神社
2007年09月29日
ふとした事で調べたら、群馬県内に「日本一の大黒さま」と称される、その名も「大黒神社」があるではないですか。
かれこれ、15年もの長き間、群馬に住み着いているにも関わらず、全く知りませんでした。無関心とは恐ろしいものです。
〜由緒〜
第五十二代嵯峨天皇の勅命により、弘仁九年(819年)大納言藤原冬嗣卿と弘法大師が登嶽し、大国主神出雲大社の御分社として、関東の霊域に奉斉されたと伝えられており、関東の出雲として世に知られる。
妙義山 中之嶽神社
〒370-2621 群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1248
TEL:0274-82-5671
さて、この大黒神社は白雲山、金洞山、金鶏山の三つの山からなる上毛三山と云われる、妙義山にありました。
ここへ行こうと思った、もう一つの理由は、鎖を使うような険しい登山道があったからです。ネット上で調べてみると、正に過酷な行を強いられる小豆島八十八ヶ所の遍路道のようです。これは、遍路へ旅立つ前の良い予行練習になると、勇んでまいりました。
国道18号線を軽井沢方面へ向かい、松井田の先を左に曲がります。
お天気が悪かったこの日は途中、近づいてくる妙義山は頂上付近がうっそうと雲がかかり、もしかして悪路な登山道が登れないかも知れないな・・と心配していました。
18号から行くと、手前に妙義神社がありましたが、とりあえず先にある大黒神社を目指しました。
歩いても妙義神社と大黒神社は行き来できるそうで、ハイキングコースにもなっていました。車道で約5キロぐらいの道のりです。更に登っていくと、どんどん、雲や霧も濃くなってきます。
大黒神社の駐車場に着くと、他府県ナンバーの乗用車にバスもチラホラと。奥にあったトイレで用を済ませ、振り向くと妙義山を背に神社の境内には、巨大な黄金色の大黒様が見えました。妙義山にかかる雲は流れが速く、大黒さまごと霊気に包まれているようでした。

この駐車場から、車道を戻る形で400メートルほど歩くと、「石門めぐり」と云われる登山口がありました。が、しかし先日の台風9号の影響で土砂崩れを起こしたらしく、その旨の書かれた立看板があって、封鎖されていました。実は、出発前に下仁田郡ローカルのサイトで、警告があったのですが、週末なので役所や観光案内に問合せられず、来るだけ来てみましたがやはりダメでした。残念です。

本来は、この石門めぐりをして山を1時間以上歩いて、上から大黒神社へ辿り着くルートを選んだのですが、登山練習を諦め仕方なしに、大黒神社へ戻りました。
「日本一の大黒さま」は、間近で見るより駐車場から遠目で見たときの方が、大きく見えました。傍だと、高崎の白衣観音像の方が大きいですね。でも、大黒さまはとても大らかなお顔をされていました。

大黒神社本殿から、左手に急な石段があり、数えて約147段。その上が中之嶽神社だそうです。石段の上り口には、不動明王さまが鎮座しておられました。

石段を登りきると、社があり右手が「見晴台」と呼ばれる登山道のルートなのですが、ここも残念ながら閉鎖されていました。
右へ行くと、「轟岩」と書かれた案内がありましたが、今回の目的から外れてしまうので次回の機会にと、大黒神社をあとにして帰りに妙義神社へ立ち寄りました。
妙義神社の駐車場は道の駅になっていましたが、その建物の裏側が台風の影響か、大きく削り取られて道の駅ごと、50メートルほど下へ落下しそうな勢いでした。
早く補修工事しないと非常に危険に見えましたが、中ではフツーにおばさん達が働いてました。大丈夫なのでしょうか・・・
妙義神社も結構な勾配を登って、社に辿り着くと更に上にある本社へも
台風の影響で通行止めとなっており、代わりに 旧宮様御殿(現在は社務所)を参拝するようにとの立て札がありました。こちらも残念でした。
かれこれ、15年もの長き間、群馬に住み着いているにも関わらず、全く知りませんでした。無関心とは恐ろしいものです。
〜由緒〜
第五十二代嵯峨天皇の勅命により、弘仁九年(819年)大納言藤原冬嗣卿と弘法大師が登嶽し、大国主神出雲大社の御分社として、関東の霊域に奉斉されたと伝えられており、関東の出雲として世に知られる。
妙義山 中之嶽神社
〒370-2621 群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1248
TEL:0274-82-5671
さて、この大黒神社は白雲山、金洞山、金鶏山の三つの山からなる上毛三山と云われる、妙義山にありました。
ここへ行こうと思った、もう一つの理由は、鎖を使うような険しい登山道があったからです。ネット上で調べてみると、正に過酷な行を強いられる小豆島八十八ヶ所の遍路道のようです。これは、遍路へ旅立つ前の良い予行練習になると、勇んでまいりました。
国道18号線を軽井沢方面へ向かい、松井田の先を左に曲がります。
お天気が悪かったこの日は途中、近づいてくる妙義山は頂上付近がうっそうと雲がかかり、もしかして悪路な登山道が登れないかも知れないな・・と心配していました。
18号から行くと、手前に妙義神社がありましたが、とりあえず先にある大黒神社を目指しました。
歩いても妙義神社と大黒神社は行き来できるそうで、ハイキングコースにもなっていました。車道で約5キロぐらいの道のりです。更に登っていくと、どんどん、雲や霧も濃くなってきます。
大黒神社の駐車場に着くと、他府県ナンバーの乗用車にバスもチラホラと。奥にあったトイレで用を済ませ、振り向くと妙義山を背に神社の境内には、巨大な黄金色の大黒様が見えました。妙義山にかかる雲は流れが速く、大黒さまごと霊気に包まれているようでした。
この駐車場から、車道を戻る形で400メートルほど歩くと、「石門めぐり」と云われる登山口がありました。が、しかし先日の台風9号の影響で土砂崩れを起こしたらしく、その旨の書かれた立看板があって、封鎖されていました。実は、出発前に下仁田郡ローカルのサイトで、警告があったのですが、週末なので役所や観光案内に問合せられず、来るだけ来てみましたがやはりダメでした。残念です。
本来は、この石門めぐりをして山を1時間以上歩いて、上から大黒神社へ辿り着くルートを選んだのですが、登山練習を諦め仕方なしに、大黒神社へ戻りました。
「日本一の大黒さま」は、間近で見るより駐車場から遠目で見たときの方が、大きく見えました。傍だと、高崎の白衣観音像の方が大きいですね。でも、大黒さまはとても大らかなお顔をされていました。
大黒神社本殿から、左手に急な石段があり、数えて約147段。その上が中之嶽神社だそうです。石段の上り口には、不動明王さまが鎮座しておられました。
石段を登りきると、社があり右手が「見晴台」と呼ばれる登山道のルートなのですが、ここも残念ながら閉鎖されていました。
右へ行くと、「轟岩」と書かれた案内がありましたが、今回の目的から外れてしまうので次回の機会にと、大黒神社をあとにして帰りに妙義神社へ立ち寄りました。
妙義神社の駐車場は道の駅になっていましたが、その建物の裏側が台風の影響か、大きく削り取られて道の駅ごと、50メートルほど下へ落下しそうな勢いでした。
早く補修工事しないと非常に危険に見えましたが、中ではフツーにおばさん達が働いてました。大丈夫なのでしょうか・・・
妙義神社も結構な勾配を登って、社に辿り着くと更に上にある本社へも
台風の影響で通行止めとなっており、代わりに 旧宮様御殿(現在は社務所)を参拝するようにとの立て札がありました。こちらも残念でした。
2007年09月05日
昨日の続きも途中で放りっ放しで、今日の事を書いておかないと忘れてしまいます。
驚異の記憶力を得られるとも云われる「虚空蔵求聞持法」も現在、やっとこさ16万6千遍。あと83万4千遍を唱えないと授かりません。そこに至るまでに愚僧の脳細胞はどこまで衰えていくのでしょうか。
余分な話はさておいて。
今日は、新宿へ場所を移します。
もうかれこれ、15年も通っている新宿にも七福神めぐりがあったんですね〜。全く知りませんでした。興味がないというのは恐ろしいです。正式名称は「新宿 山の手七福神めぐり」、といっても、山の手線には全く乗らずに廻ります(笑
今日は時間がありませんので、良く行く花園神社(新宿区新宿5-17-3 03-3209-5265)を参拝して、そこから大黒さまのいらっしゃる大乗山経王寺(新宿区原町1-14 03-3341-1314)だけをお参りしました。大黒堂には重い「打ち出の小槌」が置いてあり、「三回振って願いをかけましょう」と書いてありました。
大雨の中、頂いたお札を濡れないよう大切に抱えて持ち帰ろうとした際、ご住職の奥様でしょうか?「こんな物では役に立たないかも知れませんが」と紙袋を下さりました。真心に触れられた瞬間でした。感謝 合掌です。
この新宿七福神は昨日の「下谷七福神めぐり」のように歩いて廻るには少々キツイかも知れませんね。JR新宿駅から花園神社までは近いですが、そこから一気に都営大江戸線 牛込柳町駅近くの大乗山経王寺までは結構な距離がありました。途中、ザンザンと土砂降りの雨が降って雨宿りをした折、ふと(雨宿りって久しぶりだな)と思いました。
近所のコンビニに行くのさえ車が常識の群馬ですっかり「歩く」という習慣が薄れてしまっていたのに気が付きました。むしろ、都内に住んでる方のほうがよほど足腰は強いでしょうね。通勤の乗換えだけでも相当歩いてらっしゃるでしょうし。
さてさて、通常「新宿 山の手七福神めぐり」は、スタートが
太宗寺霞関山 布袋さま(新宿区新宿2-9-2 03-3356-7731 小田急新宿駅)
鬼王神社 恵比寿さま(新宿歌舞伎町2-17-5 03-3200-2904 西武新宿駅)
春時山法善寺 寿老人さま(新宿区新宿6-20-16 03-3351-4080 大江戸線 若松河田駅)
厳島神社 弁財天さま(新宿区余丁町8-5 03-3351-5875 大江戸線 若松河田駅)
大久保山永福寺 福禄寿さま(新宿区新宿7-11-2 03-3203-8910 大江戸線 若松河田駅)
この辺りまでを歩きで廻った後、大江戸線に乗って残りを移動した方が良いでしょう。
大乗山経王寺 大黒さま(新宿区原町1-14 03-3341-1314 大江戸線牛込柳町駅)
鎮護山善国寺 毘沙門天さま(新宿区神楽坂5-36 03-3269-0641 大江戸線牛込神楽坂駅)
今日の虚空蔵求聞持法=166730遍でした。
驚異の記憶力を得られるとも云われる「虚空蔵求聞持法」も現在、やっとこさ16万6千遍。あと83万4千遍を唱えないと授かりません。そこに至るまでに愚僧の脳細胞はどこまで衰えていくのでしょうか。
余分な話はさておいて。
今日は、新宿へ場所を移します。
もうかれこれ、15年も通っている新宿にも七福神めぐりがあったんですね〜。全く知りませんでした。興味がないというのは恐ろしいです。正式名称は「新宿 山の手七福神めぐり」、といっても、山の手線には全く乗らずに廻ります(笑
今日は時間がありませんので、良く行く花園神社(新宿区新宿5-17-3 03-3209-5265)を参拝して、そこから大黒さまのいらっしゃる大乗山経王寺(新宿区原町1-14 03-3341-1314)だけをお参りしました。大黒堂には重い「打ち出の小槌」が置いてあり、「三回振って願いをかけましょう」と書いてありました。
大雨の中、頂いたお札を濡れないよう大切に抱えて持ち帰ろうとした際、ご住職の奥様でしょうか?「こんな物では役に立たないかも知れませんが」と紙袋を下さりました。真心に触れられた瞬間でした。感謝 合掌です。
この新宿七福神は昨日の「下谷七福神めぐり」のように歩いて廻るには少々キツイかも知れませんね。JR新宿駅から花園神社までは近いですが、そこから一気に都営大江戸線 牛込柳町駅近くの大乗山経王寺までは結構な距離がありました。途中、ザンザンと土砂降りの雨が降って雨宿りをした折、ふと(雨宿りって久しぶりだな)と思いました。
近所のコンビニに行くのさえ車が常識の群馬ですっかり「歩く」という習慣が薄れてしまっていたのに気が付きました。むしろ、都内に住んでる方のほうがよほど足腰は強いでしょうね。通勤の乗換えだけでも相当歩いてらっしゃるでしょうし。
さてさて、通常「新宿 山の手七福神めぐり」は、スタートが
太宗寺霞関山 布袋さま(新宿区新宿2-9-2 03-3356-7731 小田急新宿駅)
鬼王神社 恵比寿さま(新宿歌舞伎町2-17-5 03-3200-2904 西武新宿駅)
春時山法善寺 寿老人さま(新宿区新宿6-20-16 03-3351-4080 大江戸線 若松河田駅)
厳島神社 弁財天さま(新宿区余丁町8-5 03-3351-5875 大江戸線 若松河田駅)
大久保山永福寺 福禄寿さま(新宿区新宿7-11-2 03-3203-8910 大江戸線 若松河田駅)
この辺りまでを歩きで廻った後、大江戸線に乗って残りを移動した方が良いでしょう。
大乗山経王寺 大黒さま(新宿区原町1-14 03-3341-1314 大江戸線牛込柳町駅)
鎮護山善国寺 毘沙門天さま(新宿区神楽坂5-36 03-3269-0641 大江戸線牛込神楽坂駅)
今日の虚空蔵求聞持法=166730遍でした。
2007年08月23日
処暑にあたるこの日、幾分か涼しく日差しも久しぶりに穏やか。再び雨降山 大山寺の男坂へ挑戦しようと思っていましたが、出発が昼近くになってしまい、予定変更して以前から参拝したかった、大宮氷川神社(武蔵一ノ宮 氷川神社)へ参りました。
〒330-0803 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407 電話048-641-1213 例祭日 八月一日

大宮氷川神社 拝殿
平成13年(2001)5月1日、大宮市、浦和市、与野市の3市が合併して「さいたま市」が発足したため、その前日4月30日をもって地図上から「大宮市」が消滅した。かっての大宮市は”武蔵国一の宮”である氷川神社の門前町として栄えたところで、その地名は、この神社が「おおいなる宮居」であったことに由来するという。
入り口参門の近くに、案内図があったので見てみると境内には、なんと13もの神社があり、19もの神様がいらっしゃいました。ご祭神と合せると22!(*大己貴命(おおなむちのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)が重複されている。それでも20)これには驚き。
ご祭神
須佐之男命(須佐乃袁尊)(すさのおのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
摂社
門客人神社 足摩乳命(あしなづちのみこと)
手摩乳命(てなづちのみこと)
天津神社 少彦名命(すくなひこなのみこと)
宗方神社 多起理比売命(たぎりひめのみこと)
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)
田寸津比売命(たぎつひめのみこと)
末社
山祗神社 大山祗命(おおやまづみのみこと)
石上神社 布都御魂命(ふつのみたまのみこと)
愛宕神社 迦具土命(かぐつちのみこと)
雷神社 大雷命(おおいかづちのみこと)
住吉神社 底筒男命(そこつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
上筒男命(うわつつのおのみこと)
神明神社 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
天満神社 菅原道真公(すがわらみちざねこう)
松尾神社 大山昨命(おおやまくいのみこと)
御嶽神社 大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
稲荷神社 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

拝殿の前で、若い巫女さん達が何か予行練習?本番かどか分かりませんが、舞踊を披露していました。

最後にに駐車場近くの、六社へお参り。
私の崇拝する神様でも有る、大山祗大神が居られました。
〒330-0803 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407 電話048-641-1213 例祭日 八月一日
大宮氷川神社 拝殿
平成13年(2001)5月1日、大宮市、浦和市、与野市の3市が合併して「さいたま市」が発足したため、その前日4月30日をもって地図上から「大宮市」が消滅した。かっての大宮市は”武蔵国一の宮”である氷川神社の門前町として栄えたところで、その地名は、この神社が「おおいなる宮居」であったことに由来するという。
入り口参門の近くに、案内図があったので見てみると境内には、なんと13もの神社があり、19もの神様がいらっしゃいました。ご祭神と合せると22!(*大己貴命(おおなむちのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)が重複されている。それでも20)これには驚き。
ご祭神
須佐之男命(須佐乃袁尊)(すさのおのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
摂社
門客人神社 足摩乳命(あしなづちのみこと)
手摩乳命(てなづちのみこと)
天津神社 少彦名命(すくなひこなのみこと)
宗方神社 多起理比売命(たぎりひめのみこと)
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)
田寸津比売命(たぎつひめのみこと)
末社
山祗神社 大山祗命(おおやまづみのみこと)
石上神社 布都御魂命(ふつのみたまのみこと)
愛宕神社 迦具土命(かぐつちのみこと)
雷神社 大雷命(おおいかづちのみこと)
住吉神社 底筒男命(そこつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
上筒男命(うわつつのおのみこと)
神明神社 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
天満神社 菅原道真公(すがわらみちざねこう)
松尾神社 大山昨命(おおやまくいのみこと)
御嶽神社 大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
稲荷神社 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
拝殿の前で、若い巫女さん達が何か予行練習?本番かどか分かりませんが、舞踊を披露していました。
最後にに駐車場近くの、六社へお参り。
私の崇拝する神様でも有る、大山祗大神が居られました。
2007年08月17日
今日は、かの有名な「金運神社」と呼ばれる
富士吉田市の新屋山神社へお参りしてきました。

元々、毎月17日は訪れるようにしていましたが
先月はお参りが出来ず、二ヶ月ぶりの参拝となります。
毎月、1日と17日は定例祭で本殿に行けば無料で御祓いをしてくれます。
(無料といえど、目の前の浄財入れに千円札が山積みになっているので
なんとなく、そこへ小銭をおく気にはなれませんが・・)
この日は、拝殿の中でどなたかがご祈祷を受けておられたので
上がれませんでしたが、普段なら玉串奉奠(たまぐしほうてん)も
させてもらえます。
いつも思いますが、日本の伝統儀式や神仏に関する言葉は難しいですね。
それから、土日は奥宮でも宮司さんが一人待機していて
同様に御祓いしてくれます。

奥宮
この神社がいつ頃から、金運神社と呼ばれるようになり
事業家や、特にインターネット起業家が多く参拝されるように
なったのか、分かりませんがここ数年、一気に増えてきたようです。
全国に金運神社と呼ばれる社は、幾つかありますが
この新屋山神社は、表向き「金運」を呼込み文句にしていないせいか
ご近所の方々にしても、金運だけに肖りたいという人は少ないようです。
中の茶屋から約8.5キロ。曲がりくねった細い山道を
上っていくと、非常に分かりづらい標識が右手に見えます。
この日も奥宮には、先客が二組と参拝中に家族連れとご夫婦が
二組いらっしゃいました。

新屋山神社 本殿
祭神は大山祗大神(オオヤマツミノオホカミ)
富士吉田市の新屋山神社へお参りしてきました。
元々、毎月17日は訪れるようにしていましたが
先月はお参りが出来ず、二ヶ月ぶりの参拝となります。
毎月、1日と17日は定例祭で本殿に行けば無料で御祓いをしてくれます。
(無料といえど、目の前の浄財入れに千円札が山積みになっているので
なんとなく、そこへ小銭をおく気にはなれませんが・・)
この日は、拝殿の中でどなたかがご祈祷を受けておられたので
上がれませんでしたが、普段なら玉串奉奠(たまぐしほうてん)も
させてもらえます。
いつも思いますが、日本の伝統儀式や神仏に関する言葉は難しいですね。
それから、土日は奥宮でも宮司さんが一人待機していて
同様に御祓いしてくれます。
奥宮
この神社がいつ頃から、金運神社と呼ばれるようになり
事業家や、特にインターネット起業家が多く参拝されるように
なったのか、分かりませんがここ数年、一気に増えてきたようです。
全国に金運神社と呼ばれる社は、幾つかありますが
この新屋山神社は、表向き「金運」を呼込み文句にしていないせいか
ご近所の方々にしても、金運だけに肖りたいという人は少ないようです。
中の茶屋から約8.5キロ。曲がりくねった細い山道を
上っていくと、非常に分かりづらい標識が右手に見えます。
この日も奥宮には、先客が二組と参拝中に家族連れとご夫婦が
二組いらっしゃいました。
新屋山神社 本殿
祭神は大山祗大神(オオヤマツミノオホカミ)
2007年08月16日
東国八十八遍路満願のお礼参りと、更なる祈願を
お願い申し上げるため、ふたたび雨降山 大山寺へと参拝しました。
電話で事前に確認したところ、本堂へは今日も上がって参拝できるとのこと。
ご本尊である、不動明王の真裏にあった「三面大黒天」様に
どうしても、もう一度お参りしたかったのです。
駐車場から、約15分でケーブル乗車口「おいわけ」駅へ。
両脇に名物の「豆腐料理」屋さんや、みやげ物屋さん
料亭や旅館を見ながら、のぼり階段を上がって行きます。
初めてのときは、この階段でさえ炎天下の中、かなりこたえました。
しかし、今日は二回目。
まして、目的は徒歩での参拝です。
こんなところからめげていては、話にならないと
早足で「おいわけ」駅まで、駆け上がりました。
ケーブル駅に着くと、左側へ廻れば
山頂までの徒歩の道が用意されています。

立て札があり、右が「つら〜い男坂」左が「女坂」と書いてあります。
右を見てみると、見上げるばかりの急な石の階段が待ち受けています。
別の立て札では、「左 不動尊」と書いてあるのが少し気にはなりました。
(ん?もしかして、左へ行かないと大山寺へは行けないのか?)
そうです。
ケーブルでは、山頂の阿夫利神社下社を終着駅として
途中に、大山寺不動尊があるのです。
少々、不安を抱きながらも
ここは、やはり「男坂」を選ぶべきと右へ順路をとりました。
続きを読む
お願い申し上げるため、ふたたび雨降山 大山寺へと参拝しました。
電話で事前に確認したところ、本堂へは今日も上がって参拝できるとのこと。
ご本尊である、不動明王の真裏にあった「三面大黒天」様に
どうしても、もう一度お参りしたかったのです。
駐車場から、約15分でケーブル乗車口「おいわけ」駅へ。
両脇に名物の「豆腐料理」屋さんや、みやげ物屋さん
料亭や旅館を見ながら、のぼり階段を上がって行きます。
初めてのときは、この階段でさえ炎天下の中、かなりこたえました。
しかし、今日は二回目。
まして、目的は徒歩での参拝です。
こんなところからめげていては、話にならないと
早足で「おいわけ」駅まで、駆け上がりました。
ケーブル駅に着くと、左側へ廻れば
山頂までの徒歩の道が用意されています。
立て札があり、右が「つら〜い男坂」左が「女坂」と書いてあります。
右を見てみると、見上げるばかりの急な石の階段が待ち受けています。
別の立て札では、「左 不動尊」と書いてあるのが少し気にはなりました。
(ん?もしかして、左へ行かないと大山寺へは行けないのか?)
そうです。
ケーブルでは、山頂の阿夫利神社下社を終着駅として
途中に、大山寺不動尊があるのです。
少々、不安を抱きながらも
ここは、やはり「男坂」を選ぶべきと右へ順路をとりました。
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