弘法市
2007年12月21日



弁天堂で礼拝したあと、更に奥へ直進すると北大門を右に見ながら真正面の門をくぐった。そこが突き当り、運良くやっと大師堂に辿り着いた。写経を収める箱には「四国八十八ヶ所巡礼」と記されている。やはり、聞いていた通り、本来この東寺から「四国遍路」を始めるのが、古くからの不文律なのか? 大師堂は靴を脱いで、上がって参拝出来るようになっていた。引きずる足で階段を登り、お大師さんの前に正座をした。
高野山での礼拝が最後だと思っていた。
この旅ではもう、寺で読経する事も、神仏に手を合わせる事すらも、ないだろうと思っていた。今また、自分の目の前にお大師さんがいらっしゃる。 何と云う威厳、何と云う神々しさ。 京都に来て良かった・・「お呼び立てして頂いて、本当に有難う御座います。」「お蔭さまで無事、四国巡礼を終え戻って参りました。」そう、ご挨拶から読経を続けた。頭の中は静寂と化し、辺りの人ゴミの喧騒は、この間全く耳に入らなかった。
〜脱線マメ知識〜
因みに、この大師堂(御影堂=みえいどう)は、実際にお大師さんが10年あまり住まれた場所である。嵯峨天皇から平安京二大寺院の一つ、東寺を一任された空海は「歓喜に絶えず、秘密道場と成す」と後に記したそうだ。ここに、我が国初の密教「真言宗」は誕生する。東寺を、真言密教の根本道場と定めた空海は、人生の集大成を捧げた大仕事に取り掛かる。その手始めが、画像の21尊像が並ぶ「講堂」の建設であり、正方形の境内のど真ん中に講堂を配置し、東西南北十字に結ばれた中心に、密教の主尊「大日如来」が安置されている。時に空海50歳、この東寺を宇宙空間に見立て、正に密教の教えそのものを「羯磨曼荼羅」として、境内に描いて行ったのだ。
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07*30京都着
地下鉄梅田駅〜JR大阪駅経由して、東海道山陽本線快速で京都に着いた。ミナミから僅か一時間弱、あっと云う間だった。 予約してある宿、ホテルステーション京都西館は京都タワー方面だ。カランコロン、京都の街を下駄で歩く。それにしても寒い、どんよりした曇り空。風も冷たい。やはり、大阪より北に位置するから気温は低い。
遍路姿と違って、軍手は革の手袋に変わり、笈摺は毛皮のマフラーになった。唯一、贅沢した頃のなごり品だが、売りに出してはいたものの、高いので売れずに残っていた。そこまで出せる人は新品を買うので、こういった贅沢品は売れ辛い。私服が作務衣しかないので寒いと思って送らせた。しかし、この寒さなら持ってきて正解だったと思う。
取り合えず、宿に着いて早過ぎるのでクロークへキャリーや掛け軸を預けた。 フロントの前にレストランがあり、朝食バイキングになっている。今朝、御堂筋ホテルを出る前に前夜買って置いた、コンビニおにぎりを食って来たので、腹は減ってないがとにかく寒い。コーヒーだけ飲ませて貰えないかと頼むと、特別にと250円でOKしてくれた。おまけにバイキングだからお代わりも出来たから、一杯125円。安すぎる。ラッキー♪
さぁさぁ、一服も終わりコーヒーも二杯飲めた。
東寺はホテルの目と鼻の先だ、フロントに一応確認すると、「はい、東本願寺はそこです」と云う。「は?本願寺?東寺ではないんですか?」・・携帯の小さな地図画面で、宿を予約する際に最も東寺に近い宿を選択したと思ったのだが、どうも「東本願寺」と「東寺」を間違えたらしい。ロビーにあったパソコンで、もう一度「東寺」の場所を確認すると、何と駅の反対側だった。こりゃ笑える。今日もやっぱり、歩き遍路か。(笑
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06*38 なんば駅
Suicaの使えない、地下鉄御堂筋線の中は既に通勤ラッシュが始まっている。何しに、こんな朝っぱらから地下鉄に乗っているのか? 実は急に思い立って、京都へ向かっているのだ。そう、あのリーフレットを見てから気になっていた、東寺へ参るために。特別展観は3月に行こうと思ったのだが、それまでとても待てない。もう居ても立っても、居られなくなってしまった。3月を待たずとも、目当ての二十一尊像のある講堂は年間通じて入れる。千百年以上も、秘仏にされていた21尊像は昭和40年、正しく自分の生まれた年に、その扉が開き一般公開されたと云う。どうしても見たい!。
それにもしかしたら、お大師さんに導かれたのでは?
と思えるほど、タイミング的にもピッタリだった。 なぜか?それは今日「21日」は、お大師さんの月命日なのだ。東寺では、1239年以降毎月21日に「弘法市」と呼ばれる盛大な市が開かれ、特に本命日の4月21日と「終い弘法」は、最も人出が多く20万人を超す大盛況だそうだ。
もし、四国で別格20番大瀧寺に戻らず、1番霊山寺から二日早く高野山へ行ってたら? もし、ミナミで四泊せず直行で群馬へ帰っていたら?もし、あのリーフレットを見なかったら? ・・・どう考えても、お大師さんが「来い!」と云ってる気がしてならない。お大師さんが、21尊像の前で護摩を焚かれたと云う、あの講堂へ行きたい!
行きたくて堪らない! 抑えられない思いのまま、残り一泊分をキャンセルし、夜明けの御堂筋ホテルを飛び出した。
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Suicaの使えない、地下鉄御堂筋線の中は既に通勤ラッシュが始まっている。何しに、こんな朝っぱらから地下鉄に乗っているのか? 実は急に思い立って、京都へ向かっているのだ。そう、あのリーフレットを見てから気になっていた、東寺へ参るために。特別展観は3月に行こうと思ったのだが、それまでとても待てない。もう居ても立っても、居られなくなってしまった。3月を待たずとも、目当ての二十一尊像のある講堂は年間通じて入れる。千百年以上も、秘仏にされていた21尊像は昭和40年、正しく自分の生まれた年に、その扉が開き一般公開されたと云う。どうしても見たい!。
それにもしかしたら、お大師さんに導かれたのでは?
と思えるほど、タイミング的にもピッタリだった。 なぜか?それは今日「21日」は、お大師さんの月命日なのだ。東寺では、1239年以降毎月21日に「弘法市」と呼ばれる盛大な市が開かれ、特に本命日の4月21日と「終い弘法」は、最も人出が多く20万人を超す大盛況だそうだ。
もし、四国で別格20番大瀧寺に戻らず、1番霊山寺から二日早く高野山へ行ってたら? もし、ミナミで四泊せず直行で群馬へ帰っていたら?もし、あのリーフレットを見なかったら? ・・・どう考えても、お大師さんが「来い!」と云ってる気がしてならない。お大師さんが、21尊像の前で護摩を焚かれたと云う、あの講堂へ行きたい!
行きたくて堪らない! 抑えられない思いのまま、残り一泊分をキャンセルし、夜明けの御堂筋ホテルを飛び出した。
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