護摩法要
2008年01月25日
早朝から、我が家での勤行を済ませ、7時52分の新幹線で東京へ向かう。
寝坊せずに何とか間に合った。9時20分には目黒駅に立って、いつもの行人坂を下り目黒大圓寺へ。既に本堂には甲子祭の参加者が集まりだしていた。
昨夜の大黒神社は、深夜という開始時間と雪の残る妙義山の頂上へ、凍結した道路を登ると云う悪条件にも関わらず、30人余人が祈祷に訪れていた。が、ここは東京。祈祷時間も10時からと、容易に昨日の参拝者数を上回るのは予測できる。本来、甲子祭は子の刻(午後11時〜深夜1時)に行なうのが、正しい。多くの大黒天行も、全て子の刻に行なう方が正式とされているが、この大圓寺では、より多くの人が祈願できるよう、例年10時、13時、15時の日中三回に分けて催される。
寺務所で受付を済ませ、本堂へ上がる。護摩壇の中央前には厨子に入った大黒天がご開帳されている。この寺へは何度もお参りに来ているが、ご開帳された大黒天のご本尊を拝むのは初めてだ。そういう意味においても、こういった行事の日に拝むのは良い機会ではある。但し、本当のご本尊である、三面大黒天は完全秘仏であり、60年に一度、甲子の年にしか開帳されない。次は2044年だ。生きてるかの?(笑
狭い本堂の中で、皆それぞれ自分の座る場所と、正座椅子を確保していく。一番隅に座った自分は一人、先に大黒天一日千座行を行なった。
これは、本来子の日、子の刻に三面大黒天若しくは大黒天をご本尊と仰ぎ、ご真言「おん まか きゃらや そわか」若しくは、「おん みしみし しゃばれい たらばがてい そわか」を千回唱え、これを子の日だけ7日間続けると、他人に話したがらないほどのご利益に授かれると云う。
時間的なことをいえば、本当は昨夜のうちに行なうべきだったが、大黒神社から自宅へ戻ったときには、子の刻を過ぎてしまっていた。これから始まる甲子祭自体も、時間的な融通を考慮しているので、悪しからず順ずることにする。
まずは、大黒天神経から唱え、続けて大黒天千座行に入った。大黒天の印相を結び、手の平の中に普段、虚空蔵求聞持法で使用しているカウンターを握ってご真言を唱え続けた。
その間も、目の前を人が行ったりきたり・・。右や左にも人が詰め寄って座ってくる。集中力を保つのが難しいが、何とか護摩法要開始時間までに千回唱え終えた。
そして、目黒大圓寺の甲子祭は始まった・・。
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寝坊せずに何とか間に合った。9時20分には目黒駅に立って、いつもの行人坂を下り目黒大圓寺へ。既に本堂には甲子祭の参加者が集まりだしていた。
昨夜の大黒神社は、深夜という開始時間と雪の残る妙義山の頂上へ、凍結した道路を登ると云う悪条件にも関わらず、30人余人が祈祷に訪れていた。が、ここは東京。祈祷時間も10時からと、容易に昨日の参拝者数を上回るのは予測できる。本来、甲子祭は子の刻(午後11時〜深夜1時)に行なうのが、正しい。多くの大黒天行も、全て子の刻に行なう方が正式とされているが、この大圓寺では、より多くの人が祈願できるよう、例年10時、13時、15時の日中三回に分けて催される。
寺務所で受付を済ませ、本堂へ上がる。護摩壇の中央前には厨子に入った大黒天がご開帳されている。この寺へは何度もお参りに来ているが、ご開帳された大黒天のご本尊を拝むのは初めてだ。そういう意味においても、こういった行事の日に拝むのは良い機会ではある。但し、本当のご本尊である、三面大黒天は完全秘仏であり、60年に一度、甲子の年にしか開帳されない。次は2044年だ。生きてるかの?(笑
狭い本堂の中で、皆それぞれ自分の座る場所と、正座椅子を確保していく。一番隅に座った自分は一人、先に大黒天一日千座行を行なった。
これは、本来子の日、子の刻に三面大黒天若しくは大黒天をご本尊と仰ぎ、ご真言「おん まか きゃらや そわか」若しくは、「おん みしみし しゃばれい たらばがてい そわか」を千回唱え、これを子の日だけ7日間続けると、他人に話したがらないほどのご利益に授かれると云う。
時間的なことをいえば、本当は昨夜のうちに行なうべきだったが、大黒神社から自宅へ戻ったときには、子の刻を過ぎてしまっていた。これから始まる甲子祭自体も、時間的な融通を考慮しているので、悪しからず順ずることにする。
まずは、大黒天神経から唱え、続けて大黒天千座行に入った。大黒天の印相を結び、手の平の中に普段、虚空蔵求聞持法で使用しているカウンターを握ってご真言を唱え続けた。
その間も、目の前を人が行ったりきたり・・。右や左にも人が詰め寄って座ってくる。集中力を保つのが難しいが、何とか護摩法要開始時間までに千回唱え終えた。
そして、目黒大圓寺の甲子祭は始まった・・。
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2007年09月23日
仕事の合間に時間が取れたので、
今日は西新井大師さまへ二度目のお参りに行きました。
〜西新井大師 總持寺〜
東京都足立区西新井1-15-1
03-3890-2345
一度目は、関東八十八ヶ所遍路のとき。
そのとき、初めて乗った東武鉄道 大師線。
お大師さまの、お名前そのままの鉄道線があるのに驚きました。
駅名も、そのまま「大師前」なのです。
近頃は、こうして遍路を思い出しながら
近くまで寄った際は、関東八十八ヶ所のお寺を参拝しています。
この日、初めて護摩祈願を体験しました。
日曜日のこともあってか、堂内には30人近くもの祈願者で溢れました。
確か、川崎大師へ行ったときもこれに近い人数だったと思います。
信仰心や祈願を叶えたい人が、こんなにも沢山いらっしゃるのですね。
始まると、護摩壇を8人ほどの僧侶が取り囲み
経を唱えて行きます。
これだけ、僧侶がいると経もまるで美しいハーモニーになります。
手順良く、それぞれの僧侶が代わる代わる立って自分達の
勤めを果していく様は、舞踊をみているようでした。
今日は西新井大師さまへ二度目のお参りに行きました。
〜西新井大師 總持寺〜
東京都足立区西新井1-15-1
03-3890-2345
一度目は、関東八十八ヶ所遍路のとき。
そのとき、初めて乗った東武鉄道 大師線。
お大師さまの、お名前そのままの鉄道線があるのに驚きました。
駅名も、そのまま「大師前」なのです。
近頃は、こうして遍路を思い出しながら
近くまで寄った際は、関東八十八ヶ所のお寺を参拝しています。
この日、初めて護摩祈願を体験しました。
日曜日のこともあってか、堂内には30人近くもの祈願者で溢れました。
確か、川崎大師へ行ったときもこれに近い人数だったと思います。
信仰心や祈願を叶えたい人が、こんなにも沢山いらっしゃるのですね。
始まると、護摩壇を8人ほどの僧侶が取り囲み
経を唱えて行きます。
これだけ、僧侶がいると経もまるで美しいハーモニーになります。
手順良く、それぞれの僧侶が代わる代わる立って自分達の
勤めを果していく様は、舞踊をみているようでした。



















