時事
2010年08月30日
生きていたら・・・
100何歳と云う、事件が相次いでますね。
東京大田区 103歳
東京足立区 111歳
福島県いわき市 102歳
愛知県高浜市 142歳
大阪市天王寺区 152歳
横浜市 180歳
山口県防府市 186歳
・・・
このように枚挙に暇がないですが、長崎県壱岐市では、なんと200歳だそうです。
各市町村のいいワケに似た見解は様々で、確認を急いではいるでしょうが、まだまだ潜在する超高齢者は噴出しそうな勢いです。
生きているはずの人が生きていない。
それを市町村が把握しきれてない。と云うのは、確かに問題ではあろうが、なんで事件として騒がれるのか?
そうでうすね。
生きていれば国から貰える年金を、死んでいるんだけれども、"生きていることにして"、不正に受給していたからなんですね。
中には、より高額な支給額を貰うために、意図的に老齢福祉年金から、遺族共済年金に切り替えたりして。だから発覚すれば、当然、詐欺容疑で共済組合が告訴しますわな。そやから事件になっとるんです。
死んだことを隠すために、死体を押入れに隠す。
これは死体遺棄ですね、3年以下の懲役。詐欺は10年以下です。
相続税は5年で時効、詐欺や不正の場合でも7年で時効です。
そこまで読んでいたのか?それともこのケースは該当しないのか。
現時点でも、100歳以上の生存未確認者は2万人以上だと云われますから、国にすれば一人年間100万だとしても、200億。100歳以下も合わせれば更に大きなお金を支払ってることになりますから、早々に対策を打ち出しました。
こーゆーことだけは、やること早い気がするのは私だけでしょうか。確かに年金支給財源は皆さんの大切なお金でもありますが・・
兎に角、高齢者であればどこかしら身体の具合も悪かろう、だから医療治療実績があるだろう、それがないとすれば怪しい。だからそこから調べて、本人に面会出来るまで支給を停止しよう。などと色々やるそうですよ。
でもね。
それで防げるのは不正受給ですが、その不正受給した人たちもまた高齢者ばかりです。その人たちが親の亡骸と暮らせねばならぬ理由がナンだったのか?その最たる原因を何とかしてやれないものなのか?そこに社会や私たちに出来ることはないのか?
長寿大国にっぽん。
誠に残念です。本当に生きてて欲しいですねお元気で。
不法滞在の外国人を入国管理局へ通報すれば、5万円以下の報奨金が貰えます。市町村が手に負えなくなって、この事件も同様の奨励を始められたら・・・確かに5万程度で、多ければ十数年で数千万にのぼる不正を暴けたら、国にすれば安いモンでしょうが・・・嫌だ嫌だそんな社会は。
尊天上様、
願わくばどうかこの人たちが望むものを
望むときに望む形で望むだけを与えて上げられますように。
乞い願い奉らん
本日もご訪問おおきに、
ご愛読有難う御座いました。
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
2010年08月15日
私は毎日のニュースで悲報を耳にするたび
その日の晩行にて、姿を浮かべ弥陀讃を唱え冥福を祈ります。
相次ぐ乳幼児虐待や殺害のニュース。
近頃は、ヤクザの対立抗争や報復事件はメッキリ陰を潜め
もっぱらそんなニュースよりも、堅気が堅気を殺す。
然も親が子を殺し、子が親を殺す。
この日本にも、そんな時代がなかったワケではない。
人を殺すのに正当な理由など一切存在しない。が、
当時の殺害理由が、現在とは全く異なる社会や環境が
背景にあったとしても、致し方ないとは加害者すら100%は
納得していなかったであろう。慟哭に苦しんだやも知れない。
然し、今はそんな事由などどこにも見当たらない。
そんな時代はとうに過ぎ去った筈である。それでも殺人は起こる。
今回の事件は、逮捕当初の保護責任者遺棄致死罪から、新たに殺人罪を適用したと云うことは、死刑もあり得ると云うことで、例え罪状否認しても、殺人罪で立件出来ると、検察が判断したと云うことである。
あなたはこの事件をどう受け止めるか?
およそこのニュースは一週間、報道を賑わした。
幼い乳幼児に同情が集まり易いとはいえ、それがこれほど世間を騒がせる、それ以外に大量殺人や集団自殺がなかった。ある意味我が国はそれだけ平和なのである。
被疑者の若いお母さんを責め立てるのは簡単だ。
あれこれ非難するのは容易い。
ブロガーやツィッターからの冷たく厳しい声が氾濫する。
川崎の成田浩子さん(34)の、ひまわり署名プロジェクト。
神戸の藤原八重子さん(64)の、児童の虐待防止を切に願う会。
西と東、この二つのグループが
時を同じくして生まれたのも必然であろうか。
一年足らずして、署名は10万を越え今国会へ提出される。
昨年、同じく大阪で虐待死させられた女の子の事件。
ひまわり署名プロジェクトは、その事件に端を発し設立された。
その後だけでも既に20人もの幼い命が奪われている。
その殆どの容疑者は、実親・・・である。
署名集めて厳罰要求すんのもええけどねぇ・・
果たして両グループは国を動かせるか?
虐待や子殺しは減らすことが出来るか。
第一、そんな親たちが法改正に興味あるんか?
人は刑務所で極刑を逃れたいが為に、殺意を押し殺すのか?
何でその親たちは子殺しに至ったんか?
何で親の心、人の心を失ったんか?
法改正されれば、虐待し出してから保護に至るまでの経緯は
相当短縮され、或いはそれが命の救出に繋がるやも知れません。
でも、それ以前に虐待自体無くしましょうよ。
昔はなかったでしょ?虐待も花粉症やアトピーや生活習慣病と
云われる現代病と一緒。親と云う大人の精神的疾患です。
そこで我々、心の医王である僧侶たちは
そもそも、躾と虐待の区別がつかんようになった
或いは、子の命、他人の命も敬えぬようになった
そんな人たちの心の病を治して行かんとあきまへん。
加害者をあえて悪人と称するならば
だからこそ、悪人を救わんと赤ん坊のような善人を救えんのです。
人は本来、仏であります。
その仏が、仏らしからぬ事をしでかす。
仏性と云う、仏の種が芽を出さずに腐ってゆく
自分が仏やったことを忘れてゆく。思い出せんようになる。
生まれた時から死ぬまで、生涯悪人は滅多におりまへんやろ。
逆に生涯に何度かは、自分を仏性を見失ってまう事もあるでしょう。
聖天さまは、そんな私たちの仏性を
つまり、必ず善い人間になれるのだと絶対的信頼を寄せて下さる。
そやから、それに背かぬよう、応えていかんとあきまへん。
ウチの猫を見てると実に自由自在ですわ。
寝たい時に寝て、甘えたい時に甘えて、逃げたい時に逃げる。
猫にも感情はある。
だからこそ、精神が自由自在なんですね。
然し猫には人間のように、囚われの心はおまへん。
最低限の食欲などはあっても、もっとこうしたいあうしたい
何で今こうなんだ!と現状を嘆くこともない。
乳幼児も同じです。
おっぱいを欲しがったり、寂しがったり喜んだり
感情は豊かですが、嬰児に囚われの心はおまへん。
即ち、
猫も動物も、そして人は生まれた時から仏なんです。
その仏を殺したら、そらあきまへんわな。
決して、仏殺すな人はええけどっちゅう意味ちゃいまっせ。
周囲からは中々見えぬ心の病。
相談相手がいなかった・・と、彼女は言います。
打ち明けてくれたら力になれたのに・・
そんなに苦悩してるなんて知らなかった・・その友人は言います。
彼女自身が相談したい!打ち明けたい!
心の拠り所になって欲しい!そう思えなければ、居ないのと同じ。
子供は親を選べない?
そんな事はおまへん。ちゃんと選んで生まれてくるんです。
そやからあの子たちも、云うたら可愛そうやけど寿命やったんでしょう。
ただ、その寿命も決定的なものやおまへん。
因があって縁がなかった結果
未来は変えられる
予測される未来は、今そのままの未来
善い縁がめぐって来なかった場合の未来
そやから皆さんね。
そんな善い縁をあげられんかったこと、直接やのぉても
縁が巡りめぐって、何かしら彼女の支えや踏み止まるに至る
端緒になれんかったんやろかと、
ナンも出来んかったことを悔やみます。
ナンもしてやれんかったことを悔やみます。
まだまだ精進が足りまへん。
まだまだ世に向けての配慮が足りんのです。
人が人を生かすと云うのは、
人が人を守り抜くと云うことでもあります。
母の頬に刻まれたシワの数だけ
母はその身を捧げ子を守り抜いてゆきます。
そうして生かされた子がまた、人を生かしてゆく。
子供は神さま、仏さま。
この国の礎、世界の宝です。
純粋無垢、子供から見習うべきは山ほどあります。
聖天さまに一日も早く祈願成就を果たして戴く為には
このが一心不乱、一心一向が最も必要なのです。
"叩けば必ず鳴る。祈れば必ず祈願成就する"
それが聖天信仰であります。
大人になるにつれ、心にぶ厚く覆い被さってしまった
いらざる思慮分別は、聖天さまの御前では人の浅はかな有識に過ぎず
聖天さまの御心に飛び込む勇気を常に阻害します。
"乳を求めて母を呼ぶ、嬰児の如 ただひたすらに・・"
信心、信仰とは、ただ知ることではなく
心と身体の行であり心行、身行、行ずることであります。
"吾れ、汝を救いとらすから、汝もまた他を救え"
それが聖天さまの最も喜ばれる功徳の積み方であります。
罪のない子供たちの冥福を心より祈念申し上げます。
本日もご訪問おおきに、
ご愛読有難う御座いました。
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
その日の晩行にて、姿を浮かべ弥陀讃を唱え冥福を祈ります。
相次ぐ乳幼児虐待や殺害のニュース。
近頃は、ヤクザの対立抗争や報復事件はメッキリ陰を潜め
もっぱらそんなニュースよりも、堅気が堅気を殺す。
然も親が子を殺し、子が親を殺す。
この日本にも、そんな時代がなかったワケではない。
人を殺すのに正当な理由など一切存在しない。が、
当時の殺害理由が、現在とは全く異なる社会や環境が
背景にあったとしても、致し方ないとは加害者すら100%は
納得していなかったであろう。慟哭に苦しんだやも知れない。
然し、今はそんな事由などどこにも見当たらない。
そんな時代はとうに過ぎ去った筈である。それでも殺人は起こる。
今回の事件は、逮捕当初の保護責任者遺棄致死罪から、新たに殺人罪を適用したと云うことは、死刑もあり得ると云うことで、例え罪状否認しても、殺人罪で立件出来ると、検察が判断したと云うことである。
あなたはこの事件をどう受け止めるか?
およそこのニュースは一週間、報道を賑わした。
幼い乳幼児に同情が集まり易いとはいえ、それがこれほど世間を騒がせる、それ以外に大量殺人や集団自殺がなかった。ある意味我が国はそれだけ平和なのである。
被疑者の若いお母さんを責め立てるのは簡単だ。
あれこれ非難するのは容易い。
ブロガーやツィッターからの冷たく厳しい声が氾濫する。
川崎の成田浩子さん(34)の、ひまわり署名プロジェクト。
神戸の藤原八重子さん(64)の、児童の虐待防止を切に願う会。
西と東、この二つのグループが
時を同じくして生まれたのも必然であろうか。
一年足らずして、署名は10万を越え今国会へ提出される。
昨年、同じく大阪で虐待死させられた女の子の事件。
ひまわり署名プロジェクトは、その事件に端を発し設立された。
その後だけでも既に20人もの幼い命が奪われている。
その殆どの容疑者は、実親・・・である。
署名集めて厳罰要求すんのもええけどねぇ・・
果たして両グループは国を動かせるか?
虐待や子殺しは減らすことが出来るか。
第一、そんな親たちが法改正に興味あるんか?
人は刑務所で極刑を逃れたいが為に、殺意を押し殺すのか?
何でその親たちは子殺しに至ったんか?
何で親の心、人の心を失ったんか?
法改正されれば、虐待し出してから保護に至るまでの経緯は
相当短縮され、或いはそれが命の救出に繋がるやも知れません。
でも、それ以前に虐待自体無くしましょうよ。
昔はなかったでしょ?虐待も花粉症やアトピーや生活習慣病と
云われる現代病と一緒。親と云う大人の精神的疾患です。
そこで我々、心の医王である僧侶たちは
そもそも、躾と虐待の区別がつかんようになった
或いは、子の命、他人の命も敬えぬようになった
そんな人たちの心の病を治して行かんとあきまへん。
加害者をあえて悪人と称するならば
だからこそ、悪人を救わんと赤ん坊のような善人を救えんのです。
人は本来、仏であります。
その仏が、仏らしからぬ事をしでかす。
仏性と云う、仏の種が芽を出さずに腐ってゆく
自分が仏やったことを忘れてゆく。思い出せんようになる。
生まれた時から死ぬまで、生涯悪人は滅多におりまへんやろ。
逆に生涯に何度かは、自分を仏性を見失ってまう事もあるでしょう。
聖天さまは、そんな私たちの仏性を
つまり、必ず善い人間になれるのだと絶対的信頼を寄せて下さる。
そやから、それに背かぬよう、応えていかんとあきまへん。
ウチの猫を見てると実に自由自在ですわ。
寝たい時に寝て、甘えたい時に甘えて、逃げたい時に逃げる。
猫にも感情はある。
だからこそ、精神が自由自在なんですね。
然し猫には人間のように、囚われの心はおまへん。
最低限の食欲などはあっても、もっとこうしたいあうしたい
何で今こうなんだ!と現状を嘆くこともない。
乳幼児も同じです。
おっぱいを欲しがったり、寂しがったり喜んだり
感情は豊かですが、嬰児に囚われの心はおまへん。
即ち、
猫も動物も、そして人は生まれた時から仏なんです。
その仏を殺したら、そらあきまへんわな。
決して、仏殺すな人はええけどっちゅう意味ちゃいまっせ。
周囲からは中々見えぬ心の病。
相談相手がいなかった・・と、彼女は言います。
打ち明けてくれたら力になれたのに・・
そんなに苦悩してるなんて知らなかった・・その友人は言います。
彼女自身が相談したい!打ち明けたい!
心の拠り所になって欲しい!そう思えなければ、居ないのと同じ。
子供は親を選べない?
そんな事はおまへん。ちゃんと選んで生まれてくるんです。
そやからあの子たちも、云うたら可愛そうやけど寿命やったんでしょう。
ただ、その寿命も決定的なものやおまへん。
因があって縁がなかった結果
未来は変えられる
予測される未来は、今そのままの未来
善い縁がめぐって来なかった場合の未来
そやから皆さんね。
そんな善い縁をあげられんかったこと、直接やのぉても
縁が巡りめぐって、何かしら彼女の支えや踏み止まるに至る
端緒になれんかったんやろかと、
ナンも出来んかったことを悔やみます。
ナンもしてやれんかったことを悔やみます。
まだまだ精進が足りまへん。
まだまだ世に向けての配慮が足りんのです。
人が人を生かすと云うのは、
人が人を守り抜くと云うことでもあります。
母の頬に刻まれたシワの数だけ
母はその身を捧げ子を守り抜いてゆきます。
そうして生かされた子がまた、人を生かしてゆく。
子供は神さま、仏さま。
この国の礎、世界の宝です。
純粋無垢、子供から見習うべきは山ほどあります。
聖天さまに一日も早く祈願成就を果たして戴く為には
このが一心不乱、一心一向が最も必要なのです。
"叩けば必ず鳴る。祈れば必ず祈願成就する"
それが聖天信仰であります。
大人になるにつれ、心にぶ厚く覆い被さってしまった
いらざる思慮分別は、聖天さまの御前では人の浅はかな有識に過ぎず
聖天さまの御心に飛び込む勇気を常に阻害します。
"乳を求めて母を呼ぶ、嬰児の如 ただひたすらに・・"
信心、信仰とは、ただ知ることではなく
心と身体の行であり心行、身行、行ずることであります。
"吾れ、汝を救いとらすから、汝もまた他を救え"
それが聖天さまの最も喜ばれる功徳の積み方であります。
罪のない子供たちの冥福を心より祈念申し上げます。
本日もご訪問おおきに、
ご愛読有難う御座いました。
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝



















