大黒天一日千座行
2008年02月23日
昨夜行なった、大黒天一日千座行の補足になるが、『印』について具体的に述べていなかったので、今日はもう少しご紹介していこうと思ふ。
三面大黒天の印の結び方
云うまでもなく、三面大黒天は、『大黒天』『毘沙門天』『弁財天』の三神合体仏であるから、ご真言同様に印相もそれぞれに結ぶのが正しい。 と、されているが実は『三面大黒天』そのものの、『印相』もある。
順次ご紹介すると、左から・・
大黒天の印 弁財天の印 毘沙門天の印

大黒天の印の結び方
内縛して、無名指(むめいし)と小指(しょうし)を立てる。
怨敵の調伏、商売繁盛、除災招福などを掌る(つかさどる)。
印名:大黒天神印
ご真言:『おん まか きゃらや そわか』
梵名:マハーカーラ
弁財天の印の結び方
左の五指を伸ばして仰向けにし、へその辺りに置く。右手は大指と頭指で輪を作り、残った三指は伸ばす。右手を左手の上で回転させ、琵琶(費拏ひな)を弾く様にする。
印名:弁財天費拏印・宇賀天神印
音楽、文学、技芸などを守護し、財福を掌る。
ご真言:『おん さらすばてぃー えい そわか』
梵名:サラスヴァティー
毘沙門天の印の結び方
虚心合掌し、小指のみ内縛する。大指は並べて立て、頭指は立てて開き、第一関節を屈する。(画像はあんまし曲がってない(笑) 残った中指と無名指は、立てて合わせる。
印名:多聞天印(毘沙門天印)
戦いを掌り、北方に関する一切の守護を担う。
ご真言:『おん べいしら まんだや そわか』
梵名:ヴァイシュラヴァナ
そして、これが三面大黒天の印の結び方
中指と無名指の第二関節を曲げて合わせ、残った大指、頭指、小指をそれぞれ立てて合わせる。 大切なのは、三面大黒天の絶大なる力を、自分の内面から拳の内側に、満ちるよう想いを強化して行く。
ここまで読まれて、『無名指』や、『内縛』など、ちょっと聞きなれない言葉に、「なんのコッチャ?」と、思いつつも、賢明な読者さまならば、画像と照らし合わせれば、フムフムあの事を云ってんだな? と、お察し頂けたかと思う。
釈迦に説法だが、いちおー補足すると、弘法大師が「これぞ、即身成仏を実現し得る秘法じゃ!」と、唐から日本に持ち帰った、密教行法三大中核修法、いわゆる三密(身密・口密・意密)の一つ、自らの体と御仏の体を重ね合わせる、身密(しんみつ)である、密教の「印」において、指使いは大変重要な役割を示す。
インドの伝統文化である、ムドラー(指や腕を使った古典舞踊)を起源とする、印の結び方は、仏教書に記された物があるが、独特の呼称や表現で書かれており、我々素人には、なんのコッチャか、サッパリ分かりまへん(笑。
しかし、噛み砕かれた本を読んでも、最低限覚えておかねばならないのが、指の名称や、『内縛』など基本的な印の結び方である。
これを、まず覚えてしまえば、大抵の本屋に並んでいるような、印に関する本を立ち読みしただけでも、二つや三つは覚えて帰れる。 実際、自分も本を買うまでは、十個ぐらいの印を立ち読みして覚えた(笑。
各指(十指)の名称と意味、その働きについて知りたい人は
▼こちら
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三面大黒天の印の結び方
云うまでもなく、三面大黒天は、『大黒天』『毘沙門天』『弁財天』の三神合体仏であるから、ご真言同様に印相もそれぞれに結ぶのが正しい。 と、されているが実は『三面大黒天』そのものの、『印相』もある。
順次ご紹介すると、左から・・
大黒天の印 弁財天の印 毘沙門天の印

大黒天の印の結び方
内縛して、無名指(むめいし)と小指(しょうし)を立てる。
怨敵の調伏、商売繁盛、除災招福などを掌る(つかさどる)。
印名:大黒天神印
ご真言:『おん まか きゃらや そわか』
梵名:マハーカーラ
弁財天の印の結び方
左の五指を伸ばして仰向けにし、へその辺りに置く。右手は大指と頭指で輪を作り、残った三指は伸ばす。右手を左手の上で回転させ、琵琶(費拏ひな)を弾く様にする。
印名:弁財天費拏印・宇賀天神印
音楽、文学、技芸などを守護し、財福を掌る。
ご真言:『おん さらすばてぃー えい そわか』
梵名:サラスヴァティー
毘沙門天の印の結び方
虚心合掌し、小指のみ内縛する。大指は並べて立て、頭指は立てて開き、第一関節を屈する。(画像はあんまし曲がってない(笑) 残った中指と無名指は、立てて合わせる。
印名:多聞天印(毘沙門天印)
戦いを掌り、北方に関する一切の守護を担う。
ご真言:『おん べいしら まんだや そわか』
梵名:ヴァイシュラヴァナ
そして、これが三面大黒天の印の結び方
中指と無名指の第二関節を曲げて合わせ、残った大指、頭指、小指をそれぞれ立てて合わせる。 大切なのは、三面大黒天の絶大なる力を、自分の内面から拳の内側に、満ちるよう想いを強化して行く。ここまで読まれて、『無名指』や、『内縛』など、ちょっと聞きなれない言葉に、「なんのコッチャ?」と、思いつつも、賢明な読者さまならば、画像と照らし合わせれば、フムフムあの事を云ってんだな? と、お察し頂けたかと思う。
釈迦に説法だが、いちおー補足すると、弘法大師が「これぞ、即身成仏を実現し得る秘法じゃ!」と、唐から日本に持ち帰った、密教行法三大中核修法、いわゆる三密(身密・口密・意密)の一つ、自らの体と御仏の体を重ね合わせる、身密(しんみつ)である、密教の「印」において、指使いは大変重要な役割を示す。
インドの伝統文化である、ムドラー(指や腕を使った古典舞踊)を起源とする、印の結び方は、仏教書に記された物があるが、独特の呼称や表現で書かれており、我々素人には、なんのコッチャか、サッパリ分かりまへん(笑。
しかし、噛み砕かれた本を読んでも、最低限覚えておかねばならないのが、指の名称や、『内縛』など基本的な印の結び方である。
これを、まず覚えてしまえば、大抵の本屋に並んでいるような、印に関する本を立ち読みしただけでも、二つや三つは覚えて帰れる。 実際、自分も本を買うまでは、十個ぐらいの印を立ち読みして覚えた(笑。
各指(十指)の名称と意味、その働きについて知りたい人は
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2008年02月22日
2008年2月21日は、満月だった。
先月の満月の夜に続き、今夜も夜空はスッキリと澄み渡り、外灯が無い場所でも歩けるくらいに、夜道を美しく照らしていた。
二ヶ月続けて、こんなにキレイな満月が見れるのは嬉しい。 日が沈んでから、じっと暁九つ、子の刻になるのを待ち続けた。
子の刻は、午前零時から午前二時まで。この二時間の中で、ど真ん中の午前一時は、子の中刻、暁九つ半、又は子三つとも云う。難しいね〜日本語は。
因みに広辞苑では、午後十一時から午前一時まで。つまり、一時間早く始まっているが、自分は子の意味自体が、『全ての物の始まり』とされていることから、午前零時からと思っている。
ついでだから、みなさんは良くご存知の、『丑三つ時』といえば、何時を指すだろう。午前二時(〜30分)なら、広辞苑。 子の刻を零時とする、江戸時間だと午前三時(〜30分)となるんですよん。 自分は今まで、漠然と二時半ぐらいと思ってた。
午前零時45分に合わせた、携帯電話のアラームが鳴った。
仕事の手を止め、仏間へ行き灯明と線香に火を点ける。事前に風呂は済ませておいた、それから何も口にはしていない。 塗香を手の平と、額、あご、胸につける。これは、三重院の副住職に教わった。それまでは、手の平に摺り込むだけだったが。
バルコニーに出て、満月の灯りを全身に浴びる。
三浦あかね著、三面大黒天信仰
によれば、大黒天一日千座行とは、『憤怒形の大黒天、若しくは三面大黒天を本尊として、財を招き福を呼ぶ修法』とある。 具体的には、暦の子の日、子の刻に行い、内縛印(大黒天又は三面大黒天の印)を握って大黒天の真言、「おん まか きゃらや そわか」又は、「おん みしみし しゃばれい たらがてい そわか」を千回唱える。
この修法を、子の日だけ七日間行なうと、他人に話したがらぬほどの、『効果絶大』なご利益を賜れる。 と、記されている。 三面大黒天だけに集約し、こと細かに著された珍しいこの本には、他にも在家に限らず一般人でも行なえる、修法が数多く紹介されている。みなさんも、一度試されてはいかがであろう。
大黒天一日千座行を行なうのは、二度目だが、今日は子の日ではない。
が、前にも書いたが、神仏に手を合わせる、ずっと以前から満月の力に未知なる偉大さを感じていた。 毎月ではないが、満月カレンダーなどを買って、時間のあるときは度々満月の光を浴びて、商売繁盛や心願成就を祈願していた。
ただ当時は今に比べると、その祈願内容は全く自分本位な利己的であり、とてもここには公開できないような、あまりに俗に溺れた煩悩の塊のような祈願だったが(笑。
なので今回は、敢えて個人的に、大黒天一日千座行と満月の力の相乗効果を図ってみたのだ。 千回唱え終えるまでに、手は凍りつき、息が真っ白になるほど、冷え込んではいたが、その分ひたすら満月の光も浴びれたので、充分満足感も味わえた。
三重院の副住職に教わったとおり、今回からはカウンターではなく、数珠で真言を数えながら、千回唱えた。
因みに、子の日は12日に一回。甲子の日は、60日に一回。甲子の年は60年に一回。前回は、1984年だったので次は、37年後の2044年まで来ない。ギリギリ生きてるか、とっくに死んでるか・・(笑。
先月の満月の夜に続き、今夜も夜空はスッキリと澄み渡り、外灯が無い場所でも歩けるくらいに、夜道を美しく照らしていた。
二ヶ月続けて、こんなにキレイな満月が見れるのは嬉しい。 日が沈んでから、じっと暁九つ、子の刻になるのを待ち続けた。
子の刻は、午前零時から午前二時まで。この二時間の中で、ど真ん中の午前一時は、子の中刻、暁九つ半、又は子三つとも云う。難しいね〜日本語は。
因みに広辞苑では、午後十一時から午前一時まで。つまり、一時間早く始まっているが、自分は子の意味自体が、『全ての物の始まり』とされていることから、午前零時からと思っている。
ついでだから、みなさんは良くご存知の、『丑三つ時』といえば、何時を指すだろう。午前二時(〜30分)なら、広辞苑。 子の刻を零時とする、江戸時間だと午前三時(〜30分)となるんですよん。 自分は今まで、漠然と二時半ぐらいと思ってた。
午前零時45分に合わせた、携帯電話のアラームが鳴った。
仕事の手を止め、仏間へ行き灯明と線香に火を点ける。事前に風呂は済ませておいた、それから何も口にはしていない。 塗香を手の平と、額、あご、胸につける。これは、三重院の副住職に教わった。それまでは、手の平に摺り込むだけだったが。
バルコニーに出て、満月の灯りを全身に浴びる。
三浦あかね著、三面大黒天信仰
この修法を、子の日だけ七日間行なうと、他人に話したがらぬほどの、『効果絶大』なご利益を賜れる。 と、記されている。 三面大黒天だけに集約し、こと細かに著された珍しいこの本には、他にも在家に限らず一般人でも行なえる、修法が数多く紹介されている。みなさんも、一度試されてはいかがであろう。
大黒天一日千座行を行なうのは、二度目だが、今日は子の日ではない。
が、前にも書いたが、神仏に手を合わせる、ずっと以前から満月の力に未知なる偉大さを感じていた。 毎月ではないが、満月カレンダーなどを買って、時間のあるときは度々満月の光を浴びて、商売繁盛や心願成就を祈願していた。
ただ当時は今に比べると、その祈願内容は全く自分本位な利己的であり、とてもここには公開できないような、あまりに俗に溺れた煩悩の塊のような祈願だったが(笑。
なので今回は、敢えて個人的に、大黒天一日千座行と満月の力の相乗効果を図ってみたのだ。 千回唱え終えるまでに、手は凍りつき、息が真っ白になるほど、冷え込んではいたが、その分ひたすら満月の光も浴びれたので、充分満足感も味わえた。
三重院の副住職に教わったとおり、今回からはカウンターではなく、数珠で真言を数えながら、千回唱えた。
因みに、子の日は12日に一回。甲子の日は、60日に一回。甲子の年は60年に一回。前回は、1984年だったので次は、37年後の2044年まで来ない。ギリギリ生きてるか、とっくに死んでるか・・(笑。



















