虚空蔵求聞持法

2009年06月27日

冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。


【謝辞】
去る平成21年6月24日、フタ・サン・ゴー・マルジ。新月の翌日、五月闇の空を仰ぎながら子の刻九つ前に無事、虚空蔵求聞持法マントラ行を、百八万遍完全満行致しました。何もかも、皆々様のお蔭で御座居ます。本当に有難う御座いました。まずは何よりも皆々様への感謝の意を表し、本日遅れ馳せながら是に心より御礼申し上げます。
芦屋の知己テルさん、伴侶Mg高橋さん&ヴァイオリニストの彼女さん、狐天狗さん、音羽さん、Lさん、南国鳥さん、K子さん、世賢さん、ムラさん、細見さん、桃さん、ちょこさん、toraさん、四乃四四さん、耶蘇善財さん、慈泉さん始めスティーブンさん・佐藤さん・奥さん・新井君、得度の同志たち、千翔さん、日傘遍路さん、TCさん、kさん、三重院村上先達、法院ご住職、妙清先生、小林阿闍梨、橋爪ご住職、平田ご住職、岡さん始め四国でお世話になった全ての方々、遍照金剛空海さま、聖天さま、三面大黒天さま、愛染明王さま、ご先祖さま、私に憎ませた人たち、私に愛を捧げてくれた女たち。今まで出遭った全ての方々、これから出遭う全ての方々へ。
本当に有難う御座いました。 法蓮百拝 合掌。


【虚空蔵求聞持法データ】
虚空蔵求聞持法追撃画像はエクセルで単純に作成した、虚空蔵求聞持法の追撃記録です。
結果から申し上げますと、公約通り6月5日より再開し、期日を29日間上回り制覇しました。何がなんでも音羽さんの築いた、般若心経一千巻読経の期日四日繰上げ成果だけは、どうしても死んでも殺されてもやり抜かなければならないと、腹をくくっておりましたら飛ばしすぎました(笑。
元来スピード狂だし、しょーがないですね。近頃はめっきり大人ぅしておりますが。そうして過ごす最近、特に思うのですが、ただ口を塞いでいるだけで牙が見えない狼と、始めっから狼の皮を被った山羊とは性根が違うっちゅうんですかね・・。
コレ、結構分かっとらんヤツ多いですよね。張りぼてメッキと純金の見分けが付かんヤツ。或るいは、自身までがメッキで満足してるヤツ。

見た目や取り巻く環境で、安易に人を判断するのはおよしになった方が賢明ですね。そんなもの、国家と同じくその刹那刹那の幻影に過ぎないのですから。長生きしたければね、お止しなさい。下手にハネてたら刺されますよ。きっと。狐天狗さんもご存知の台詞じゃありませんが特に男の性根ってのは、んな簡単には変わらないものです。長年に渡るキャリアっちゅうモンを軽視出来んでしょう。生きてきた道。いつだってそこへ戻ろうとするのは、赤子の手を捻るより容易なのですから。
この例えは何も、粗暴極まる野蛮人な誰かさんとかに、暴力を振るわれるという、単純な脅しではありません。磨きこまれたシルバーと、ホコリの被ったプラチナとの見分けが付かないようじゃ、金銭的にも大きな痛手や損失を被りますよと云うことであります。

さてさて、脱線も悪い癖でありますが、本題に入りましょう。今までの百万遍は漠然とやってきましたが、今回は死を賭した最後の追い込みと云うこともあってエクセルを作るに辺り、まず、死んでも到達すべき期日の7月23日までを均等割りし、一日の最低ノルマを算出。それを日々加算したのがG列のノルマ項です。D列に実績累計を日々入力すれば、その日までの平均がE列に、当日の実績はF列に、H列はノルマに対する過不足、そしてI列が8万遍到達ノルマに対する残数が計算される仕組みです。Aは開始からの日数、大してBが残日数です。

前回百万遍から・・延べ20日間(約4000遍/日)
初日(7年7月23日)から・・延べ702日間(約1538遍/日)

これまでと違う点は、カウンターくんは三桁までしか数えられませんので、百万遍までは十万遍を越えてからずっと、999の上の桁。即ち、九十五万二千遍だと、952と上の三桁を頭で覚えておく必要があったのが、今回は目標8万遍。つまり上の桁が二桁しかないので、逆に覚えられずナンだか妙に変な感覚でありました。

追い込みに入ってからの日々というもの、以前にも増して《いつでもどこでも》モードを徹底致しました。どちらかと云うと今までは、電車で都内に出掛けたり、車で遠くの社寺仏閣を巡礼しながら、或いは徹マンなど移動時間を利用したりの集中パターンが、最も虚空蔵求聞持法が進みました。然し、期日までに行きたいのは山々ですが、専業主夫を放棄するわけにも行かず、特に巡礼をする予定もないので、普段の生活により密着させたマントラ行への改善が必須だったのであります。

そこで私は、兎に角、いつもカウンターくんを持ち歩くようにしました。そこでまた功徳を戴いたのであります。例えば、近所のスーパーへは片道300遍。買い物中・・と云っても、ここでは不足なモノしか買わないので、そそくさと出てきますが大体表に出ると600遍。所要時間に300遍ですね、ということは、ここへ来たら往復でおよそ900遍と計算出来ます。
さらに、コンビニまで行けば往復で300遍。と云うことは、即ちスーパーまでの距離はコンビニまでの倍と推測出来ますし、平均巡航速度ならば概ね1000遍が20分ですから、スーパーで買い物して帰るまでが大体20分とも推測出来ます。となると、息子が帰って来るまであと30分あるとして、買い忘れたものがあっても、行って帰ってきてまだ10分、法蓮3分クッキングの仕上げに余裕があると判断出来ます。
或いは炊飯ジャーの時計が残り20分なら、焚けるまでに往復して勤行にも間に合います。こうして他の作業も非常に効率良くこなすことが出来ました。些々たる家の中ですら、階段を上下するにも持ち歩きました。夜も、キッチンをビカビカに磨き上げる閉店作業を終えてから、風呂も入らずに、酒もソコソコに我慢して続けました。(風呂入れよー(笑)


【完全制覇に至り】
百聞、百見、百考、いずれも僅か一行に如かず遠く及ばず。兎にも角にも、私はこれで虚空蔵求聞持法を完全満行致しました。この実績は歩き遍路走破と共に私と云う人間の中で、法蓮と云う坊主人生における今後の仏教活動に、また仏道を歩いてゆくにも、大いに一石を投じることとなりましょう。
何よりも、《いつでもどこでも》がモットーであった私の虚空蔵求聞持法は、わざわざ山に篭る必要もなく、また堂に入る必要も長期休暇を取る必要も御座居ません。皆様方どなたにでも出来るのです、私だから法蓮だから出来たんではありません。確かに、そういった行に適した周辺環境や、強制的にやらざるを得ない雰囲気と申しますか、四度加行のような他に同時に行じる者との切磋琢磨や励まし合いがあれば、打ち込めるのも分かります。もしかしたら、私がやった呑気なマントラ行よりも、キチンと次第を踏んで50日間なら50日と、作法を行じた方がより一層即身成仏、或いは入我我入も尊い体験が出来たでありましょうや。

然し、今の私に云わせれば、それはダイエットが中々出来ない人が、矢鱈と器具を買い求めたり、スポーツクラブに入会して環境を整えなくては成しえないのと、些々たる変わりはないような気もします。まぁ何れも自己との闘いに打ち勝つことに何ら変わりも御座いませんが。相変わらず横柄で態度のデカイ法蓮でありますが・・さて、いかがでしょうや。


【汝、自らを制する者は仏の真理を制す】
空けて25日、そして26日と、1年11ヶ月に及んだ虚空蔵求聞持法から、晴れて解き放たれたワケではありますが、車に乗るとカップボードやインストゥメントルパネルに手を伸ばし、ガサガサといつものようにカウンターくんを探している自分に気付き、(あ・・もう止めたんや。)(いや、止めたんと違う。終わったんや・・。)そう思ったり、
はたまたコンビニへ行こうとする前に、「おい!カウンター見んかったかの?」と家内に聞いたり。既に五代目カウンターくんは満行のあと、聖天さまに御礼を申し上げ奉納したのは自分なのに。習慣とは怖ろしくも御座居ますね。え?アルツ?ただの頭の消しゴムのせいですか?あーですか(笑。そうかもですね。

兎に角、急にナンだか手持ち無沙汰になってしまったのです。
空虚感、脱落感、と申しますか・・。仕事で云えば、大きなプロジェクトの山場を越えたと云うか、手間隙かかった業務を終えたと云おうか・・。つまならないんですね、要するに。このままですと、他にも弊害が発症してゆくでありましょうや。例えば銀行とか。云いましたっけ?医者と銀行の話し。特に銀行は待たされるとアッタマに来ますよね。客を選ぶ最たる業態が金融機関であります。

ご存知だと思いますが、銀行は三時閉店ではありません。かつては、「おぅ!支店長いるか?」と電話一本で夜8時でも9時でも、「はっ。●●●会社さま! し・しょっ・少々お待ち下さいませ!」と、噛みながらも喜んで通用門を開きます。大抵は呼んでねーのに向こうから会社に来ます。
新規取引先にしたって、7桁のスーツをバリっと着こなし、5kg以上札束を詰めたアタッシュを持って、「資産運用で腕の立つ方を呼んでいただけますか?」と云えば、「ははっ!」とソッコーで応接室に通され、高級な玉露が出て参りました。
受付札など一度も取ったことが御座居ませんでした。それが今は、ヨレヨレの作務衣姿で、腰に薄汚れた手脱いぶら下げて行った日にゃあ、延々平気で待たされます。そんなとき、いつも虚空蔵求聞持法が荒ぶれる気を沈めて来てくれたもので御座居ます。

私にとっての、《虚空蔵求聞持法》の満行事実は、仏道を歩む今後の半生を賭けた大勝負、そして人生最大のゴールである、《秘密荘厳心》。果ては、《密厳浄土国家創造》までの些々たる一過程に過ぎません。そこに至るまでに、小さなゴールを何度も繰り返し掲げ、掲げては何度でも制覇する。《(おの)が覇者は、己がなり。》

私は此処に皆々様へ改めて宣言致します。虚空蔵求聞持法に代わり新たに、《一切如来金剛最勝王義利堅固染愛王真言》即ち、《愛染明王大咒》の三十万遍行に挑みます。キリが良いので(というか、消しゴムにどうされようと忘れぬよう(笑)、7月1日から始めます。
このご真言は、高野山金剛峯寺の名称由来ともなっている、密教の根幹経典、《金剛峰樓閣一切瑜伽瑜祗経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)》≒通称、《瑜祗経(ゆぎきょう)》における、前述の《一切如来金剛最勝王義利堅固染愛王心品第二》に御座いまして、三十万遍唱えると密教行法である一切瑜伽中において、一切の真言王たち並びに、金剛界大曼陀羅王が皆悉く集会(しゅうえ≒集結)し、最尊最勝にして速やかに悉地を得る。即ち、祈願成就を賜り、さらに普賢菩薩の位を得るとまで功徳に説かれております。

この儀軌(ぎぎ)を、遍照金剛空海大阿闍梨・我が偉大なる大師僧が、大変重要視したとされるのは、本来であれば、金剛界における明王代表が降三世明王であるところを、敢えて愛染明王にご本尊を改めておられることからも明白であります。これに挑みまする大きな理由としてはご存知の通り、愛染明王は我が三大ご本尊の一尊であることと、今後先の密教行法を成就するためでも御座居ます。

皆々様方、宣言の証人として、何卒宜しくお願い申し上げます。私は決して留まりません、慢心も致しません。
 法蓮よ、男であれよ。男として生き抜け。男として死ね。そして来世も未来永劫、男として生まれその役目を果たせ。《導かれし物事は、必ず成し得るのである。 ―法蓮合掌― 》
本日もご愛読、誠に有難う御座いました。


〜編集後記〜
禁断の(なんでやねん! 笑) 北斗宗家初代法蓮流・虚空蔵求聞持法の秘密がついに、今明かされる! って、大げさですが満行記念に一丁芸の一つでもと、初めて虚空蔵求聞持法を録音したりしてみたのであります。
この音声ファイルを宜しければご希望の方にダウンロード差し上げます。メアド存知上げておる方はその旨だけ、これに釣られ?(笑 ってんじゃないでしょうが、初めて法蓮とコンタクトを試みる方ならメアドを添えて、コメントして下さいね。(コメントアップ時は、削除しますからメアドは。)

ちょいと自作自演レビューしますと、(カシャカシャ・・)と聴こえるカウンターくんの音に注目して戴くと、唱えておる真言とリンクし、コンセントレーションのバロメーターとなっているのが窺い知れますよ。
左脳の限界を突破した最高速度や、はたまた右脳から左脳に引っ張られて不安定になっている箇所や、息継ぎ時のスローダウンも分かります。
テキトーに録音したので、恐らく大体、100遍ぐらいかなと思います。宜しければね。モチロン、勿体ぶって期間限定ご開帳です(笑。 だって、いつまでも云われたら面倒臭いじゃん。って、んな来るワケねーか(爆。・・来なきゃ来ないで寂しいな(笑。直メも大歓迎〜(爆。と云いつつ、一発目の人が申し出てからサーバーに上げるんで、少々お時間下さいね。 ね?ホント、面倒臭がり屋でしょ?

最近、悟り帳に書くのも面倒になってきて、ICレコーダーに吹き込んだりしておったのですが、遍路の際もやりましたがコレはコレで、そのときはいいんですが、あとで中身を照合しファイル名を入力しぃのって、結局面倒臭いんですけどね。
メモの方が、タグを着けておるので、一目で何のテーマに関する悟りか下書きかって一発で分かるんですけどね。私たちが死ぬような頃には、ドラえもんも出てきて、そうなりゃ「ファイル名!」と、録音するだけで自動的に書き込まれたりしてくれるんですかね。それこそ勝手に音声をレジュメにしてくれたらいいのに。もうあんのかな? 密かに開発してる人、ライセンスごと買いますから電話して下さい(笑。

しかし、パソコンって子供の頃からSF映画で観たりしてきたのと、随分まだまだ遅れてますよね?思いません? 「●●は、どうなってるんだ?答えよ!」とかって、映画の中で役者が云えば、タタタターとかって答えるでしょ?あーゆーモンだと思ってました、パソコンって。まだ超原始的だと思いませんか?人間のやること多すぎですよね。それじゃあんま意味ねーし。いちいち保護しなきゃ、ウィルスに侵されてんじゃねーよ!ってね。そんな虚弱体質でどないすんねんホンマ。ちょっとは鍛えろっちゅうねん。


〜故・マイケルジャクソンに捧ぐ〜
貴方は私の青春の群像そのものでした。
あれはまだ、レンタルビデオ店すらなかった16歳の頃、貴方の華麗なダンスが観たくて観たくて、給料の大半を投じて足蹴無く通った大阪のキタにあった音楽喫茶。
そこで流されていた、貴方のスリラーと云うアルバムのプロモーションビデオを、店員にウザがられようが何度も何度も繰り返し観て、必死で頭で覚えては仕事帰りに、隣のディスコへ行って練習したものでした。

ありがとうマイケル・ジャクソン。

わずか50年の生涯とは云え、貴方の魂は充分に燃え尽きたでありましょう。そして、世界中の人々の胸を熱くさせた事実は、未来永劫変わるものではありません。
私にとってもその年齢は、あとたった7年でやって参ります。そのときに我が身に、この世に何が起きようとも、貴方のように気高く熱く、そしてCOOLに生き抜きたいと思います。心からお悔やみ申し上げます。

こんにちまでの戦争や震災、毎日の事件事故病気怪我や飢えで亡くなられた、世界中の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。南無阿弥陀仏 法蓮合掌。





taihei0440 at 16:14コメント(5)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2009年06月04日

皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。


すいません!夕方にアップ間に合いませんでした!ごめんなさい。
ん? 夕方『以降』って書いたから、イイんか?
いやアカン! 約束は約束や。
言い訳するな! 逃げるな! 誤魔化すな! 正当化すんな!

すいません。ぜんぶ独り言です。無視して下さい。近頃、神仏やご先祖様とは良く話しますが、生きた人間と会話してないので独り言が非常に増えました。ヤベーかも最近(笑。


【ご挨拶】
冠省。希有なるえにしで結ばれし読者の皆さまへ。
既に速報にてご報告致しましたように、おかげさまで無事、虚空蔵求聞持法百万遍を満行致しました。早々と祝福のマッハコメントを下さった、マジシャン高橋さん、音羽さん。有難う御座います。普段の何倍も何十倍もとても嬉しかったです。そして皆々さまのご加護、ご庇護に深く感謝の気持ちでいっぱいです。

前回までで399回の連載をもちまして、第一章を締めくくりさせていただき、本日より新たな気持ちで第二章、【毘那夜迦-Vinayaka・遍路と巡礼 心を洗う神仏とえにしの旅】シーズン2として、今まで以上に皆々様のお役に立てるよう、日々チャプターを更新していきたい所存であります。

私ごときまだまだ、ゲゲゲの下僧であり、日々是修行を重ねるばかりで御座居ます。
一見信仰に何ら無関係な下らない記事も多々御座いましょう。しかし、道端の水溜りの如く浅き智慧ではありますが、私がこの稿にぶつけるその思いに、言行不一致は毛頭御座居ません。自らを欺くは神仏に対する最たる罪で御座居ます。

それら一語一句、いえ例え千語に一悟、或いは壱万行に一行からでも、皆々さまの望まれる幸福な人生に、一石を投じられれば真に恭悦至極に存じます。
今後とも未来永劫変わらぬご愛顧、ご教示賜れますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。


不一  法蓮合掌


【なぜに、一時満行?】
ホンマに百万遍やったと云えるんかい?
そう思われる方もいらっしゃるでしょう。仰せの通り、我が胸に手を当てずとも、私の虚空蔵求聞持法は、本来の虚空蔵求聞持法に非ず、本当はまだ百万遍に達していないのであります。それはご存知のように数を読むのに、ダイソーのカウンターくんを使ってきたので、数珠を爪繰っての本来修するべき虚空蔵求聞持法には、数が届かないのであります。

私の虚空蔵求聞持法は、いつでもどこでもをモットーに、山篭りせず期間を特に定めず、ただ実生活の中でひたすらやり続けてきた、云わば在家の修法です。後述致しますが、いつも数珠を持ち歩くわけに行かない普通の生活の中でも、何とか数をこなすべく原則的には、どんな場所でも何をしている時でも、真言を唱えて積み重ねて参りました。そのために、数珠ですと最低一巡しなければ、つまり100以下の中途半端な数では止められないので、カウンターを使用してきたのであります。

周知のように三重院での修行中や、徹マン(徹夜でマントラ行)などを修するときは、目標数までこなすことが出来ますので数珠を使用してきました。しかしそうして数えた真言は恐らく、百万遍の中で極僅かに過ぎないでありましょう。いっても多分、十万遍はないと思います。従って残りの9割以上はカウンターで数えた為、数珠で修する場合の実際の数、即ち百八万遍に届かないのであります。

私が日々勤行で聖天さまのご真言など、数珠で数えると珠を全て数えるので一巡しますと、両親珠・弟子珠合わせて114遍になると、以前の稿に書きました。そこまで敢えてする必要もないかと思いますが、この虚空蔵求聞持法に関しては、あと八万遍。どうしてもそれをやり終えなければならない思いに駆られ、これに明日より再度挑戦することを、この稿にて皆々さまに公言します。これが本稿タイトルの、【一時満行】なる意味です。


【一時満行に至り思うこと】
実はあと八万遍、これを修することについて、満行する前からそう決めておりました。多分、九十五万遍を越えたあたりからだったでしょうか。ハッキリ覚えてはおりませんが。

それでも今回、一応は目安にしていた百万遍を越えたことで、また自分の中で何かが変わったように思えました。今朝の勤行時では早速、前稿でお話しした例の世界一速い乗り物にまたがり、颯爽と高野山へ奥之院へ、遍照金剛空海阿闍梨の元へと飛んでいき、御影堂の前にてご報告と感謝の意を表して参りました。

そしていつものように、「再び我を高野山(たかののやま)へお導き下さい。」と。 「願わくば、千二百年ものいにしえの時を越え脈々と受継がれし、貴方様の開かれし真言密教の境地へとお導き下さい。そしてどうか、貴方様から真言密教の系譜を伝法灌頂を、世賢さん共々我にお授け下さいませ。」と。仏間の大師像も、ハッキリとお顔が明るく見えたような気が致しました。


何がどう変わったのか、まだ具体的にこうだあうだと明確には分かりません。ただ、聖天さまの御前に向き合ったときも、心なしか普段より晴れ晴れしく、また堂々として手前味噌ですが、幾らか誇らし気に笑みを湛えていたようにも感じました。
この感覚は、歩き遍路を終えたときと非常に酷似してろうように思います。先ほど、明日からあと八万遍と申しましたが、今日はそんなこんなで、虚空蔵求聞持法はお休みです。こんなメリハリもタマにはよかでしょう。観音経写経はどうしようかな、別件だし・・・。

まぁ兎に角、そんなこんなでここを一つのケジメとし、気持ちも新たに第二章というこに相成ったわけで御座居ます。私は人と話す時も、こうしてモノを書く時も、どうしてもどっかしっかについ、お笑いを入れてしまう習慣があって、アホみたいですが書きながら自分でニヤニヤと、読んでる方が噴出してくれないかな〜とか、これおもしれーんだけど、など常々考えてしまうのです。

いや考えるというよりむしろ、自然反射的にやってしまい自分では止めようがありません。なので、最終回に驚かせてしまった高橋さん、狐天狗さん、ごめんなさい。あれもちょっと、突発的に書いてしまったギャグのつもりもあったんですが。でもいつか本当にそのときが来たら、貴方がたには真っ先にでもメールしますって。なんせファミリーなんですから。
ファミリーって? 狐天狗さんに訊いて下さい。オールバックはしなくていいですよ(笑。水臭いことは一切なしです。どうかせいぜい、哀しき大阪人のサガ、悲しき口笛とでも思し召し下さいませ。

是非、また美味い酒を酌み交わしましょうね。
そうそう、この数時間、最後の追い込みでほとんど寝ていません。毎朝、聖天さまに捧げているマッコルリが、画像の通りに溢れんばかりにコップいっぱいに溜まっても、お下がりを呑むことが出来ず、達成時に嬉しくてお下がりを頂きながら、皆さんへの第一報を書きました。

呑むと眠くなりますよね。そうでなくても、もうろうとしてるのです。口では唱え続けているのがハッキリ意識としてあるのに、指が全く動きません。真言はドンドン進みますが、何十回、下手すれば百回行ったんじゃないと思うほど、手が動かないのです。そこに自分が居るのかすら分からなくなります。どこ行ってんでしょうか。

しかしアレですね、あんだけ散々飲み歩いていたのに、酒が随分弱くなりました。
歳のせい?一気飲みのせい?ただの気のせい?。


【虚空蔵求聞持法データ】
前回九十万遍から・・延べ57日間(約1754遍/日)
初日(7年7月23日)から・・延べ682日間(約1466遍/日)

前回九十万遍の稿にて公約した通り、一日平均値は前回、前々回の八十万遍達成時の862遍/日は勿論、初日からの平均をも上回せることが出来た。

それにしても682日間とは長すぎるで。のんびりし過ぎやっちゅうねん。普段、メチャクソ気ぃ短いクセに、こーゆーことはどんだけ呑気にやらかしとんねん。なんとか二年を待たずして出来たもんの・・・
おっと、あと八万遍やらんとアカンのだった。本年7月23日まであと、48日間。一日1666遍以上のペースで追わねば間に合わんではないか。呑気に今日はお休み、「そんなメリハリもよかこと」だの云ってる場合か?そんなんでヤマトは地球を救えるのか?(笑。

されど682日間。
よく諦めずに続けてきたと、自分を褒めてやりたいです。私は早くから自立し親と離れたせいもあり、本当の意味での人生の師、助言者たるメンターを持たずに生きてきました。わざとじゃなく、巡り逢えなかったのです。松下幸之助なども勝手にメンターの一人です。そうやって勝手に師を仰いで来たせいかも知れませんが、いつも自分で自分をシゴキ倒し(Mじゃありませんが。)、その分何か達成出来た暁には、自分で褒めることをよくしてきました。

やると決めたら諦めない。へこたれない。挫けない。殺されてもやり通す。 あそうそう、この画像『男たるもの』は、かつてビジネスに没頭していたころ、各店舗などに掲出していたもので、最後のオフィスから持ち帰ったものです。久しぶりに見ると随分色褪せておりますが、思えば仏教の「ぶ」の字も知らない頃から、「色即是空、諸行無常、盛者必衰」などと、こんな仏教用語を取り入れていたのに驚きました。ちゃんと意味分かって使ってたんでしょうかね(笑。

私にとっての虚空蔵求聞持法百万遍は、こんにちまで費やした遠い遠い道のりでした。しかし、四国歩き遍路もそうであったように、ハイキングすらしない、インドアナイトライフ派の私が、あの途方もなく思えた四国全土一周も、ただただ歩き続けたことによって満行しました。歩みさえすれば必ずゴールに辿り着くのです。

ほら、イチローも云ってるでしょ。「確かな一歩の積み重ねでしか、遠くへは行けない」と。私はあまりTVを観ませんが、ブログを書いているときなど、目の前で家内が容赦なく観ているTVのCMが聴こえてきます。それだけでも、こんな素晴らしい名言が手に入るのです。なにも偉人の書いた古書だけでなく、映画然り、何気ない会話然り。それらを己の人生の肥やしとするのか否かは、貴方次第で御座居ます。このブログもそんなダイヤの原石、即ち金剛の一欠けらでありたいと願います。


【カウンター虚空蔵求聞持法のメリット】
書き足してるとバンバン長くなります。いつもことなのでご容赦下さい。
前述しましたように、数珠を使わないことのメリットも沢山御座居ます。兎に角どこでも出来る、どこで止めても数が分かる(但し、紛失しなければ。私のカウンターはかれこれ五代目ぐらいだと・・)。具体的には今まで述べたこともありますが、初めてご訪問下さった方の為にパパパーっと羅列します。

『いつでもどこでも』がモットーです。外へ出る時は必ずカウンターくんを持ち歩きます。車の運転中、地下鉄など乗車中、駅までの徒歩、スーパーへの徒歩、(あー歩き遍路でやっとけば良かった。終盤まで余裕なかったし。)スーパーの中で売場移動中、レジ待ち中、銀行や医者で順番待ち中、(←以前は、しょうちゅう発狂寸前でしたが、全く待つのが苦にならなくなりました。)、駐車場順番待ち中、などです。

これはある意味、自分にとって大きなメリットであり、変化でありました。
例えば、私は元々人に待たされるのが大嫌い。自分の時間を阻害されるのも忌み嫌ってました。しかし、それまでイラチ全開で待ったいたような時間を、全てこの【虚空蔵求聞持法】に使えるのです。
ウチには今、車が一台しかありません。これは免許所持者に一台が当たり前の群馬ではありえない事です。アパート経営も、二台確保しないと入居者は見込めませんし、群馬に来た頃のカルチャーショックの一つでしたが、居酒屋に駐車場は常識。コンビニも駐車場のキャパが日販に比例することから300坪が常識です。
ですから、家内の買い物や諸用に付き合っても、例え何時間待たされても、ダルいのはダルいですが、その分、虚空蔵求聞持法が進めば良しとも思えるのです。

公園や寺院の境内などに坐してやったりもしました。あと、パソコン起動待ち。これ以外とイケます。システムアイドルが落ち着くまで結構ありますし、タブブラウザを使ってますが、それが起動してスタートアップに設定している6サイトが、全部表示されるまで大体、300遍イケます。近所のコンビニ往復でも大体300遍。ってことは、PC起動してからコンビニ往復出来る。こんな時間の定規にも使えます。さらに拡大利用価値あり。あと、FAXの送受信中とかね。


但し、『いつでも』とはいえ、貴方がもし実生活で虚空蔵求聞持法をおやりになるのなら、不浄な場所や不浄な行為(仏教的に)の最中は、やはり避けた方が賢明でしょう。例えば、(幾ら私でも流石に・・)ウンコしてる時とかトイレの中、もう随分してませんがエッチの最中とか、ナニしてもらってる時とか、(←以前は、タバコ吸いながら、バーボン呑みながらとかフツーでしたが(笑)、

あ・入浴中はいいですよ。清浄化する場所ですから。真言がエコー気味に響いて気持ちよくなります。但し、カウンターを濡らすと壊れます。風呂で飲むのもタバコ吸うのも好きでした。今やりませんけど。
他には、テレビ見ながらとかは止しましょうか。まぁ車の運転中も視界を広げて情報を得てますから、理屈ではどうかと思いますが、テレビは娯楽ですしね。遊びながらってのはちょっと。音楽も聴かない方がいいですね。無論、飲酒喫煙もダメでしょう。また浮かんだら追記します。


【死ぬ気でやるということ】
よく、死ぬ気でやるって云いますよね。死んでも何々してやるんだ!って。あれって、死んでもあの世でやり続けるってことじゃないと思うのです。

例えば、虚空蔵求聞持法。やると決めたら、死んでもやる。この場合、物騒になったとはいえ、まだまだ日本は治安いい方ですが、突然強盗やなんかにカチ込みされて撃たれたとします。或いは、心臓発作で突如倒れたりして死に至ったとします。新妻腹上死はもうナシです(笑。

そんな在り得ないかも知れない、万一の何かが起きても、殺されたって何したって、そのときにその瞬間にやっていること、やり続けていること、己の信条とし続けていること、今際の際(いまわのきわ)に至るまで思い続けること。これが、【死んでもやる。】【死ぬ気でやる。】と、いうことだと思うのあります。

ベッドの上で女と戯れているときじゃなく、高級車にふんずり返って乗っているときじゃなく。【死ぬ気でやる】のであれば、それが写経でも、読経でも、マントラ行でも何でも、何してるときも同じです。或いは今までの私で云うビジネスに関してなら、定めたビジョン復は志した目標に、毅然とした態度で臨み、果敢に勇気を以って自分と向き合い、或いは敢然と立ち向かう。
信長然り、例え志半ばで朽ち果てようとも駆け続ける、どんな運命に晒されようとも。それが死んでもやるということ。だから死んでもやれっ! はい、絶対やります。


まーまた、調子ん乗って恐れ多くも公言してしまいましたが
第二章のゴングは鳴りました。人生のリングからは誰も逃げられません。
そんなこんなで御座居ますので、今後とも皆々さまからの倍旧のご愛顧、より一層のご支援が賜りますよう、伏して心よりお願い申し上げます 。有難う御座いました。


感謝合掌
法蓮 百拝



〜編集後記〜

続きは、トゥルットゥトゥトゥンのコーナーです。
これは常連さんにしか分かりません(笑。
ノンパスワードですが、ご興味ある方のみ、クリックを。

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taihei0440 at 23:27コメント(4)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。


祝!虚空蔵求聞持法

百万遍達成!!



これもひとえに、芦屋の知己ことテルさん始め、長きに渡りひたすら応援し続けて頂き、励まして下さった多くの方々のおかげで御座居ます。

マジシャン高橋さん、音羽さん、狐天狗さん、南国鳥さん、世賢さん、細見さん、桃さん、ちょこさん、toraさん、四乃四四さん、ムラさん、耶蘇善財さん、慈泉さん始めスティーブンさん・佐藤さん・奥さん・新井君、得度の同志たち、千翔さん、日傘遍路さん、TCさん、kさん、三重院村上先達、小林阿闍梨、遍照金剛空海さま、聖天さま、三面大黒天さま、愛染明王さま、ご先祖さま、岡さん始め四国でお世話になった沢山の方々、今まで出遭った全ての方々、これから出遭う全ての方々へ。

本当に本当に有難う御座いました。
心から心の底から感謝の気持ちでいっぱいいっぱいです。


本日、これをもちまして誠に勝手乍ら、当ブログ【毘那夜迦-Vinayaka・遍路と巡礼 心を洗う神仏とえにしの旅】の連載を終了させていただきます。

永らくのご愛顧、誠に有難う御座いました。



感謝合掌
法蓮 百拝




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2009年04月08日

 虚空蔵求聞持法もようやく九十万遍。いやぁ〜今回は長かった〜。
いつものようにデータは次の通りである。前回八十万遍が12月の13日。
それから116日。ただの偶然だが、前々回の七十万遍は8月19日から同じ116日目。

あら・・長かったように思えたので冒頭そう書いたが、計算したら全く同じペースだったのね。(笑

従って一日平均も、過去記事からコピペして862遍。
自分が虚空蔵求聞持法を始めた初日、2007年7月23日からは、トータル626日間で1437遍/一日平均。

・・ふぇえ〜もうこれこれ、一年半以上もやってんの?
本来ならば、道場に山籠してぶっ続けで五十日ないし百日の行という。
一日一万遍ないし、二万遍。自分のチンタラペースではとても行とはいえんわい。

うっ?・・しかも、初日からだと一日平均が落ちている。前回は1571遍だった。
ってことは、それ以前と比べてやはりペースが落ちている=サボってるという証拠ですわ。
まぁしかし、悲観せず、せっかくここまで来たんやしぃ。泣いても笑ってもあと十万遍。
何とか二年を迎える前に、見事結願満行日を目指して、とにかく頑張りまーす。


090409_1850~0001そうそう、聖天さまのご縁を頂いた芦屋の知己より、突然プレゼントを頂戴した。行者日誌―虚空蔵求聞持法 (1985年)という、本である。
著者は『古梶 英明』。師は1981年(昭和56年)に、広島―宮島の総本坊、大聖院(正式名称は喜山水精寺大聖院。霊峰・弥山の麓にある真言宗御室派の大本山)その弥山(中国の須弥山=しゅみせん に似ていると云われる)の頂上にある、虚空蔵菩薩を本尊とする秘密練行場、求聞持道場にて虚空蔵求聞持法を五十日で満行された。
二年後の弘法大師御入定1150年御遠忌の1983年に、真言宗大覚寺派 桔梗山 三明院(さんみょういん)を開山され現住職をされている。らしい。

この本を戴くまで、師のことは全然知らなかった。というより、真言宗御室派の大本山って・・?この霊峰・弥山、大同元年(806年)に、弘法大師空海が三鬼大権現を勧請し開基したそうな。・・え?チョッと待ってや。そやの?お大師さんが虚空蔵求聞持法を修行されたのは、阿波の大龍嶽(たいりょうのだけ)と、土佐の室戸岬のいずれも四国の二箇所だと思っていた。それが広島の宮島?厳島神社のある?海に浮かぶ大鳥居の?世界遺産の?シツコイ?(笑

お大師さん、いつの間に広島くんだりまで行ってはったん? 第一やね〜、806年ちゅうたら、お大師さんが唐から帰ってきたばっかりの年やん。しかも10月。それから入京したのが三年後の809年。それまでは大宰府・観世音寺に滞在されたとされるが定かではない。ひょっとすると、この間にまたウロウロ山岳修行していたのか?
宮島や厳島神社は元々観光では訪れたかった場所である。お大師さんとこうも由縁があるのなら、増してや求聞持道場があるやら、山岳信仰の修行場だと聞けば是非とも訪れたいものだ。


 とか何とか誤魔化しながらゴチャゴチャと、すっ呆けて書いているが、実はこれを戴いたおかげで、この度の九十万遍が達成できたと云っていい。本当は八十八万遍あたりから、あと二万遍がなっかなか覚束なかった。
過去に一晩で詰めきった事例もあって、たった二万遍や、徹マン(徹夜でマントラ)やれば、んなモンあっちゅうまじゃい!と高を括り、何度かトライしたが、別のことを始めたりぃの、寝たりぃので全然進まなかった。それが御本を戴いて、こりゃやらなあかん!ちゅう気になって一気にやってしもうた。

そやから今回の達成のホンマ、芦屋のテルさんのおかげです。いつもおおきに。
有難う御座いました。感謝合掌



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2008年12月13日

前回の七十万遍が8月の19日。あれから116日。
43歳の誕生日を前日に控え、何が何でも八十万遍まで突破すると決めた。

実は9月、10月とほとんど丸っきり一日、一遍も唱えなかった日が多かった。
言い訳を幾らしても、誰も関係ないし、自分も納得できない。やるしかないのである。

こういった切欠がないと、ギリギリ自分を追い込めない。
いや、ギリギリ追い込まないと本気になれない性分なのか。

虚空蔵求聞持法を始めた初日の2007年7月23日から、数えて509日が経過した。
トータル平均、一日1571遍。前回の七十万遍からは116日間で一日平均862遍。

結果、徹マン(徹夜でマントラ)して、この日無理やり二万二千遍を唱え
なんとか八十万遍を突破した。やっと五分の四まで出来た。あと、二十万遍。


この日は丁度、午前二時が満月。
零時から二時まではバルコニーに脚立を持っていき、
満月行と重ねて虚空蔵求聞持法を修した。

時折、薄い途切れ途切れの雲が何度も満月を覆うも、
不思議と満月は、その雲の前へ前へと出てくる。

まるで雲が満月を避けるかのように、満月の後ろを取っていくかのように、
満月は姿を隠すことなく、雪が積もったかのように、周りの家々の屋根を照らし続けた。
スェットで二時間、深夜に外にいるとしんしんと身体が冷えたが
稀に見る、とてもとても力強い満月で、存分に満月パワーを充電できた夜だった。
これも日頃の信仰の御蔭と感謝。本当に有難う御座いました。



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2008年08月19日

 また暫らくのご無沙汰になってしまった。
この10日間も皆さんにお伝えすべく、様々な変動や気付きと仏縁を得た。
ダイジェストすると、10日には知人の主宰する金融セミナーへ出向いた。彼はあの911テロのワールドトレードセンターの105階で、世界で6人しかいない日本人の一人として、トップデリバリートレーダーやCFO(財務役員)の経験を持つ、金融業界のプロフェッショナルである。
同じ大阪を同郷とする彼の講演は、小技も随所に効いていて大変楽しくプロの金融知識が学べる。半年振りに彼の顔を見たかったのも、彼のプレゼンテーションスキルや豊富な金融知識が、今後の救済事業に大いなる力となるであろうし、何よりも彼に惚れこんでいるところは、彼の大義名分である「知識の希薄な大衆から金を巻き上げる、利益優先の日本の金融業界が許せん!」と、大手金融機関に宣戦布告をしていることである。

税金もそうだが、保険にせよ、銀行や証券会社にせよ、知識がないだけで奴らにいいように食い物にされてしまう。そのほとんどは善良な一般大衆である。長く金融業界に身を置きそれを痛感した彼は、少しでもそんな方々が大きな損失を出してしまう前に、知識武装して大切なお金を守る方法を全国のセミナーで説いている。しかも、彼の講演は一切無料である。在り得ない価値の内容を無償で提供してくれるのだ。
彼の経験と知識なら、例えば流行のFXなど幾らでも適当な内容で情報商材を作れば、簡単に5000万ぐらい稼げるだろう。しかし、彼は私利私欲に走らない。そこが男気である。

なぜなら、巷に溢れるFXで儲ける方法を教える情報は幾らでもあれど、実際は損害を出しいる人の方が多い。では、どうやったら損を出し難いか?プロはどうやって実際にリスクを避けて本当に稼いでいるのか? 彼が作るなら、そんなにわか投資家の立場に立った、質の良いものを作るだろう。しかも彼のことだから、もしかして無料かも知れない。実現すれば金融界のみならず、ネットビジネス界にも強烈なインパクトを与えるに違いない。

彼とタッグを組む、ドイツ語と英語を自在に操るT氏もまた素晴らしいスキルを持ち、とても誠実な青年である。二人とも共通の知人であるが、彼らの運営する金融に関してのホームページがある。特にお子さんのいらっしゃる方は、非常に有益な情報が無料で手に入るので是非アクセスしたら如何であろう。ざっと読むだけでも相当勉強になる。無料レポートや無料メルマガもサイト内から申し込める。ご連絡下されば直接ご紹介も可能である。『常識は非常識!?あなたの知らないお金の上手な使い方』


続いて翌11日には、三重院での滝修行。
前にお知らせした8月5日から行なわれた、ひとなぬか夏季特別滝修行の最終日に行ってきた。村上円信副住職にお会いするのも四ヶ月振りだった。この日は同じ群馬県の太田市から、40代のご夫婦も連れ立って参加していた。在家でも信徒でもなさそうだったので、体験修行に来られた方のようだが、先に行なわれた山伏修行にも参加されていたようだった。一般の人もそういった機会で心を洗い、自然の中で自分を見つめ直すのも大変良い気付きが得られると思う。そういった意味においても、宗派や在家、僧侶を問わず広く一般に修行機会の門戸を開いている、村上円信副住職も今の歪んだ世に貢献すべき尽力されているお一人だと思う。

ひとなぬかの間、毎日全て異なる滝を案内してきたそうなのだが、偶然最終日は前回自分が行ったのと同じ、「人影の滝」(不動の滝)だった。「あれ?前もここだっけ?」「最後はここって決めてたからねぇ」と副住職。いえいえ、それ故理由があって最終日のとりに選ばれる滝なら文句もあろう筈がない。逆に嬉しくも思えた。今回は日帰りなので、前回のように前日の夜に井戸の水を浴びて水行することはなく、集合からすぐに滝へ向かった。
あれは本当に滝の数倍冷たかった〜 
「人影の滝」の場所など、ご興味ある方は三重院での過去記事をご覧下さい。

副住職⇒ご夫婦⇒自分と、四番目に滝に入る順序だった。
前回の4月より当然水温は高く、一層の爽快感を期待していた。しかし一度目に入った途端、轟音と共にバットで頭を連打されるような激しさに、爽快感どころか頭を避けて肩に当てようとするので精一杯だった。
水流が強いのか? 気合が足りないのか? 二度目は副住職が滝の中心部で浴びたあと、反対側に出たのを見て、(あぁ、そういや前はあっち側へ出たっけな。中心の方が浴びやすいのか?)そう思い、真ん中へ飛び込もうと決めていた。ところが、先のご夫婦のうち奥さんが激しい滝に押されて前につんのめり、沈んで浮いて来ない。隣にいたご主人より先に(笑 駆け寄ろうとしたが、なんとか自力で這い出してきた。すると続いて入ったご主人も同様に前に吹っ飛ばされた。

水流が更に強くなったのか? お二人とも滝は初体験である。経験者の自分まで流されるワケに行かない。さっき決めたように、滝の中心部へ行ってしまえば大丈夫だろうと飛び込んだ。ところが、自分まで激流に呑まれた。前回は平気だったのに鉢巻で締め付けてあったメガネも吹っ飛び、足元が全然見えない。
キックボクシングの後遺症もあり、極度に目が悪いのだ。中心部へ必死に歩こうとするも空しく、落としたメガネに気に取られて、もろに真横から激流を浴びてしまい、右へ大きく流された。

これにはアッタマに来た。
本当に気合が足りないのか?足腰が弱くなってるのか?昨日、セミナー後の懇親会で飲みすぎたせいか? 「くっそ!」恥を隠すように、流されていく鉢巻は追いかけたが間に合わず、皆さんも一緒に探してくれたがメガネも見つからない。三度目も中心部へ行こうとトライしたが、やはり激流に勝てずに引き返して端の位置でその分長く浴びた。
終わって、副住職が枝にひっかかっていた鉢巻を拾って下さった。どうしても中心部へ行けなかった、足元をすくわれた悔しさが拭いきれず、その無念さと、どうしたら中へ行けたのかを副住職に訊いた。彼の回答は穏やかで優しい。身長もそれほど高くはなく細身の彼は、体育会系の無骨さや横暴さはなく、激しい修行を日々こなしていても物腰も繊細である。

滝の帰りにお決まりの温泉へと山道を走る。
ここでも思ったが、彼の車の運転のスムーズさである。そこそこスピードは出ていても、決して乗っていて身体が前後左右に不快に揺られることはない。粗暴な自分はこういった運転がとても苦手だ。阪神高速や首都高の合流車線を真横に滑らせるのは大好きだったが、こんな優しい運転は出来ない。
若いころ、丁稚奉公の恩師の運転手をしていたころも良く怒られた。そんな話しを彼にすると、彼もまた京都で修行中に住職を乗せて走る際、手にコーヒーを持っていても零れないような運転を心掛けたという。ほぉー。そりゃスゴイ。彼の繊細さがなせる技であろう。相手を労わる気持ち。きっと女性の扱いも同じなんだと修行中に不謹慎なことを考える(笑。 その点でも自分は、「もっと優しくしてくれないの?」「愛がないな〜」としか云われたことがない(爆。

次が16日の事業撤退報告。
12の事業を4社でまとめる、我が社のグループでひとつだけ、FC(フランチャイズ)事業があった。FCの仕組みや小売の勉学のためにと関わったが、やはりFCはどこまで行ってもFCはFC。つまり、胴元である本部が損することなく巧妙に仕組まれている。当たり前と云えばそうだが、不動産でも何でも契約書は作成側に有利となっている。全国で訴訟が絶えないのも頷ける。

確かにFCは小資本で大きな市場を共有できたり、全て自前で始めるよりはリスクも少ないと云うメリットがある反面、加盟店側の収益は乏しく経費も大きい。その利益はせいぜいひと家族が食べて行けるのがやっとではないか。脱サラで商売を始めたい人や、夫婦で生業(なりわい)として捉えるならいいが、事業としての旨みはない。実際、FC加盟店でミリオネアになりましたって人の本など見たことないだろう。これから加盟を考えている人はご考慮されたし。相談なんでも乗るよ。勿論無料。

ということで、7年やってきたFC契約を残り3年で中途解約した。
二年越しの根廻しや交渉も実ってか、はたまた聖天さまのご利益か、違約条項に抵触することも紛争に発展することもなく、無事解約に至れた。
同月9日は、この店舗での最後の花火大会のイベントのため、また今までお世話になったお客様への恩返しのつもりで、何年かぶりに前線に立って長時間の接客を楽しんだ。
このFC店撤退を機に、今後四つの会社もそれぞれ分割譲渡することに決めた。今までの自分が築いてきたものは、今までの自分が歩んできた道。それと完全に決別して、ゼロから救済事業に打ち込んで行きたいためだ。また救済事業へ注入する資金を確保するためでもある。そのため何だかんだと忙しい。



さて、こっからが今日の記事。

長すぎるダイジェスト。ちっとも要約になってない(笑。

実はゆうべ、徹マンした。と云っても、マージャンではない。
あ、自分はパチンコ、マージャン、競輪競馬は一切やらない。呑む打つ買うの、打つはしないのか? そうではない。自分は博打打だと思ってる。株だって投資だってある意味ギャンブルと同じだ。博打は手本引きやバカラなどレートが高く、勝ち負けがデカイのが好きで昔はよくやった。ラスベガスも大好きだ。どうせなら人生を賭けるような博打がいい。
パチンコをやる方を批難はしないがお止めなさい。あんなゲーセンと変わらない雑音の中で、決して座り心地も良くない小さな椅子で長時間遊んでも、大して勝てないでしょう。その時間とお金をもっとお金を産むことに使った方がいいですよ。

なんの話しだっけ?
そうそう、徹マンの話(笑 徹夜でマントラを唱えること。自分の場合は、勿論、虚空蔵求聞持法。
実は滝修行に行ったときに、副住職に「何遍行ったんだい?」と訊かれたときは、68万遍だった。「よく一年以上続けてるな〜」と褒めてはいただいたが、恐縮してしまった。なんのことはない。ただ、毎日必ず何遍と決めてないから、ダラダラ時間がかかっているだけである。滝のあともカウンターを失くしたり、車の移動時は同乗者がいて会話が多かったりと全然進んでなかった。ついつい怠ってしまいがちだ。思い切ってたまに徹マンするのもいい。

また、これに至る寸前の、激闘五時間の大口論が引き金ともなっているので、女房にも感謝したい。出家して、世の中や人様のことを救いたいと一心に物事をすすめていると、つい、自分が外道だったことを忘れてしまう。しかし、唯一自分が鬼畜生だったことを思い出せてくれるのが、ある意味女房である。有り難いと同時に、その外道へ舞い戻らそうとするのもまた女房である。

支離滅裂な感情論を振りかざす彼女の話しに耳を貸しながらも、(あぁ、こうやって、以前のように大きな声を出さずに、聞いてやる態度をとれるようになったのも神仏のおかげだな・・)と思える。
「今まで自分がしてきたことって、いつも脅しか切り捨てのどっちかじゃない!」
・・・確かに、おっしゃる通り。筋金入りの外道やね〜(笑。しかし、いい加減延々それが続くと堪忍袋の緒が切れそうになる。
自分が人にされて最も頭に来る二大要素。
それは誰であろうと指図されることと、時間を無駄にされること。仏道を歩み出しても、こればかりは性分なのでどうしてもしのび難い。が、そうやって時間を潰されたおかげで、胸糞悪くなって眠られず徹マンに及んだのだから、良しとするか。ワシってやっぱり前向きじゃ(笑。

午後11時半から始めて午前4時半過ぎまで約五時間。
最初はベランダで一万遍やった。今月は17日が満月の日。いつものように、満月行をしたかったのにずっと曇り空。この夜も雲ってはいるものの、厚い雲の向こう側から明るい月の光がぼんやりと映りこみ、照明を付けずとも数珠の数が見えた。後半は仏前でろうそくの灯りだけで。その内、遊びに行ってた息子が真夜中に帰ってきて、暗闇でブツブツ唱える、袈裟を着けた親父にひっくり返りそうに愕いていた(笑。

結局合計、二万遍。70万遍を突破した。
ついに三分の一を切った!やったー!もうゴールは見えた!
虚空蔵求聞持法やマントラ行を長くやるときは、二三千遍に一度の割合で一服したり身体を動かしたりした方がいい。増して深夜だと、マントラ独特な睡魔に襲われる。途中、時計を見て大雑把に計測したら、千遍で10分だった。ってことは、100遍が一分。1遍は平均0.6秒。一秒切っている。以前計ったときは、千遍に20分要していたので倍にスピードアップしている。出だしやキリのいい終わり際などではスローダウンするので、最速時は0.6秒/遍を越えているはずである。それに数珠は100ではなく、108あるので厳密にいうと0.55秒/遍が本当なんだけどね。なので一度の息継ぎで以前なら20〜25ぐらいだったのが、今回は40〜50ぐらいまでイケた。

「なんやぁ〜その気になったら、二万遍ぐらい一晩で出来るやないかい」と思いつつも、これが毎晩というワケにはいかない。ただ、今回の実績はまた自信にも繋がったので、残り30万遍、徹マン15回分。100万遍まではそう遠くないと思えた。

546a2e86.jpg マントラを終えてシャワーを浴び、5時過ぎからお給仕をして、花の水を替える。
我が家は今年からエアコンを付けていないので、日中暑いせいか榊や佛花がすぐ枯れる。
分かり難いかも知れないが、画像の榊も、本来交換は1日と15日だけなのだが、傷んでるしお盆前だしと、替えたばかりなのにもう茶色の葉だらけになっている。7時半に勤行を終え、息子を起こして仕事へ行かせ朝食を食べ、ソファで寝て起きたら午後一時だった。ちゃんちゃん。





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2008年05月27日

虚空蔵求聞持法とは、虚空蔵菩薩のご真言である
「のうぼぅ あかしゃ ぎゃらばや おんありきゃ まりぼりそわか」
これを、ただひたすら百万遍唱え続けることである。

 唐に渡る前、若き日の弘法大師も四国、室戸岬で修された。
宇宙の言葉である、マントラ(ご真言)を、定められた回数唱え続ける行や修法を、マントラ行(ぎょう)と一般的に呼ばれる。 聞いただけでは、「なんだ、ただ唱えるだけのどこが修行なんじゃい?」 そう思われる方もいらっしゃるだろう。

 しかし、虚空蔵求聞持法は難行中の難行、苦行の一つとも云われる。実際におやりになれば一番身に染みて実感されるだろうが、ただ一心不乱にひたすら唱え続けるのは、これが実際なかなか容易ではない。
極端な例えだが、家族や大切な恋人など大切な相手を人質に捕られて、どこかの寺院に幽閉されて、百万遍唱えきらないと殺されるとか、そんな状況下でムリやりやらされるならともかく、俗世において普段の生活をしながら、毎日時間を割いて集中力を継続させていくのは、やはり生易しいものではない。


開始日:平成十九年七月二十三日
所要日数:三百と九日
一日最大回数:一万四千遍
一日平均回数:約1618遍

百万遍まで、あと五十万遍。


今日までの三百九日間、
一遍も唱えない日も、何日もあった。

歩き遍路中も、最初は前に進むことに夢中で
ほとんど、最後の徳島に入るまで全く唱えなかった。


しかし、ようやく半分まで来れた。
まだまだ、百万遍達成まで道のりは長い。



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2008年04月29日

 四時に寝て、五時に起きた。
間もなく五月五日は立夏。五時でもすっかり明るい。
佛花や榊の水を替え、お供えをして一時間の勤行を終え、
久しぶりに河原へ行き、早朝の虚空蔵求聞持法を修した。目標は四十万遍突破。

散歩中の人たちに、朝っぱらから河原でお経?を上げてる変なヤツ
という目で見られながら、一心に頑張った。

虚空蔵求聞持法は習慣づけないと、中々普段の生活をしながらでは進捗しない。
三重院でのマントラ行以来、勢いが戻ったので、そういう意味においてもあの行は良い機会だった。
とはいえ、まだ半分にも達しない。休むな! 続けろ!

西国巡礼が終われば、四度加行が始まる前にもう一度四国に渡って
室戸岬の御厨人窟で、百万遍絶対満行を目指す! ここに宣言!




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2008年04月14日

滝修行最高! 〜修験道宗 三重院〜三泊目

 ガランガラ〜ン・・・
05:50 「ぎえっ!しまった!」
 これは、住職が本堂へ入るときに入り口の鐘を鳴らす音である。
勤行は6時からだが、少々早かろうがお寺の勝手だ。早い話しが寝坊じゃあ〜本来、先に本堂へ行って勤行の用意をしておかなければならぬ立場の自分は、布団を放り投げドタドタと一目散に階段を駆け下りた。
しかし不思議だ・・。携帯二つと目覚まし時計の、三つのアラームで起きれないのに、外で聞こえる決して大きくない、あんな小さな鐘の音で不思議と目が覚めるのはナンでなんだろう?
「鐘の音=住職の怒りに触れる」の図式が、既に頭の中で組みあがっているからか?(笑 

「お早う御座います!」
「うむ、お早う。顔は洗ってきたんかい?」
「はい!」・・ ウソである。
「口は濯いで来たんかい?」
「はい!」・・ これもウソである。(笑

 手洗い場は、宿坊から本堂を越えた反対側にある。まっしぐらに二階から駆け下りてきたのだから、絶対バレバレのはずだ。そんな住職の、疑い深〜い眼差しを無視してそそくさと、灯明に火を燈したり準備に参加しだす。

「オイ! それはイカン!」
「はい、すいません」
あとで顔を洗いに行くためのタオルが、首に巻きっ放しだった。相変わらず良く怒られる(笑。

 以前、歩き遍路の記事でもお伝えしたと思うが、自分は外泊したときは必ず我が家のご本尊やご先祖、神々を拝むために常に神棚と仏壇の写真を持ち歩いている。
仕事で出張などの時は、我が家の神仏のための勤行一度で良いが、この修験道宗 三重院のように他宗の寺に泊まったときでなくとも、寺に泊まればその寺の勤行に加えて二度勤行しなくてはならない。
が、三重院の朝勤行はおよそ50分近い。終われば7時近くになって、すぐさま朝食の準備を手伝わなくてはならないので、朝はせわしない。


 食事の準備をしていると、住職が「コレは、アンタのか?」と、タオルと歯ブラシを持ってきた。
食後に使おうと横着して、本堂の上がり口に置きっ放しだった。また、怒られた。(笑
なぜか教えて貰うのを忘れたが、本来、滝修行は午後二時かららしい。だが、今日は両住職とも予定が入っていて忙しい。そのため8時半集合、9時出発となった。そんな慌しい折に、滝修行をお願いして反って申し訳なく思った。
 修行中の食事は非常に簡素である。肉、魚、玉子も一切無し。
歩き遍路を終えて既に四ヶ月。以前のように、毎日外食〜やれ特上カルビだステーキだ、ってな贅沢三昧はしていなくても元々食欲旺盛、中年になって多少は魚好きにやや傾いてきたとはいえ、元来超肉食。
毎日好きな物を好きなだけ食い続け、トレーニングもしていないので、せっかく歩き遍路でペシャンコになった腹は、すっかりメタボ腹に戻りつつある。だから、こんなときぐらい粗食も身体に良いモンだ。
食後、洗い物を終えて再集合の時間まで、一人本堂へ入り我が家のご本尊、並びに神々への勤行を捧げる。


08:30 準備

三重院 薬師の鉢巻 時間になった。いよいよ滝修行に出発だ。
既に玄関で副住職が準備を始めている。水行に使った白い腰巻、新たに頂いた「薬師の鉢巻」、お供え物、錫杖、バスタオル、着替えなどを用意する。
因みに、この「薬師の鉢巻」は当三重院で扱われている物で、滝修行だけでなく受験生の勉強時にも多大なご利益が望めるとあり、心身清浄の御守にもなる有り難い鉢巻である。修行が終われば頂いて帰れるので、大切にしたいものだ。
車を止めてから滝場まで、200mほど山道を歩くし当然、飛沫の舞う滝場は濡れているので長靴がいい。草鞋しか持参しなかったので、住職の作業用の長靴をお借りした。次はチャンと持参しよう。白衣は持参したが、腰巻を用意して下さったので不要だったようだ。(女性は上半身裸になるわけに行かないので、白衣を着用するのだろう)

09:00 出発
三重院から滝まで、車でおよそ30分。
この移動の間、車の中でずっと般若心経を唱えておくとのこと。滝修行を控え気を引き締めて行く為だそうだ。
山間にドンドン車を進めて行き途中、副住職がお供えの酒をコンビニで買った。
二人して薬師の鉢巻は、三重院から巻いたままである。人相の悪い二人? が、パッと見ぃ日の丸っぽい鉢巻を巻いてウロウロしてると、どう見ても僧侶でなく右翼にしか見えん。おまけに副住職は迷彩パンツを履いてるし。(笑

合瀬大橋から不動滝を望む やがて旧吾妻街道に新しく出来た、大きな合瀬(かつせ)大橋に車を止め、そこから「滝が望めるから、写真撮るかい?」と副住職が教えて下さった。
車から降りると橋の上は風が吹きすさみ、おまけに日陰になっている。(寒そうだな・・)おまけに、この橋は相当高い位置にあるのに、眼下に望んだ滝は小さく見えず縦の距離が長そうだ。
「今日は水量が多そうだな〜」と、副住職。この時期、反って谷川岳の雪が溶け出して混ざり、水温も低くなるという。

不動堂へ この不動の滝は、別名「人影の滝」とも呼ばれる。
近くにあった案内板によれば、平安末期に追っ手から逃れ主君を慕って滝壷に身を投げた、若い二人の武士の姿が滝の左側の岩に変じて見られるという。詳しい場所などは分からないが、WEB上では写真家や滝マニアが沢山アップしているので、ご興味ある方は「群馬 人影の滝」とでも検索されてはいかがか。

不動堂の不動明王像 合瀬(かつせ)大橋を渡りきって左折すると、不動堂の裏にちゃんと5〜6台は停められる、舗装駐車場まである。この不動堂へまず行き、中をほうきで掃除する。扉は閉まってはいたが隙間が多いせいか、木の葉や細かなゴミが目立ったのでキレイに掃いた。
灯明を燈し勤行を上げる。こちらの不動明王は石佛だが、珍しくやや温和な憤怒ではない像だった。きっと古くからの民衆による信仰で創られたものなのだろう。
ここで簡単なレクチャーを受ける。滝修行での次第は、昨夜の水行と同様かと思っていたが少々違うようだ。同じなのは、なるべく頭に当てないこと。毛細血管があるので頭には当てない方が良いらしい。
あとは無理しないこと。本来は、大日如来の五文字明と般若心経を含め、三回交互に出たり入ったりするらしい。が、途中で頭が痛くなったりヤバくなれば出て良いとのこと。但し、滝においても右回りは鉄則らしい。
不動堂の入り口にお札があったので、お賽銭を入れていただいた。今は自宅の神棚に祀ってある。


不動の滝(人影の滝) ここから、荷物を持って橋の脇道をずぅっと下へ降りていく。
目の前で見る滝は、更に大きく立ちはだかる様にあった。太く流れ落ちる水は、ズドドドドーッと鼓膜を揺るがす。お供え物を置き、副住職が酒を巻いて滝場を清める。
シートを敷いて、服を脱ぎ、スッポンポンに腰巻一枚を着ける。北側に位置するのか、橋の上から見たときと同じように日の光りは一切なく陰っている。

滝修行のお供え物
 ここから、途端に副住職の気合が漲っていく。勤行時における住職の気合は目を見張るものがあるが、正にそれに勝るとも劣らぬ気を感じる。副住職曰く、「何度滝修行をやっても、冷たいモンは冷たいさ」。こうして、自らの気を高めることによって、通常の感覚を越えて行かねばならないのだろう。
また滝には、強烈な浄化作用があるが故に、他人が払った不浄な業や霊が膨大に満ちているとも聞いたことがある。それらに憑かれないという意味においても、気を高める必要は充分あるだろうと思う。

 滝修行中、何か動作を起こす際に副住職が「行くぞぉっ!」と叫ぶと、「よぉぉしっ!」と返さねばならない。
発声練習といおうか、試しにやらされたが何度も「まだまだぁっ!」「もっと出るはずだぁっ!」と、どやされる。
・・確かに。おっしゃる通り。まだまだ死に物狂いで声を張り上げていない。理屈で分かっていても、ナンだか気分が乗らないといおうか、真剣さが足りんといおうか。。このときは、なぜかそんな状態だった。

自分は客商売が長い。創業以来わが社の事業ポリシーとして挨拶を最も重要視しており、かつてはよく店舗の開店時などの新人研修には先頭に立って自ら赴き、大声で挨拶訓練を敢行していた。
挨拶もロクに出来ないヤツに仕事なんぞ教えなくていい。そう各店長にも徹底させていた。人件費的には早く仕事をさせた方が頭数にもなる。それでも敢えてこの方針を貫いていた。

「誰も見ちゃあいねんだし、恥ずかしがるこたぁねぇよ!もっと大きな声を出せ!」そう、副住職に云われたとき、「かつて出しことのない声を出せ!」と、全く同様の事を社員にも云っていたことを思い出した。


 般若心経を唱えてから、四方に向かって「宜しくお願いします!」と合掌し叫ぶ。
更に、木屑を拾って、滝と反対方向へ投げながら「むさぼりの心を流し給え!」「怒りの心を流し給え!」「愚痴の心を長し給え!」と三回叫ぶ。内容は水行と同じである。軽く手で水を救って身体を淨め、お供え物の前で五体投地する。
最後に、「三重院住職に!宜しくお願いします!」と叫んだ。このとき、山間から見えた空の向こうに、火渡りでゴールに印契を結んで待ち構えて下さっていた住職の姿が浮かんだ。途端に不思議と力が湧いてきた。
(そうだ・・ノリが悪ぃーな今日は〜とか、呑気に抜かしてる場合じゃない。中途半端な気合で挑むとヤバイのは自分だ。)

 そう観じた瞬間から一気に気合が入った。
副住職から轟音渦巻く滝へ突入していく。自分はすぐ脇で待っている。無論、滝の真下ではないこの場所でも、顔面は激しい水しぶきでズブ濡れである。

脇を締め、手は印契でいう外縛をした上で人差し指のみを立ててあわせる。こうしないと、合掌では手が震えてピタッと定まらないらしい。

なにか叫びながら滝を浴びたのち、副住職が出てきた。
(アレ? 始めは般若心経だったんじゃ? にしては早すぎる)
「何て云ったんですか?!」大声で確認する。
「アビラウンケン!」
「何回ですか?!」
「7回!」
自分は至って冷静だった。
ただ、レクチャーの理解が悪かったのか、手順を誤って覚えていたようだ。
だが、分かればもう、あとは飛び込むだけだ。

「どぉおりゃああ!」
「アビラウンケン!」「アビラウンケン!」「アビラウンケン!」・・・

 想像を絶する凄まじい滝の勢いだ。
冷たさは微塵も感じない。ただ、打たせ湯の一万倍ぐらいの強烈な力が真上から直撃する。
二度目に入ったとき、立った場所が悪く頭に随分かかってしまい、久しぶりに棍棒か木刀で脳天をかち割られたような衝撃だった。
寒いだろうと思っていた順番に外で待っている間も、反って暖かく感じるほどだった。


 無事に般若心経も、真言も全てやり終え、お供え物の場所まで戻る。
また、同じように四方へ「ありがとうございました!」と、合掌し五体投地。全部が終わった。

滝修行は最高じゃ!
なんという清々しさ!言葉にならぬほどの気持ちよさ!
着替えるときにフルチンになるが、しばらくそのままで居たいくらいの爽快さといったら、伝えきれぬほどだ。昨夜の水行のように、身体が震えて止まらないことも全く無い。きっと、昨夜は気合が足りなかったのだ。
要するに、滝修行や水行は気合だ。修行なんだから当たり前か。

「最高ですね!クセになりそうです!」そう、副住職に云った。
ただ一つだけ残念だったのは、二人だけで行ったので自分の記念すべき、滝修行第一号の写真がないことだ。やる前に先達に頼んでみたが、一緒に浴びるので撮れやしない。
一度、先達は防水の携帯で自分で自分を撮ったらしいが、そんなこと滝修行中にやると、気合が抜けてしまって危ない(笑。


不動滝の近辺地図 一応、不動の滝(人影の滝)の近辺地図を載せておく。ただひとこと。決して初めての人や、初めてでなくても一連の作法が一人で出来ない方は、滝修行を独行されない方が良いと思う。
自分も始めるまでは、場所を覚えて一人で来ようかとも思った。そのつもりで地図の写真も撮った。だが、今回の様々な作法や手順、気合への導き方などを見て、やはり先達のような方に同行して貰うのが賢明だと思った。
ヘタにやって、身体に障害を招いたり、不浄な業を背負い込むよりも、三重院へ一本電話かメールで連絡すれば、いつでも修行させてくれるのだから。そうしましょ(笑


 帰り道にある、猿ケ京温泉に寄って行く。
「ご褒美ですか?」と、修行者に聞かれることがあるそうだが、それは違うと副住職は云う。滝修行のあとこそ、身体を温め健全な状態に戻してこそ意義があり、言い換えれば温泉に行くコトも修行のうちであると言う。
温泉好きな自分にとってはたまらん。なんていう施設か見てないが、サウナでご一緒したご老人に教えていただいた話によれば、広くてメチャメチャ気持ちよかった露天風呂から、すぐ裏に見えたのが赤谷湖で、まだ新築っぽい館内に芝居小屋も併設されていて、良く観に来るんだと云っていた。
たったの650円で入れるが、この辺りだと高いほうらしい。

 三重院に戻って、両住職ともに慌しくお葬式や行事に出かけられた。
昼食を一人いただき、自分は虚空蔵求聞持法の続きをやるべく、マントラ修行の続きに入った。午後五時まで、前日と合わせて合計二万六千遍唱えることが出来た。これで現在は都合、三十七万三千遍となった。

副住職は、六時ごろに戻られるとのことだったので、五時から一人で勤行を行なった。終えて一服していると、早く戻ってこられたので、もう一度勤行をやった。一人では経は常用集を見ながら唱えられても、太鼓も叩けなければ、錫杖も振れない。重複しても、キチンとこなした方が良い。

勤行後、行が解かれ今回の修行も無事満行と相成った。
本来はこれでお終い。帰宅の途に着くはずだったが、以前から副住職と呑む約束をして、互いに忙しく果たせなかったので、もう一泊させていただき、今夜呑むことになった。
既に友人の経営するイタリアレストランに、わざわざ予約まで入れて下さっているという。そんなお膳立てまでされると、まるで副住職にデートに誘われる女の気分だった(笑。

まずは、ビールで乾杯!美味い!美味すぎる!
猿ケ京温泉の風呂上りに、呑みたくて呑みたくて仕方なかったが我慢した甲斐があった。
友人のお店は、こんな田舎に・・って失礼だが、不似合いな位のシャレたイタリアレストランだった。副住職は良く雑談がてらコーヒーを呑みに来るらしい。

そこで、ワインを一本軽く呑み干し、そのまま沼田市の呑み屋街へ移動して、夜半過ぎまで三軒ハシゴした。沼田市で呑んだのは初めてだが、酒好きが多いのか、人口の割りに呑み屋が多いらしい。事実、月曜の夜でもどの店も満席だった。

加えてこういう所へ呑みに出るのは、一年ぶりだそう。とは、副住職曰く。
どこもボトルが切れていて、行った店々で新しくボトルを下したので、きっと多分ホントの話し(笑 

銀座や六本木にいるような、キレイなコは流石にいなかったが、(笑
ひとつ嬉しかったのは、副住職も自分の好きなワイルドターキーを呑まれることだった。しかもロックやストレートで付き合っていただいた。
先達、今度は期限の切れないうちに、一人でも呑みに出かけて下さいな。
せっかく入れたんだし。


 こうして、今回の「火渡り」「マントラ」「滝修行」。
二度目の三重院での修行は、初日の夜の落慶宴会の酒に始まり、今宵坊主の呑み会の酒に終わった。
ええんかい(笑。 

 あ、先達!(副住職のことを、そう呼んでいる)上の記事、またマズかったらコメントかメール下さいな。
削除しますから(爆


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2008年04月13日

マントラ修行とマジ寒い!水行 〜本山修験道宗 三重院〜二泊目

05:20起床
 ガバっと起きたら、5時に合わせたアラームは止っていた。泊まった三人のうち、法螺貝の上手な羽黒修験道で得度したという、若い行者は既に布団を畳んで居らず、隣ではもう一人の行者も布団を畳み掛けていた。
つまり、自分はドベ(ビリ)である(笑。 前夜、三人の携帯アラームが鳴れば楽勝で起きれると、話していた。高野山での得度式でもそうだったので、余裕かまして一人遅くまで読書していたら寝坊した。
汗ばむほど天気の良かった昨日と打って変わり、空一面曇っていて肌寒い。住職が来る前に、堂の中の灯明を燈し、線香を焚いて用意しなければならない。ダッシュで降りていく。

そうそう、今自分が読んでいるのは、司馬遼太郎の空海の風景〈上〉空海の風景〈下〉である。既にご紹介の通り、空海に関する様々な書物を読んだが、貴方がもし初めて「空海とはどういう人だろう?」そういう思いに駆られて、本を探すなら迷わずこちらをオススメする。
司馬遼太郎の記念館へ行けば分かるが、仏教に関する書物だけでも二万冊を有し、綿密な調査の上に構想十余年、積年のテーマに挑む司馬文学の記念碑的大作である。
昭和五十年度芸術院恩賜賞も受賞しているこの著書は、小説ではなくむしろ、司馬遼太郎自身のエッセイのような構成で、敢えて「風景」と表現した歴史上見えざる空海の人間的な部分を、まるで傍に居るかのような親近感で書き上げた力作である。

また、NHK取材班が編集した『空海の風景』を旅する (中公文庫)は、「空海の風景」で追う空海の歩いた道を辿っていく旅の書で、いつかこの本を持ってお大師さんの歩いた道筋を追って行きたいと思っている。

 活字が苦手で、(って、そんな人はこのクソ長いブログなんて読まれないだろうが(笑)
 まずは、空海をカンタンに知りたいという人には、DVDのようなビジュアルが手っ取り早い。そんな方にはこの「空海」という映画をオススメする。
 これは昭和59年の作品だが、当時として巨額の十二億円を投じて作られた歴史大作で、同時期に発会した全真言宗青年連盟がDVD化を切願し、先月三月末に発売されたものである。
 どうしても、やや真言宗に肩入れ気味で先の「空海の風景」ほど、客観性には乏しくはなっているのは致し方ないが、空海の幼年期から入定までをストレートに垣間見れるのは分かりやすい、空海入門編には最適といえよう。

 予てからこれらを読者の皆さんに是非ご紹介したかったので、少々遠回りしてしまった。
申し訳ない、本文に戻ることにする。

 今朝の勤行では、羽黒修験道宗の彼が得意の法螺貝を吹き、参列者も多かったので読経も迫力があった。修験道宗の勤行常用集には、三礼のあとに法螺貝を吹く次第になっている。
それにしても、みな在家とはいえ、行者の方々は経を読むのが上手い。例えば、九条錫杖や本覚讃、修験懺法、などこれら修験道宗で読まれる経は、それぞれ独特のリズムやアクセントがあって、普段唱えず慣れない自分には中々ついて行けない。

勤行のあとの食事は、修行中の者とそうでない者とは内容が違うので別々にいただく。
修行中の自分は、一泊体験修行の若い二人組みの女性と副住職の三人で摂った。久しぶりに、食事前に「斎食儀(さいじきぎ)」を唱える。合掌し、展鉢偈(てんばつげ=鉢を展ぐる偈)〜法界定印を結んで、五観偈(ごかんげ=食べ物を如何に有り難く無駄なく正しく頂くか)〜般若心経〜「いただきます!」

・・・ちゃんと普段からやってなきゃダメだな。
神仏に手を合わせるようになってから、子供のとき以来、「いだきます」を云うようにはなっただけ、自分には進歩した気でいたが、流石に斎食儀までは毎日の食事でしていない。
二日あとのことになるが、行を解いた最後の朝食時に隣の部屋から、村上住職と妙清先生(奥様)がお二人で斎食儀をされているのが聞こえてきて、心底感心した。まだまだ精進が足りんねワシャ。


 午前中は、全員で前日の火渡りや大祭の後片付け。
掃除や片付けも作務の一つ、立派な修行だ。女性陣5人と男性5人で結構人数は居たが、やってみると大変だ。細々した物の整理から、また来年使うための大きな板や臼などを運んだり倉庫へ収納したり、力仕事は男達でやった。本来、この三重院には村上住職と副住職しかいらっしゃらない。恩年73歳の住職は指示するだけでなく、自らもテキパキ、しゃきしゃきと動かれるとはいえ、とてもとても二人だけでは片付かない。


 さぁ、そうこうして昼の勤行を終え、まだ修行の残す自分は一人だけで昼食を本堂で摂った。
この後はいよいよフリータイムだ。副住職は、遺跡に関心がある若い女のコたちを連れて、どこか裏山へ消え(笑 行者さんたちは、住職と呑み会中。自分はただ一人、本堂へ入って虚空蔵求聞持法のマントラ行を始めた。
三千回程度に一回づつ、外へ出て一服。この辺りでは、古い土器などが沢山発掘できるらしく、やがて副住職が女のコたちと何やら見つけたのか戻ってきていた。
小学生のときから、発掘マニアという住職は自慢のコレクションを行者さんたちに披露していたりと、外はワイワイガヤガヤ楽しくやっている。羽黒の行者さんが「騒がしくてすいません、修行されてるのに」と気を遣ってくれるが、堂内でマントラに集中していたら特に気にもならない。

 夕方近く、知らぬ間に行者さんたちも体験修行の女の子たちも帰り、結局この日は午後だけで、一万二千遍の虚空蔵求聞持法を終えた。日もすっかり暮れた頃、堂を出ると雨も降り出して気温は更に低くなっていた。
マントラ中、時おり外で副住職に会うと、「寒くないかい?」「ストーブつけていいよ」などと、本当に優しい声を掛けて下さる。記事にもハートマークの絵文字を付けたくなるくらいだ。(笑


 『マジ寒い!!水行(すいぎょう)』
明日の滝修行の前に、今夜は水行をしなさい。と指示を受けた。
昨日、火渡りの前に住職がされていたのを目の前で見ていた、井戸の水を被るアレである。本堂で住職から水行次第のレクチャーを受けた。
「九字は切れるか?」「いえ、切れません」
「不動経は暗唱できるか?」「いえ、出来ません」

明日は、お葬式や方位診断の予定が入っていたりと、両住職共に忙しい。打合せでお二人とも出たり入ったりしている。電話もひっきりなしにかかっている。
勉強不足じや〜、せめて九字ぐらい覚えとけば良かった。お手間を煩わすわけに行かず今回そこは省略となった。雨の中、教えて貰ったことを書いた紙を見ながら出来ないので、以下の次第を暗記した。

水行次第
1、井戸から梵字の書かれた桶に二回水を汲む
2、「今から修行させて頂きます。大きな意味での私の心と身体が丈夫で
   ありますように。どうかお力をお貸し下さい。」と合掌する。
3、般若心経を唱える
4、次のご真言を唱える
大日如来(五文字明=アビラウンケン)21遍
不動明王(慈救呪)7遍
南無神変大菩薩 7遍
5、次の祈りを捧げながら、気合入れて叫び水を被る
まず左手、右手、心臓に水をかける。
「むさぼりの心を流した給え」
「怒りの心を流した給え」
「愚痴の心を流した給え」
6、これをワンセットとして、スリーセットやる。(計九回被る)

以上


20:30ごろ
先に副住職が水行をされるとおっしゃっていたので、本堂でマントラしながら待っていたが、一向に来る気配がない。声を掛けに行くと、まだお二人で打ち合わせ中で忙しそうだ。結局、自分一人でやることになった。

 風呂場へ行き、服を全部脱いで、白い腰巻きを着ける。
風呂場から井戸まで二十歩ほどだが、どうせ濡れるから風呂場のドア前で草鞋は脱いで裸足で井戸へ向かった。冷たい雨が両肩にかかる、既に寒い。井戸の前にある、本堂には灯りが点いていたが、井戸までその灯りは届かず薄暗い。

 般若心経を読んでいる最中にも身体はドンドン冷えてくる。
被っている最中は、それほどでも無かったが、わずか二十メートル弱の風呂場まで戻る間に、全身が震えだす。おまけに、昼間引き抜いた祭事用の柱が立っていた大きな穴に、片足を突っ込み膝まで泥だらけになる(笑。
とにかく、かつて恐怖感も含め寒さでこれほど震えたことが無い!というほど、まるで重度のアル中患者のように震えが止らない。脱衣場に跳び上がると、バスマットが泥だらけになった。

 あまりの寒さに、足を拭いて上がるのを忘れたのだ。
「妙清先生〜申し訳アリマセン。バスマット汚しました」と、お詫びしたのは風呂から出てから。そんなことに構ってられないくらい、寒かった。熱いシャワーを随分浴びても、たった九回水を被っただけで、身体の芯から冷え切ったようだった。


 (う〜〜ん。幾ら、夜で気温が下がり雨も降っているとはいえ、たかが、桶の水を九回被ったぐらいでこんなに寒いんじゃ、明日の滝に打たれたら死ぬんちゃうか?)(笑 
古来より、こういった修行のみならず、何か祈りを捧げたり願意を成就させるため人々は水を被って祈願した。徳川家康がまだ母である刈谷御前 於大(おだい)の胎の中にいたとき、於大の更に母である華陽院に諭され、まだ見ぬ我が子に、「乱世の根を絶つ力を授け給え」と、夜な夜な百杯もの水を浴びて祈ったという。

 華陽院は、乱世を鎮める世を生み出すのは母である、女子の務めだと諭したのだ。そう、日本国中の母親が祈って産み、祈って育てれば、いつか戦乱の業火も消えうせると信じていた。
これは正に、現代の腐った日本にも言えることである。先頭に立って日本を変えるのは、男ではあるがその強靭な意志を持つ男を育てるのは、一人ひとりの母親なのだ。

これまで日本の殺人犯罪は、必ず因縁や怨恨による動機があって検挙率も高かった。が、今はアメリカを真似るように、ただムシャクシャしていたから、誰でも殺したかったなど、動機無き無差別殺人が増えた。
モンスターペアレンツなるバカ親が台頭してきたのも、そのバカ親を育てたバカ親のせいであり、本当にこのまま放置していくと、ポイントオブノーリターン(立ち戻れない地点)にまで達して、バカだらけの蔓延した戦国時代以下の日本になってしまう。

だからこそ、自分は世の為、人の為、国の為に尽くす大義を立て、とりわけ女人救済に尽力して行くべきだと強く観じるのだ。それゆえ、今は愛染明王を背中に刻んでまでも一体化を切望している。
こんな、九杯ぐらいの井戸の水でハナタレてるようじゃ、どうにもならん。
気合入れろ!気合入れろ!気合入れろ!そう腹をくくった。


今夜は、一人で寝床に戻る。もはや、自分以外誰も残っていない。
明日こそは寝坊するとシャレにならん。住職にどやされる。
集中マントラで疲れもあった。読書もそこそこに早めに寝た。






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2008年04月12日

 前回の山伏修行で三重院を訪れてから、予てより住職及び副住職と約束していた、本尊会大祭にお招き頂いた。この日は、新たに新築された信徒会館の落慶法要も行なわれるため、お祝いの挨拶も兼て是非ともお伺いしたかった。

二度目になる上越新幹線の上毛高原駅に降り立つ。高崎からわずか17分、たったの一駅。ここから三重院まで一本道で約四キロ、歩いて一時間の程良い距離にある。通り道のそこかしらに、入行する前にブログにアップしておいた「火渡り」の案内看板が目につく。

 火渡り修行は初めてである。どんなモンだかも全く想像が付かない。画像でさえ見たことも無ければ、話しを聞いたこともない。「火を渡る」と書くのだから、炎の上を歩くか跨ぐかするのだろう・・という、何か武道の修練に近いような、せいぜいそんな程度の想像しか出来なかった。
火渡り道場なるものを、初めて目にしたのは確か、関東八十八ヶ所遍路の四十四番札所、神崎寺(真言宗醍醐派 千葉県)の境内だった。その時はご住職がご不在で詳しい話は聞けず終いだったが、その日からいつかやってみたい修行の一つと捉えてきた。
そもそも、火生三昧(火渡り)は別名、火定三昧(かじょうざんまい)とも云い、火定とはすなわち、火によって死ぬというほどの意味でもあるという。


谷川岳 背後にまだ真っ白な雪を残す、谷川岳を奉じるこの地は、当然高崎より気温が低く、都内では既に散ってしまった桜もこれからといったところ。四月と云えど肌寒さが残る。とはいえ、久しぶりに一時間ガンガン歩くと額にじわっと汗が滲み出し、持参した薄い遍路ブルゾンを途中で脱ぐことになった。

ところで今回の修行は、火渡りのみならず、これも初めての滝修行も兼ている。加えてマントラも併行する。通常この三重院では前回同様、不動明王のご真言・慈救呪(じくしゅ)を唱えるのだが、自分は虚空蔵求聞持法を遂行したいので、特別に副住職の許可を事前に得て、今回は虚空蔵菩薩のマントラをさせていただくことになっている。

虚空蔵求聞持法については、度々稿を起こしているが、こういう下界と決別した環境作りを強引に機会として持たないと、中々百万遍まではほど遠く、いつまで経っても隔たりが埋められない。というのが理由である。現在のところ、三十四五千遍。
さて、この修行で何遍進められるか?

 前回修行時、一台も車が止っていなかった三重院の駐車場はギューギュー詰めに溢れていた。他府県ナンバーも多く見られる。落慶法要も兼ている年に一度の大祭、当然と言えば当然か。
駅から三重院へ向かうと、駐車場を挟んで正門の手前に本堂の裏へ繋がる入り口があり、初めて来た時は分からずに柵を跨いでここから入った。既に勝手知る境内。今回は行儀正しく、遠回りになるが正門から入った(笑。


三重院入り口三重院入り口三重院境内




 境内はいつもと違って、紅白の垂れ幕や色鮮やかな御幣(ごへい)が大木に飾られ華やかな様子を呈し、沢山の信徒さんで賑わっていた。目を引いたのはそれにも勝るとも劣らぬ、山伏装束に身を包んだ行者さん達の姿だ。

事前に副住職から、「大祭では装束を着て、式に参加して貰うから手伝ってくれ」と云われていた。手伝うのは作務も修行の一環であるし、お世話になっている分、一向に構わない。
ただ、大勢の本物の行者が集う中に、自分のようなむしろ一信徒と変わらん、ド素人の行者もどきが式に参加させて頂いていいんだろうかか? ナンちゃって山伏もいいところだ(笑。 
(まぁ、恥をかいてもいいから出来るだけのことはさせて頂こう・・)そう思った。

三重院 信徒会館 まずは、寺務所にて落慶の祝辞を兼てご住職にご挨拶。「この度またお世話になります。宜しくお願い致します。」「おう、アンタか!よく来た来た」と言って下さった。繰り返し後述していくが、恩年七十三歳になる村上住職は修行中大変厳しく自分も散々怒鳴られるが、かといって横柄で威厳を威張る方では決して無い。
ご挨拶した時も大慈悲たる笑顔でにこやかに、更に下下下僧の自分にすら両手両膝をつき、こうべを垂れて礼を尽くして下さるような方だ。教養のない自分は、こういう方を敬い奉る善い言葉を知らずに申し訳ないほどである。

本堂では、副住職がタイミングよく火渡りの日に体験修行に来たという、若い二人の女性にレクチャーをしていた。しばしやり過ごすのを待って挨拶。同い年の彼と久しぶりの対面を果たす。
 早速、装束に着替えるため、修行時に寝床となっている寺務所の二階へ上がる。蛇足だが、この度の信徒会館落慶により今後の宿坊は新築の方になるそうだが、この日は女性陣も多くいたため、旧宿坊は男性用に分けられていた。

 そこにはワンサカと行者さんたちがいた。東京、千葉、埼玉、新潟と場所も様々なら、羽黒修験や別宗派の方もいた。寺院によって他宗派を受け入れてくれないそうだが、この三重院の懐は大きく寛大だ。だから、高野山真言宗の自分もこうしてお招き下さる。
その中で、新潟の寺院から応援に来た副住職の後輩という方に、装束を着せて頂いた。以前、説明したかどうか・・修験道宗の僧侶は、一般の僧侶と違って法衣と山伏装束を気分けるのが特徴的だ。勤行や法要時などは法衣を着るが、修行や修法時は装束を着るようだ。
がこれがまた、複雑で慣れないと一度や二度じゃ一人で着られないから難儀だ。まず、手甲と脚絆を着ける。借り物だから脚絆のサイズが合わず、ふくらはぎの後ろが止らない。後ろから足蹴がはみ出している(笑 みっともないがこの際贅沢は言っておれん。

次に、鈴懸(すずかけ)と呼ばれる修験道の法衣を着る。鈴の字は五鈷鈴を、懸は金胎の曼荼羅をかけて修行することを表す。そして袴をはき、螺緒(かいのお)を腰に巻く。これは見た目はロープを編みこんだ物で、用途もそのまま山岳修行において、岩場を登る時や危難の時にこれを解いて用いる。
行者が獅子に乗ることによって法性に入ることを表す、引敷(ひっしき)は尻を隠すように後ろに回して着ける。大日如来の五智の宝冠を表す十二のヒダがある、頭襟(ときん)を頭につける。最後に六波羅蜜を表す六つの丸い房が付いた、修験道独特の結袈裟(ゆいげさ)を着けると、ナンちゃって山伏でさえも、なかなからしくなる。

53a3580b.jpg 今回は周りが本物の行者だらけで、写真を撮っておチャラけてる状況でなく、非常に画像が乏しいため、見たことがない人にとっては伝わりづらくて申し訳ないが、山伏装束は一言でいうと天狗さんのような格好といえば、イメージが湧きやすいだろうか。(画像は前回、修行時のもの)


 支度を済ませ、行者たち全員揃って二時からの得度式に参列。ざっと数えただけでも二十人ぐらいの行者がいる。その内、5〜6人が女性だった。この日は以前、ここで修行した一人の若い男性が今回得度すると云う。式次第の大まかな流れは、自分が受けた高野山での得度式と大差はなかった。
次に、二班に分かれ、方や本堂での護摩法要。方や千秋楽で信徒さんたちに撒く、餅つきが始まった。
自分は希望を副住職が配慮してくれたので、護摩法要に参列させていただいた。険しさ極まる谷川岳を百回以上も入峰したという、村上住職の護摩は凛とした気合が漲り、あの目黒大圓寺の甲子祭をも凌ぐ。だが、今回は信徒ではなく、僧侶(行者)の一人だ。こちらも負けじと煙の蔓延する堂内で、気合を入れて勤行に参加した。

 ここで何と、膳(餅)を本尊薬師如来と日光月光両菩薩、及び薬師十二神将に運ぶ大役を仰せつかい、これには心底感謝感激感動した。
千葉から来られた女性行者と二人の配役だったが、膳を運ぶ役職のある僧侶と云えば、お大師さんの未だおわす高野山奥之院の御廟においては、それこそ深い見識と慈愛に満ちた教授クラスの高僧が任命され、「維那」(ゆいな)と尊敬を込めて称される。
膳の奉仕は「奥院勤行之事」(おくのいんごんぎょうのこと)という微細な指示書に従い厳格に執り行われる大役だ。自分も含めて突かれた餅を本堂へ運ぶものも、みな一様に白い専用のマスクを着ける。
見事?、大役を果たしたあとは、信徒さんたちに配り終え残った美味しいお餅をいただいた。


 いよいよ、本日のメインイベントである、大火渡りの時刻が近づいてきた。
二階で行者さんたちと時間待ちしていると、意外なことが見えてきた。それは誰しもが、火渡りを潔く望んでいないという事実だった。今回、初めて火渡りに参加するのは自分を含めてわずか四名。あとは、みな十年クラスで修行を積まれている行者さんたちだ。
元来、修験道は行者の道であるから、僧侶よりもいわゆる在家行者が多い。今回もいわばプロと呼べる行者(僧侶)は二人か三人ぐらいで、他は普段サラリーマンなど仕事を持つ在家さんらしい。しかし、在家であっても修行を重ねてきたに相違なく、訊くとほとんど皆自前の装束を持参しているほどである。

にも関わらず、みな口々に「ここは、毎年必ず火傷をする」など話しをしている。中でも自分に装束を着せてくれた彼は、「滝はいいが、火は相性が悪い」と最もブルーになっていた。何でも毎年参加する親父さんの名代で、運悪く?(笑 今回参加したらしい。しかし、プロがそんなブルーになるほどの火渡りとは、一体如何ほどのものなのか?
更に訊くと、三重院の火渡りは関東でも屈指の苦行と云われるそうで、それが「大火渡り」と呼ばれる所以だと言う。あとで分かったが、他の寺院の火渡りとの大きな違いは、まず通常の二倍から三倍はあると云われる、その距離の長さである。(実寸で7m強)
二つには、寺院によっては引火している部分を地面が見えるほど掻き分けて、通り道を確保するらしいのだが、ここはほとんど除けないらしい。
だから、通常の火渡りが歩くことが多い中、ここでは火の粉を巻き上げ炎の中を疾走するそうだ。それゆえこの三重院の火渡りは、多くのカメラマンの格好の絵になるそうだ。
特に指の間に、焼け焦げた小さな枝が入ったりすると最悪らしい。一人は以前に、もう立っていられないほど火傷をして、たまらず病院へ行ったら普段の生活ではあり得ない、火渡りに因る足の裏の火傷に医者にも困惑されたという。

 (ほーほー、そりゃ凄い。大丈夫なんかい?ナンちゃって行者(笑)
しかしプロやセミプロが、ド素人を恐怖感で煽ってどないすんねん?(爆 まぁやると決めたのだから、今更逃げるわけに行かない。火傷したらしたときだ。運任せ風任せ出たトコ勝負じゃ。


 信徒会館では、招いた落語家によるイベントが始まっていた。
その間、召集された行者達で今度は火生三昧祭のリハーサルを行なった。自分は国旗係りに任命された。式次第の中で、国旗を持って入場し掲上する役目だ。これも一人だけの大役なので、有り難く承った。

三重院 立て札 護摩堂前(旧本堂)から行進して行き、裏の階段を登ると広い火渡り道場がある。「これより、三重院本堂道場なり」と立て札がある。ここから、長生山法華曼陀羅を称する全長27キロに及ぶ峰ごとの大道場だ。
余談だが、開山660年の節目にあたる今年から、年十回に渡りこの長生山を練り歩く、入峯修行も行なわれる(一回で約半分を歩くので二回参加で満行)。
かのお大師さんも生涯、山岳修行者であった。とりわけ歩き遍路のトレーニングにも最適であるし、ひと時でも下界を離れ、我が心を磨きたい方は是非とも参加されたし。

GWの五月五日(月)が初回となり、月に一度いずれも日曜に定められているので、会社勤めの方も参加しやすかろう。
入峯修行の問合せ、申し込みはこちら、ご担当は村上円信副住職まで。


三重院 火渡りリハーサル 話しをリハーサルに戻す。火渡り道場の周囲は幾重にも注連縄(しめなわ)で結界が張られ、更に中心及び、東西南北には竹棒の先に五色に彩られた大きな御幣が仕立てられ、不動明王を中心とする五大明王に因る厳重な結界が敷かれている。
仏教行事に習い結界の中の移動は、遠回りになっても必ず右回りと決められている。道場の北側には南に向かって祭壇が祀られ、お供え物が備えられる。中央には柴燈護摩、道場への入り口は唯一箇所、阿字門(あじもん)は南東の隅にある。

三重院 火渡りリハーサル2 儀式には、宝剣・斧・法弓など様々な道具も使われる。これらを使用する配役や、旅の行者と呼ばれる七名が選ばれ、寺院に見立てた道場に訪ねる形で門前問答を行なうため、我々よりも後から入場する。
二人の点火先達によって燃え出した柴燈護摩に、小分けされ束ねられた薪を中心に置く練習もした。
祭壇北側の浄火を点した松明から採火し、合図で水平に伸ばした手を45度に上げ、更に護摩壇の中央へ投げ置く要領で行なう。

 日も暮れかかった午後五時半、いよいよ本番である。
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taihei0440 at 20:34コメント(0)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2008年03月03日

 今日は、愛娘の高校卒業式。
昨夜は、その娘の許婚(いいなずけ)の、ライブへ家族でエールを送りに行った。
親が近頃じゃ珍しく早起きして、バタバタと用意しぃのぉ、下したてのお召し織りと羽織を着て、新しい白足袋を履き準備万端整えて、後は娘を待つだけの体制でタバコを燻らせながら、さりとて他に何も出来ずジッと待っている。

にも関わらず、当の本人は出発予定時刻をとうに過ぎていても、染めた髪に黒スプレーをするのにゴニャゴニャ弄りながら、「フツーに間に合わねぇーんだけど」と、ウルトラ呑気なことを云いい、ニヤニヤしている。(笑 
自分は、こんな肝の座った? 天然な方が、サッサと用意して、「早くしてよー!」などと、キーキー抜かす、やかましい女より遥かに好きだ。


 そんなこんなでも、充分間に合った。
親たちは食堂へしばし待たされて、講堂へ移動するほど余裕があった。何も慌てることは全くない。 卒業が決まってんだから、今更遅刻してったどうってことはない。充分、通学中に遅刻しまくっとるし(笑。

入場を済ませると今どきは、まとめて卒業証書を渡すらしく、一人ひとり生徒の名前が呼ばれ、呼ばれた生徒は突っ立って行く。五十音順に早い生徒は、一番長く突っ立ったままで気の毒だ。

 ここは工業高校のため、ほとんどが男子生徒。
中でも娘が居る工業化学科だけが若干、女子の割合が多く、そのためベチャクチャしゃべり倒してウルサイ。(笑 名前を呼ばれたときも、わざと声を変えて徹底的にふざけている。
 
 そこで、ウケたのを最後に、後はつまらん校長や保護者代表の話しだ。
こんなときのために、カウンターを持っていった。 勿論、時間が勿体無いので、虚空蔵求聞持法をやるためだ。
三重院の副住職に、数珠でマントラを数える方法を習ったが、自分の数珠は長くて目立つ。手の平に収まる小さなカウンターなら、どこだって虚空蔵求聞持法は出来る。


 式が終わってから、休憩を挟んで親は講堂へ再集合してくれと云う。
もう、卒業するってのに、今更ナンの話しがあるんだ?
これから世間をどう渡って行くなど、役にも立たん今の教師どもに教えを乞う必要なんぞあるわけがない。

まぁとにかくこれで、娘の小中高と全ての卒業式には列席できた。
小学校、中学は全ての授業参観に自分が行った。あの頃は、真っ白にホワイトブリーチしたショートヘアに、ヴェルサーチのド派手なネクタイをしたスーツ姿だったが(笑。


父兄懇談は当然無視して、とっとと駐車場へ戻り、娘を待ちながら虚空蔵求聞持法の続きをやった。


結局、この日は学校内で2000回。
通算325000回。 

・・・やはり、どこかへ閉じこもらないと
埒があかんなぁ〜。進まん。。


残り、675000回。
一日一万回として、68日。二ヶ月ちょい。

かといって今また、歩き遍路のように長く離俗は出来ない。
区切り打ちじゃないが、せめて2〜3泊しながらどこかで
詰めて満行してしまいたいものだ・・

三重院での山伏修行の際、行事のないときには
マントラをするのに、本堂を貸して頂けると云って下さった。

そーいや、副住職からも、「いつ、滝修行に来る?」と
メールもいただいている。


また、三重院の門をたたいてみるか。



taihei0440 at 16:22コメント(0)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2008年01月30日

 芦屋の知己より、四国八十八ヶ所遍路の報告が届いた。彼とはこのブログを通じて、えにしを頂戴した。以後、互いの遍路・巡礼状況などを、ときどき情報交換させて頂いている、賢明で筆頭株主のような読者さんである(笑。

彼は区切り打ちの車遍路で、既に二巡目。自分よりベテランの遍路さん。今回は四国53番札所 円明寺と別格霊場9番 徳盛寺まで行かれたそうな。彼のメールによれば、焼山寺、鶴林寺、大龍寺の大山三寺は、雪で参詣の人もほとんど居なかったらしい。道路はアイスバーン状態だったそうで、良くご無事で帰ってらしたと、連絡を頂いて安堵する。

四国でも、この時期30センチもの雪が積もるとも。
その代わり、ロープウェイは貸切らしく、優雅だったのか孤独だったのか・・。
他にも、別格7番 金山出石寺は雪の中もう少しで通行止になりそうだったらしく、45番岩屋寺、44番大宝寺は道路が凍りだめでした・・と書かれていたので、車でも登れなかったのだろうか。

自分が歩き遍路をしていたのは、たった一ヶ月前なのに、寺の名称を聞くと既にどこもかしこも、みな懐かしく感じる。
彼も遍路中、車の中で虚空蔵求聞持法を実践されている。そうそう、最近報告していなかったが、と云うより実生活に戻ってサボり気味で・・
虚空蔵求聞持法はただいま、三十一万四千七十七回で停止している。これもいつまでも無期限と云うわけに行かないので、一気に山でも篭ってやり終えたいところだが。


ふたたび知己の話しに戻るが、関西に居住している彼は既に、西国三十三箇所も巡礼されており、今月14日には京都・東寺で行なわれた後七日御修法にも出向されている。
後七日御修法では、真言宗各山の高僧方が、潅頂院から御影堂まで出立され、今年は金剛界曼荼羅での修法が行なわれたそう。高野山専修学院や各山の僧侶も数多く参集され、各高僧を南無大師遍照金剛の唱和で出迎えたとも。
また彼が、今観音寺で読経されていた際には、100名近い僧侶が移動してきて、般若心経の唱和をされたそうで、想像するだけでも20人や30人の団体遍路どころではない、ど迫力の読経だったろうと思う。

自分も是非行きたかったが、四国から戻ったばかりで今回は失念した。


先日彼から、後七日御修法に高僧が参集した沢山の写真と一緒に、西国三十三箇所のマップまで頂いた。 自分は当初、四国遍路をレンタカーで巡る予定だったので、西国三十三箇所も加えて巡礼するつもりだった・・が、ご存知の通り歩き遍路を敢行したので、西国遍路は今後の巡礼目標の一つなのだ。それを知っている知己の心遣い、感謝の念に堪えないばかり。


感謝合掌

taihei0440 at 15:56コメント(0)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  
▼ごぉぉおおお〜〜〜〜〜ん勤行のお時間でっせぇ


毎度おいでやす。
【遍路と巡礼・神仏とえにしの旅】
Season3へようこそ

まぁ、ごゆるりと・・・

音が気に要らんお人は
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ご面倒でっけど停止して下さいや

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