金剛ではなく、南無観世音菩薩と入った)笈摺と金剛杖に取替えなくてはならないそうです。・・書きながらふと思いましたが、すると・・お大師さまの梵字が入った菅笠はそのままでいいんでしょうか?まぁ、いいといましょうか。
とにかく、そんな長旅ですから
とりあえず、四国には不要な上記の私服やら観音霊場用品などは、先に大阪の局留めにでもして送って置いた方が良さそうですね。
四国八十八ヶ所遍路へ旅の準備は整わず
出来たといえば、レンタカーの予約だけ。
宿泊も、航空機も、持参品もまだです。
今日はここから先、自分用に書きます。
訪問された方のお役にたつかどうか、分かりませんが・・
〜発願(遍路への旅立ち)まで、あと準備すること〜
1、航空機と新幹線の手配
*片道のみ。帰りはいつになるか未定なので。
2、宿泊予約
ツアー会社に頼むと楽。でも融通が利かない。
→歩き遍路なら、向こう三日間づつぐらい予約しながら行くらしいです。
もういっそ、関東八十八ヶ所遍路の時の様に、行き当たりバッタリで行きますかね〜
3、持参品(購入しないとない物)
◆リュックサック(ザック?)
(四国八十八ヶ所遍路と小豆島八十八ヶ所遍路の満願後に、最終地の高野山金剛峰寺までは、電車など利用するものの基本的に歩きなので必要)
◆軽登山靴
これも当初は不要かと、思いましたが、境内での歩きや鎖で登るような行場では、やはり必要ですかね。
◆カッパ(レインコート、ポンチョ)
リュックごと、羽織れる物がいいそうだと聞いて見に行きましたが、レインスーツに比べ安価ですが、品数が少ないのが難点。登山靴もそうですが、ザックも合羽も全て白装束にしたいのですが、そんな物ありません。半分もう何でもいいかという気になってます。
4、持参品(上記以外)
*当初、レンタカーをいい事に何でも持っていく気でいましたが、やはり高野山へは基本歩きなので、極力減らす事にします。しかし・・
◆パソコン
これは外せません。ブログも書きたいですし、メール連絡もあります。
いざという時、調べごとをするにも楽です。
しかし、ACアダプターも重い。濡れるのが心配。
電波入らない場所も多いでしょう。
毎日、早寝早起き・・書いてる時間はあるのか?
そもそも、遍路に必要なのか?・・
とはいえ、約一ヶ月間もPCを開かないとどうなるのか?
正直、悩んでます。
◆衣類
二三日分。洗濯出来る宿が多い(らしい)です。
たった二三着の服だけで、およそ一ヶ月間やりすごす。これも初めてですね。
◆電気ひげそり
ぼうず頭なので、普段からひげも頭も刈れる物を使ってます。が、しかしこれもまた持参するには、ACアダプターが・・旅をするにも、こんなに充電器だらけなのですね。今は。これも置いていこうかと思います。
◆医薬品
胃腸薬・・薬は結構、平気なので不要ですかね・・
絆創膏とホワイトテープぐらいで。
◆保険証、免許証
◆ぱるるのキャッシュカード
四国は、郵便局が便利だそうです。
◆仏具、遍路用品
数珠、半袈裟、持ち鈴、笈摺、菅笠、手甲、脚甲、前掛け、金剛杖、納経帳
経本は、四国八十八ヶ所用と小豆島八十八ヶ所用、それぞれ現地にあるでしょうから調達しようと思います。
こんなところでしょうか・・
無事に、高野山金剛峰寺まで辿り着けたら、高野山で2〜3泊してから、地元大阪でも1〜2泊して小休止したあと、レンタカーを借り直し、西国三十三観音巡拝に行くつもりです。
この小休止の間、ずっと遍路用の白装束では変ですし、ご近所の不動寺ご住職がいうには本来、西国三十三観音は観音霊場なので、遍路とは違う(南無大師遍照金剛ではなく、南無観世音菩薩と入った)笈摺と金剛杖に取替えなくてはならないそうです。・・書きながらふと思いましたが、すると・・お大師さまの梵字が入った菅笠はそのままでいいんでしょうか?まぁ、いいといましょうか。
とにかく、そんな長旅ですから
とりあえず、四国には不要な上記の私服やら観音霊場用品などは、先に大阪の局留めにでもして送って置いた方が良さそうですね。



















