勤行次第
2012年04月07日
先ず、ご挨拶
*原則各々自由に *まずは目覚めの感謝を述べること。あなたも私も、明くる朝に目覚める確証など誰一人ないと知るべし。と共に当日の予定を告げ、留意すべき点などへの配慮をお願いしても良し。
例)『大尊天上様、お早う御座います。本日も五体満足に生き永らえさせて賜り、誠に畏れ入ります。有難う御座います。』
『さらば両親と先祖より授かりし此の身、此の命、此の魂、貴方様に導かれし此の仏の心を以って世に人に尽くし、悪事を挫き弱きを助け、一人でも多くの愚かものを貴方様の御足(みあし)へと導き教化して戴く為、私自身を生長させお導き下さいませ。』
*参照:#643【挨拶と五恩に感謝】
以下、五体投地まで同様にリンク。
次、宣誓(浄化)
次、天部降神の儀
壱、五体投地
弐、着座 普禮真言(ふらいしんごん)
*この弐段より九段、"十善戒"までは #690晩行(前半)と同じにつき詳細参照のこと。
*但し朝行は例えば、五段、懺悔(さんげ)の『無始(むし)よりこのかた〜云々・・』と和訳されている部分を略するは随意。『我昔所造諸悪業〜云々・・』と、直接経文に入っても良し。
参、惣禮(そうらい)
四、解穢真言(ぐえしんごん)
五、懺悔(さんげ)
六、三帰礼文(さんきらいもん)
七、三帰(さんき)
八、三竟(さんきょう)
九、十善戒(じゅうぜんかい)
十、祈願
*この次第において祈願とは、大願(だいがん)のことを差す。
即ち、大欲(だいよく)であるから自分の事ではなく、家族や近い人間のことでもなく、もっと広くグローバルな願いである。
世界には日本では想像し得ぬ、苦しみや不自由な生き方を強いられている、或いは生命存続危機に怯える人々が存在する。我が国においても、あなたより苦しんでおられる人は大勢いる。と云うことを常に推して図るべし。因みに個人的且つ小欲な願いは次第終盤に、願意として述べるヵ所があるのでご心配なきよう。
では、大欲とは如何なるものか。次の例題を良く読み解いて戴き、政治云々と雖も如何に日本に住まうことが幸福か、或いはその中でも健常であること、家族がいること、毎日食事を口に出来ることへの感謝と共に鑑みて、共に祈って欲しい。
Prayers for World Peace.
例)『この祷りを以って、世界中の悩み苦しみ困窮したる者たち、餓えたる子供たちをお救い下さいませ。』
『何ひとつ思いの儘にならず、今日にも明日にも夢も希望すら抱けぬ貧困国・途上国、或いは独裁政治、或いは未だ戦争やテロの絶えぬ国々に住まう、特に貧困層・下級層・下々の者、力なき弱き者たち、或いはいつの世も時の権力者に因って、愚かな政治に因って苦しむ民たちをお救い下さいませ。』
『或いは老い病める痛む身体に怯え苦しむもの、或いは他人の命、己の命も尊み敬えぬもの、或いは孤立無援たる縁無きものや、孤独に病み自分を貶めるものも、』
『そして、私利私欲我欲愛欲情欲に狂い、人の心を忘れ己の仏性に気付かぬ愚かなるものたちをも、救い導き賜え。』
十一、発菩提心真言(ほつぼだいしん)
*この十一段より、十九段 "結願文"までは #691晩行(後半)と同じにつき参照されたし。但し観音経については、晩行は偈文だが朝行は長行(全文)を読誦す。亦前述のように和訳部分は省略可。
十二、三摩耶戒真言(さんまやかい)
十三、開経偈(かいきょうげ)
十四、読経 般若心経
十五、読経 観音経長行(全文)
十六、読経 十一面陀羅尼経
十七、読経 大聖歓喜天使咒法経
十八、ご真言
十九、結願文
二十、大聖歓喜天和讃 朝行
参照:#621 聖天和讃(朝行)
二十一、願文(がんもん)
*願意は最後に。まずはご自身と家族、両親や兄弟・親類、近しい方々、経営者であれば取引先や社員も。極力、個々の名前を呼んであげましょう。人は独りでは幸福になれません。譬えば、配偶者や子が親が大病を患ったり、取引先が倒産したり、或いは社員が人身事故を起こすなど。当然、その方々にも家族はおる訳です。関わる縁者全ての方が幸福であれば、あなたは既に幸福でいられるのです。
『願わくば上来(じょうらい)誦持(じゅじ)する所の功徳を以て護持(ごじ)某甲(むこう)・・』*祈祷者ご自身のお名前から順に、出来る限り思い浮かぶ限り、かつて愛し愛してくれた人の幸福までも祈ってあげましょう。今のあなたは、そんな多くの人々のおかげでもあるのですから。
『並びに◎◎家、◎◎社、その一人ひとりの父よ母よ兄弟よ子たちよ、二世の子孫よ、それぞれの縁者、そのまた家族、そのまた縁者、そのまた家族。全世界全人類一同。』
『身心堅固(しんじんけんご)家内安全 交通安全 業務安全 就業安全 移動安全 渡航安全 地域安全 町内安全 県内安全 国家安全 世界安全 地球安全 宇宙安全』
『息災延命 病魔降伏 無病安樂 健常感謝 諸難消除
殊(こと)には家業、事業、生業繁栄 志業達成
いちいち心願、諸願、大願、愚願すらも一切合切成就せしめるは
この天尊だけの御誓願なるぞ 有り難や・・・
皆々の思い願い祈り満ち満ちて 如意円満ならしめ。』
二十二、廻向
参照:#691晩行(後半)
二十三、願意 各々自由に形式ばらず。
あなたの御身、心ごと聖天の御心にダイブすべし。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
*原則各々自由に *まずは目覚めの感謝を述べること。あなたも私も、明くる朝に目覚める確証など誰一人ないと知るべし。と共に当日の予定を告げ、留意すべき点などへの配慮をお願いしても良し。
例)『大尊天上様、お早う御座います。本日も五体満足に生き永らえさせて賜り、誠に畏れ入ります。有難う御座います。』
『さらば両親と先祖より授かりし此の身、此の命、此の魂、貴方様に導かれし此の仏の心を以って世に人に尽くし、悪事を挫き弱きを助け、一人でも多くの愚かものを貴方様の御足(みあし)へと導き教化して戴く為、私自身を生長させお導き下さいませ。』
*参照:#643【挨拶と五恩に感謝】
以下、五体投地まで同様にリンク。
次、宣誓(浄化)
次、天部降神の儀
壱、五体投地
弐、着座 普禮真言(ふらいしんごん)
*この弐段より九段、"十善戒"までは #690晩行(前半)と同じにつき詳細参照のこと。
*但し朝行は例えば、五段、懺悔(さんげ)の『無始(むし)よりこのかた〜云々・・』と和訳されている部分を略するは随意。『我昔所造諸悪業〜云々・・』と、直接経文に入っても良し。
参、惣禮(そうらい)
四、解穢真言(ぐえしんごん)
五、懺悔(さんげ)
六、三帰礼文(さんきらいもん)
七、三帰(さんき)
八、三竟(さんきょう)
九、十善戒(じゅうぜんかい)
十、祈願
*この次第において祈願とは、大願(だいがん)のことを差す。
即ち、大欲(だいよく)であるから自分の事ではなく、家族や近い人間のことでもなく、もっと広くグローバルな願いである。
世界には日本では想像し得ぬ、苦しみや不自由な生き方を強いられている、或いは生命存続危機に怯える人々が存在する。我が国においても、あなたより苦しんでおられる人は大勢いる。と云うことを常に推して図るべし。因みに個人的且つ小欲な願いは次第終盤に、願意として述べるヵ所があるのでご心配なきよう。
では、大欲とは如何なるものか。次の例題を良く読み解いて戴き、政治云々と雖も如何に日本に住まうことが幸福か、或いはその中でも健常であること、家族がいること、毎日食事を口に出来ることへの感謝と共に鑑みて、共に祈って欲しい。
Prayers for World Peace.
例)『この祷りを以って、世界中の悩み苦しみ困窮したる者たち、餓えたる子供たちをお救い下さいませ。』
『何ひとつ思いの儘にならず、今日にも明日にも夢も希望すら抱けぬ貧困国・途上国、或いは独裁政治、或いは未だ戦争やテロの絶えぬ国々に住まう、特に貧困層・下級層・下々の者、力なき弱き者たち、或いはいつの世も時の権力者に因って、愚かな政治に因って苦しむ民たちをお救い下さいませ。』
『或いは老い病める痛む身体に怯え苦しむもの、或いは他人の命、己の命も尊み敬えぬもの、或いは孤立無援たる縁無きものや、孤独に病み自分を貶めるものも、』
『そして、私利私欲我欲愛欲情欲に狂い、人の心を忘れ己の仏性に気付かぬ愚かなるものたちをも、救い導き賜え。』
十一、発菩提心真言(ほつぼだいしん)
*この十一段より、十九段 "結願文"までは #691晩行(後半)と同じにつき参照されたし。但し観音経については、晩行は偈文だが朝行は長行(全文)を読誦す。亦前述のように和訳部分は省略可。
十二、三摩耶戒真言(さんまやかい)
十三、開経偈(かいきょうげ)
十四、読経 般若心経
十五、読経 観音経長行(全文)
十六、読経 十一面陀羅尼経
十七、読経 大聖歓喜天使咒法経
十八、ご真言
十九、結願文
二十、大聖歓喜天和讃 朝行
参照:#621 聖天和讃(朝行)
二十一、願文(がんもん)
*願意は最後に。まずはご自身と家族、両親や兄弟・親類、近しい方々、経営者であれば取引先や社員も。極力、個々の名前を呼んであげましょう。人は独りでは幸福になれません。譬えば、配偶者や子が親が大病を患ったり、取引先が倒産したり、或いは社員が人身事故を起こすなど。当然、その方々にも家族はおる訳です。関わる縁者全ての方が幸福であれば、あなたは既に幸福でいられるのです。
『願わくば上来(じょうらい)誦持(じゅじ)する所の功徳を以て護持(ごじ)某甲(むこう)・・』*祈祷者ご自身のお名前から順に、出来る限り思い浮かぶ限り、かつて愛し愛してくれた人の幸福までも祈ってあげましょう。今のあなたは、そんな多くの人々のおかげでもあるのですから。
『並びに◎◎家、◎◎社、その一人ひとりの父よ母よ兄弟よ子たちよ、二世の子孫よ、それぞれの縁者、そのまた家族、そのまた縁者、そのまた家族。全世界全人類一同。』
『身心堅固(しんじんけんご)家内安全 交通安全 業務安全 就業安全 移動安全 渡航安全 地域安全 町内安全 県内安全 国家安全 世界安全 地球安全 宇宙安全』
『息災延命 病魔降伏 無病安樂 健常感謝 諸難消除
殊(こと)には家業、事業、生業繁栄 志業達成
いちいち心願、諸願、大願、愚願すらも一切合切成就せしめるは
この天尊だけの御誓願なるぞ 有り難や・・・
皆々の思い願い祈り満ち満ちて 如意円満ならしめ。』
二十二、廻向
参照:#691晩行(後半)
二十三、願意 各々自由に形式ばらず。
あなたの御身、心ごと聖天の御心にダイブすべし。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2012年04月06日
第四段
『第四(だいし)に利益の無辺なるを仰ぐとは。魔界仏界の色相(しきそう)なり。時に随って顕現し、此土他土(しどたど)の遊行物(ゆうぎょうもの)に依って自在なり。』
『普現色身随類(ふげんしきしんずいるい)の形聲(ぎょうしょう)を十界(じっかい)に示し、和光同塵普問利益(わこうどうじんふもんりやく)を、六道に施す。』
『是を以って観世音菩薩大悲大慈の門戸(もんこ)より出で、三十三身の利益を設くるの内に、作障難者(さしょうなんじゃ)を降伏(ごうふく)する為に、毘那耶伽(びなやきゃ)の身形(しんぎょう)を現わし、仏法の行人(ぎょうにん)を護持せんが為に、速疾掲焉(けいえん)の利益を示す。』
『始め密厳花蔵(みつごんけぞう)の土(ど)より、終わり分段同居(ぶんだんどうきょ)の郷(さと)に至るまで。塵刹微塵刹(じんせつみじんせつ)、刹として至らざる所なく。沙界恒沙界(しゃかいごうしゃかい)、界として現れざる所なし。』
『上(かみ)は碧落(へきらく)に遊び、下(しも)は黄泉(こうせん)に入(い)りて、世々番々(よよばんばん)の利益、時として止(とど)まることなし。各々願望、事として空しからず。』
『就中(なかんずく)一生(いっしょ)限り有り。百年遂に窮まる最後の時、臨終(りんじゅ)の刻みには、男天(なんてん)は無数の眷属を率いて四魔(しま)の群党を破り。女天(にょてん)は百寶(ひゃっぽう)の花台(けだい)を捧げて九品(くぼん)の淨刹(じょうせつ)に迎え賜う。』
『利(り)は現当(げんどう)を兼ね、益(やく)は真俗(しんぞく)に被(こうむ)らしむをや。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
第五段
『第五に廻向発願(えこうほつがん)を述ぶるとは。諸佛菩薩の群類を度するは皆是れ斯の尊の方便なり。諸神権現の衆生を化するは、寧ろ此の天の善巧(ぜんぎょう)に非ずや。』
『若し、十方(じっぽう)諸佛の利益に預からんと欲(ほっ)する者は、須(すべか)らく此の天に供養すべし。若し、一切諸神の冥助(めいじょ)を蒙(こうむ)らんと欲する者は、須らく此の天に恭敬(くぎょう)すべし。』
『一尊一天の讃嘆を致すと雖も、普く諸佛諸神の威光を増す。之に依って、秘法勤修(ひほうごんしゅ)の砌(みぎり)には必ず此の天を供養し、建壇(こんだん)祈念の所には専ら此の像を安置す。然る間、感応是れ新たに悉地早就(しっちそうじゅ)す。』
『願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼさん。沈々たる三界(さんがい)の群類世々の恩所(おんじょ)に非ずと云うことなく、蠢々(しゅんしゅん)たる六道の含識(がんしき)生々(しょうじょう)の親族に非ずと云うことなし。』
『然れば早く一佛(いつぶつ)の芳縁(ほうえん)を結んで、同じく三菩提の妙果(みょうか)を期(ご)せん。廻向の功力(くりき)豈(あに)然らざらんか。あぁ、仰ぎ願わくば大聖大悲歡喜大天、必ず一座の講莚を納受し、速やかに二世(にせ)の所願を成就せしめ賜え。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
『願以此功徳(がんにしくどく)普及於一切(ふぎゅうおいっさい)我等與衆生(がとうよしゅじょう)皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
尊天上様に導かれること、この上無き尊き道や・・』
『南無大聖大仁慈歡喜雙身天王 自他法界平等利益・・』 三遍
『オーム フリーヒ ギャクウン スヴァー ハー・・・』 随遍
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
『第四(だいし)に利益の無辺なるを仰ぐとは。魔界仏界の色相(しきそう)なり。時に随って顕現し、此土他土(しどたど)の遊行物(ゆうぎょうもの)に依って自在なり。』
『普現色身随類(ふげんしきしんずいるい)の形聲(ぎょうしょう)を十界(じっかい)に示し、和光同塵普問利益(わこうどうじんふもんりやく)を、六道に施す。』
『是を以って観世音菩薩大悲大慈の門戸(もんこ)より出で、三十三身の利益を設くるの内に、作障難者(さしょうなんじゃ)を降伏(ごうふく)する為に、毘那耶伽(びなやきゃ)の身形(しんぎょう)を現わし、仏法の行人(ぎょうにん)を護持せんが為に、速疾掲焉(けいえん)の利益を示す。』
『始め密厳花蔵(みつごんけぞう)の土(ど)より、終わり分段同居(ぶんだんどうきょ)の郷(さと)に至るまで。塵刹微塵刹(じんせつみじんせつ)、刹として至らざる所なく。沙界恒沙界(しゃかいごうしゃかい)、界として現れざる所なし。』
『上(かみ)は碧落(へきらく)に遊び、下(しも)は黄泉(こうせん)に入(い)りて、世々番々(よよばんばん)の利益、時として止(とど)まることなし。各々願望、事として空しからず。』
『就中(なかんずく)一生(いっしょ)限り有り。百年遂に窮まる最後の時、臨終(りんじゅ)の刻みには、男天(なんてん)は無数の眷属を率いて四魔(しま)の群党を破り。女天(にょてん)は百寶(ひゃっぽう)の花台(けだい)を捧げて九品(くぼん)の淨刹(じょうせつ)に迎え賜う。』
『利(り)は現当(げんどう)を兼ね、益(やく)は真俗(しんぞく)に被(こうむ)らしむをや。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
第五段
『第五に廻向発願(えこうほつがん)を述ぶるとは。諸佛菩薩の群類を度するは皆是れ斯の尊の方便なり。諸神権現の衆生を化するは、寧ろ此の天の善巧(ぜんぎょう)に非ずや。』
『若し、十方(じっぽう)諸佛の利益に預からんと欲(ほっ)する者は、須(すべか)らく此の天に供養すべし。若し、一切諸神の冥助(めいじょ)を蒙(こうむ)らんと欲する者は、須らく此の天に恭敬(くぎょう)すべし。』
『一尊一天の讃嘆を致すと雖も、普く諸佛諸神の威光を増す。之に依って、秘法勤修(ひほうごんしゅ)の砌(みぎり)には必ず此の天を供養し、建壇(こんだん)祈念の所には専ら此の像を安置す。然る間、感応是れ新たに悉地早就(しっちそうじゅ)す。』
『願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼさん。沈々たる三界(さんがい)の群類世々の恩所(おんじょ)に非ずと云うことなく、蠢々(しゅんしゅん)たる六道の含識(がんしき)生々(しょうじょう)の親族に非ずと云うことなし。』
『然れば早く一佛(いつぶつ)の芳縁(ほうえん)を結んで、同じく三菩提の妙果(みょうか)を期(ご)せん。廻向の功力(くりき)豈(あに)然らざらんか。あぁ、仰ぎ願わくば大聖大悲歡喜大天、必ず一座の講莚を納受し、速やかに二世(にせ)の所願を成就せしめ賜え。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
『願以此功徳(がんにしくどく)普及於一切(ふぎゅうおいっさい)我等與衆生(がとうよしゅじょう)皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
尊天上様に導かれること、この上無き尊き道や・・』
『南無大聖大仁慈歡喜雙身天王 自他法界平等利益・・』 三遍
『オーム フリーヒ ギャクウン スヴァー ハー・・・』 随遍
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2012年04月05日
第二段
『第二に垂跡(すいじゃく)の化導(けどう)を讃ずとは。男天(なんてん)は即ち、大自在天の所変なり。天上天下(てんじょうてんが)の魔軍を退けて、今世後世(こんせこうせ)の利益を施す。女天(にょてん)はこれ、観自在尊の応化なり。』
『十一面(いちじゅういちめん)の聖容(しょうよう)を現じ、三十三身の妙體(みょうたい)を示す。夫婦抱立(ふうふほうりゅう)の姿は、二儀和合の相を現す。象頭人身(ぞうずじんしん)の形は、十界具有(じゅかいぐゆう)の理(り)を現す。或る時は二臂四臂を現じ、或る時は六臂八臂を現ず。皆是れ和光利物(わこうりもつ)の表示、随類応現(ずいるいおうげん)の体相(たいそう)なり。』
『外(ほか)には、忿怒(ふんぬ)の形を現すと雖(いえど)も、内には偏(ひとえ)に慈悲の心に住す。総じて是れ、折伏(しゃっぷく)攝受(しょうじゅ)の霊天なり。』
『抜苦(ばっく)與樂(よらく)の薩埵(さった)に非ずや。内と云い、外と云い、仰がずんば有るべからず。仍(よ)って伽陀(かだ)を唱えて禮拝を行ずべし。』
第三段
『第三に誓願の殊勝なるを明かすとは。経に曰く、上品(じょうぼん)に、我れを持(じ)すれば我れ、人中(じんちゅう)の王たるを与え。中品(ちゅうぼん)に、我れを持すれば我れ、帝(てい)の師たるを与え。下品(げぼん)に、我れを持すれば我れ、富貴無窮(ふうきむきゅう*窮=ぐ可)なるを与えんと云々。』
『亦曰く若し人、諸天の為に捨てられて、我れを想えば即時に悉地を現じて皆円満すと云々。当に知るべし此の天の利生(りしょう)の方便は自余(じよ)の仏神に超過す。』
『観(おもんみ)れば夫れ、人間の栄耀と云い、世間の運命と云い、諸神を頼むと雖(いえど)も、諸神は非禮(ひれい)を受けざるの故に非拠(ひしょ)を求めれば丹誠(たんせい)しばしば空し。』
『諸佛を仰ぐと雖も、諸佛は宿習(しゅくじゅう)に由るの故に、宿善無き者は、素懐(そかい)達し難し。低頭(ていず)合掌の功、徒(いたずら)に心身を労し、朝祈暮賽(ちょうきぼさい)の勤め、幣帛(へいはく)を費やすに似たり。』
『然るに此の歓喜天王は尚、無慙(むざん)の悪人をも捨て賜わず。賢父(けんぷ)の愚子(ぐし)を憐れむに相同じ。況(いわん)や有縁(うえん)の行者に和順すること、宛(あたか)も明王の忠臣に任ずるが如し。』
『於戯(嗚呼・・)加すべき加するは是、諸佛神の通例なり。加すまじきを加するこそは、唯(ただ)、大聖天様だけの別願に限れり。
茲(これ)に因って貧乏の族(やから)、名号を唱えれば直ちに豊稔(ほうねん)の歓花(かんか)に誇(ほご)り、卑賤(ひせん)の輩、信心を凝らせば即ち高貴の官班(かんぱん)に登る。』
『大小(たいしょう)顕密の学侶、各々法楽を致して以って其の業(わざ)を遂げ、詩歌管弦(しいかかんげん)の好士(こうし)、互いに技能を振ってその名を揚ぐ。』
『肆(かるがゆえ)に、大願を発(おこ)すの人は、先ず此の尊に帰して満足せしむ。大名を期するの人は、専ら此の天を仰いで宿望を達し、古今勝計(ここんしょうけい)すべからず。』
『緇素男女(しそなんにょ)の肩を差(まじ)うるや、堂上(どうじょう)花の如く。老少親疎(ろうしょうしんそ)の志を運ぶや門前(もんぜん)市(いち)を、成(な)す。』
『霊天の誓願、殊勝なること、此れを以って知るべし。悉地成就の速疾(そくしつ)なること、之を以って察すべし。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
第四段へ続く。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
『第二に垂跡(すいじゃく)の化導(けどう)を讃ずとは。男天(なんてん)は即ち、大自在天の所変なり。天上天下(てんじょうてんが)の魔軍を退けて、今世後世(こんせこうせ)の利益を施す。女天(にょてん)はこれ、観自在尊の応化なり。』
『十一面(いちじゅういちめん)の聖容(しょうよう)を現じ、三十三身の妙體(みょうたい)を示す。夫婦抱立(ふうふほうりゅう)の姿は、二儀和合の相を現す。象頭人身(ぞうずじんしん)の形は、十界具有(じゅかいぐゆう)の理(り)を現す。或る時は二臂四臂を現じ、或る時は六臂八臂を現ず。皆是れ和光利物(わこうりもつ)の表示、随類応現(ずいるいおうげん)の体相(たいそう)なり。』
『外(ほか)には、忿怒(ふんぬ)の形を現すと雖(いえど)も、内には偏(ひとえ)に慈悲の心に住す。総じて是れ、折伏(しゃっぷく)攝受(しょうじゅ)の霊天なり。』
『抜苦(ばっく)與樂(よらく)の薩埵(さった)に非ずや。内と云い、外と云い、仰がずんば有るべからず。仍(よ)って伽陀(かだ)を唱えて禮拝を行ずべし。』
第三段
『第三に誓願の殊勝なるを明かすとは。経に曰く、上品(じょうぼん)に、我れを持(じ)すれば我れ、人中(じんちゅう)の王たるを与え。中品(ちゅうぼん)に、我れを持すれば我れ、帝(てい)の師たるを与え。下品(げぼん)に、我れを持すれば我れ、富貴無窮(ふうきむきゅう*窮=ぐ可)なるを与えんと云々。』
『亦曰く若し人、諸天の為に捨てられて、我れを想えば即時に悉地を現じて皆円満すと云々。当に知るべし此の天の利生(りしょう)の方便は自余(じよ)の仏神に超過す。』
『観(おもんみ)れば夫れ、人間の栄耀と云い、世間の運命と云い、諸神を頼むと雖(いえど)も、諸神は非禮(ひれい)を受けざるの故に非拠(ひしょ)を求めれば丹誠(たんせい)しばしば空し。』
『諸佛を仰ぐと雖も、諸佛は宿習(しゅくじゅう)に由るの故に、宿善無き者は、素懐(そかい)達し難し。低頭(ていず)合掌の功、徒(いたずら)に心身を労し、朝祈暮賽(ちょうきぼさい)の勤め、幣帛(へいはく)を費やすに似たり。』
『然るに此の歓喜天王は尚、無慙(むざん)の悪人をも捨て賜わず。賢父(けんぷ)の愚子(ぐし)を憐れむに相同じ。況(いわん)や有縁(うえん)の行者に和順すること、宛(あたか)も明王の忠臣に任ずるが如し。』
『於戯(嗚呼・・)加すべき加するは是、諸佛神の通例なり。加すまじきを加するこそは、唯(ただ)、大聖天様だけの別願に限れり。
茲(これ)に因って貧乏の族(やから)、名号を唱えれば直ちに豊稔(ほうねん)の歓花(かんか)に誇(ほご)り、卑賤(ひせん)の輩、信心を凝らせば即ち高貴の官班(かんぱん)に登る。』
『大小(たいしょう)顕密の学侶、各々法楽を致して以って其の業(わざ)を遂げ、詩歌管弦(しいかかんげん)の好士(こうし)、互いに技能を振ってその名を揚ぐ。』
『肆(かるがゆえ)に、大願を発(おこ)すの人は、先ず此の尊に帰して満足せしむ。大名を期するの人は、専ら此の天を仰いで宿望を達し、古今勝計(ここんしょうけい)すべからず。』
『緇素男女(しそなんにょ)の肩を差(まじ)うるや、堂上(どうじょう)花の如く。老少親疎(ろうしょうしんそ)の志を運ぶや門前(もんぜん)市(いち)を、成(な)す。』
『霊天の誓願、殊勝なること、此れを以って知るべし。悉地成就の速疾(そくしつ)なること、之を以って察すべし。仍って伽陀を唱えて禮拝を行ずべし。』
第四段へ続く。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2012年04月04日
原典:聖天講式 興教大師覚鑁上人御作
先ず、惣禮(そうらい)
*晩行に続けて読誦する場合は、略可。晩行其の参を参照。
*原典はあまりに古い漢字や言い回しが多い為、ある程度現代風に直してあります。それでも非常に難解です。ただ、初めは意味に囚われず、分かる部分だけを玩味して兎に角、読んで行きましょう。慣れてくれば自ずと探究心が現れ、やがて深く味わえるようになるでしょう。
用法
第一段
『敬って 金剛胎蔵両部曼荼羅(こんごうたいぞうりょうぶまんだら)九會十三大會諸尊聖衆(くえじゅうさんだいえしょそんしょうーしゅうー・・)』
『殊に別しては 大聖大悲歓喜大天 雞羅山中(けいらせんちゅう)諸大眷属乃至(しょだいけんぞくないし)佛眼所照(ぶつげんしょしょう)恒沙塵数(ごうしゃじんずう)の境界(きょうがい)に白(もう)して言(もう)さく・・』
『夫(そ)れ大聖歓喜天王は、功徳は天よりも高く利益は地よりも広し。十方(じっぽう)に周遍して三宝(さんぽう)を衛護す。』
『元は即ち等覚(とうがく)妙覚(みょうがく)の尊なり。位を無垢地の月に秘し、迹(あと)は亦(また)、男天女天(なんてんにょてん)の體(たい)也。』
『化(け)を有漏界(うろうかい)の雲に垂(た)る、大慈大悲の本誓(ほんぜい)疑いなし。利物利生(りもつりしょう)の方便頼有り。是を以って福徳、才智、武勇、敬愛、願いを応じて之を施す。降魔(ごうま)、調伏(ちょうぶく)、徐病、延命、祈りに随って之を成ず。道俗(どうぞく)貴賤(きせん)誰が帰敬(ききょう)せざらんや。』
『密かに以(おもんみ)れば、億々生死(おくおくしょうじ)の内、受け難きは人身。劫々流転(ごうこうるてん)の際にも、遇い難きは佛教なり。偶々(たまたま)受け難き人界の生を受け、幸いに遇い難き聖天の法に遇う。奇縁の至り感涙抑え難し。』
『当に今、丹棘(たんきょく)を心中に凝らし香花(こうけ)を宝前に備え、霊天の徳を讃じ以って二世(にせ)の悉地を祈る。』
『毎日の勤めとなして以って一座の講莚を述ぶ。今、此の講莚を略して五段あり。ひとつには本地(ほんぢ)の高廣(こうこう)なるを嘆じ、二つには垂跡(すいじゃく)の化導(けどう)を讃じ、三つには誓願の殊勝なるを明し、四つには利益の無辺なるを仰ぎ、五つには廻向発願(えこうほつがん)を述ぶるなり。』
『第一に、本地の高廣なるを嘆ずとは(者=いつぱ≒は)。大聖歓喜天王は陰陽二道の根源なり。萬像是より生長す。金胎両部の教主なり。諸佛これに因って降誕(ごうたん)し賜う。』
『然る間、花翼國土(かよくこくど)に毘盧遮那(びるしゃな)と現じ、成等正覚(じょうどうしょうがく)の道を助け、香集世界(こうじゅうせかい)には大虚空蔵を示し、福智厳淨(ふくちごんじょう)の門を開く。胎卵湿化(たいらんしっけ)の群萌(ぐんぼう)をして、従行向地(じゅぎょうこうち)の聖位に進ましめ賜う。』
『誠にこれ往古(おうこ)の如来法身(にょらいほっしん)の大士なり。所居(しょこ)を尋ぬれば、即ち我性(がしょう)の乾坤(けんこん)なり。渇仰(かっこう)すれば必ず応ず。勤修(ごんしゅ)すれば、定(さざ)んで至る。』
『所似(このゆえ)に、四種身(ししゅしん)の内には等流法身なり。利益を三世に施す。三部の身の間には、金剛部の身なり。威光を十方に輝かす。六大無碍にして常住瑜伽なり。四種曼荼(ししゅまんだ)、然も互いに相離れず。』
『三部を束ねて一身に収め、萬蔵(ばんぞう)を括って二法を論ず。円融無作(えんにゅうむさ)と談ずれば、三諦一諦(さんたいいったい)の妙境(みょうきょう)なり。』
『權實(権実=ごんじつ)不二と観ずれ非三非一(ひさんひいつ)の法門なり。今、本地の甚深(じんじん)なるを聴いて、いよいよ霊天の奇特を培す。仍(よ)って、伽陀(かだ)を唱えて各々禮拝を行ずべし。』
『帰命毘盧遮那佛(きみょうーびーるーしゃーなーぶぅうう・・)一心法界無上尊(いっしんほうかいむーじょーそーん)事理円融住虚空(じーりーえんにゅうーじゅうーこーくうー)示現大聖歓喜天(じーげんだいしょうかんぎーてーん)南無大聖大悲歡喜天王哀愍於我悉地円満。(なーむだいしょうだいひーかんぎてんのうーあいみんおがしっちえんまーんんん・・>)』
第二段に続く
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
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感謝合掌 北斗法蓮
先ず、惣禮(そうらい)
*晩行に続けて読誦する場合は、略可。晩行其の参を参照。
*原典はあまりに古い漢字や言い回しが多い為、ある程度現代風に直してあります。それでも非常に難解です。ただ、初めは意味に囚われず、分かる部分だけを玩味して兎に角、読んで行きましょう。慣れてくれば自ずと探究心が現れ、やがて深く味わえるようになるでしょう。
用法
第一段
『敬って 金剛胎蔵両部曼荼羅(こんごうたいぞうりょうぶまんだら)九會十三大會諸尊聖衆(くえじゅうさんだいえしょそんしょうーしゅうー・・)』
『殊に別しては 大聖大悲歓喜大天 雞羅山中(けいらせんちゅう)諸大眷属乃至(しょだいけんぞくないし)佛眼所照(ぶつげんしょしょう)恒沙塵数(ごうしゃじんずう)の境界(きょうがい)に白(もう)して言(もう)さく・・』
『夫(そ)れ大聖歓喜天王は、功徳は天よりも高く利益は地よりも広し。十方(じっぽう)に周遍して三宝(さんぽう)を衛護す。』
『元は即ち等覚(とうがく)妙覚(みょうがく)の尊なり。位を無垢地の月に秘し、迹(あと)は亦(また)、男天女天(なんてんにょてん)の體(たい)也。』
『化(け)を有漏界(うろうかい)の雲に垂(た)る、大慈大悲の本誓(ほんぜい)疑いなし。利物利生(りもつりしょう)の方便頼有り。是を以って福徳、才智、武勇、敬愛、願いを応じて之を施す。降魔(ごうま)、調伏(ちょうぶく)、徐病、延命、祈りに随って之を成ず。道俗(どうぞく)貴賤(きせん)誰が帰敬(ききょう)せざらんや。』
『密かに以(おもんみ)れば、億々生死(おくおくしょうじ)の内、受け難きは人身。劫々流転(ごうこうるてん)の際にも、遇い難きは佛教なり。偶々(たまたま)受け難き人界の生を受け、幸いに遇い難き聖天の法に遇う。奇縁の至り感涙抑え難し。』
『当に今、丹棘(たんきょく)を心中に凝らし香花(こうけ)を宝前に備え、霊天の徳を讃じ以って二世(にせ)の悉地を祈る。』
『毎日の勤めとなして以って一座の講莚を述ぶ。今、此の講莚を略して五段あり。ひとつには本地(ほんぢ)の高廣(こうこう)なるを嘆じ、二つには垂跡(すいじゃく)の化導(けどう)を讃じ、三つには誓願の殊勝なるを明し、四つには利益の無辺なるを仰ぎ、五つには廻向発願(えこうほつがん)を述ぶるなり。』
『第一に、本地の高廣なるを嘆ずとは(者=いつぱ≒は)。大聖歓喜天王は陰陽二道の根源なり。萬像是より生長す。金胎両部の教主なり。諸佛これに因って降誕(ごうたん)し賜う。』
『然る間、花翼國土(かよくこくど)に毘盧遮那(びるしゃな)と現じ、成等正覚(じょうどうしょうがく)の道を助け、香集世界(こうじゅうせかい)には大虚空蔵を示し、福智厳淨(ふくちごんじょう)の門を開く。胎卵湿化(たいらんしっけ)の群萌(ぐんぼう)をして、従行向地(じゅぎょうこうち)の聖位に進ましめ賜う。』
『誠にこれ往古(おうこ)の如来法身(にょらいほっしん)の大士なり。所居(しょこ)を尋ぬれば、即ち我性(がしょう)の乾坤(けんこん)なり。渇仰(かっこう)すれば必ず応ず。勤修(ごんしゅ)すれば、定(さざ)んで至る。』
『所似(このゆえ)に、四種身(ししゅしん)の内には等流法身なり。利益を三世に施す。三部の身の間には、金剛部の身なり。威光を十方に輝かす。六大無碍にして常住瑜伽なり。四種曼荼(ししゅまんだ)、然も互いに相離れず。』
『三部を束ねて一身に収め、萬蔵(ばんぞう)を括って二法を論ず。円融無作(えんにゅうむさ)と談ずれば、三諦一諦(さんたいいったい)の妙境(みょうきょう)なり。』
『權實(権実=ごんじつ)不二と観ずれ非三非一(ひさんひいつ)の法門なり。今、本地の甚深(じんじん)なるを聴いて、いよいよ霊天の奇特を培す。仍(よ)って、伽陀(かだ)を唱えて各々禮拝を行ずべし。』
『帰命毘盧遮那佛(きみょうーびーるーしゃーなーぶぅうう・・)一心法界無上尊(いっしんほうかいむーじょーそーん)事理円融住虚空(じーりーえんにゅうーじゅうーこーくうー)示現大聖歓喜天(じーげんだいしょうかんぎーてーん)南無大聖大悲歡喜天王哀愍於我悉地円満。(なーむだいしょうだいひーかんぎてんのうーあいみんおがしっちえんまーんんん・・>)』
第二段に続く
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2012年04月03日
前稿続きです。
前橋ではありませんw。
十、発菩提心真言(ほつぼだいしん)
『白浄(びゃくじょう)の信心を発(おこ)して 無上の菩提を求む。願わくは自他もろともに仏の道を悟りて 生死(しょうじ)の海を渡り すみやかに解脱の彼岸に到らん。』
『おん ぼうち しった ぼだはだやみ・・』三遍
十一、三摩耶戒真言(さんまやかい)
『我らは御仏の子なり ひとえに如来大悲の本誓(ほんぜい)を 仰いで不二(ふに)の浄信(じょうしん)に安住し 菩薩利他の行業(ぎょうごう)を励みて 法身(みほとけ)の慧命(いのち)を
相続し奉らん。』
『おん さんまや さとばん・・』三遍
十二、開経偈(かいきょうげ)
『無上甚深(むじょうじんじん)微妙(みみょう)の法は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも逢(あ)い遇(お)うこと難(かた)し、我れ今、見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得たり、願わくは如来の真実義(しんじつぎ)を解(げ)し奉らん。』
『無上甚深 微妙法(むじょうーじんじん みみょうほうー)
百千万劫 難遭遇(ひゃくせんまんごう なんそうぐうー)
我今見聞 得受持(がこんけんもん とくじゅじ)
願解如来 真実義(がんげにょらい しんじつぎー・・・)>』
十三、読経 般若心経
『般若心経は仏教の精要(せいよう) 密蔵(みつぞう)の肝心なり この故 誦持講供(じゅじこうく)すれば苦を抜き楽を与え 修習思惟(しゅじゅうしゆい)すれば 道(どう)を得、通(つう)を起こす 誠にこれ 世間の闇を照らす明燈(みょうとう)にして 生死(しょうじ)の海を渡る船筏(いかだ)なり 深く讃仰(さんごう)し 至心に読誦(どくじゅ)し奉る・・。』
『佛説(ぶっせつぅう)魔訶般若波羅密多心経(まかはんにゃーはーらーみったーしんぎょぉおお・・)』一巻
十四、読経 観音経 偈文
『妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈 第二十五(みょぉお ほーれんげきょー かんぜーおんぼーさつ ふーもんぼんげぇーだいにじゅうごぉおお・・)世尊妙相具 我今重問彼 佛子何因縁(せぇーそんみょうそうぐ がーこんじゅもんぴ ぶっしーがーいんねん・・)』一巻
参照:観音経
十五、読経 十一面陀羅尼経
『十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経(じゅういちめんかんぜーおんぼーさつ ずいがんそくとく だーらーにーきょぉおお・・)如是我聞。一時。仏在補陀落山。為衆説法。(にょーぜーがーもん。いちじ。ぶつざいふーだらくせん。いーしゅーせっぽう・・)一巻
参照:十一面陀羅尼経
十六、読経 大聖歓喜天使呪法経
『大聖歓喜天使咒法経(だいしょうかんぎてーんん・・しじゅほうーきょうー)唐南天竺国三蔵菩提流志奉 詔訳(とうなんてんじくこくさんぞうーぼだいるしぶしょうーやくー)爾時。毘那夜迦於?羅山。(にーじー。・・びなやきゃおけいらせん・・)』一巻
参照:大聖歓喜天使咒法経
十七、ご真言
大日如来(金剛界)
『おん あびら うん けん』
佛眼佛母真言
『おん ぼだろ しやに そわか』
十一面観音真言
『おん ろけいじん ばらきりくそわか』
『おん まか きゃろにきゃ そわか』百遍
軍荼利明王真言
『おん あみりてい うん はった』
大聖歓喜天真言
『おーむ ふりーひ ぎゃく うん すう”ぁーはー』千遍
*限りなくより原語に近い発音で、入我我入(にゅうががにゅう)を容易とする。
*ふりーひの、"ひ"は、ほぼ無発音。英語語尾のg、t、などと同様。
*千遍と云うのは、他の諸神諸仏、本尊に類を見ない圧倒的ボリュームである。初めて観れば驚くだろう。私もそうだった。
だが、一度でも入我我入を経験すれば、即ちこの千遍が然るべく必須だと悟る。但し、集中してこその千遍。慣れるまで20分を要し、その長い時間分、雑念に囚われ易い。
従って寧ろ、仏前よりも通勤電車や車の中、会話せずとも済むような仕事をしながらなどの方が集中しやすいこともある。日本仏教界の伝統と常識を覆すこの方法は、私が世俗修行の中で編出したものであり、日々謀殺される在家にあっても聖天信仰を怠らず、以って早期願望を手にする秘策である。いつかの稿で詳しく享受したい。
毘沙門天真言
『おん べいしら まんだや そわか』
三宝荒神真言
『おん けんばやけんばや そわか』
諸神通用真言
『おん ろきゃろきゃや きゃらや そわか』
光明真言
『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだらまに はんどま じんばらはら ばりたらうん』
大金剛輪陀羅尼(だいこんごうりんだらに)
『なまくしちりや じびきゃなん さるば たたぎゃたなん あん びらじびらじ まかしゃきゃら ばしり さたさた さらていさらてい たらいたらい びだまに さんばんじゃに たらまち しったぎれいたらん そわか』
十八、結願文(けちがんもん)
『我等所修三業善(がとーしょーしゅうーさんごーぜん)
回向大日淨法身(えーこうーだいにち じょーほっしん)
大光普照觀自在(だいこーふーしょうー かんじーざい)
回向本尊歡喜天(えーこーほんぞん かんぎーてん)
受此供養増神力(じゅーしーくーよー ぞうーじんりき)
回向雞羅諸眷属(えーこーけいらー しょーけんぞく)
受此供養増補力(じゅーしーくーよー ぞうーほーりき)
宝祚永久萬民樂(ほーそーえいきゅうー まんみんらく)
四海泰平興正法(しーかいたいへい こーしょうーぼう)
護持某甲除災患(ごーじーむーこう じょーさいげーん)
家内安全得吉祥(かーないあんぜん とくきちじょうー)
心中所願悉円満(しんちゅうしょーがん しつえんまん)
回施法界皆成就(えーせーほうかい かいじょうーじゅ)』
十九、大聖歓喜天和讃 晩行
参照記事
二十、祈願・願意
『上来(じょうらい)、誦持(じゅぢ)する所の功徳を以って、願わくば護持某甲(ごじむこう)*各々名前と、願意(随意)を述べる* 全世界、全人類一同。皆々の思い祈り願い満ち満ちて如意円満ならしめ賜え。』
二十一、廻向(えこう)
『願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼさん。沈々たる三界(さんがい)の群類世々の恩所(おんじょ)に非ずと云うことなく、蠢々(しゅんしゅん)たる六道の含識(がんしき)生々(しょうじょう)の親族に非ずと云うことなし。』
『然れば早く一佛(いつぶつ)の芳縁(ほうえん)を結んで、同じく三菩提の妙果(みょうか)を期(ご)せん。廻向の功力(くりき)豈(あに)然らざらんか。あぁ、仰ぎ願わくば大聖大悲歡喜大天、必ず一座の講莚を納受し、速やかに二世(にせ)の所願を成就せしめ賜え。』
『願以此功徳(がんにしくどく)普及於一切(ふぎゅうおいっさい)我等與衆生(がとうよしゅじょう)皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
尊天上様に導かれること、この上無き尊き道や・・』
『南無大聖大仁慈歡喜雙身天王 自他法界平等利益・・』 三遍
*数珠を擦り、天尊を仰ぎ観、真言を唱え心ゆくまで繰り返す。
*満足せしめたら、平伏し各々願意・祈願・報謝を述べる。
*四拍手、五体投地で締める。前半記事参照。
なお、晩行の別座として、
先祖及び涅槃に立たれた方々への供養に 弥陀讃・百念佛
就寝前に、大聖歓喜天講莚がある。
それではまた。
本日もおおきに。
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感謝合掌 北斗法蓮
前橋ではありませんw。
十、発菩提心真言(ほつぼだいしん)
『白浄(びゃくじょう)の信心を発(おこ)して 無上の菩提を求む。願わくは自他もろともに仏の道を悟りて 生死(しょうじ)の海を渡り すみやかに解脱の彼岸に到らん。』
『おん ぼうち しった ぼだはだやみ・・』三遍
十一、三摩耶戒真言(さんまやかい)
『我らは御仏の子なり ひとえに如来大悲の本誓(ほんぜい)を 仰いで不二(ふに)の浄信(じょうしん)に安住し 菩薩利他の行業(ぎょうごう)を励みて 法身(みほとけ)の慧命(いのち)を
相続し奉らん。』
『おん さんまや さとばん・・』三遍
十二、開経偈(かいきょうげ)
『無上甚深(むじょうじんじん)微妙(みみょう)の法は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも逢(あ)い遇(お)うこと難(かた)し、我れ今、見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得たり、願わくは如来の真実義(しんじつぎ)を解(げ)し奉らん。』
『無上甚深 微妙法(むじょうーじんじん みみょうほうー)
百千万劫 難遭遇(ひゃくせんまんごう なんそうぐうー)
我今見聞 得受持(がこんけんもん とくじゅじ)
願解如来 真実義(がんげにょらい しんじつぎー・・・)>』
十三、読経 般若心経
『般若心経は仏教の精要(せいよう) 密蔵(みつぞう)の肝心なり この故 誦持講供(じゅじこうく)すれば苦を抜き楽を与え 修習思惟(しゅじゅうしゆい)すれば 道(どう)を得、通(つう)を起こす 誠にこれ 世間の闇を照らす明燈(みょうとう)にして 生死(しょうじ)の海を渡る船筏(いかだ)なり 深く讃仰(さんごう)し 至心に読誦(どくじゅ)し奉る・・。』
『佛説(ぶっせつぅう)魔訶般若波羅密多心経(まかはんにゃーはーらーみったーしんぎょぉおお・・)』一巻
十四、読経 観音経 偈文
『妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈 第二十五(みょぉお ほーれんげきょー かんぜーおんぼーさつ ふーもんぼんげぇーだいにじゅうごぉおお・・)世尊妙相具 我今重問彼 佛子何因縁(せぇーそんみょうそうぐ がーこんじゅもんぴ ぶっしーがーいんねん・・)』一巻
参照:観音経
十五、読経 十一面陀羅尼経
『十一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経(じゅういちめんかんぜーおんぼーさつ ずいがんそくとく だーらーにーきょぉおお・・)如是我聞。一時。仏在補陀落山。為衆説法。(にょーぜーがーもん。いちじ。ぶつざいふーだらくせん。いーしゅーせっぽう・・)一巻
参照:十一面陀羅尼経
十六、読経 大聖歓喜天使呪法経
『大聖歓喜天使咒法経(だいしょうかんぎてーんん・・しじゅほうーきょうー)唐南天竺国三蔵菩提流志奉 詔訳(とうなんてんじくこくさんぞうーぼだいるしぶしょうーやくー)爾時。毘那夜迦於?羅山。(にーじー。・・びなやきゃおけいらせん・・)』一巻
参照:大聖歓喜天使咒法経
十七、ご真言
大日如来(金剛界)
『おん あびら うん けん』
佛眼佛母真言
『おん ぼだろ しやに そわか』
十一面観音真言
『おん ろけいじん ばらきりくそわか』
『おん まか きゃろにきゃ そわか』百遍
軍荼利明王真言
『おん あみりてい うん はった』
大聖歓喜天真言
『おーむ ふりーひ ぎゃく うん すう”ぁーはー』千遍
*限りなくより原語に近い発音で、入我我入(にゅうががにゅう)を容易とする。
*ふりーひの、"ひ"は、ほぼ無発音。英語語尾のg、t、などと同様。
*千遍と云うのは、他の諸神諸仏、本尊に類を見ない圧倒的ボリュームである。初めて観れば驚くだろう。私もそうだった。
だが、一度でも入我我入を経験すれば、即ちこの千遍が然るべく必須だと悟る。但し、集中してこその千遍。慣れるまで20分を要し、その長い時間分、雑念に囚われ易い。
従って寧ろ、仏前よりも通勤電車や車の中、会話せずとも済むような仕事をしながらなどの方が集中しやすいこともある。日本仏教界の伝統と常識を覆すこの方法は、私が世俗修行の中で編出したものであり、日々謀殺される在家にあっても聖天信仰を怠らず、以って早期願望を手にする秘策である。いつかの稿で詳しく享受したい。
毘沙門天真言
『おん べいしら まんだや そわか』
三宝荒神真言
『おん けんばやけんばや そわか』
諸神通用真言
『おん ろきゃろきゃや きゃらや そわか』
光明真言
『おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだらまに はんどま じんばらはら ばりたらうん』
大金剛輪陀羅尼(だいこんごうりんだらに)
『なまくしちりや じびきゃなん さるば たたぎゃたなん あん びらじびらじ まかしゃきゃら ばしり さたさた さらていさらてい たらいたらい びだまに さんばんじゃに たらまち しったぎれいたらん そわか』
十八、結願文(けちがんもん)
『我等所修三業善(がとーしょーしゅうーさんごーぜん)
回向大日淨法身(えーこうーだいにち じょーほっしん)
大光普照觀自在(だいこーふーしょうー かんじーざい)
回向本尊歡喜天(えーこーほんぞん かんぎーてん)
受此供養増神力(じゅーしーくーよー ぞうーじんりき)
回向雞羅諸眷属(えーこーけいらー しょーけんぞく)
受此供養増補力(じゅーしーくーよー ぞうーほーりき)
宝祚永久萬民樂(ほーそーえいきゅうー まんみんらく)
四海泰平興正法(しーかいたいへい こーしょうーぼう)
護持某甲除災患(ごーじーむーこう じょーさいげーん)
家内安全得吉祥(かーないあんぜん とくきちじょうー)
心中所願悉円満(しんちゅうしょーがん しつえんまん)
回施法界皆成就(えーせーほうかい かいじょうーじゅ)』
十九、大聖歓喜天和讃 晩行
参照記事
二十、祈願・願意
『上来(じょうらい)、誦持(じゅぢ)する所の功徳を以って、願わくば護持某甲(ごじむこう)*各々名前と、願意(随意)を述べる* 全世界、全人類一同。皆々の思い祈り願い満ち満ちて如意円満ならしめ賜え。』
二十一、廻向(えこう)
『願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼさん。沈々たる三界(さんがい)の群類世々の恩所(おんじょ)に非ずと云うことなく、蠢々(しゅんしゅん)たる六道の含識(がんしき)生々(しょうじょう)の親族に非ずと云うことなし。』
『然れば早く一佛(いつぶつ)の芳縁(ほうえん)を結んで、同じく三菩提の妙果(みょうか)を期(ご)せん。廻向の功力(くりき)豈(あに)然らざらんか。あぁ、仰ぎ願わくば大聖大悲歡喜大天、必ず一座の講莚を納受し、速やかに二世(にせ)の所願を成就せしめ賜え。』
『願以此功徳(がんにしくどく)普及於一切(ふぎゅうおいっさい)我等與衆生(がとうよしゅじょう)皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
尊天上様に導かれること、この上無き尊き道や・・』
『南無大聖大仁慈歡喜雙身天王 自他法界平等利益・・』 三遍
*数珠を擦り、天尊を仰ぎ観、真言を唱え心ゆくまで繰り返す。
*満足せしめたら、平伏し各々願意・祈願・報謝を述べる。
*四拍手、五体投地で締める。前半記事参照。
なお、晩行の別座として、
先祖及び涅槃に立たれた方々への供養に 弥陀讃・百念佛
就寝前に、大聖歓喜天講莚がある。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2012年04月02日
*極力、古い文字は使わず読みやすいようにしてあります。
*晩行の特徴は、儀式次第のいちいちを和訳にしてあることです。これを日々読誦しておれば自ずと意味がそれぞれ理解できてゆき、嫌な仕事のようにやればいいと云うのでなく、決して事務的ではない心から安らぐ神仏と向き合う時間を得られるようになります。
*真なる信仰とは勧められるものでなく、比較検討するものでもなく、増して強要されるものでなく。自ら求めし時に、ごく自然に縁(えにし)賜るものであります。
【大聖歓喜天宗・勤行次第】〜晩行〜Model 11'
ご挨拶
『大尊天上様、本日も有難う御座いました。云々・・・』
当日の報謝を述べたのち
先ず、天部降神の儀 天部降神の儀とは
『そもそも、歓喜尊天とは。諸神諸仏の父母一切衆生の根元にして、一礼一敬もその功徳の御力、我ら計り知ること、とてもとても能(あた)わずとは。』
『御仏の金言、諸神諸仏の捨て賜うよな、我ら愚願も一心に信じるものは、ただちに成就せしめるは、この天尊上様だけのご誓願なるぞ。有難や。』>
『洵(まこと)に末代澆季(まつだいぎょうき)相應(そうおう)の尊天と申し奉るべく、豈(あに)信仰せざるべけんや。信じざるべけんや。』
『ノウボビ ノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ センジキャラ ソワカ』三遍
壱、金剛合掌禮拝
五体投地
参度目のちに、伏せたまま聖天様の御足を押し戴きつつ、当日のご報告・感謝の念をお伝えする。
弐、着座 普禮真言(ふらいしんごん)
『おん さるば たたぎゃた はんだまんなのぉ きゃろみ』>
参、惣禮(そうらい)
『我此道場如帝珠(がしどうじょうにょたいしゅ)
聖天部類影現中(しょうでんぶるいようげんちゅう)
我身影現本尊前(がしんようげんほんぞんぜん)
頭面接足帰命禮(ずめんせっそくきみょうらい)
南無大聖大悲歡喜大天部類 眷属降臨道場(なむだいしょうだいひかんきだいてんぶるい けんぞくごうりんどうじょう)
哀愍於我悉地円満(あいみんおがしっちえんまん)>』
四、解穢真言(ぐえしんごん)
『おん くろだのう うんじゃく』七遍
五、懺悔(さんげ)*『ざ』ではなく、『さ』んげ と読みます
『無始(むし)よりこのかた 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて *この身とこの口とこの心に 日夜造ってきたところの 諸々の罪咎(つみとが)を 本日今此処に 皆悉く懺悔し奉る』
『我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞう しょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆむ しとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんご いししょうしょう)
一切我今皆懴悔(いっさいがこん かいさんげ)
南無慚愧懺悔六根罪障一切清浄(なむざんぎさんげろっこんざいしょういっさいしょうじょう)>』
*の部分において、自分の手を腹・口・胸に手を当てながら、過去からその日一日までを振り返り、罪咎を心より反省する。
人は生きている限り、何かしらの形で人を疵付け迷惑もかけ、気も遣わせている。この懺悔を毎晩繰り返すことにより、その日その日の罪咎を明日に持ち越さぬ、清浄な心を保つことができる。
六、三帰礼文(さんきらいもん)
『億々生死(おくおくしょうじ)の中(うち)、受け難きは人身(じんしん)。劫々流転(ごうこうるてん)の際にも、遇い難きは佛教なり。』
『偶々(たまたま)受け難き人界の生を受け、幸いに遇い難き聖天の法に遇う。機縁の至り感涙抑え難し。』
『自ら仏に帰依し奉る。当(まさ)に願わくば、人々が大いなる仏道を体得し、無上の悟りに向かう心を興しますように。』
『自ら法に帰依し奉る。当(まさ)に願わくば、人々が深く経典を学び、海のような大いなる智慧を得られますように。』
『自ら仏教徒の集いに帰依し奉る。人々が和合の集いを持合い、何ものにも妨げられぬ、自由な境地を得られますように。』
『自帰依仏(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
体解大道(たいげだいどう)発無上意(ほつむじょうい)
自帰依法(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
深入経蔵(じんにゅうきょうぞう)智慧如海(ちえによーかい)
自帰依僧(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
統理大衆(とうりだいしゅー)一切無礙(いっさいむーげー)>』
七、三帰(さんき)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで深く三宝(さんぽう)に帰依し奉らん・・・
弟子*某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
帰依佛 帰依法 帰依僧(きえぶつ きえほう きえそう)』
*某甲(むこう)とは、"それがし"≒お前(たち)のこと。
本堂で合同読経や団体遍路では、混合する為そのままでも良いが、自宅での勤行や単数参拝の際は、某甲のあとにご自分の名前(現在、過去の戸籍名・戒名・法名など)を挿入して読む。
八、*三竟(さんきょう)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで ひたすら三宝(さんぽう)に帰依し奉り、永久(とこしなえ)に変わることなからん。』
『弟子某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
*帰依仏無上尊(きえぶつむじょうそん)帰依法離塵尊(きえほうりじんそん)帰依僧和合尊(きえそうわごうそん)帰依佛竟 帰依法竟 帰依僧竟(きえぶつきょう きえほうきょう きえそうきょう』
*三竟(さんきょう)の、竟(きょう)とは終わりのこと。即ち、帰依し終わりました。帰依の完結を示す。帰依しきりましたの意。
*真ん中の、帰依仏無上尊〜は、何故帰依するのか?その理由を説いている。例えば先のは、"仏は無上なる尊き存在である。故に私(たち)は帰依致します。と云う意。
九、十善戒(じゅうぜんかい)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで 十善の御教えを守り奉らん。』
弟子某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
不殺生(ふせっしょう)不偸盗(ふちゅうとう)不邪淫(ふじゃいん)不妄語(ふもうご)不綺語(ひきご)不悪口(ふあっく)不両舌(ふりょうぜつ)不慳貪(ふけんどん)不瞋恚(ふしんに)不邪見(ふじゃけん)』
次稿、後半へ続きます。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
*晩行の特徴は、儀式次第のいちいちを和訳にしてあることです。これを日々読誦しておれば自ずと意味がそれぞれ理解できてゆき、嫌な仕事のようにやればいいと云うのでなく、決して事務的ではない心から安らぐ神仏と向き合う時間を得られるようになります。
*真なる信仰とは勧められるものでなく、比較検討するものでもなく、増して強要されるものでなく。自ら求めし時に、ごく自然に縁(えにし)賜るものであります。
【大聖歓喜天宗・勤行次第】〜晩行〜Model 11'
ご挨拶
『大尊天上様、本日も有難う御座いました。云々・・・』
当日の報謝を述べたのち
先ず、天部降神の儀 天部降神の儀とは
『そもそも、歓喜尊天とは。諸神諸仏の父母一切衆生の根元にして、一礼一敬もその功徳の御力、我ら計り知ること、とてもとても能(あた)わずとは。』
『御仏の金言、諸神諸仏の捨て賜うよな、我ら愚願も一心に信じるものは、ただちに成就せしめるは、この天尊上様だけのご誓願なるぞ。有難や。』>
『洵(まこと)に末代澆季(まつだいぎょうき)相應(そうおう)の尊天と申し奉るべく、豈(あに)信仰せざるべけんや。信じざるべけんや。』
『ノウボビ ノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ センジキャラ ソワカ』三遍
壱、金剛合掌禮拝
五体投地
参度目のちに、伏せたまま聖天様の御足を押し戴きつつ、当日のご報告・感謝の念をお伝えする。
弐、着座 普禮真言(ふらいしんごん)
『おん さるば たたぎゃた はんだまんなのぉ きゃろみ』>
参、惣禮(そうらい)
『我此道場如帝珠(がしどうじょうにょたいしゅ)
聖天部類影現中(しょうでんぶるいようげんちゅう)
我身影現本尊前(がしんようげんほんぞんぜん)
頭面接足帰命禮(ずめんせっそくきみょうらい)
南無大聖大悲歡喜大天部類 眷属降臨道場(なむだいしょうだいひかんきだいてんぶるい けんぞくごうりんどうじょう)
哀愍於我悉地円満(あいみんおがしっちえんまん)>』
四、解穢真言(ぐえしんごん)
『おん くろだのう うんじゃく』七遍
五、懺悔(さんげ)*『ざ』ではなく、『さ』んげ と読みます
『無始(むし)よりこのかた 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて *この身とこの口とこの心に 日夜造ってきたところの 諸々の罪咎(つみとが)を 本日今此処に 皆悉く懺悔し奉る』
『我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞう しょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆむ しとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんご いししょうしょう)
一切我今皆懴悔(いっさいがこん かいさんげ)
南無慚愧懺悔六根罪障一切清浄(なむざんぎさんげろっこんざいしょういっさいしょうじょう)>』
*の部分において、自分の手を腹・口・胸に手を当てながら、過去からその日一日までを振り返り、罪咎を心より反省する。
人は生きている限り、何かしらの形で人を疵付け迷惑もかけ、気も遣わせている。この懺悔を毎晩繰り返すことにより、その日その日の罪咎を明日に持ち越さぬ、清浄な心を保つことができる。
六、三帰礼文(さんきらいもん)
『億々生死(おくおくしょうじ)の中(うち)、受け難きは人身(じんしん)。劫々流転(ごうこうるてん)の際にも、遇い難きは佛教なり。』
『偶々(たまたま)受け難き人界の生を受け、幸いに遇い難き聖天の法に遇う。機縁の至り感涙抑え難し。』
『自ら仏に帰依し奉る。当(まさ)に願わくば、人々が大いなる仏道を体得し、無上の悟りに向かう心を興しますように。』
『自ら法に帰依し奉る。当(まさ)に願わくば、人々が深く経典を学び、海のような大いなる智慧を得られますように。』
『自ら仏教徒の集いに帰依し奉る。人々が和合の集いを持合い、何ものにも妨げられぬ、自由な境地を得られますように。』
『自帰依仏(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
体解大道(たいげだいどう)発無上意(ほつむじょうい)
自帰依法(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
深入経蔵(じんにゅうきょうぞう)智慧如海(ちえによーかい)
自帰依僧(じーきえぶつ)当願衆生(とうがんしゅじょう)
統理大衆(とうりだいしゅー)一切無礙(いっさいむーげー)>』
七、三帰(さんき)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで深く三宝(さんぽう)に帰依し奉らん・・・
弟子*某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
帰依佛 帰依法 帰依僧(きえぶつ きえほう きえそう)』
*某甲(むこう)とは、"それがし"≒お前(たち)のこと。
本堂で合同読経や団体遍路では、混合する為そのままでも良いが、自宅での勤行や単数参拝の際は、某甲のあとにご自分の名前(現在、過去の戸籍名・戒名・法名など)を挿入して読む。
八、*三竟(さんきょう)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで ひたすら三宝(さんぽう)に帰依し奉り、永久(とこしなえ)に変わることなからん。』
『弟子某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
*帰依仏無上尊(きえぶつむじょうそん)帰依法離塵尊(きえほうりじんそん)帰依僧和合尊(きえそうわごうそん)帰依佛竟 帰依法竟 帰依僧竟(きえぶつきょう きえほうきょう きえそうきょう』
*三竟(さんきょう)の、竟(きょう)とは終わりのこと。即ち、帰依し終わりました。帰依の完結を示す。帰依しきりましたの意。
*真ん中の、帰依仏無上尊〜は、何故帰依するのか?その理由を説いている。例えば先のは、"仏は無上なる尊き存在である。故に私(たち)は帰依致します。と云う意。
九、十善戒(じゅうぜんかい)
『この身今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで 十善の御教えを守り奉らん。』
弟子某甲 尽未来際(でしむこう じんみらいさい)
不殺生(ふせっしょう)不偸盗(ふちゅうとう)不邪淫(ふじゃいん)不妄語(ふもうご)不綺語(ひきご)不悪口(ふあっく)不両舌(ふりょうぜつ)不慳貪(ふけんどん)不瞋恚(ふしんに)不邪見(ふじゃけん)』
次稿、後半へ続きます。
それではまた。
本日もおおきに。
ご高覧に感謝致します。
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み共に助けあい共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
感謝合掌 北斗法蓮
2011年09月10日
◆五体投地
はい、そのままの勢いで五体投地に入ります。
健常者はなるべく五体投地しましょう。無論、足のご自由な方は坐したままで結構ですし、足腰の具合が良くないときは無理する必要はありません。特に勤行を終えて、つまり一時間以上正座したあとの五体投地はかなりキツイです。
無理すれば、私が得度したときのように足をぐねって腫れるほど傷めますので、決してご無理はしないで下さい。勤行を終えたあとの五体投地のコツは亦、いつかの稿で教示します。
*1
聖天さまの印契を結んだまま、上半身を投げ出すように額を床につけます。
『南無(なーもー)、、頭面節足帰命頂禮(ずめんせっそくきみょうちょうーらいー)、、一信一仰(いっしんいっこう)愚者必救済愚願必成就唯一絶対神、、』
*2
ここで上半身を起こします。
『自在神力(じざいじんりきー)大自在大聖大仁慈(だいじざいだいしょうだいじんじ)、、』
*3
右膝を立てると同時に、左足のつま先も立てます。
『歓喜雙身天王(かんぎそうしんてんのう)、、、』
*4
立ち上がり、両腕を真上に掲げ天空の山(雞羅山)の山頂をイメージします。
『雞羅山中(けいらせんちゅうー)、、、』
*5
印契を解き、広げた両手を胸に引き寄せながら、聖天さまを中心として両側に整然と並ぶ、九千八百にも及ぶ眷属の王たちを観想します。もう少し具体的に云えば、片側に四千九百の大鬼王が立ち並んでいる情景です。
更に云えば、それぞれが大鬼王。鬼たちの大王でありますから、その臣下には少なくとも百から千の鬼たちがいるわけです。そこまで観想出来ますと、その頂点に立つ聖天さまの威厳も必然的に深まるばかりでありましょう。
『九千八百諸大鬼王(きゅうせんはっぴゃくしょだいきおう)、、』
*6
云い終わると同時に、円滑に左膝を付き続く右膝も付いて
(ここで*3の真逆の所作で、先につま先を立てるとより座り易いです。)
(二度目、三度目が楽なものでつい、つま先を立てたまま上半身を投げ出したくなります。)
(が、、それはズルなので投げ出す際は、つま先を伸ばしましょうね。)
(右膝を付く際に、どうしても上半身がブレがちです。背筋を伸ばし腹筋を使いましょう。)
*7
ここで、*1の体勢に戻ります。もう一度、印を結びます。
『悉地成就(しっじじょうじゅ)』これを三遍。繰り返します。
*8
三遍目の*7で、額を床に付けた状態で、印を解いた両手を耳の横の高さ程度まで上げ、手の平を上に向けます。仏足頂礼(ぶっそくちょうらい)、自分の額の前には既に、聖天さまの御足があると観想し恭しく押し頂きます。
『御清浄で、御清潔で、御高貴なる、御高潔なる、尊天上様の御足を押し頂く幸せに感謝致します。』
『我が身、我が心、我が命。それしか担保するものが御座いませんが、我が未来、我が使命、我が生きる道、我が生まれし意味、死ぬる意義。何もかも尊天上様にお任せし、お預けし、ただただひたすらに御縋りすることしか今は出来ません。』
『どこまでも果てなく愚俗の邪智なる我なれど、尊天上様のその大宇宙の如く、広き深き、我が父母祖父母を凌ぐ大いなるご慈悲の御心を以って我ら愚かなるものすら哀れみて賜いて。』
『未だ、私利私欲愛欲見え隠れする。我らの思い願い祈りも、まずはその丈のままに、まずは我ら望む時に、まずは我ら望むだけを、まずは我ら望む形で、、』
*具体的な願意は、次第の後半で述べてゆきますが、ここでも頭の中では上記の賛辞を述べつつイメージされると良いでしょう。
『叶え賜いつつ、尊き道へと導き賜るは。天地宇宙三千大千世界八十余億、神仏おわすともこの天尊上様だけのご誓願なるぞ、有難や。何卒本日も一日、貴命の程宜しくお願い申し上げます。』
はい、四回に渡ってお送り致しました、大聖歡喜天勤行次第・朝行でありますが、ここまで来ればほぼ願いは叶ったも同然なのです。え?読経もまだなのに?
そーです。お経も大事ですが、ここまでが非常に大事な部分なのです。お経は暗誦しさえすれば、朝出勤時間が忙しければ、車を運転しながらでも電車の中でも出来ます。然し、聖天さまや大日如来を観想しながら佛凡一如を目指すには、ある程度修練しても集中継続せねばなりません。
信じる心が宿れば、自然と精進の行動を起こします。
聖天さまをご自身の救いの神と信じたその瞬間から、如何なる願望成就の因子も既に聖天信者に心に芽生えるのです。
聖天さまの奇しき御力に触れるは、同じく奇しきえにしと胸に刻み、どうぞ皆さん、信火行炎消えぬようご精進下さいませ。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
はい、そのままの勢いで五体投地に入ります。
健常者はなるべく五体投地しましょう。無論、足のご自由な方は坐したままで結構ですし、足腰の具合が良くないときは無理する必要はありません。特に勤行を終えて、つまり一時間以上正座したあとの五体投地はかなりキツイです。
無理すれば、私が得度したときのように足をぐねって腫れるほど傷めますので、決してご無理はしないで下さい。勤行を終えたあとの五体投地のコツは亦、いつかの稿で教示します。
*1
聖天さまの印契を結んだまま、上半身を投げ出すように額を床につけます。
『南無(なーもー)、、頭面節足帰命頂禮(ずめんせっそくきみょうちょうーらいー)、、一信一仰(いっしんいっこう)愚者必救済愚願必成就唯一絶対神、、』
*2
ここで上半身を起こします。
『自在神力(じざいじんりきー)大自在大聖大仁慈(だいじざいだいしょうだいじんじ)、、』
*3
右膝を立てると同時に、左足のつま先も立てます。
『歓喜雙身天王(かんぎそうしんてんのう)、、、』
*4
立ち上がり、両腕を真上に掲げ天空の山(雞羅山)の山頂をイメージします。
『雞羅山中(けいらせんちゅうー)、、、』
*5
印契を解き、広げた両手を胸に引き寄せながら、聖天さまを中心として両側に整然と並ぶ、九千八百にも及ぶ眷属の王たちを観想します。もう少し具体的に云えば、片側に四千九百の大鬼王が立ち並んでいる情景です。
更に云えば、それぞれが大鬼王。鬼たちの大王でありますから、その臣下には少なくとも百から千の鬼たちがいるわけです。そこまで観想出来ますと、その頂点に立つ聖天さまの威厳も必然的に深まるばかりでありましょう。
『九千八百諸大鬼王(きゅうせんはっぴゃくしょだいきおう)、、』
*6
云い終わると同時に、円滑に左膝を付き続く右膝も付いて
(ここで*3の真逆の所作で、先につま先を立てるとより座り易いです。)
(二度目、三度目が楽なものでつい、つま先を立てたまま上半身を投げ出したくなります。)
(が、、それはズルなので投げ出す際は、つま先を伸ばしましょうね。)
(右膝を付く際に、どうしても上半身がブレがちです。背筋を伸ばし腹筋を使いましょう。)
*7
ここで、*1の体勢に戻ります。もう一度、印を結びます。
『悉地成就(しっじじょうじゅ)』これを三遍。繰り返します。
*8
三遍目の*7で、額を床に付けた状態で、印を解いた両手を耳の横の高さ程度まで上げ、手の平を上に向けます。仏足頂礼(ぶっそくちょうらい)、自分の額の前には既に、聖天さまの御足があると観想し恭しく押し頂きます。
『御清浄で、御清潔で、御高貴なる、御高潔なる、尊天上様の御足を押し頂く幸せに感謝致します。』
『我が身、我が心、我が命。それしか担保するものが御座いませんが、我が未来、我が使命、我が生きる道、我が生まれし意味、死ぬる意義。何もかも尊天上様にお任せし、お預けし、ただただひたすらに御縋りすることしか今は出来ません。』
『どこまでも果てなく愚俗の邪智なる我なれど、尊天上様のその大宇宙の如く、広き深き、我が父母祖父母を凌ぐ大いなるご慈悲の御心を以って我ら愚かなるものすら哀れみて賜いて。』
『未だ、私利私欲愛欲見え隠れする。我らの思い願い祈りも、まずはその丈のままに、まずは我ら望む時に、まずは我ら望むだけを、まずは我ら望む形で、、』
*具体的な願意は、次第の後半で述べてゆきますが、ここでも頭の中では上記の賛辞を述べつつイメージされると良いでしょう。
『叶え賜いつつ、尊き道へと導き賜るは。天地宇宙三千大千世界八十余億、神仏おわすともこの天尊上様だけのご誓願なるぞ、有難や。何卒本日も一日、貴命の程宜しくお願い申し上げます。』
はい、四回に渡ってお送り致しました、大聖歡喜天勤行次第・朝行でありますが、ここまで来ればほぼ願いは叶ったも同然なのです。え?読経もまだなのに?
そーです。お経も大事ですが、ここまでが非常に大事な部分なのです。お経は暗誦しさえすれば、朝出勤時間が忙しければ、車を運転しながらでも電車の中でも出来ます。然し、聖天さまや大日如来を観想しながら佛凡一如を目指すには、ある程度修練しても集中継続せねばなりません。
信火内に燃えれば、行炎外に現る。
信じる心が宿れば、自然と精進の行動を起こします。
聖天さまをご自身の救いの神と信じたその瞬間から、如何なる願望成就の因子も既に聖天信者に心に芽生えるのです。
聖天さまの奇しき御力に触れるは、同じく奇しきえにしと胸に刻み、どうぞ皆さん、信火行炎消えぬようご精進下さいませ。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
前稿では、大日如来を観想し宣誓と淨化を致しました。いよいよご本尊、尊天上様(大聖歡喜天)を観想していきましょう。ここからは、千遍真言を終盤クライマックスとして勤行を終えるまで終始、大聖歡喜天を観想し続けます。
聖天勤行は長丁場です。
お供えから始めて既にここまでで、およそ二十分が経過しているでしょう。まだ読経はひとつも読んでいません。ここからが本番です。フルコーラスで一時間強、集中したまま聖天さまを観想し続けるのは容易ではないでしょう。
大日如来から最後の方便身・大聖歡喜天へ。
その為にも先の宣誓、淨化の行において大日如来を能く能く観想するのです。大日如来から聖天さまへ。スムース且つ自然に移行することで、「大日如来最後方便の身、観自在尊慈悲深重の尊体」が顕現されるのです。
最後の方便とは、これが最後。
大日如来の最後の切り札、最終兵器(究極の奥義)。これで救われなければ、もう後がない。即ち、他の神仏に見捨てられても必ずお救いになられる。これが聖天さまの"如何なる願いも叶う"と云われる所以です。
神仏の加持力を、パソコンや車に例えるのは些かどうかと思いますが、スペックで表すのであれば他の神仏が救えないものも救うのですから、最大最強のキャパシティと云えるでしょう。
梵我一如(佛凡一如≒仏と凡夫は一体なり)
完璧な和合と調和・富貴無窮巳(ふうきむぐうい)の財宝神であられる天地宇宙の中心・究極の仏として大慈悲心が発せられ、凡夫が行者として真心込めてこの天尊に向かうとき、無量の祈願が正に速疾に成就するのであります。
以上を踏まえて、さぁそれでは聖天さまを御呼びしましょう。
◆天部降神の儀
降神の儀とは、神(聖天さま)への崇敬の心を表し、行者に坐す仏殿(ご自宅であれば、仏間・仏壇・聖天壇)にお招きする招霊の儀式です。
降神の儀は、神道でも地鎮祭などでも行事となっていますが、王でもあられる聖天さまを、わざわざ御呼び立てすると云うのも、些か抵抗を感じられる方もいらっしゃるでしょう。
そこは密教・即身成仏ですから。
畏れながら天部におられる聖天さまを、御呼び立てしつつも自分自身もまた、天部へお迎えに上がる。そんな気持ちで空間を超越した次元で拝謁を果たす。
その境地が仏間と天部を見えない橋で繋ぎ、すぐ目の前の玉座に聖天さまが坐しておられる光景を目にすることが出来るのです。近くに感じれば感じるほど、ハッキリ見えれば見えるほど、勤行次第が進む中で祈願なりご相談なりの回答が顕著となってゆきます。
佛凡一如(ぶつぼんいちにょ)
前稿の宣誓で、大日如来は我らであり我らは仏の子、仏の弟子であると観想しました。そして、聖天さまはその大日如来の最後の方便身。
凡夫の中でも特別愚かものの私たちのために、最後の方便として顕現されたのです。大日如来は聖天さまであり、私たち凡夫もまた仏の仲間なのです。それが佛凡一如です。
さぁもう臆することなく、聖天さまと二度とない瞬間(とき)を共にしましょう。
『そもそも、歓喜尊天とは。諸神諸仏の父母一切衆生の根元にして、一礼一敬もその功徳の御力、我ら計り知ること、とてもとても能(あた)わずとは。』
『御仏の金言、諸神諸仏の捨て賜うよな、我ら愚願も一心に信じるものは、ただちに成就せしめるは、この天尊上様だけのご誓願なるぞ。有難や。』
『洵(まこと)に末代澆季(まつだいぎょうき)相應(そうおう)の尊天と申し奉るべく、豈(あに)信仰せざるべけんや。信じざるべけんや。』
*末代澆季とは、道徳心も人情も薄れた末世の意。お察しの通り、現代こそ聖天さまの救いが必要とされておるのです。モラルなき◎◎人と、世界に恥じぬ、後ろ指差されることなきよう、せめて仏教徒は仁慈に励み勤めましょう。
次に、聖天さまの印契を結び中指を額に当てたまま、大聖歓喜天雙身毘那夜迦法 所収のご真言を三遍唱えます。聖天さまが降神されるのを観想して下さい。
『ノウボビ ノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ センジキャラ ソワカ、、』
次稿は、五体投地です。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
聖天勤行は長丁場です。
お供えから始めて既にここまでで、およそ二十分が経過しているでしょう。まだ読経はひとつも読んでいません。ここからが本番です。フルコーラスで一時間強、集中したまま聖天さまを観想し続けるのは容易ではないでしょう。
大日如来から最後の方便身・大聖歡喜天へ。
その為にも先の宣誓、淨化の行において大日如来を能く能く観想するのです。大日如来から聖天さまへ。スムース且つ自然に移行することで、「大日如来最後方便の身、観自在尊慈悲深重の尊体」が顕現されるのです。
最後の方便とは、これが最後。
大日如来の最後の切り札、最終兵器(究極の奥義)。これで救われなければ、もう後がない。即ち、他の神仏に見捨てられても必ずお救いになられる。これが聖天さまの"如何なる願いも叶う"と云われる所以です。
神仏の加持力を、パソコンや車に例えるのは些かどうかと思いますが、スペックで表すのであれば他の神仏が救えないものも救うのですから、最大最強のキャパシティと云えるでしょう。
梵我一如(佛凡一如≒仏と凡夫は一体なり)
完璧な和合と調和・富貴無窮巳(ふうきむぐうい)の財宝神であられる天地宇宙の中心・究極の仏として大慈悲心が発せられ、凡夫が行者として真心込めてこの天尊に向かうとき、無量の祈願が正に速疾に成就するのであります。
以上を踏まえて、さぁそれでは聖天さまを御呼びしましょう。
◆天部降神の儀
降神の儀とは、神(聖天さま)への崇敬の心を表し、行者に坐す仏殿(ご自宅であれば、仏間・仏壇・聖天壇)にお招きする招霊の儀式です。
降神の儀は、神道でも地鎮祭などでも行事となっていますが、王でもあられる聖天さまを、わざわざ御呼び立てすると云うのも、些か抵抗を感じられる方もいらっしゃるでしょう。
そこは密教・即身成仏ですから。
畏れながら天部におられる聖天さまを、御呼び立てしつつも自分自身もまた、天部へお迎えに上がる。そんな気持ちで空間を超越した次元で拝謁を果たす。
その境地が仏間と天部を見えない橋で繋ぎ、すぐ目の前の玉座に聖天さまが坐しておられる光景を目にすることが出来るのです。近くに感じれば感じるほど、ハッキリ見えれば見えるほど、勤行次第が進む中で祈願なりご相談なりの回答が顕著となってゆきます。
佛凡一如(ぶつぼんいちにょ)
前稿の宣誓で、大日如来は我らであり我らは仏の子、仏の弟子であると観想しました。そして、聖天さまはその大日如来の最後の方便身。
凡夫の中でも特別愚かものの私たちのために、最後の方便として顕現されたのです。大日如来は聖天さまであり、私たち凡夫もまた仏の仲間なのです。それが佛凡一如です。
さぁもう臆することなく、聖天さまと二度とない瞬間(とき)を共にしましょう。
『そもそも、歓喜尊天とは。諸神諸仏の父母一切衆生の根元にして、一礼一敬もその功徳の御力、我ら計り知ること、とてもとても能(あた)わずとは。』
『御仏の金言、諸神諸仏の捨て賜うよな、我ら愚願も一心に信じるものは、ただちに成就せしめるは、この天尊上様だけのご誓願なるぞ。有難や。』
『洵(まこと)に末代澆季(まつだいぎょうき)相應(そうおう)の尊天と申し奉るべく、豈(あに)信仰せざるべけんや。信じざるべけんや。』
*末代澆季とは、道徳心も人情も薄れた末世の意。お察しの通り、現代こそ聖天さまの救いが必要とされておるのです。モラルなき◎◎人と、世界に恥じぬ、後ろ指差されることなきよう、せめて仏教徒は仁慈に励み勤めましょう。
次に、聖天さまの印契を結び中指を額に当てたまま、大聖歓喜天雙身毘那夜迦法 所収のご真言を三遍唱えます。聖天さまが降神されるのを観想して下さい。
『ノウボビ ノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ センジキャラ ソワカ、、』
次稿は、五体投地です。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
2011年09月09日
前稿(ぜんこう)の続きです。
群馬人には、前稿が前橋(まえばし)に見えるかもですね。
そう思う私も、すっかり立派な群馬人なのでしょうか。でも、、(ボチボチもぉええやろ、、)そう思い始めた今日この頃です。
さて、前稿の"五恩への感謝"を終えると、五体投地の前にまだやる事があります。次は宣誓と淨化です。
◆宣誓(淨化)
ここでは終始、宇宙佛・大日如来を観想します。仏像や仏画があれば良いですが、なくとも絵葉書(東寺のものは迫力あり)やイラスト、切り抜きなどでも代用して構いません。阿字観行の出来る方は、毛筆した阿の字だけでもいいですね。また、九字護身法の出来る方はここに挿入されるといいでしょう。
お持ちであれば右手に金剛杵(こんごうしょ)、左手に金剛鈴を構えます。金剛杵について、私は師僧・小林阿闍梨からお譲り頂いた三鈷杵(さんこしょ)を使用しておりますが、独鈷杵(どっこしょ)でも、五鈷杵(ごこしょ)でも差し支えありません。
金剛鈴をゆっくり鳴らしつつ、金剛杵を高くかざし、次の文言を唱えながら順に、右肩、脳天、心臓へと当てていきます。
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御力を貸し与え給え』
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御智慧を貸し与え給え』
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御心を貸し与え給え』
次に、金剛杵で脳天から身体の中心をなぞるように淨めます。タイミング良く金剛鈴を鳴らし浄化していきましょう。
『我が煩悩のチャクラを浄化し給え、六根罪障一切清浄(ろっこんざいしょういっさいしょうじょう)×三遍』
『貪(むさぼ)りの心、瞋(いか)りの心、愚痴の心、三毒を洗い流し給え。』*百八つの煩悩の中で、この三毒が最も私たち凡夫を苦しめる要因となっているのですが、気にされる事はありません。誰しも持つものですし、煩悩のない坊さんにも未だ会った事はないのですから。
肝心なのは、その煩悩とどう付き合うかです。空海然り、親鸞然り、日蓮然り。日本の高僧は皆、非常に強い煩悩を抱えていたと思います。然し、世の中を良くしよう。人を救いたいと思う気持ちを行動に表すには、煩悩と云うエネルギーが必要なのです。私はこれを煩悩のレバレッジと呼んでいます。
その為にも三毒と云う、仏教語に集約してしてしまわず、ご自分なりに改めたいことを具体的に唱えてもいいのです。
例えば、ついついよくウソをついてしまいがちな人、見得っぱりな人、あれもコレも欲しい強欲な人、、などは、『偽りの心、まやかしの心、見得の心、誤魔化しの心、私利私欲の心、、洗い流し給え』と、云う風にです。
やがて不思議と小さな欲に囚われず、落ち着きを保てるようになり、今まで自分の望んでいた事が如何に小さなものなのか、生き様を正しく行きたくなります。仏の前に坐すと云うことは、自分自身と向き合う絶好の機会とも云えるのです。
次に、金剛鈴を置き、右手の金剛杵と左手で自分のへそを包むように気を集めていきます。大日如来は観想したままです。
『如来は大宇宙なり、さらば我も人も小宇宙なり』
『如来は我らなり、さらば我も人も如来の子なり』
次に、淨め集めた気を一気に頭上から淨化したばかりの全身に浴びせます。
『我が煩悩は小楽に非ず、小欲に非ず。我が煩悩は大欲大安楽なり、即ち御仏の大慈大悲菩提心なり。我が煩悩を淨化、転化、昇華させ、御仏の境地へと秘密荘厳心へと誘い給え。』
『我れ人ともに、一切衆生が救われんがため。』
『遍離一切私欲 請求一切衆生幸福 密厳国土悉地成就、、厭離穢土欣求密厳浄土。』
次に、金剛杵を大日如来を観想する対象物へと振りかざし、ご真言を七遍唱えます。
『アビラウンケン、アビラウンケン、アビラウンケン、、、』
最後に、解穢真言(ぐえしんごん)を七遍唱えながら、両手を胸から頭上へ向かい上げてゆき、真言に合わせて七遍、弾指(たんじ=指をはじき鳴らすこと)します。
解穢真言(ぐえしんごん)とは、特に穢れを嫌われる天部の神に対して必須のお淨めの儀です。
『オン クロダノウ ウン ジャク、オン クロダノウ ウン ジャク、オン クロダノウ ウン ジャク、、』
次回は、天部降神の儀です。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
群馬人には、前稿が前橋(まえばし)に見えるかもですね。
そう思う私も、すっかり立派な群馬人なのでしょうか。でも、、(ボチボチもぉええやろ、、)そう思い始めた今日この頃です。
さて、前稿の"五恩への感謝"を終えると、五体投地の前にまだやる事があります。次は宣誓と淨化です。
◆宣誓(淨化)
ここでは終始、宇宙佛・大日如来を観想します。仏像や仏画があれば良いですが、なくとも絵葉書(東寺のものは迫力あり)やイラスト、切り抜きなどでも代用して構いません。阿字観行の出来る方は、毛筆した阿の字だけでもいいですね。また、九字護身法の出来る方はここに挿入されるといいでしょう。
お持ちであれば右手に金剛杵(こんごうしょ)、左手に金剛鈴を構えます。金剛杵について、私は師僧・小林阿闍梨からお譲り頂いた三鈷杵(さんこしょ)を使用しておりますが、独鈷杵(どっこしょ)でも、五鈷杵(ごこしょ)でも差し支えありません。
金剛鈴をゆっくり鳴らしつつ、金剛杵を高くかざし、次の文言を唱えながら順に、右肩、脳天、心臓へと当てていきます。
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御力を貸し与え給え』
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御智慧を貸し与え給え』
『大日如来よ、天地宇宙より我に御仏の御心を貸し与え給え』
次に、金剛杵で脳天から身体の中心をなぞるように淨めます。タイミング良く金剛鈴を鳴らし浄化していきましょう。
『我が煩悩のチャクラを浄化し給え、六根罪障一切清浄(ろっこんざいしょういっさいしょうじょう)×三遍』
『貪(むさぼ)りの心、瞋(いか)りの心、愚痴の心、三毒を洗い流し給え。』*百八つの煩悩の中で、この三毒が最も私たち凡夫を苦しめる要因となっているのですが、気にされる事はありません。誰しも持つものですし、煩悩のない坊さんにも未だ会った事はないのですから。
肝心なのは、その煩悩とどう付き合うかです。空海然り、親鸞然り、日蓮然り。日本の高僧は皆、非常に強い煩悩を抱えていたと思います。然し、世の中を良くしよう。人を救いたいと思う気持ちを行動に表すには、煩悩と云うエネルギーが必要なのです。私はこれを煩悩のレバレッジと呼んでいます。
その為にも三毒と云う、仏教語に集約してしてしまわず、ご自分なりに改めたいことを具体的に唱えてもいいのです。
例えば、ついついよくウソをついてしまいがちな人、見得っぱりな人、あれもコレも欲しい強欲な人、、などは、『偽りの心、まやかしの心、見得の心、誤魔化しの心、私利私欲の心、、洗い流し給え』と、云う風にです。
やがて不思議と小さな欲に囚われず、落ち着きを保てるようになり、今まで自分の望んでいた事が如何に小さなものなのか、生き様を正しく行きたくなります。仏の前に坐すと云うことは、自分自身と向き合う絶好の機会とも云えるのです。
次に、金剛鈴を置き、右手の金剛杵と左手で自分のへそを包むように気を集めていきます。大日如来は観想したままです。
『如来は大宇宙なり、さらば我も人も小宇宙なり』
『如来は我らなり、さらば我も人も如来の子なり』
次に、淨め集めた気を一気に頭上から淨化したばかりの全身に浴びせます。
『我が煩悩は小楽に非ず、小欲に非ず。我が煩悩は大欲大安楽なり、即ち御仏の大慈大悲菩提心なり。我が煩悩を淨化、転化、昇華させ、御仏の境地へと秘密荘厳心へと誘い給え。』
『我れ人ともに、一切衆生が救われんがため。』
『遍離一切私欲 請求一切衆生幸福 密厳国土悉地成就、、厭離穢土欣求密厳浄土。』
次に、金剛杵を大日如来を観想する対象物へと振りかざし、ご真言を七遍唱えます。
『アビラウンケン、アビラウンケン、アビラウンケン、、、』
最後に、解穢真言(ぐえしんごん)を七遍唱えながら、両手を胸から頭上へ向かい上げてゆき、真言に合わせて七遍、弾指(たんじ=指をはじき鳴らすこと)します。
解穢真言(ぐえしんごん)とは、特に穢れを嫌われる天部の神に対して必須のお淨めの儀です。
『オン クロダノウ ウン ジャク、オン クロダノウ ウン ジャク、オン クロダノウ ウン ジャク、、』
次回は、天部降神の儀です。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
2011年09月08日
フツー、人に会うにも「こんにちわ。」「お早う御座います。」「お元気でしたか?」と、たいがい挨拶する。日々朝晩、神仏と合い対する時もそれは全く同じこと。本日は大聖歡喜天宗の勤行次第の中で、冒頭の挨拶から五体投地までをご紹介致しましょう
我がご本尊は、宗名のまま大聖歡喜天であられます。神でありながら天部に留まり、仏として我々に大いなる仁慈の光を発せられ、願望成就の種子を常に蒔いておられます。
ちょっと大袈裟に聞こえるかも知れませんが、現実に拝謁しようのない、神への態度は平民が王に傅くように崇め祀るを観想して接すれば分かり良いのであります。だからこそ平素は、"大聖歡喜天"などと呼び捨てにすることならず、尊天上様若しくは大聖歡喜天様と御呼びしておるのです。
従って、王の御前に拝謁している平民なのだから言葉遣いは無論、勤行中にアクビをしたり居眠りするなど当然以ての外。スッ呆けて、すかしっ屁でもしようものなら大ごとです。神の御前ではウソは勿論、どんな言い訳も誤魔化しも通用しません。
とは云え、こちらとら凡夫(ぼんぶ)。
余談ですが、この凡夫にも幾つかランクが御座いまして、、平凡の凡と書きますから、フツーの人のように定義していおる事もありますが、フツーの人ってったって千差万別なワケであります。
詳しくは今回割愛致しますが、どの凡夫も、六道の中を行ったり来たりグルグルと輪廻するので、どの道そこから抜け出せなければランクが違えど凡夫に変わりないのであります。六道も上(四聖)に行かなければ、外れただけでは"外道"です。昔、ドーベルマン刑事が、「ど外道が!」と云ってましたね、アレです。
特に聖天信徒は、愚かものだからこそ尊天上様(大聖歡喜天)の稀有なる縁(えにし)に召されたのです。聖天信仰が深まれば深まるほど、自分の愚かを嫌と云うほど、『もぉ、ええっちゅうねん!ホンマ堪忍して下さいな。』これでもかと突きつけ露呈させられます。
徹底的に自覚させられる、即ち目覚めさせて下さる。そこも聖天信仰の独特で面白い部分であると私は捉えてますが。
だから、いつもいつも姿勢をシャンと正しておられるワケではありません。愚僧の場合、アクビをしそうになれば、子供の頃、母に教えられた技を使って制御します。舌の付け根の方を前歯でガチっと噛むと口は開きません。それでもバレてるんですがね、お経が途切れますから。
最悪は屁ですかね。やっぱり。実は私、ずっと朝めしを食う人間だったんですが、昨年の俗世の修行からあまりに朝が忙しかったせいで食べられず、それから一日二食の習慣がついてしまいました。そのため、朝めしを食ったら即排便と云う長年のセオリーも崩れてしまい、便意を催すタイミングが予測不可能となりました。
お寺で修行中は小便ごときでも、いちいち水行しないとですが、在家の皆さんはそんな事やってられないでしょうから、なるべく勤行前に排便を済ませておいた方がいいでしょう。なぜなら、、
勤行前にも、お茶やご飯をお供えしたりと色々と雑務があります。朝は特に、榊や神水や仏花の水を交換したり、お経も夜より若干長いので都合、一時間半ぐらいかかります。そんな準備の最中に、(アレ?、、やばいかな・・)と思う時は、先にトイレに行くようにするのですが、全然平気だったのに勤行中にヤバくなることがあります。
一旦始まってしまえば通常中断することが出来ないので、我慢すればするほどヤバさが増して行きます。マッハでお経や真言を読み上げても、ドンドン焦りも増して行きます。その内、一発目のすかしっ屁をこいてしまい、『も、、申し訳御座いません!』と詫びながら読経を続けます。本当の王なら、近くにいる近衛兵に首を叩き切られているかもですね。
本当に最悪なのはこれからで、肛門筋の我慢も限界に達すると、すかしっ屁をするつもりが、驚くほどの爆音と共に連続したエキゾーストのように連発するのです。こうなるともう、止めようがありません。『ほ、、本当に申し訳御座いません。』ただただ、平謝りするしかなく、そんな日は祈願など出来なくなります。やはり、勤行前に排便済ませた方が賢明ですね。
あまりに下らない話しで前置きが長くなり過ぎました。ここから本題です。お灯明をつけ、お線香を焚き、塗香(ずこう)を口の中、脳天、右肩、腹の順に着け身を淨めましょう。
実は、本当の挨拶は神水を交換するとき既に済んではいるんです。それが朝一番に、真正面から御傍に寄る瞬間ですので。でも、全ての準備と心を整え、坐した瞬間を勤行次第の中で改めて挨拶を致します。
尊天上様を正面にお迎えし、金剛合掌したままご挨拶するのですが、特に内容については決まりはありません。皆さんそれぞれ、挨拶を兼ねてその日一日の抱負などを御話されれば良いでしょう。
例えば、どこか遠出をされる日であれば、道中安全を。大切な商談や面談があればその円満成就を。但し、祈願は勤行の中で場面がありますから、ここではお願いすると云うよりも寧ろ、予定をお知らせする感じが良いでしょう。その結果報告と御礼については、晩行で行うようにします。
私の場合、特に何も予定がない日は以前お話ししたように、こんな感じになります。
大聖歡喜天勤行次第
◆ご挨拶
『尊天上様、お早う御座います。本日も五体満足、呑気にのんびり生き永らえさせて賜りました。有難う御座います。さらば、この命。この魂。尊天上様に導かれし、この仏心を以って、少しでも世の人のお役に立てれば幸いであります。本日も何卒宜しくお願い申し上げます。』
◆諸神諸仏への挨拶
次に私の場合ですが、今は脇佛として奉っている三面大黒天、愛染明王に。そして、高野山真言宗としての経緯から不動明王、弘法大師空海大阿闍梨、と続けてご挨拶をして行きます。
皆さんも、他の諸神諸仏を奉られている場合、仏像や掛け軸、仏画などがあれば、それぞれの仏様に向かいながら挨拶をして行きましょう。人間でもそっぽ向かれて挨拶されると、『オイ!誰に挨拶しとんねん?』となりますからね。
◆父母、ご先祖への挨拶
その他、もし仏壇にご先祖供養の位牌があるならご先祖様にも当然、挨拶を致します。私は父は15歳から、母は25歳から会っておりませんので父母への感謝と敬愛も込めて挨拶します。
◆五恩に感謝
壱、父母に感謝
感謝と云う部分では上と重複はするのですが、自分が生まれ至るまでの代々のご先祖、即ち父祖。更に大事に育ててくれた否かに関わらず、父母、祖父母への感謝。両親、そのまた両親と父母の縁があってこそ今の自分がいることを忘れてはなりません。どんなに辛いことがあっても強く生き抜くと云うことは、ご先祖様への恩返しではないでしょうか。
弐、諸人に感謝
これは人だけでなく、一切衆生と考えてもいいでしょう。動物にも癒されること、生きる勇気をもらうこともあります。増して食してもいる訳ですから、命も繋いで貰ってますね。
人に関しては、先の父母と同様に、三世(さんぜ)えにし賜れし諸人たちへ、今の自分を知ると同時に感謝すると云うことです。また人は知人、友人、血縁とは全く無関係な様々な人と人の繋がりによっても生かされている事を知りましょう。
例えば、白人列強国によって近代世界システムの名の下、我が国は戦国時代と江戸時代末期に二度、あわや植民地化され収奪の限りを尽くされかねない危機的状況を迎えています。
これについて、いつか書きたいと思っておる事が山ほどありますが、兎に角、そんな危機を乗り越えてくれた先人の叡智があったからこそ。そして、若き命を投げ出した戦没者の屍の上に構築された現代の日本だと、即ち今の自分だと、掘り下げて行けばどれだけ感謝しても決して足ることはありません。
或いは、全く知らない誰かが云った一言が、とった行動に因って自分が救われることも多々あり得るのです。ですからそう云う意味においては地球上、全ての人々に感謝です。
参、師に感謝
これは『人みな、わが師なり。』の精神では、諸人にも重なりますが、特に直接影響を受けた師として存在する方への感謝です。個人的には、生き様など見習いたいと思う尊敬する人も師であると考えます。
四、天地に感謝
天地宇宙、三千大千世界八十余億の神仏。密教では大宇宙の理を大日如来と定義しますが、この地球もご機嫌を損ねると人間など、ひとたまりもないことは我が国では特に周知の通りですね。東日本に続き、つい先日の台風12号で1700年の歴史を持つ世界遺産である、熊野那智大社が土砂崩れで、泥にのみ込まれた。市街地につながる車道は途中で崩落し、重機などを搬入できず復旧の目途は立たない。奈良、和歌山、、郷里近隣の馴染み深い町が災害を受ける痛みがようやく身に沁みました。
天災地変が起きずとも、人は生き物である以上、生老病死から逃れられません。私と密教を結びつけ、出家する機会を与えて下さった師僧、小林阿闍梨との仏縁となった映画マトリックスの中で、『こんな脆い身体では生きられない』と、エージェントスミスが云います。
その通り、私たちは非常に脆弱な身体を持つ生き物です。孫を見ていても、人ほど生まれて手のかかる、目を離せば死にかねない弱い生き物はないでしょう。健常者の大人ですら、不衛生な場所に監禁して食事を与えぬだけで簡単に死にます。
そんなに弱い生き物なのに、いつ天災が襲うやも知れぬのに、それでもわざわざ効率の良い殺戮兵器を造り続け、人と人が殺しあうことがこんにちも絶えません。これだけ文明と文化を積み重ねてもです。なぜでしょうか。仏教徒として平和活動は今後、私の大きなテーマとなっていきます。
五、国王に感謝
我が国には国王はいません。だからこれは、自分を取り巻く全ての社会と云うことです。社会とはナンでしょう?ミクロは家族です。マクロは国家を超えた世界と捉えるべきでしょう。
もはやグローバル化の波は、一市民である私たちが意味分かんないからいいや、では済まされない、即ち前述した国際的危機が切迫しているのです。個人的には第三の開国などとマスコミや一部政治家の呼称に反論する部分もありますが、、これも後日。
兎に角、家族さえ良ければいいでは、町内で孤立するでしょう。町内が平和でも市や県の行政に従わぬ訳には行きません。当然、国家の政策は大きく私たちの生活に影響してきますし、日本さえ良くても諸外国から反発や非難を浴びるでしょう。
だからこそ、今、かろうじて平和の均衡が保たれていることにも、社会全体に感謝をするべきでありましょう。自分自身の幸福は世界の幸福にある。世界の幸福なくして、一個人の真の幸福はないと考えてゆくべきではないでしょうか。
あぁ。ごめんなさい。
また長くなってしまいました。この先はまた。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
我がご本尊は、宗名のまま大聖歡喜天であられます。神でありながら天部に留まり、仏として我々に大いなる仁慈の光を発せられ、願望成就の種子を常に蒔いておられます。
ちょっと大袈裟に聞こえるかも知れませんが、現実に拝謁しようのない、神への態度は平民が王に傅くように崇め祀るを観想して接すれば分かり良いのであります。だからこそ平素は、"大聖歡喜天"などと呼び捨てにすることならず、尊天上様若しくは大聖歡喜天様と御呼びしておるのです。
従って、王の御前に拝謁している平民なのだから言葉遣いは無論、勤行中にアクビをしたり居眠りするなど当然以ての外。スッ呆けて、すかしっ屁でもしようものなら大ごとです。神の御前ではウソは勿論、どんな言い訳も誤魔化しも通用しません。
とは云え、こちらとら凡夫(ぼんぶ)。
余談ですが、この凡夫にも幾つかランクが御座いまして、、平凡の凡と書きますから、フツーの人のように定義していおる事もありますが、フツーの人ってったって千差万別なワケであります。
詳しくは今回割愛致しますが、どの凡夫も、六道の中を行ったり来たりグルグルと輪廻するので、どの道そこから抜け出せなければランクが違えど凡夫に変わりないのであります。六道も上(四聖)に行かなければ、外れただけでは"外道"です。昔、ドーベルマン刑事が、「ど外道が!」と云ってましたね、アレです。
特に聖天信徒は、愚かものだからこそ尊天上様(大聖歡喜天)の稀有なる縁(えにし)に召されたのです。聖天信仰が深まれば深まるほど、自分の愚かを嫌と云うほど、『もぉ、ええっちゅうねん!ホンマ堪忍して下さいな。』これでもかと突きつけ露呈させられます。
徹底的に自覚させられる、即ち目覚めさせて下さる。そこも聖天信仰の独特で面白い部分であると私は捉えてますが。
だから、いつもいつも姿勢をシャンと正しておられるワケではありません。愚僧の場合、アクビをしそうになれば、子供の頃、母に教えられた技を使って制御します。舌の付け根の方を前歯でガチっと噛むと口は開きません。それでもバレてるんですがね、お経が途切れますから。
最悪は屁ですかね。やっぱり。実は私、ずっと朝めしを食う人間だったんですが、昨年の俗世の修行からあまりに朝が忙しかったせいで食べられず、それから一日二食の習慣がついてしまいました。そのため、朝めしを食ったら即排便と云う長年のセオリーも崩れてしまい、便意を催すタイミングが予測不可能となりました。
お寺で修行中は小便ごときでも、いちいち水行しないとですが、在家の皆さんはそんな事やってられないでしょうから、なるべく勤行前に排便を済ませておいた方がいいでしょう。なぜなら、、
勤行前にも、お茶やご飯をお供えしたりと色々と雑務があります。朝は特に、榊や神水や仏花の水を交換したり、お経も夜より若干長いので都合、一時間半ぐらいかかります。そんな準備の最中に、(アレ?、、やばいかな・・)と思う時は、先にトイレに行くようにするのですが、全然平気だったのに勤行中にヤバくなることがあります。
一旦始まってしまえば通常中断することが出来ないので、我慢すればするほどヤバさが増して行きます。マッハでお経や真言を読み上げても、ドンドン焦りも増して行きます。その内、一発目のすかしっ屁をこいてしまい、『も、、申し訳御座いません!』と詫びながら読経を続けます。本当の王なら、近くにいる近衛兵に首を叩き切られているかもですね。
本当に最悪なのはこれからで、肛門筋の我慢も限界に達すると、すかしっ屁をするつもりが、驚くほどの爆音と共に連続したエキゾーストのように連発するのです。こうなるともう、止めようがありません。『ほ、、本当に申し訳御座いません。』ただただ、平謝りするしかなく、そんな日は祈願など出来なくなります。やはり、勤行前に排便済ませた方が賢明ですね。
あまりに下らない話しで前置きが長くなり過ぎました。ここから本題です。お灯明をつけ、お線香を焚き、塗香(ずこう)を口の中、脳天、右肩、腹の順に着け身を淨めましょう。
実は、本当の挨拶は神水を交換するとき既に済んではいるんです。それが朝一番に、真正面から御傍に寄る瞬間ですので。でも、全ての準備と心を整え、坐した瞬間を勤行次第の中で改めて挨拶を致します。
尊天上様を正面にお迎えし、金剛合掌したままご挨拶するのですが、特に内容については決まりはありません。皆さんそれぞれ、挨拶を兼ねてその日一日の抱負などを御話されれば良いでしょう。
例えば、どこか遠出をされる日であれば、道中安全を。大切な商談や面談があればその円満成就を。但し、祈願は勤行の中で場面がありますから、ここではお願いすると云うよりも寧ろ、予定をお知らせする感じが良いでしょう。その結果報告と御礼については、晩行で行うようにします。
私の場合、特に何も予定がない日は以前お話ししたように、こんな感じになります。
大聖歡喜天勤行次第
◆ご挨拶
『尊天上様、お早う御座います。本日も五体満足、呑気にのんびり生き永らえさせて賜りました。有難う御座います。さらば、この命。この魂。尊天上様に導かれし、この仏心を以って、少しでも世の人のお役に立てれば幸いであります。本日も何卒宜しくお願い申し上げます。』
◆諸神諸仏への挨拶
次に私の場合ですが、今は脇佛として奉っている三面大黒天、愛染明王に。そして、高野山真言宗としての経緯から不動明王、弘法大師空海大阿闍梨、と続けてご挨拶をして行きます。
皆さんも、他の諸神諸仏を奉られている場合、仏像や掛け軸、仏画などがあれば、それぞれの仏様に向かいながら挨拶をして行きましょう。人間でもそっぽ向かれて挨拶されると、『オイ!誰に挨拶しとんねん?』となりますからね。
◆父母、ご先祖への挨拶
その他、もし仏壇にご先祖供養の位牌があるならご先祖様にも当然、挨拶を致します。私は父は15歳から、母は25歳から会っておりませんので父母への感謝と敬愛も込めて挨拶します。
◆五恩に感謝
壱、父母に感謝
感謝と云う部分では上と重複はするのですが、自分が生まれ至るまでの代々のご先祖、即ち父祖。更に大事に育ててくれた否かに関わらず、父母、祖父母への感謝。両親、そのまた両親と父母の縁があってこそ今の自分がいることを忘れてはなりません。どんなに辛いことがあっても強く生き抜くと云うことは、ご先祖様への恩返しではないでしょうか。
弐、諸人に感謝
これは人だけでなく、一切衆生と考えてもいいでしょう。動物にも癒されること、生きる勇気をもらうこともあります。増して食してもいる訳ですから、命も繋いで貰ってますね。
人に関しては、先の父母と同様に、三世(さんぜ)えにし賜れし諸人たちへ、今の自分を知ると同時に感謝すると云うことです。また人は知人、友人、血縁とは全く無関係な様々な人と人の繋がりによっても生かされている事を知りましょう。
例えば、白人列強国によって近代世界システムの名の下、我が国は戦国時代と江戸時代末期に二度、あわや植民地化され収奪の限りを尽くされかねない危機的状況を迎えています。
これについて、いつか書きたいと思っておる事が山ほどありますが、兎に角、そんな危機を乗り越えてくれた先人の叡智があったからこそ。そして、若き命を投げ出した戦没者の屍の上に構築された現代の日本だと、即ち今の自分だと、掘り下げて行けばどれだけ感謝しても決して足ることはありません。
或いは、全く知らない誰かが云った一言が、とった行動に因って自分が救われることも多々あり得るのです。ですからそう云う意味においては地球上、全ての人々に感謝です。
参、師に感謝
これは『人みな、わが師なり。』の精神では、諸人にも重なりますが、特に直接影響を受けた師として存在する方への感謝です。個人的には、生き様など見習いたいと思う尊敬する人も師であると考えます。
四、天地に感謝
天地宇宙、三千大千世界八十余億の神仏。密教では大宇宙の理を大日如来と定義しますが、この地球もご機嫌を損ねると人間など、ひとたまりもないことは我が国では特に周知の通りですね。東日本に続き、つい先日の台風12号で1700年の歴史を持つ世界遺産である、熊野那智大社が土砂崩れで、泥にのみ込まれた。市街地につながる車道は途中で崩落し、重機などを搬入できず復旧の目途は立たない。奈良、和歌山、、郷里近隣の馴染み深い町が災害を受ける痛みがようやく身に沁みました。
天災地変が起きずとも、人は生き物である以上、生老病死から逃れられません。私と密教を結びつけ、出家する機会を与えて下さった師僧、小林阿闍梨との仏縁となった映画マトリックスの中で、『こんな脆い身体では生きられない』と、エージェントスミスが云います。
その通り、私たちは非常に脆弱な身体を持つ生き物です。孫を見ていても、人ほど生まれて手のかかる、目を離せば死にかねない弱い生き物はないでしょう。健常者の大人ですら、不衛生な場所に監禁して食事を与えぬだけで簡単に死にます。
そんなに弱い生き物なのに、いつ天災が襲うやも知れぬのに、それでもわざわざ効率の良い殺戮兵器を造り続け、人と人が殺しあうことがこんにちも絶えません。これだけ文明と文化を積み重ねてもです。なぜでしょうか。仏教徒として平和活動は今後、私の大きなテーマとなっていきます。
五、国王に感謝
我が国には国王はいません。だからこれは、自分を取り巻く全ての社会と云うことです。社会とはナンでしょう?ミクロは家族です。マクロは国家を超えた世界と捉えるべきでしょう。
もはやグローバル化の波は、一市民である私たちが意味分かんないからいいや、では済まされない、即ち前述した国際的危機が切迫しているのです。個人的には第三の開国などとマスコミや一部政治家の呼称に反論する部分もありますが、、これも後日。
兎に角、家族さえ良ければいいでは、町内で孤立するでしょう。町内が平和でも市や県の行政に従わぬ訳には行きません。当然、国家の政策は大きく私たちの生活に影響してきますし、日本さえ良くても諸外国から反発や非難を浴びるでしょう。
だからこそ、今、かろうじて平和の均衡が保たれていることにも、社会全体に感謝をするべきでありましょう。自分自身の幸福は世界の幸福にある。世界の幸福なくして、一個人の真の幸福はないと考えてゆくべきではないでしょうか。
あぁ。ごめんなさい。
また長くなってしまいました。この先はまた。
本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。
願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊き道や
感謝合掌
北斗 法蓮 百拝
2009年11月29日
今朝、
いつものように勤行のため
天堂の前に平伏し、聖天さまを仰ぎ見れば
壁に文字が顕れました。
《己の生きる道、志事に励め・・》と。

丁度、画像向かって右側
梵字で書された守護神であられる
三宝荒神さまの御真言の右横、宝印軸との間壁です。
私にとって人生最大の志事、
それが私の選んだ道、私が生きてきた男道の集大成。
全身全霊、全知全能を傾けて
魂を燃やし尽くして取り組むべき、志しの行(ぎょう)。
云わば志行。
今までの人生においても私は、
目の前に、平坦な道と荒れた道があれば
迷わず、未踏の道を選んできました。
それが私と云う、男の性分。
人と同じ風には生きたくない、
人と同じことはやりたくない
人のやらないことをやる
やってやれないことなど何もない
己の天運と
己の力だけを信じて生きてきました。
そんな私が今、神仏に魂ごと帰依し、
天地宇宙の如き、神仏の希有なる御力を拝借し
即身成仏によって畏れ多くも時に神仏と一体と成り得て
今、私は私の心の中に
私史上、漲る最強最勝の力を感じます。

このバジュラを以ってして
勤行の前に我が身、我が心を淨めます。
天地宇宙の気を集め、
我が身は海よりも深き宇宙に置き抱かれ
天堂に香り沸き立つ、
聖天さま専用の高貴な香の漂う中、
私は毎日、こうお唱えしております。
《大日如来よ、・・》
《我に御仏の御力を貸し与え賜え、》*バジュラを右肩に
《我に御仏の智慧を貸し与え賜え、》*バジュラを頭部に
《我に御仏の御心を貸し与え賜え、》*バジュラを心臓に
《如来は我なり、然らば我も如来の子なり、》
《如来は大宇宙なり、然らば我も少宇宙成り、》
《我が煩悩のチャクラを淨化し賜え、六根罪障一切清淨・・》
《瞋りの心、貪りの心、愚癡の心・・》
《まやかしの心、偽りの心、誤魔化しの心、・・》
《私利私欲我欲見栄の心、謀り事の心、荒ぶる残忍な心、・・》
《怠りの心、横柄横暴な心、愛欲淫欲の心・・》
《無慈悲な心、心無き心を洗い流し賜え、さもなくば・・》
《直ちに殺め賜え・・》
*バジュラを心臓に刺します
ふたたび気を集め・・
《我が煩悩は我欲に非ず、少樂少欲に非ず、》
《我が煩悩は大樂大欲、大安樂なり、》
《即ち、御仏の大慈大悲、菩提心なり。》
《我が煩悩は清淨なる故に天高く昇華させ、》
《御仏の境地へと秘密荘厳心へと導き賜え。》
気が最大になった処で頭から被ります。
《我、人共、一切衆生が救われんがため・・》
《遍離一切私欲 請求一切衆生幸福 密厳国土悉地成就・・》
《厭離穢土欣求密厳浄土。》
大日如来の御真言を唱えながら
バジュラを振りかざし、己の悪しき煩悩を断ち切ります。
《アビラウンケン アビラウンケン アビラウンケン・・》
本日もご愛読、ご訪問。洵に有難う御座いました。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
北斗法蓮 百拝
断食行 十六日目
〜編集後記〜

家の目の前の公園に
こんなキレイな花が咲いてました。
周りの木々は既に枯れ切っているのに・・
もぉなんやかんやと、
此処に9年も住んでいるのに・・
全く気付きませんでした。
そんなモンですね。
大阪に帰郷した際も、
いにしえの古都、社寺仏閣の宝庫
奈良と京都に挟まれし、我が故郷・大阪。
大阪の街ですら、
秀吉が浪花に栄耀栄華の夢を見た大阪城を始め、
到るところに戦国の最中、時代背景となった
様々な風景や史跡が残されてます。
四天王寺、天王寺、藤井寺・・
寺の名の付く、歴史的な駅も数多く現存します。
全く、
全く振り向きもせず、大阪での人生を過ごしました。
そんなモンでしょう。
大体、人生なんてそんなモンです。
然し、私は私の今までの人生を悔いはしません。
今までの私の人生があったからこそ、
今からの私の人生があると、そう信じて疑いません。
誰かと出逢い、
誰かに恋することも愛することも
誰かを愛し誰を傷つけ誰かに傷つけられた
そんな今までがあって、遠回りしてこそ
だからこそ今、
愛することが出来ると
そう信じています。
法蓮
いつものように勤行のため
天堂の前に平伏し、聖天さまを仰ぎ見れば
壁に文字が顕れました。
《己の生きる道、志事に励め・・》と。

丁度、画像向かって右側
梵字で書された守護神であられる
三宝荒神さまの御真言の右横、宝印軸との間壁です。
私にとって人生最大の志事、
それが私の選んだ道、私が生きてきた男道の集大成。
全身全霊、全知全能を傾けて
魂を燃やし尽くして取り組むべき、志しの行(ぎょう)。
云わば志行。
今までの人生においても私は、
目の前に、平坦な道と荒れた道があれば
迷わず、未踏の道を選んできました。
それが私と云う、男の性分。
人と同じ風には生きたくない、
人と同じことはやりたくない
人のやらないことをやる
やってやれないことなど何もない
己の天運と
己の力だけを信じて生きてきました。
そんな私が今、神仏に魂ごと帰依し、
天地宇宙の如き、神仏の希有なる御力を拝借し
即身成仏によって畏れ多くも時に神仏と一体と成り得て
今、私は私の心の中に
私史上、漲る最強最勝の力を感じます。

このバジュラを以ってして
勤行の前に我が身、我が心を淨めます。
天地宇宙の気を集め、
我が身は海よりも深き宇宙に置き抱かれ
天堂に香り沸き立つ、
聖天さま専用の高貴な香の漂う中、
私は毎日、こうお唱えしております。
《大日如来よ、・・》
《我に御仏の御力を貸し与え賜え、》*バジュラを右肩に
《我に御仏の智慧を貸し与え賜え、》*バジュラを頭部に
《我に御仏の御心を貸し与え賜え、》*バジュラを心臓に
《如来は我なり、然らば我も如来の子なり、》
《如来は大宇宙なり、然らば我も少宇宙成り、》
《我が煩悩のチャクラを淨化し賜え、六根罪障一切清淨・・》
《瞋りの心、貪りの心、愚癡の心・・》
《まやかしの心、偽りの心、誤魔化しの心、・・》
《私利私欲我欲見栄の心、謀り事の心、荒ぶる残忍な心、・・》
《怠りの心、横柄横暴な心、愛欲淫欲の心・・》
《無慈悲な心、心無き心を洗い流し賜え、さもなくば・・》
《直ちに殺め賜え・・》
*バジュラを心臓に刺します
ふたたび気を集め・・
《我が煩悩は我欲に非ず、少樂少欲に非ず、》
《我が煩悩は大樂大欲、大安樂なり、》
《即ち、御仏の大慈大悲、菩提心なり。》
《我が煩悩は清淨なる故に天高く昇華させ、》
《御仏の境地へと秘密荘厳心へと導き賜え。》
気が最大になった処で頭から被ります。
《我、人共、一切衆生が救われんがため・・》
《遍離一切私欲 請求一切衆生幸福 密厳国土悉地成就・・》
《厭離穢土欣求密厳浄土。》
大日如来の御真言を唱えながら
バジュラを振りかざし、己の悪しき煩悩を断ち切ります。
《アビラウンケン アビラウンケン アビラウンケン・・》
本日もご愛読、ご訪問。洵に有難う御座いました。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
北斗法蓮 百拝
断食行 十六日目
〜編集後記〜

家の目の前の公園に
こんなキレイな花が咲いてました。
周りの木々は既に枯れ切っているのに・・
もぉなんやかんやと、
此処に9年も住んでいるのに・・
全く気付きませんでした。
そんなモンですね。
大阪に帰郷した際も、
いにしえの古都、社寺仏閣の宝庫
奈良と京都に挟まれし、我が故郷・大阪。
大阪の街ですら、
秀吉が浪花に栄耀栄華の夢を見た大阪城を始め、
到るところに戦国の最中、時代背景となった
様々な風景や史跡が残されてます。
四天王寺、天王寺、藤井寺・・
寺の名の付く、歴史的な駅も数多く現存します。
全く、
全く振り向きもせず、大阪での人生を過ごしました。
そんなモンでしょう。
大体、人生なんてそんなモンです。
然し、私は私の今までの人生を悔いはしません。
今までの私の人生があったからこそ、
今からの私の人生があると、そう信じて疑いません。
誰かと出逢い、
誰かに恋することも愛することも
誰かを愛し誰を傷つけ誰かに傷つけられた
そんな今までがあって、遠回りしてこそ
だからこそ今、
愛することが出来ると
そう信じています。
法蓮
2009年09月08日
はい、皆さん。お早う御座います。
今朝も張り切ってお仕事行っとくんなはれや。
男は仕事してナンボでっさかいね。
ほんでオマエは何やっとんねん?主夫ちゃうんかい?
はー、そうでっけど確かに。今は外で仕事せんと、専業主夫してま。
そやけど私にとって主夫は、主婦業やなしに
主夫行と云う、"行(ぎょう≒修行)"の一環ですさかいに。
然も我が人生において、"今だけ特別限定" やし。
それに主夫兼、坊主やさかいに毎日、皆さん含め一切衆生の
ご供養や祈願成就は無論のこと、今後の遠大な事業のための準備を
着々と練っておりま。要するに前云うた、"志事" してまっせ。しっかりとね。
嫌々やっとるんが、死事(しごと)。
自分のためにやっとるんが、私事(しごと)。
喰うため、作業的事務的に淡々とやっとるんが、仕事(しごと)。
人生と命賭し、私利私欲捨て大儀掲げてやるんが、"志事(しごと)"ですわ。
さてさて、
ほな勤行次第の続き行きまひょかね。
そーそー、そう云うたら・・
元々私が、毎日の勤行に聖天さまを中心仏として取り込んだのが
んーーー・・・・、去年の八月でしたかね。
ほれから極、最近までは、朝が待乳山聖天さま。夜が生駒山聖天さま。
それぞれの次第に基づく。っちゅうような形で修してきたんでっけど、
んーーー・・・・、先月末ぐらいからですかね、
勤行の時刻を大幅変更致しました関係もありましてね、反対にしたんですわ。
そやから、朝が生駒山歓喜天禮拝作法に順ずる。となっております。
とは言えね、基本的にそれらを踏襲してはおりますが、・・
そこはホラ。法蓮ですさかいw。かなりオリジナルの部分も御座います。
然たが、私のお伝えする形がそのまんま、生駒山や待乳山のそれではないと、
認識だけはしといて下さいな。
各々正しいっちゅうか、作法そのまんまお知りになりたい方は
各寺々の経本をお買い求めになって下さいね。
では参りましょう。
次)聖天勤行次第
壱、禮拝前 奉り (待乳山聖天宮略縁起より)
「抑(そもそも)歓喜尊天は、諸神諸仏の父母一切衆生の根源にして
一禮一敬(いちれいいっけい)も、その功徳の力測り知ること
能(あた)わずとは、
佛の金言諸神諸仏の捨て給う求願(ぐがん)も、
一心に信ずるものは直ちに成就せしめんは、この天の誓願なり。」
「洵(まこと)に末代澆季(ぎょうき)相応の尊天と奉るべく、
豈(あに)信仰せざるべけんや。」
印契を結び(聖天印)、両手の人差し指と中指を額に付ける。
御真言×3遍 *大聖歓喜天雙身毘那夜迦法 所収
《ノウボビノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン
ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ
ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ
センジキャラ ソワカ》
印を結んだまま
一、礼拝(五体投地) 三遍
右膝を立て、「南無帰命頂礼(なむきみょうちょうらい)・・」
↓
起立して、「自在神力、大自在大聖大悲歓喜雙身天王、・・」
↓
両手を合わせたまま、前へやり印を本尊へ送る。
↓
印を組んだ両手を胸に戻し、付けたまま
「鶏羅山中(けいらせんちゅう)、・・」
↓
左ひざを付き、
「諸大眷属(しょだいけんぞく)、・・」
↓
両膝を付き、上半身と印を組んだままの両腕を前に投げ出し、
額を畳に付け、
「悉地成就(しっじじょうじゅ)。」
先の状態のまま、
「我が身、我が心、我が命、我が運命、我が魂、
我が人生、我が未来、我が生きる道。何もかも全て投げ出しお預けしお任せし、
ただただひたすらに尊天上様を信じ、ただただひたすらに尊天上様に
お縋り申し上げることしか出来ません。」
「どこまでも、どこまでも愚俗の邪智なる我らなれど、
尊天上様の大宇宙なる広き、そして温かき御心を以ちて愍れ(あわれ)みて賜い
更に我らの暗愚なる願い思いすら、まずはその丈のままに、叶え賜いつつ、
我ら一同誰一人とて漏れ落ちる者なく、尊き道へとお導き賜うに至る、この毎日
この生きる道。一同代表して、心より厚く厚く厚く厚く厚く御礼申上げ奉らん。」
上半身を起こし正座を整え、きっちりと座す。
弐、着座普禮(ふらい)真言
「オン サルバ タタギャタ ハンナマンナ ノウキャロミ」×1遍
参、惣禮(そうらい)
我此(がし)道場如帝珠(どうじょうにょたいしゅ)
聖天部類影現中(しょうでんぶるいようげんちゅう)
我身(がしん)影現本尊前(ようげんほんぞんぜん)
頭面接足帰命禮(ずめんせっそくきみょうらい)
南無大聖大悲歓喜(なむだいしょうだいひかんぎ)
大天部類眷属降臨道場(だいてんぶるいけんぞくごうりんどうじょう)
哀愍於我悉地圓満(あいみんおがしつちえんまん)
ここまで ×3遍
四、解穢(ぐえ)真言
「オン クロダノウ ウンジャク」 ×7遍
*ここでちょいと、ええこと教えまひょか?
この、解穢(ぐえ)真言っちゅうのは、云わばお淨めの真言なんですわ。
そやから私は、勤行の前に手ぇ洗って口を漱ぐときも、このご真言を唱えます。
勿論、外で寺院に参拝されたりしたときも、このご真言をお唱えしながら
手ぇや口を淨めると、より一層の効果がありまっせ。
ふぅ・・
まだ、だいぶかかりまんな。
今日はこの辺で、勘弁しといたりますかねw。
本日もご訪問、希有なえにしに感謝致します。
おおきにおおきに。有難う御座いました。
皆さんにとって、今日も最勝の一日となられますこと祈念しとります。
感謝大合掌
法蓮百億拝
〜Topics とぴっくす〜
◆断食行 十弐日目でーす
・・・・
間違ぉてへんわな?
・・・んーーー
今、過去記事読み返しましたが
8月28日に、こない書いてますわなワシ・・
《本日、只今を以って、再び法蓮は五穀を断ちまする。》
っちゅうことは、
29、30、31、1、2、3、4、5、6、7、8、・・
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11・・・
合ぉてまんな、やっぱ。十二日目で。
8日の午前十時半を廻ったら、満十一日やさかいね。
しっかし、中々しぶといモンでんな〜
水だけで、全然死にまへんなぁ〜
当たり前か、あんだけ肥えとったらw。
いや、それどころか段々余計に元気になってきとるような・・
そんな気がなきにしも非ず。
この調子やと、遭難してもメタボ腹さえあったら
恐らく一ヶ月以上喰わんでも、生きてんと違ゃいますかね?
なんせ今、一日大抵動き廻ってまっしゃろ?
いや、通勤とか仕事はしてまへんけど、買いモン行ったり
掃除したり、洗濯モン干したり取り込んだり、・・・
ついでに夕方にはトレーニングもしてまっさかい、
一日中、じ〜〜っとしてるんと違ぉてね。
そやから、洞穴とかで静かにしとったら平気なんとちゃいますかね。
但し、メタボ腹のおかげでっせ。
んな調子こいた事、抜かせんのも。
ガンジーは、インド独立・国家安泰のために何度も断食してますが、
彼の当時の体重は、わずか40キロもなかったっちゅうでしょ?
そんな体重でやったら、私はとても持ちまへんやろね。
日本も戦時中はもっと酷かったんでしょうしね。
蛍の墓とか観てたらね。地下鉄の駅員が、飢え死にしてゆく子供を
目の当たりしたかて、「コイツ、もうじきイってまいよるで」*死ぬって事
そんなことを平然と口にして、まるで落ちてるゴミのように放置する冒頭のシーン。
駅員さんに、心があれへん。無慈悲なんやとちゃうでしょう・・
それぐらいに、周りでボコボコ人が死んで行っとんたんですね。
あれには、衝撃を受けましたねホンマ。
あれから六十余年。
今の日本は、何でも好きなモン、好きなだけ喰えます、
私もかつては、一日二食・三食・四食+呑みと、外出三昧の毎日でした。
挙句に、金出してまで何で不味いモン喰わんとアカンのじゃ!とばかり。
不味ければひと口、箸を付けただけで平気で喰い残してました。
さらに店員に、「下げろ!喰われん不味ぅてこんなモン」とまで。
・・・
少しは私も、種々の修行で変わってきたんでしょうかね。
さてさて、いかがなモンですやろかいな。
◆秋の風
最近ホンマ、風が心地宜しいでんなぁ〜
絶対に今度、次の家設計するときは、いつでも風を感じられる
開放感全開の家にしたいでんなぁ〜。カブリオレのような。
それでおって近隣のプライバシーは充分確保した上で、
更に雨の日でさえ自由に開放出来て、いっつも家ん中に居るんか、
外に居るんか分からん様な、そんな設計したいでんなぁ〜。
◆そう云えば・・
秋の気配と云えば、
皆さんのご家庭でも、もうボチボチ日中もエアコン切ってはる
お家も多くなってきたかと思いますが、
そう云えば今年の夏は、
人生初のエアコンなし生活にチャレンジしとったんを
すっかり忘れてましたわ。
まー、涼しい日も多かったですけど
やっぱ、夏は夏でしたからね。
でもナンか知らん間に、夏終わってましたわw。
今朝も張り切ってお仕事行っとくんなはれや。
男は仕事してナンボでっさかいね。
ほんでオマエは何やっとんねん?主夫ちゃうんかい?
はー、そうでっけど確かに。今は外で仕事せんと、専業主夫してま。
そやけど私にとって主夫は、主婦業やなしに
主夫行と云う、"行(ぎょう≒修行)"の一環ですさかいに。
然も我が人生において、"今だけ特別限定" やし。
それに主夫兼、坊主やさかいに毎日、皆さん含め一切衆生の
ご供養や祈願成就は無論のこと、今後の遠大な事業のための準備を
着々と練っておりま。要するに前云うた、"志事" してまっせ。しっかりとね。
嫌々やっとるんが、死事(しごと)。
自分のためにやっとるんが、私事(しごと)。
喰うため、作業的事務的に淡々とやっとるんが、仕事(しごと)。
人生と命賭し、私利私欲捨て大儀掲げてやるんが、"志事(しごと)"ですわ。
さてさて、
ほな勤行次第の続き行きまひょかね。
そーそー、そう云うたら・・
元々私が、毎日の勤行に聖天さまを中心仏として取り込んだのが
んーーー・・・・、去年の八月でしたかね。
ほれから極、最近までは、朝が待乳山聖天さま。夜が生駒山聖天さま。
それぞれの次第に基づく。っちゅうような形で修してきたんでっけど、
んーーー・・・・、先月末ぐらいからですかね、
勤行の時刻を大幅変更致しました関係もありましてね、反対にしたんですわ。
そやから、朝が生駒山歓喜天禮拝作法に順ずる。となっております。
とは言えね、基本的にそれらを踏襲してはおりますが、・・
そこはホラ。法蓮ですさかいw。かなりオリジナルの部分も御座います。
然たが、私のお伝えする形がそのまんま、生駒山や待乳山のそれではないと、
認識だけはしといて下さいな。
各々正しいっちゅうか、作法そのまんまお知りになりたい方は
各寺々の経本をお買い求めになって下さいね。
では参りましょう。
次)聖天勤行次第
壱、禮拝前 奉り (待乳山聖天宮略縁起より)
「抑(そもそも)歓喜尊天は、諸神諸仏の父母一切衆生の根源にして
一禮一敬(いちれいいっけい)も、その功徳の力測り知ること
能(あた)わずとは、
佛の金言諸神諸仏の捨て給う求願(ぐがん)も、
一心に信ずるものは直ちに成就せしめんは、この天の誓願なり。」
「洵(まこと)に末代澆季(ぎょうき)相応の尊天と奉るべく、
豈(あに)信仰せざるべけんや。」
印契を結び(聖天印)、両手の人差し指と中指を額に付ける。
御真言×3遍 *大聖歓喜天雙身毘那夜迦法 所収
《ノウボビノウヨクキャ シャカシッチ ボキャシャタニャタオン
ノウヨクキャ ノウヨクキャ ビノウヨクキャ タラヨクキャ
ハリタラヨクキャ ショウギャカシッチ ショウギャカシッタ
センジキャラ ソワカ》
印を結んだまま
一、礼拝(五体投地) 三遍
右膝を立て、「南無帰命頂礼(なむきみょうちょうらい)・・」
↓
起立して、「自在神力、大自在大聖大悲歓喜雙身天王、・・」
↓
両手を合わせたまま、前へやり印を本尊へ送る。
↓
印を組んだ両手を胸に戻し、付けたまま
「鶏羅山中(けいらせんちゅう)、・・」
↓
左ひざを付き、
「諸大眷属(しょだいけんぞく)、・・」
↓
両膝を付き、上半身と印を組んだままの両腕を前に投げ出し、
額を畳に付け、
「悉地成就(しっじじょうじゅ)。」
先の状態のまま、
「我が身、我が心、我が命、我が運命、我が魂、
我が人生、我が未来、我が生きる道。何もかも全て投げ出しお預けしお任せし、
ただただひたすらに尊天上様を信じ、ただただひたすらに尊天上様に
お縋り申し上げることしか出来ません。」
「どこまでも、どこまでも愚俗の邪智なる我らなれど、
尊天上様の大宇宙なる広き、そして温かき御心を以ちて愍れ(あわれ)みて賜い
更に我らの暗愚なる願い思いすら、まずはその丈のままに、叶え賜いつつ、
我ら一同誰一人とて漏れ落ちる者なく、尊き道へとお導き賜うに至る、この毎日
この生きる道。一同代表して、心より厚く厚く厚く厚く厚く御礼申上げ奉らん。」
上半身を起こし正座を整え、きっちりと座す。
弐、着座普禮(ふらい)真言
「オン サルバ タタギャタ ハンナマンナ ノウキャロミ」×1遍
参、惣禮(そうらい)
我此(がし)道場如帝珠(どうじょうにょたいしゅ)
聖天部類影現中(しょうでんぶるいようげんちゅう)
我身(がしん)影現本尊前(ようげんほんぞんぜん)
頭面接足帰命禮(ずめんせっそくきみょうらい)
南無大聖大悲歓喜(なむだいしょうだいひかんぎ)
大天部類眷属降臨道場(だいてんぶるいけんぞくごうりんどうじょう)
哀愍於我悉地圓満(あいみんおがしつちえんまん)
ここまで ×3遍
四、解穢(ぐえ)真言
「オン クロダノウ ウンジャク」 ×7遍
*ここでちょいと、ええこと教えまひょか?
この、解穢(ぐえ)真言っちゅうのは、云わばお淨めの真言なんですわ。
そやから私は、勤行の前に手ぇ洗って口を漱ぐときも、このご真言を唱えます。
勿論、外で寺院に参拝されたりしたときも、このご真言をお唱えしながら
手ぇや口を淨めると、より一層の効果がありまっせ。
ふぅ・・
まだ、だいぶかかりまんな。
今日はこの辺で、勘弁しといたりますかねw。
本日もご訪問、希有なえにしに感謝致します。
おおきにおおきに。有難う御座いました。
皆さんにとって、今日も最勝の一日となられますこと祈念しとります。
感謝大合掌
法蓮百億拝
〜Topics とぴっくす〜
◆断食行 十弐日目でーす
・・・・
間違ぉてへんわな?
・・・んーーー
今、過去記事読み返しましたが
8月28日に、こない書いてますわなワシ・・
《本日、只今を以って、再び法蓮は五穀を断ちまする。》
っちゅうことは、
29、30、31、1、2、3、4、5、6、7、8、・・
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11・・・
合ぉてまんな、やっぱ。十二日目で。
8日の午前十時半を廻ったら、満十一日やさかいね。
しっかし、中々しぶといモンでんな〜
水だけで、全然死にまへんなぁ〜
当たり前か、あんだけ肥えとったらw。
いや、それどころか段々余計に元気になってきとるような・・
そんな気がなきにしも非ず。
この調子やと、遭難してもメタボ腹さえあったら
恐らく一ヶ月以上喰わんでも、生きてんと違ゃいますかね?
なんせ今、一日大抵動き廻ってまっしゃろ?
いや、通勤とか仕事はしてまへんけど、買いモン行ったり
掃除したり、洗濯モン干したり取り込んだり、・・・
ついでに夕方にはトレーニングもしてまっさかい、
一日中、じ〜〜っとしてるんと違ぉてね。
そやから、洞穴とかで静かにしとったら平気なんとちゃいますかね。
但し、メタボ腹のおかげでっせ。
んな調子こいた事、抜かせんのも。
ガンジーは、インド独立・国家安泰のために何度も断食してますが、
彼の当時の体重は、わずか40キロもなかったっちゅうでしょ?
そんな体重でやったら、私はとても持ちまへんやろね。
日本も戦時中はもっと酷かったんでしょうしね。
蛍の墓とか観てたらね。地下鉄の駅員が、飢え死にしてゆく子供を
目の当たりしたかて、「コイツ、もうじきイってまいよるで」*死ぬって事
そんなことを平然と口にして、まるで落ちてるゴミのように放置する冒頭のシーン。
駅員さんに、心があれへん。無慈悲なんやとちゃうでしょう・・
それぐらいに、周りでボコボコ人が死んで行っとんたんですね。
あれには、衝撃を受けましたねホンマ。
あれから六十余年。
今の日本は、何でも好きなモン、好きなだけ喰えます、
私もかつては、一日二食・三食・四食+呑みと、外出三昧の毎日でした。
挙句に、金出してまで何で不味いモン喰わんとアカンのじゃ!とばかり。
不味ければひと口、箸を付けただけで平気で喰い残してました。
さらに店員に、「下げろ!喰われん不味ぅてこんなモン」とまで。
・・・
少しは私も、種々の修行で変わってきたんでしょうかね。
さてさて、いかがなモンですやろかいな。
◆秋の風
最近ホンマ、風が心地宜しいでんなぁ〜
絶対に今度、次の家設計するときは、いつでも風を感じられる
開放感全開の家にしたいでんなぁ〜。カブリオレのような。
それでおって近隣のプライバシーは充分確保した上で、
更に雨の日でさえ自由に開放出来て、いっつも家ん中に居るんか、
外に居るんか分からん様な、そんな設計したいでんなぁ〜。
◆そう云えば・・
秋の気配と云えば、
皆さんのご家庭でも、もうボチボチ日中もエアコン切ってはる
お家も多くなってきたかと思いますが、
そう云えば今年の夏は、
人生初のエアコンなし生活にチャレンジしとったんを
すっかり忘れてましたわ。
まー、涼しい日も多かったですけど
やっぱ、夏は夏でしたからね。
でもナンか知らん間に、夏終わってましたわw。
2009年09月07日
はい、皆さん。お早う御座います。
一昨日ですが満月でしたね。キレイなお月さん見れましたか?
私は晩刻に、タバコ買いに外出たときに丁度能う観れて、
そんときに家の前の道路でしたけど、夜空を見上げてご挨拶して。
ほんで立ち止まって、空を観たままいつものように少し話し込んでましたが
近所の目ぇも気にせんと、それやっといて良かったですわ。
夜中に満月行しよう思うたら、雲が能うけかかって全然観れませんでしたからね。
さてさて・・・本日のお題目。
前回、2008年の暮れに、勤行次第をご紹介してから
ひょうひょうと知らん間に8ヶ月が過ぎまして。
参考までに、【仏前勤行次第 2008年最終形】。
ホンマ云うたら半年経過した、六月ぐらいに公表・・・
しよう思うてましてんけどね。
いや、最近ホンマ。
日々変化の激しいこと激しいこと。
基本的に唱えとる、お経自体が大幅に減ったり増えたりは
してまへんねやけど、なんちゅうか細かい部分の変更が、
ごっつう多いんですわ。
ドンドン変えたれぇい!っちゅうて、やっとるワケやおまへん。
全く無意識に、勤行中に自然と変化していくんですわ。
そやから、ある意味は神仏からの思し召しやとも思うてますけどね。
まー兎に角、本日は次第のみをズラズラと羅列しときます。
これに全部、音声と経文を合わせてリンクしよう思うてたら
準備に時間かかり過ぎたんで、その間にもバンバン変わっていきよるし
どもなりまへんので、ここいらで取り合えずいっときますわ。
去年暮れから、変わってへんとこもありますが
大きく変わったんは、今の勤行において私は一切、
"祈願せんようになった"っちゅうことですかね。
もう、ナンぞ頼むことはせんようになりました。一切。
なにもかも、御礼を申上げるだけになりましたんで。
例えば、「宜しくお願い致します。」も、
"お願い"のひとつやから、これすらも、もう云わんようになりました。
"有難う御座います。" しか、云うてまへん。
『勤行次第2009上半期Vr.』朝の巻
お給仕などは、毎度のことで。今回は割愛。
1)〜まずは神前から〜
神棚で祝詞
○ご挨拶と御礼見上 虚心合掌 一礼
「守護霊さま、守護神さま、前世さま。お早う御座います。」
「いつも御守いただき有難う御座います。」
「いつも神仏と私たちを御繋ぎ頂き有難う御座います。」
「いつも我が願い思いを神仏にお届け頂き有難う御座います。」
「本日、平成●年●月●日も、ご加護ご庇護賜りますこと、
厚く御礼申上げ奉ります。」
○二礼、四拍手、二礼
○『身滌大祓』みそぎのおおはらい ×三回
○「天照大神」あまてらすおおみかみ ×十一回
大黒殿に向かい 一礼
○「大金運大黒大神」だいこくだいじん ×百回
大黒大神さま、大黒天さま、大国主命(おおにくぬしのみこと)さま、
事代主命(ことしろぬしのみこと)さま、金運弁財天さま、
ご挨拶と御礼見上
大金運招来王 三面大黒天さま 率いる
三世世界、天地宇宙において金運財運に最強の強さを誇る
神々の皆々さま方、お早う御座います。
いつも我が金運を大上昇させて戴き、
いつも我が大願成就のため、大金運を招来させて戴き
厚く厚く御礼申上げまする、有難う御座います。
カネかね金と、毎日申上げて洵に畏れ入りますが
金は天下の周りもの、神仏の思し召しもの、お授かりしもの
確かに金は
悪しき心、私利私欲我欲の心
かつての私のような、酔生夢死の心で使えば
人を傷つける武器になり
人を殺める凶器にもなり
また、人の心狂わす麻薬ともなりましょうや
されど、今の私は神仏に導かれしもの
神仏に導かれし物事は必ずや成就せうると確信しております
神仏に導かれし、
正しき心で物事を捉え、正しき目でものを見、
正しき耳でものを聞き、正しき口で言葉を吐き
正しき足元で、正しき道を歩めば
必ずや神仏が、悩み苦しみ困窮したる飢えたる世界中の人々を
お救いされるお手伝いをさせて戴けると、微塵も疑う余地なきもの
されば本日も何卒変わらぬ御加護 御庇護 賜ること
心より厚く御礼申上げ奉る
二拍手 一礼
神棚ほぼ中央に向かい 一礼
○稲荷祝詞 ×一回
伏見稲荷大明神さま、南無待乳山稲荷明神さま ご挨拶と御礼見上
二拍手 一礼
神棚 左に向かい
○龍神祝詞 ×一回 一礼
箱根九頭竜神社の大神さま大龍神さま、
二拍手 一礼
玄関西の窓を御守賜る、龍神殿に向かい
○大金運金龍大権現さま白蛇さま、巳さま、龍神さま ご挨拶と御礼見上
玄関正面を御守賜る、大黒さまに向かい
○大金運招来大黒大神さま、大黒天さま、大国主命さま、ご挨拶と御礼見上
一礼
いつも我家の玄関より、金運・財運・強運・勝負運など
ありとあらゆる幸運を招き入れて戴き、洵に恐れ入ります有難う御座います。
何卒本日も変わらぬご愛顧、御庇護賜りますこと、心より厚く御礼申上げます。
二拍手 一礼
神棚(三社)の中央に向かい 一礼
○天照皇大神さま、大山祇大神さま、お早う御座います。
富士吉田 新屋山神社 奥の宮 金運神社の大神さま
麓の浅間神社の大神さま
右に向かって
○この地に住まれし守り錫、産土の神。
五霊神社の大神さま、神々の皆さま、御嶽さま金比羅さま、
進雄神社の大神さま、倉賀野神社の大神さま、熊野神社の大神さま
お早う御座います。
左に向かって
○方位厄除けでお世話になっております、北辰鎮宅霊符尊さま北極星さま、
我が射手座の南斗六星さま、星々に宿る神々の皆さま。
八百万の神々の皆さま ご挨拶と御礼見上
「人は神々のご加護無くして奇跡を成しえません。」
「本日亦、五体満足生き長らえさせて戴きし、この命すら神々のご加護の賜物。」
「また本日も繰り返し、我・人・三宝共に神々のご加護存分に賜れますこと、
心より厚く御礼申上げ奉る。」
一礼
神棚下の五恩に感謝に向かい
○我、父母に感謝 二拍手
「どうか、御身体だけは息災にて。ご恩は生涯忘れません。」
○我、諸人に感謝 二拍手
「今まで出会った方々、これから出会う三世の諸人たちに。」
○我、国王に感謝 二拍手
「この国、この国を支えて来られし方々に。この宇宙に。」
○我、産土の神に感謝 二拍手
「幼いころからお守り頂き有難う御座います。まんまいちゃんあん。」
○我、天地に感謝 二拍手
「本日の良き素晴らしき日、素晴らしき命、素晴らしきえにしに
素晴らしき導きに、素晴らしき魂に、素晴らしき人生に。」
○二礼、四拍手、一礼 軽く一礼
神前 以上。
次)
聖天殿へ正座し直す
線香、灯明を燈す。
まず、身を淨める
塗香を付け、袈裟を纏い、法具を手にす。
2)聖天さま参拝
「尊天さま上さま、お早う御座います。」
*朝は現在、原則 生駒山聖天「大聖歓喜天礼拝作法」に基づく
○次に護身法などで心を清めつつ、大日如来と宇宙と一体となる。
「大日如来よ 天地宇宙より 我に御仏の御力を与え賜え」
「我に御仏の御智慧を、御仏の御心を与え賜え」
「如来は大宇宙なり、さらば我も小宇宙なり」
「如来は我なり、さらば我も如来の子なり」
「我が煩悩は、我欲に非ず、少欲に非ず、小樂に非ず」
「我が煩悩は、御仏の大欲、大安樂なり。即ち御仏の大慈大悲なり」
「我が煩悩は、御仏の菩提心なり」
「我が煩悩を昇華させ、御仏の境地へと秘密荘厳心へといざない賜え」
「我、人、共に一切衆生が救われんがため」
「遍離一切私欲 請求一切衆生幸福」
「密厳国土悉地成就 厭離穢土欣求密厳浄土」
「我が煩悩のチャクラを浄化し賜え、六根罪障一切清浄」
「貪りの心、瞋りの心、愚癡の心を淨め賜え」
「まやかしの心、偽りの心、誤魔化しの心、怠りの心、」
「謀の心、無慈悲な心、心無き心、愛欲淫欲の心を洗い流し賜え、」
「さもなくば、直ちに殺め賜え」
アビラウンケン ×七回
印契を切り呼吸を整える
悪気邪気を吐き出し切る
座を正して再度、聖天さまへ向かい一礼
次)聖天勤行次第
・・ですが、ここでキリがええんで
勝手乍ら一旦終了〜
まだまだ続きますんでね。
ちょっと待っといてください。
ほなさいなら。また明日。
本日もご訪問、希有なえにしに感謝致します。
おおきにおおきに。有難う御座いました。
皆さんにとって、今日も最勝の一日となられますこと祈念しとります。
感謝大合掌
法蓮百億拝
〜Topics とぴっくす〜
◆断食行 十一日目でーす
・・・・
もう〜ええやろ?w
ええ加減、飽きてきたんですけど(爆
焼き鳥食いたいし(笑
アレも食いたい コレも食いたいし
みたいな・・・
一昨日ですが満月でしたね。キレイなお月さん見れましたか?
私は晩刻に、タバコ買いに外出たときに丁度能う観れて、
そんときに家の前の道路でしたけど、夜空を見上げてご挨拶して。
ほんで立ち止まって、空を観たままいつものように少し話し込んでましたが
近所の目ぇも気にせんと、それやっといて良かったですわ。
夜中に満月行しよう思うたら、雲が能うけかかって全然観れませんでしたからね。
さてさて・・・本日のお題目。
前回、2008年の暮れに、勤行次第をご紹介してから
ひょうひょうと知らん間に8ヶ月が過ぎまして。
参考までに、【仏前勤行次第 2008年最終形】。
ホンマ云うたら半年経過した、六月ぐらいに公表・・・
しよう思うてましてんけどね。
いや、最近ホンマ。
日々変化の激しいこと激しいこと。
基本的に唱えとる、お経自体が大幅に減ったり増えたりは
してまへんねやけど、なんちゅうか細かい部分の変更が、
ごっつう多いんですわ。
ドンドン変えたれぇい!っちゅうて、やっとるワケやおまへん。
全く無意識に、勤行中に自然と変化していくんですわ。
そやから、ある意味は神仏からの思し召しやとも思うてますけどね。
まー兎に角、本日は次第のみをズラズラと羅列しときます。
これに全部、音声と経文を合わせてリンクしよう思うてたら
準備に時間かかり過ぎたんで、その間にもバンバン変わっていきよるし
どもなりまへんので、ここいらで取り合えずいっときますわ。
去年暮れから、変わってへんとこもありますが
大きく変わったんは、今の勤行において私は一切、
"祈願せんようになった"っちゅうことですかね。
もう、ナンぞ頼むことはせんようになりました。一切。
なにもかも、御礼を申上げるだけになりましたんで。
例えば、「宜しくお願い致します。」も、
"お願い"のひとつやから、これすらも、もう云わんようになりました。
"有難う御座います。" しか、云うてまへん。
『勤行次第2009上半期Vr.』朝の巻
お給仕などは、毎度のことで。今回は割愛。
1)〜まずは神前から〜
神棚で祝詞
○ご挨拶と御礼見上 虚心合掌 一礼
「守護霊さま、守護神さま、前世さま。お早う御座います。」
「いつも御守いただき有難う御座います。」
「いつも神仏と私たちを御繋ぎ頂き有難う御座います。」
「いつも我が願い思いを神仏にお届け頂き有難う御座います。」
「本日、平成●年●月●日も、ご加護ご庇護賜りますこと、
厚く御礼申上げ奉ります。」
○二礼、四拍手、二礼
○『身滌大祓』みそぎのおおはらい ×三回
○「天照大神」あまてらすおおみかみ ×十一回
大黒殿に向かい 一礼
○「大金運大黒大神」だいこくだいじん ×百回
大黒大神さま、大黒天さま、大国主命(おおにくぬしのみこと)さま、
事代主命(ことしろぬしのみこと)さま、金運弁財天さま、
ご挨拶と御礼見上
大金運招来王 三面大黒天さま 率いる
三世世界、天地宇宙において金運財運に最強の強さを誇る
神々の皆々さま方、お早う御座います。
いつも我が金運を大上昇させて戴き、
いつも我が大願成就のため、大金運を招来させて戴き
厚く厚く御礼申上げまする、有難う御座います。
カネかね金と、毎日申上げて洵に畏れ入りますが
金は天下の周りもの、神仏の思し召しもの、お授かりしもの
確かに金は
悪しき心、私利私欲我欲の心
かつての私のような、酔生夢死の心で使えば
人を傷つける武器になり
人を殺める凶器にもなり
また、人の心狂わす麻薬ともなりましょうや
されど、今の私は神仏に導かれしもの
神仏に導かれし物事は必ずや成就せうると確信しております
神仏に導かれし、
正しき心で物事を捉え、正しき目でものを見、
正しき耳でものを聞き、正しき口で言葉を吐き
正しき足元で、正しき道を歩めば
必ずや神仏が、悩み苦しみ困窮したる飢えたる世界中の人々を
お救いされるお手伝いをさせて戴けると、微塵も疑う余地なきもの
されば本日も何卒変わらぬ御加護 御庇護 賜ること
心より厚く御礼申上げ奉る
二拍手 一礼
神棚ほぼ中央に向かい 一礼
○稲荷祝詞 ×一回
伏見稲荷大明神さま、南無待乳山稲荷明神さま ご挨拶と御礼見上
二拍手 一礼
神棚 左に向かい
○龍神祝詞 ×一回 一礼
箱根九頭竜神社の大神さま大龍神さま、
二拍手 一礼
玄関西の窓を御守賜る、龍神殿に向かい
○大金運金龍大権現さま白蛇さま、巳さま、龍神さま ご挨拶と御礼見上
玄関正面を御守賜る、大黒さまに向かい
○大金運招来大黒大神さま、大黒天さま、大国主命さま、ご挨拶と御礼見上
一礼
いつも我家の玄関より、金運・財運・強運・勝負運など
ありとあらゆる幸運を招き入れて戴き、洵に恐れ入ります有難う御座います。
何卒本日も変わらぬご愛顧、御庇護賜りますこと、心より厚く御礼申上げます。
二拍手 一礼
神棚(三社)の中央に向かい 一礼
○天照皇大神さま、大山祇大神さま、お早う御座います。
富士吉田 新屋山神社 奥の宮 金運神社の大神さま
麓の浅間神社の大神さま
右に向かって
○この地に住まれし守り錫、産土の神。
五霊神社の大神さま、神々の皆さま、御嶽さま金比羅さま、
進雄神社の大神さま、倉賀野神社の大神さま、熊野神社の大神さま
お早う御座います。
左に向かって
○方位厄除けでお世話になっております、北辰鎮宅霊符尊さま北極星さま、
我が射手座の南斗六星さま、星々に宿る神々の皆さま。
八百万の神々の皆さま ご挨拶と御礼見上
「人は神々のご加護無くして奇跡を成しえません。」
「本日亦、五体満足生き長らえさせて戴きし、この命すら神々のご加護の賜物。」
「また本日も繰り返し、我・人・三宝共に神々のご加護存分に賜れますこと、
心より厚く御礼申上げ奉る。」
一礼
神棚下の五恩に感謝に向かい
○我、父母に感謝 二拍手
「どうか、御身体だけは息災にて。ご恩は生涯忘れません。」
○我、諸人に感謝 二拍手
「今まで出会った方々、これから出会う三世の諸人たちに。」
○我、国王に感謝 二拍手
「この国、この国を支えて来られし方々に。この宇宙に。」
○我、産土の神に感謝 二拍手
「幼いころからお守り頂き有難う御座います。まんまいちゃんあん。」
○我、天地に感謝 二拍手
「本日の良き素晴らしき日、素晴らしき命、素晴らしきえにしに
素晴らしき導きに、素晴らしき魂に、素晴らしき人生に。」
○二礼、四拍手、一礼 軽く一礼
神前 以上。
次)
聖天殿へ正座し直す
線香、灯明を燈す。
まず、身を淨める
塗香を付け、袈裟を纏い、法具を手にす。
2)聖天さま参拝
「尊天さま上さま、お早う御座います。」
*朝は現在、原則 生駒山聖天「大聖歓喜天礼拝作法」に基づく
○次に護身法などで心を清めつつ、大日如来と宇宙と一体となる。
「大日如来よ 天地宇宙より 我に御仏の御力を与え賜え」
「我に御仏の御智慧を、御仏の御心を与え賜え」
「如来は大宇宙なり、さらば我も小宇宙なり」
「如来は我なり、さらば我も如来の子なり」
「我が煩悩は、我欲に非ず、少欲に非ず、小樂に非ず」
「我が煩悩は、御仏の大欲、大安樂なり。即ち御仏の大慈大悲なり」
「我が煩悩は、御仏の菩提心なり」
「我が煩悩を昇華させ、御仏の境地へと秘密荘厳心へといざない賜え」
「我、人、共に一切衆生が救われんがため」
「遍離一切私欲 請求一切衆生幸福」
「密厳国土悉地成就 厭離穢土欣求密厳浄土」
「我が煩悩のチャクラを浄化し賜え、六根罪障一切清浄」
「貪りの心、瞋りの心、愚癡の心を淨め賜え」
「まやかしの心、偽りの心、誤魔化しの心、怠りの心、」
「謀の心、無慈悲な心、心無き心、愛欲淫欲の心を洗い流し賜え、」
「さもなくば、直ちに殺め賜え」
アビラウンケン ×七回
印契を切り呼吸を整える
悪気邪気を吐き出し切る
座を正して再度、聖天さまへ向かい一礼
次)聖天勤行次第
・・ですが、ここでキリがええんで
勝手乍ら一旦終了〜
まだまだ続きますんでね。
ちょっと待っといてください。
ほなさいなら。また明日。
本日もご訪問、希有なえにしに感謝致します。
おおきにおおきに。有難う御座いました。
皆さんにとって、今日も最勝の一日となられますこと祈念しとります。
感謝大合掌
法蓮百億拝
〜Topics とぴっくす〜
◆断食行 十一日目でーす
・・・・
もう〜ええやろ?w
ええ加減、飽きてきたんですけど(爆
焼き鳥食いたいし(笑
アレも食いたい コレも食いたいし
みたいな・・・
2008年12月30日
歩き遍路から一年を経た今、毎日朝晩の勤行作法を書き留めておこうと思う。
思えば去年歩き遍路に出る前は、お経も般若心経と大黒天神経(仏説摩訶迦羅大黒天神大福徳自在円満菩薩陀羅尼経)ぐらいしか読んでなかった。
今年三月に得度してから理趣経を読み始め、観音経も加えていった。六月に待乳山聖天さまとご縁を頂き、八月からは朝晩と聖天さま中心の勤行となっていった。以来、四ヶ月ほどは勤行作法も、朝一時間半、夜一時間とほぼ一定に落ち着いたところなので書き留めておこう。またいつの日か、どう変わっているのか見て見たい。
『我家の勤行次第』朝の巻
1)まずはお給仕。
トレーでお水を集める。
お水は、神棚、聖天さま、仏壇、大黒さま、三宝荒神さま、龍神さま(白蛇さま)の六ヶ所。お酒は神棚と大黒さま、龍神さまが毎月一日と十五日の二回。聖天さまだけはお酒も毎日交換。
榊は神棚と三宝荒神さま。茎を洗い水を交換する。
仏壇は海苔と梅干。炊き立てのご飯。それにお茶。聖天さまにもご飯とお茶。
水子には粉ミルクを溶いて、可愛いコップに入れる。
全部支度が整ったら、お灯明とお線香を付け、聖天さまと仏壇にそれぞれ、「どうぞお召し上がりください」と合掌。
2)神棚で祝詞
○ご挨拶 虚心合掌
「守護霊さま、守護神さま、前世さま。お早う御座います。」
「いつも御守いただき有難う御座います。」
「いつも神仏と私たちを御繋ぎ頂き有難う御座います。」
「いつも我が願い思いを神仏にお届け頂き有難う御座います。」
「本日もどうか宜しくお願い致します。」
○二礼、四拍手、二礼
○『身滌大祓』みそぎのおおはらい ×三回
○稲荷祝詞 ×一回
○龍神祝詞 ×一回
○「天照大神」あまてらすおおみかみ ×十一回
○「大黒大神」だいこくだいじん ×二十一回
神棚(三社)の中心に向かって
○天照皇大神さま、大山祇大神さま、お早う御座います。
右に向かって
○産土の神、五霊神社の大神さま、神々さま、お早う御座います。
左に向かって
○九頭竜神社の大龍神さま、お早う御座います。
○いつもお世話になっております、北辰鎮宅霊符尊さま北極星さま、南斗六星さま。
○京都伏見のお稲荷さま
右横の恵比寿大黒さまに向かって
○大黒大神さま、大黒天さま、大国主命さま、事代主の命さま。
「人は神のご加護無くして奇跡を成しえません。」
「世の奇跡はみな神のご加護、毎日が奇跡の連続です。」
「どうか本日も、神のご加護を一身に賜れますようお願い申し上げます。」
神棚下の五恩に感謝を見て
○父母に感謝
「この世に生を受けさせて頂き、育てて頂き、教えて頂き感謝します。」
「長い間の親不孝をお許し下さい。」
「どうか、ご健康でいて下さい。」
○諸人に感謝
「今まで出会った方々、これから出会う全ての方々に感謝します。」
○国王に感謝
「日本に生まれ、日本の文化に、日本の魂に、日本の誇りに感謝します。」
○産土の神に感謝
「どこで暮らそうとも幼いころからいつもお守り頂き感謝します。」
○天地に感謝
「本日の良き日に感謝します。」
「どうか本日も宜しくお願い致します。」
○二礼、四拍手、二礼
3)聖天さま参拝
「聖天さま、お早う御座います。」
*朝は待乳山聖天「大聖歓喜天礼拝作法」に基づく
一、礼拝(五体投地) 三遍
「帰命頂礼、自在神力大聖歓喜雙身天王、鶏羅山中大眷属、悉地成就」
(きみょうちょうらい じざいじんりき だいしょうかんきそうしんてんのう けいらせんちゅう しっちじょうじゅ)」
聖天印を組み身体を投げ出す。
「我が身、我が心、我が命、我が運命、我が魂、我が人生、我が未来、全て何もかも投げ出してお預けして、心よりただひたすらにお縋り申し上げておりますれば、聖天さま、尊天さま。何卒この愚か者を哀れみて、尊き教えへとお導き下さい。」 着座
二、懺悔文(さんげもん)一遍
我昔所造諸悪業 (がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貧瞋癡 (かいゆむしとんじんち)
従身語意之所生 (じゅうしんぐいししょしょう)
一切我今皆懺悔 (いっさいがこんかいさんげ)
三、三帰(さんき)三遍
弟子某甲 盡未来際 (でしむこうじんみらいざい)
帰依仏三竟 帰依法三竟 帰依僧三(きえぶつ きえほう きえそう)
四、三竟(さんきょう)三遍
弟子某甲 盡未来際 (でしむこうじんみらいざい)
帰依仏三竟 帰依法三竟 帰依僧三竟
五、発菩提心真言(ほつぼだいしんしんごん) 三遍
おんぼうぢ しつた ぼだはだやみ
六、三摩耶戒真言(さんまやかいしんごん)三遍
おん さんまや さとばん
七、願文(がんもん)
八、開経偈(かいきょうげ)
無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇
我今見聞得受持 願解如来真実義
九、読経(どくきょう)
般若心経
↓
観音経普門品(全文)
↓
十一面観世音菩薩即得陀羅尼経
↓
大聖歓喜天使咒法経
十、諸尊真言
大日如来真言(おんあびらうんけん) 21遍
仏眼仏母真言(おんぼだろしゃにそわか)21遍
十一面観音真言(おんまかきゃろにきゃそわか)100遍
軍茶利明王真言(おんあみりていうんはった)21遍
大聖歓喜天真言(おんきりぎゃくうんそわか)1000遍
毘沙門天真言(おんべいしらまんだやそわか)7遍
三宝荒神真言(おんけんばやけんばやそわか)7遍
諸神通用真言(おんろきゃろきゃそわか)3遍
光明真言(おんあぼきゃべいのしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん)3遍
大金剛輪陀羅尼(のうまくしっちりやじびきゃなんさるばたたぎゃたなんあんびらじびらじまかしゃきゃらばしりさたさたさらていさらていたらいたらいびだまにさんばんじゃにたらまちしったぎれいたらんそわか)3遍
十一、結願文(けちがんもん)
我等所修三業善(がとうしょしゅう さんごうぜん)
回向大日淨法身(えこうだいにち じょうほっしん)
大光普照観自在(だいこうふしょう かんじざい)
回向本尊歓喜天(えこうほんぞん かんぎてん)
受此供養増神力(じゅしくよう ぞうじんりき)
回向鶏羅諸眷属(えこうけいら しょけんぞく)
受此供養増補力(じゅしくよう ぞうほりき)
宝祚永久萬民樂(ほうそえいきゅう まんみんらく)
四海泰平興正法(しかいたいへい こうしょうほう)
護持某甲除災患(ごじむこう じょさいげん)
家内安全得吉祥(かないあんぜん とくきちじょう)
心中所願悉圓満(しんちゅうしょがん しつえんまん)
回施法界皆成就(えせほうかい かいじょうじゅ)
十二、『大聖歓喜天 和讃』
帰命頂礼(きみょうちょうらい)大自在大聖歓喜雙身天王(だいじざい だいしょうかんぎそうしんてんのう)摂取不捨(せっしゅふしゃ)の本誓(みちかい)に、慈悲の御手(おんて)を垂れ給い、至らぬ智慧を楫(かじ)として、覚束(おぼつか)なくも現世(うつしよ)の、荒き浪風(なみかぜ)渡る身を、願いを岸に着け給え。
そもこの神の本誓(みちかい)の、げに有り難くましますは、世の父母(ちちはは)が其子等(そのこら)の、うき世を知らぬ我侭(わがまま)を、無理の願いと知りつつも、その智慧浅きを愍(あわれ)みて、願いを叶えつつ導き給うにさも似たり。
もとより愚痴の我等故(ゆえ)、願い求むる事毎(ことごと)に、己が力を計らざる。無理なる事も多からん。されどもみ胸にかけられで、唯(たが)いにたすらに縋(すが)りなば、願いの儘(まま)を得させんと、誓わせ給うぞ有難き。
凡(およ)そ 此世(このよ)に示現(いで)ませる、諸仏菩薩のみ心に我等衆生の苦を抜きて、涅槃の岸に渡さんと、み誓ひあらぬはなけれども、納受(のうじゅ)まします願いには、自ずと限り定まりて、この天尊の如からず。
例えば宿業(しゅくごう)究(きわ)まりて、絶えなんとする玉の緒(お)を、つなぎ止めんとする如き、難(かた)き願いに至りては、唯この天(かみ)を他(よそ)にして、如何なる神を祈るとも、そのみ誓いにあらざれば、験(しるし)のなきを如何(いか)にせん。
されども独りこの天(かみ)は、唯一(ただひと)すぢに祈りなば、かかる難(なん)をも除(の)け給う。ましてや他の願望は、現世出世の差別なく祈る心のこの天(かみ)に、届かざりける例(ためし)なし。霊験(しるし)なかりし例(ためし)なし。
さればこの天(かみ)畏(かしこ)くも、我に微妙(みみょう)の法ありて、世間に類いなきところ、我に縋(すが)らむものあらば、我れはは順世(じゅんせ)の法により、汝(なれ)が求むる願(ねがい)をば、得させざる事なきなりと、我等が為に説きませり。
斯(かか)る奇(くす)しきみ力を、御身(おんみ)に備えましませば、我等が祈る願いをば、遂げさせ給わぬ事ぞなき。乳を求めて母を呼ぶ、みどり児(ご)に如(ごと)ひたすらに、ただこの天(かみ)を念じなば、感応道交(かんのうどうこう)ましてまして。
卑賤(ひせん)の職にあるものも、高貴の地位を占め得なん。その日の糧に悩む身も、富貴(ふつき)の身とぞなり得なん。学問諸芸を望むとも、智慧弁財(ちえべんざい)を求むるも、信に随応(ずいおう)ましまして、世にその名をば挙げ得(う)べし。
或いは病に悩むとき、家内の不和を嘆くとき、人の妬みに泣かんとき、たつきの道に惑うとき、火難盗難剣難(かなんとうなんけんなん)に、逢うもただただ念じならば、声に来応(らいおう)ましまして、総ての難を除け給う。
常に念ずるその家は、我子(わがこ)を思う親のごと、暫しの隙もたゆみなく、見はるかしましませば、邪(まが)つ鬼等の邪事(まがごと)も、窺(うかが)い寄らんすきまなく、長閑(のど)けき春の日の如く、いと安らけく過ごし得ん。
かく有難く慈悲深き天在(かみおわ)すとも徳薄く、其(その)御名(みな)をつゆ聞かざらば、祈りすがらんすべもなしさるを幸ある此身(このみ)かな。宿世(しゅくせ)如何なる善き縁(えにし)、この天(かみ)の為、結びけん。天(かみ)の恵みを身に浴びて。
天(かみ)のみ情(なさけ)知るのみか、生みの親にもいや勝る。現当(げんとう)二世(にせ)の教主(おや)として、縋(すが)る幸(さち)をば知りにけり。辛き憂き世を渡るにも、ただひたすらにこの天(かみ)を杖と頼みてゆく身には、心にかかる雲もなし。
人のこの世をいと安く、渡らんのみかその上に、来たらん次のあの世にも、またこの天(かみ)に迎えられ、天(かみ)の御手(おんて)に引かれつつ、二世(にせ)の悉地(しつぢ)を成就して、竜華(りゅうげ)の会場(には)に値遇(ちぐう)せん。あな有難やあな尊(とうと)。
大自在尊観世音(だいじざいそんかんぜおん)、雙身随類度衆生(そうじんずいるいどしゅうじょう)、感応道交難思議(かんのうどうこうなんしぎ)、是故我礼歓喜天(ぜこうがらいかんぎてん)
みどり児(ご)が 母にすがらむそれのごと
是非をば捨てて 唯すがらなむ
南無大聖歓喜雙身天王(なむだいしょうかんぎそうじんてんのう)
十三、礼拝(五体投地) 三遍
「帰命頂礼、自在神力大聖歓喜雙身天王、鶏羅山中大眷属、悉地成就」
(きみょうちょうらい じざいじんりき だいしょうかんきそうしんてんのう けいらせんちゅう しっちじょうじゅ)」
「有難う御座いました。本日も宜しくお願い致します。」
*大体この辺りで一時間。お線香が二回消える。近頃はここで小休止。
4)仏前勤行
基本的には『高野山真言宗 仏前勤行次第』に基づく
○普禮真言 五体投地
おん さるば たたーがた はんなまんなのう きゃろみ
一心頂礼本尊諸尊一切三宝
「一切の如来に帰依致します。御仏の清らかなる御脚を我が両手の平にお載せ下さい」 *三遍
○ご挨拶
「恭しく御仏を礼拝し奉る。我家のご本尊群、ご先祖さま也」
中央の三面大黒天さまに向かって
「入谷英信寺、目黒大圓寺、東寺、大山寺、最御崎寺、全国の三面大黒天さま。お早う御座います。」
○先ず 懺悔(さんげ)
無始(むし)よりこの方 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて 身と口と意(こころ)とに
造るところの もろもろの つみとがを みな悉く 懺悔し奉る
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴
がしゃくしょじょうしょあくごう かいゆむしとんじんち
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ
○次に 三帰(さんき) *三遍
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで
深く三宝(さんぼう)に 帰依(きえ)し奉らん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏 帰依法 帰依僧
でしむこう じんみらいさい きえぶつ きえほう きえそう
○次に 三竟(さんきょう) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで ひたすら三宝に 帰依し奉り
とこしなえに かわることなからん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏竟 帰依法竟 帰依僧竟
でしむこう じんみらいさい きえぶっきょう きえほうきょう きえそうきょう
○次に十善戒(じゅうぜんかい) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで 十善の 御教えを 守り奉らん
弟子某甲 尽未来際 不殺生 不偸盗 不邪淫 不妄語
でしむこう じんみらいさい ふせっしょう ふちゅうとう ふじゃいん ふもうご
不綺語 不悪口 不両舌 不慳貪 不瞋恚 不邪見
ふきご ふあっく ふりょうぜつ ふけんどん ふしんに ふじゃけん
○次に 発菩提心(ほつぼだいしん) *三遍
白浄(びゃくじょう)の信心を 発(お)こして 無上(むじょう)の菩提(ぼだい)を求む
願わくは 自他もろともに仏の道を悟りて 生死(しょうじ)の海を渡り 解脱(げだつ)の彼岸に到らん
おんぼうじ しった ぼだはだやみ ×3
○次に 三摩耶戒(さんまやかい) *三遍
我らは 御仏の子なり ひとえに 如来大悲の本誓(ほんぜい)を仰いで 不二(ふに)の浄信(じょうしん)に安住し
菩薩利他(ぼさつりた)の行業(ぎょうごう)を励みて 法身(みほとけ)の慧命(いのち)を相続し奉らん
おん さんまや さとばん ×3
○次に 開経偈(かいきょうげ)
無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は 百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭(あ)い遇(あ)うこと かたし
我いま 見聞(けんもん)し 受持(じゅじ)することを得たり 願わくは 如来の真実義を 解(げ)し奉らん
○次に 理趣経、観音経など随意
○次に 般若心経
般若心経は 仏教の精要(せいよう) 密蔵(みつぞう)の肝心なり
このゆえに 誦持講供(じゅじこうく)すれば 苦を抜き 楽を与え
修習思惟(しゅうじゅうしゆい)すれば 道(どう)を得 通(つう)を起こす
まことにこれ 世間の闇を照らす 明燈(みょうとう)にして
生死(しょうじ)の海を渡す船筏(いかだ)なり
深く讃仰(さんごう)し 至心(ししん)に 読誦(どくじゅ)し奉る
般若心経 一巻
佛説摩訶般若波羅蜜多心経
ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょう
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
かんじーざいぼーさー ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたじー しょーけんごううんかいくー
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
どーいっさいくーやく しゃーりーしー しきふーいーくー くーふーいーしき しきそくぜーくー
空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
くーそくぜーしき じゅーそーぎょーしき やくぶーにょーぜー しゃーりーしー ぜーしょーほうくーそう
不生不滅不垢不浄不増不減 是故空中無色
ふーしょうふーめつふーくーふーじょうふーぞうふーげん ぜーこーくーじゅうむーしき
無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
むーじゅーそうぎょうしき むーげんにーびーぜっしんい むーしきしょうこうみーそくほう
無眼界 乃至無意識界 無無明亦無無明尽 乃至無老死
むーげんかい むーいーしきかい むーむーみょうやくむーむーみょうじん ないしーむーろうしー
亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得以無所得故
やくむーろーしーじん むーくーじゅうめつどう むーちーやくむーとくいーむーしょーとっこー
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣碍無罣碍故
ぼーだいさったー えーはんにゃーはーらーみーたーこー しんむーけいげーむーけいげーこー
無有恐怖遠離一切 顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏
むーうーくーふーおんりーいっさい てんどーむーそうくーぎょうねーはんさんぜーしょーぶつ
依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
えーはんにゃーはーらーみーたーこー とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
故知般若波羅蜜多 是大神呪是大明呪 是無上呪
こーちーはんやーはーらーみーたー ぜーだいじんしゅーぜーだいみょうしゅー ぜーむーじょうしゅー
是無等等 呪能除一切苦 真実不虚故説
ぜーむーとうどう しゅーのうじょーいっさいくー しんじつふーこーこーせつ
般若波羅蜜多呪 即説呪曰
はんやーはーらーみーたーしゅ そくせつしゅーわつ
羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦菩提娑婆訶 般若心経
ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー はらそうぎゃーてーぼーでぃそわか はんにゃしんぎょう
○次に 十三仏真言 各三遍
1、 不動明王 のうまくさんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
2、 釈迦如来 のうまくさんまんだ ぼだなん ばく
3、 文殊菩薩 おん あらはしゃのう
4、 普賢菩薩 おん さんまや さとばん
5、 地蔵菩薩 おん かかかび さんまえい そわか
6、 弥勒菩薩 おん まいたれいや そわか
7、 薬師如来 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
8、 観世音菩薩 おん あろりきゃ そわか
9、 勢至菩薩 おん さんざんさく そわか
10、阿弥陀如来 おん あみりた ていせい から うん
11、阿閃如来 おん あきしゅびや うん
12、大日如来 おん あびらうんけん ばざら だとばん
13、虚空蔵菩薩 のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか
*他にご本尊ご真言など
我家の場合は、以下の通り。各三遍。
降三世明王 おん そんに ばさら うんはった
妙見菩薩 おん まか しりえい じりべい そわか
白蛇さま おん めい きゃしゃにえい そわか
龍神菩薩 おん きゃだ うんはった
千手観音 おん ばさら たらま きりく そわか
*真言宗の勤行において、十三仏真言をお唱えするのは、お亡くなりになった霊を弔う追善供養の大きな意義があるお経。
そういう意味においても、他に特に信仰するご本尊などいらっしゃる場合は、十三仏真言と重なっていても分けられた方が良い。
印の結べる人は、是非印を結びながら唱えよう。十三仏の印の画像はこちら。
○次に 光明真言(こうみょうしんごん) *三遍
唱え奉る光明真言は 大日普門(だいにちふもん)の万徳(まんどく)を二十三字に集めたり
おのれを空(むな)しゅうして 一心にとなえたてまつれば みほとけの光明に 照らされて
三妄(まよい)の霧おのずからはれ 浄心(じょうしん)の玉 明らかにして 真如(しんにょ)の月 まどかならん
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん
○次に 御宝号(ごほうごう) *三遍 或いは七遍
高野(たかの)の山に身をとどめ 救いの み手を垂れたもう おしえのみおやに 帰依したてまつる
願わくは 無明長夜(むみょうじょうや)の闇路(やみじ)を照らし 二仏中間(にぶつちゅうげん)の我等を導きたまえ
なむだいしへんじょうこんごう
南無大師遍照金剛
*お大師さまに特に話したい、祈願したいときはこの際に
○次に 祈願文
至心発願 天長地久 即身成仏 密厳国土
しーしんほつがん てんじょうきーきゅう そくしんじょうぶつ みつごんこくど
風雨順時 五穀豊饒 万邦協和 諸人快楽
ふううーじゅんじー ごーこくぶーにょう ばんぽうきょうわ しょーにんけーらく
乃至法界 平等利益
ないしーほうかい びょうどうりーやく
○次に 回向
願わくは この功徳(くどく)をもって あまねく一切に及ぼし
われらと衆生(しゅじょう)とみなともに仏道(ぶつどう )を成(じょう)ぜん
願以此功徳(がんにしくどく) 普及於一切(ふぎゅうおいっさい)
我等與衆生(がとうよしゅじょう) 皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
以上。朝の勤行おわり。
思えば去年歩き遍路に出る前は、お経も般若心経と大黒天神経(仏説摩訶迦羅大黒天神大福徳自在円満菩薩陀羅尼経)ぐらいしか読んでなかった。
今年三月に得度してから理趣経を読み始め、観音経も加えていった。六月に待乳山聖天さまとご縁を頂き、八月からは朝晩と聖天さま中心の勤行となっていった。以来、四ヶ月ほどは勤行作法も、朝一時間半、夜一時間とほぼ一定に落ち着いたところなので書き留めておこう。またいつの日か、どう変わっているのか見て見たい。
『我家の勤行次第』朝の巻
1)まずはお給仕。
トレーでお水を集める。
お水は、神棚、聖天さま、仏壇、大黒さま、三宝荒神さま、龍神さま(白蛇さま)の六ヶ所。お酒は神棚と大黒さま、龍神さまが毎月一日と十五日の二回。聖天さまだけはお酒も毎日交換。
榊は神棚と三宝荒神さま。茎を洗い水を交換する。
仏壇は海苔と梅干。炊き立てのご飯。それにお茶。聖天さまにもご飯とお茶。
水子には粉ミルクを溶いて、可愛いコップに入れる。
全部支度が整ったら、お灯明とお線香を付け、聖天さまと仏壇にそれぞれ、「どうぞお召し上がりください」と合掌。
2)神棚で祝詞
○ご挨拶 虚心合掌
「守護霊さま、守護神さま、前世さま。お早う御座います。」
「いつも御守いただき有難う御座います。」
「いつも神仏と私たちを御繋ぎ頂き有難う御座います。」
「いつも我が願い思いを神仏にお届け頂き有難う御座います。」
「本日もどうか宜しくお願い致します。」
○二礼、四拍手、二礼
○『身滌大祓』みそぎのおおはらい ×三回
○稲荷祝詞 ×一回
○龍神祝詞 ×一回
○「天照大神」あまてらすおおみかみ ×十一回
○「大黒大神」だいこくだいじん ×二十一回
神棚(三社)の中心に向かって
○天照皇大神さま、大山祇大神さま、お早う御座います。
右に向かって
○産土の神、五霊神社の大神さま、神々さま、お早う御座います。
左に向かって
○九頭竜神社の大龍神さま、お早う御座います。
○いつもお世話になっております、北辰鎮宅霊符尊さま北極星さま、南斗六星さま。
○京都伏見のお稲荷さま
右横の恵比寿大黒さまに向かって
○大黒大神さま、大黒天さま、大国主命さま、事代主の命さま。
「人は神のご加護無くして奇跡を成しえません。」
「世の奇跡はみな神のご加護、毎日が奇跡の連続です。」
「どうか本日も、神のご加護を一身に賜れますようお願い申し上げます。」
神棚下の五恩に感謝を見て
○父母に感謝
「この世に生を受けさせて頂き、育てて頂き、教えて頂き感謝します。」
「長い間の親不孝をお許し下さい。」
「どうか、ご健康でいて下さい。」
○諸人に感謝
「今まで出会った方々、これから出会う全ての方々に感謝します。」
○国王に感謝
「日本に生まれ、日本の文化に、日本の魂に、日本の誇りに感謝します。」
○産土の神に感謝
「どこで暮らそうとも幼いころからいつもお守り頂き感謝します。」
○天地に感謝
「本日の良き日に感謝します。」
「どうか本日も宜しくお願い致します。」
○二礼、四拍手、二礼
3)聖天さま参拝
「聖天さま、お早う御座います。」
*朝は待乳山聖天「大聖歓喜天礼拝作法」に基づく
一、礼拝(五体投地) 三遍
「帰命頂礼、自在神力大聖歓喜雙身天王、鶏羅山中大眷属、悉地成就」
(きみょうちょうらい じざいじんりき だいしょうかんきそうしんてんのう けいらせんちゅう しっちじょうじゅ)」
聖天印を組み身体を投げ出す。
「我が身、我が心、我が命、我が運命、我が魂、我が人生、我が未来、全て何もかも投げ出してお預けして、心よりただひたすらにお縋り申し上げておりますれば、聖天さま、尊天さま。何卒この愚か者を哀れみて、尊き教えへとお導き下さい。」 着座
二、懺悔文(さんげもん)一遍
我昔所造諸悪業 (がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貧瞋癡 (かいゆむしとんじんち)
従身語意之所生 (じゅうしんぐいししょしょう)
一切我今皆懺悔 (いっさいがこんかいさんげ)
三、三帰(さんき)三遍
弟子某甲 盡未来際 (でしむこうじんみらいざい)
帰依仏三竟 帰依法三竟 帰依僧三(きえぶつ きえほう きえそう)
四、三竟(さんきょう)三遍
弟子某甲 盡未来際 (でしむこうじんみらいざい)
帰依仏三竟 帰依法三竟 帰依僧三竟
五、発菩提心真言(ほつぼだいしんしんごん) 三遍
おんぼうぢ しつた ぼだはだやみ
六、三摩耶戒真言(さんまやかいしんごん)三遍
おん さんまや さとばん
七、願文(がんもん)
八、開経偈(かいきょうげ)
無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇
我今見聞得受持 願解如来真実義
九、読経(どくきょう)
般若心経
↓
観音経普門品(全文)
↓
十一面観世音菩薩即得陀羅尼経
↓
大聖歓喜天使咒法経
十、諸尊真言
大日如来真言(おんあびらうんけん) 21遍
仏眼仏母真言(おんぼだろしゃにそわか)21遍
十一面観音真言(おんまかきゃろにきゃそわか)100遍
軍茶利明王真言(おんあみりていうんはった)21遍
大聖歓喜天真言(おんきりぎゃくうんそわか)1000遍
毘沙門天真言(おんべいしらまんだやそわか)7遍
三宝荒神真言(おんけんばやけんばやそわか)7遍
諸神通用真言(おんろきゃろきゃそわか)3遍
光明真言(おんあぼきゃべいのしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん)3遍
大金剛輪陀羅尼(のうまくしっちりやじびきゃなんさるばたたぎゃたなんあんびらじびらじまかしゃきゃらばしりさたさたさらていさらていたらいたらいびだまにさんばんじゃにたらまちしったぎれいたらんそわか)3遍
十一、結願文(けちがんもん)
我等所修三業善(がとうしょしゅう さんごうぜん)
回向大日淨法身(えこうだいにち じょうほっしん)
大光普照観自在(だいこうふしょう かんじざい)
回向本尊歓喜天(えこうほんぞん かんぎてん)
受此供養増神力(じゅしくよう ぞうじんりき)
回向鶏羅諸眷属(えこうけいら しょけんぞく)
受此供養増補力(じゅしくよう ぞうほりき)
宝祚永久萬民樂(ほうそえいきゅう まんみんらく)
四海泰平興正法(しかいたいへい こうしょうほう)
護持某甲除災患(ごじむこう じょさいげん)
家内安全得吉祥(かないあんぜん とくきちじょう)
心中所願悉圓満(しんちゅうしょがん しつえんまん)
回施法界皆成就(えせほうかい かいじょうじゅ)
十二、『大聖歓喜天 和讃』
帰命頂礼(きみょうちょうらい)大自在大聖歓喜雙身天王(だいじざい だいしょうかんぎそうしんてんのう)摂取不捨(せっしゅふしゃ)の本誓(みちかい)に、慈悲の御手(おんて)を垂れ給い、至らぬ智慧を楫(かじ)として、覚束(おぼつか)なくも現世(うつしよ)の、荒き浪風(なみかぜ)渡る身を、願いを岸に着け給え。
そもこの神の本誓(みちかい)の、げに有り難くましますは、世の父母(ちちはは)が其子等(そのこら)の、うき世を知らぬ我侭(わがまま)を、無理の願いと知りつつも、その智慧浅きを愍(あわれ)みて、願いを叶えつつ導き給うにさも似たり。
もとより愚痴の我等故(ゆえ)、願い求むる事毎(ことごと)に、己が力を計らざる。無理なる事も多からん。されどもみ胸にかけられで、唯(たが)いにたすらに縋(すが)りなば、願いの儘(まま)を得させんと、誓わせ給うぞ有難き。
凡(およ)そ 此世(このよ)に示現(いで)ませる、諸仏菩薩のみ心に我等衆生の苦を抜きて、涅槃の岸に渡さんと、み誓ひあらぬはなけれども、納受(のうじゅ)まします願いには、自ずと限り定まりて、この天尊の如からず。
例えば宿業(しゅくごう)究(きわ)まりて、絶えなんとする玉の緒(お)を、つなぎ止めんとする如き、難(かた)き願いに至りては、唯この天(かみ)を他(よそ)にして、如何なる神を祈るとも、そのみ誓いにあらざれば、験(しるし)のなきを如何(いか)にせん。
されども独りこの天(かみ)は、唯一(ただひと)すぢに祈りなば、かかる難(なん)をも除(の)け給う。ましてや他の願望は、現世出世の差別なく祈る心のこの天(かみ)に、届かざりける例(ためし)なし。霊験(しるし)なかりし例(ためし)なし。
さればこの天(かみ)畏(かしこ)くも、我に微妙(みみょう)の法ありて、世間に類いなきところ、我に縋(すが)らむものあらば、我れはは順世(じゅんせ)の法により、汝(なれ)が求むる願(ねがい)をば、得させざる事なきなりと、我等が為に説きませり。
斯(かか)る奇(くす)しきみ力を、御身(おんみ)に備えましませば、我等が祈る願いをば、遂げさせ給わぬ事ぞなき。乳を求めて母を呼ぶ、みどり児(ご)に如(ごと)ひたすらに、ただこの天(かみ)を念じなば、感応道交(かんのうどうこう)ましてまして。
卑賤(ひせん)の職にあるものも、高貴の地位を占め得なん。その日の糧に悩む身も、富貴(ふつき)の身とぞなり得なん。学問諸芸を望むとも、智慧弁財(ちえべんざい)を求むるも、信に随応(ずいおう)ましまして、世にその名をば挙げ得(う)べし。
或いは病に悩むとき、家内の不和を嘆くとき、人の妬みに泣かんとき、たつきの道に惑うとき、火難盗難剣難(かなんとうなんけんなん)に、逢うもただただ念じならば、声に来応(らいおう)ましまして、総ての難を除け給う。
常に念ずるその家は、我子(わがこ)を思う親のごと、暫しの隙もたゆみなく、見はるかしましませば、邪(まが)つ鬼等の邪事(まがごと)も、窺(うかが)い寄らんすきまなく、長閑(のど)けき春の日の如く、いと安らけく過ごし得ん。
かく有難く慈悲深き天在(かみおわ)すとも徳薄く、其(その)御名(みな)をつゆ聞かざらば、祈りすがらんすべもなしさるを幸ある此身(このみ)かな。宿世(しゅくせ)如何なる善き縁(えにし)、この天(かみ)の為、結びけん。天(かみ)の恵みを身に浴びて。
天(かみ)のみ情(なさけ)知るのみか、生みの親にもいや勝る。現当(げんとう)二世(にせ)の教主(おや)として、縋(すが)る幸(さち)をば知りにけり。辛き憂き世を渡るにも、ただひたすらにこの天(かみ)を杖と頼みてゆく身には、心にかかる雲もなし。
人のこの世をいと安く、渡らんのみかその上に、来たらん次のあの世にも、またこの天(かみ)に迎えられ、天(かみ)の御手(おんて)に引かれつつ、二世(にせ)の悉地(しつぢ)を成就して、竜華(りゅうげ)の会場(には)に値遇(ちぐう)せん。あな有難やあな尊(とうと)。
大自在尊観世音(だいじざいそんかんぜおん)、雙身随類度衆生(そうじんずいるいどしゅうじょう)、感応道交難思議(かんのうどうこうなんしぎ)、是故我礼歓喜天(ぜこうがらいかんぎてん)
みどり児(ご)が 母にすがらむそれのごと
是非をば捨てて 唯すがらなむ
南無大聖歓喜雙身天王(なむだいしょうかんぎそうじんてんのう)
十三、礼拝(五体投地) 三遍
「帰命頂礼、自在神力大聖歓喜雙身天王、鶏羅山中大眷属、悉地成就」
(きみょうちょうらい じざいじんりき だいしょうかんきそうしんてんのう けいらせんちゅう しっちじょうじゅ)」
「有難う御座いました。本日も宜しくお願い致します。」
*大体この辺りで一時間。お線香が二回消える。近頃はここで小休止。
4)仏前勤行
基本的には『高野山真言宗 仏前勤行次第』に基づく
○普禮真言 五体投地
おん さるば たたーがた はんなまんなのう きゃろみ
一心頂礼本尊諸尊一切三宝
「一切の如来に帰依致します。御仏の清らかなる御脚を我が両手の平にお載せ下さい」 *三遍
○ご挨拶
「恭しく御仏を礼拝し奉る。我家のご本尊群、ご先祖さま也」
中央の三面大黒天さまに向かって
「入谷英信寺、目黒大圓寺、東寺、大山寺、最御崎寺、全国の三面大黒天さま。お早う御座います。」
○先ず 懺悔(さんげ)
無始(むし)よりこの方 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて 身と口と意(こころ)とに
造るところの もろもろの つみとがを みな悉く 懺悔し奉る
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴
がしゃくしょじょうしょあくごう かいゆむしとんじんち
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ
○次に 三帰(さんき) *三遍
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで
深く三宝(さんぼう)に 帰依(きえ)し奉らん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏 帰依法 帰依僧
でしむこう じんみらいさい きえぶつ きえほう きえそう
○次に 三竟(さんきょう) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで ひたすら三宝に 帰依し奉り
とこしなえに かわることなからん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏竟 帰依法竟 帰依僧竟
でしむこう じんみらいさい きえぶっきょう きえほうきょう きえそうきょう
○次に十善戒(じゅうぜんかい) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで 十善の 御教えを 守り奉らん
弟子某甲 尽未来際 不殺生 不偸盗 不邪淫 不妄語
でしむこう じんみらいさい ふせっしょう ふちゅうとう ふじゃいん ふもうご
不綺語 不悪口 不両舌 不慳貪 不瞋恚 不邪見
ふきご ふあっく ふりょうぜつ ふけんどん ふしんに ふじゃけん
○次に 発菩提心(ほつぼだいしん) *三遍
白浄(びゃくじょう)の信心を 発(お)こして 無上(むじょう)の菩提(ぼだい)を求む
願わくは 自他もろともに仏の道を悟りて 生死(しょうじ)の海を渡り 解脱(げだつ)の彼岸に到らん
おんぼうじ しった ぼだはだやみ ×3
○次に 三摩耶戒(さんまやかい) *三遍
我らは 御仏の子なり ひとえに 如来大悲の本誓(ほんぜい)を仰いで 不二(ふに)の浄信(じょうしん)に安住し
菩薩利他(ぼさつりた)の行業(ぎょうごう)を励みて 法身(みほとけ)の慧命(いのち)を相続し奉らん
おん さんまや さとばん ×3
○次に 開経偈(かいきょうげ)
無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は 百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭(あ)い遇(あ)うこと かたし
我いま 見聞(けんもん)し 受持(じゅじ)することを得たり 願わくは 如来の真実義を 解(げ)し奉らん
○次に 理趣経、観音経など随意
○次に 般若心経
般若心経は 仏教の精要(せいよう) 密蔵(みつぞう)の肝心なり
このゆえに 誦持講供(じゅじこうく)すれば 苦を抜き 楽を与え
修習思惟(しゅうじゅうしゆい)すれば 道(どう)を得 通(つう)を起こす
まことにこれ 世間の闇を照らす 明燈(みょうとう)にして
生死(しょうじ)の海を渡す船筏(いかだ)なり
深く讃仰(さんごう)し 至心(ししん)に 読誦(どくじゅ)し奉る
般若心経 一巻
佛説摩訶般若波羅蜜多心経
ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょう
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
かんじーざいぼーさー ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたじー しょーけんごううんかいくー
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
どーいっさいくーやく しゃーりーしー しきふーいーくー くーふーいーしき しきそくぜーくー
空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
くーそくぜーしき じゅーそーぎょーしき やくぶーにょーぜー しゃーりーしー ぜーしょーほうくーそう
不生不滅不垢不浄不増不減 是故空中無色
ふーしょうふーめつふーくーふーじょうふーぞうふーげん ぜーこーくーじゅうむーしき
無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
むーじゅーそうぎょうしき むーげんにーびーぜっしんい むーしきしょうこうみーそくほう
無眼界 乃至無意識界 無無明亦無無明尽 乃至無老死
むーげんかい むーいーしきかい むーむーみょうやくむーむーみょうじん ないしーむーろうしー
亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得以無所得故
やくむーろーしーじん むーくーじゅうめつどう むーちーやくむーとくいーむーしょーとっこー
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣碍無罣碍故
ぼーだいさったー えーはんにゃーはーらーみーたーこー しんむーけいげーむーけいげーこー
無有恐怖遠離一切 顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏
むーうーくーふーおんりーいっさい てんどーむーそうくーぎょうねーはんさんぜーしょーぶつ
依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
えーはんにゃーはーらーみーたーこー とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
故知般若波羅蜜多 是大神呪是大明呪 是無上呪
こーちーはんやーはーらーみーたー ぜーだいじんしゅーぜーだいみょうしゅー ぜーむーじょうしゅー
是無等等 呪能除一切苦 真実不虚故説
ぜーむーとうどう しゅーのうじょーいっさいくー しんじつふーこーこーせつ
般若波羅蜜多呪 即説呪曰
はんやーはーらーみーたーしゅ そくせつしゅーわつ
羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦菩提娑婆訶 般若心経
ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー はらそうぎゃーてーぼーでぃそわか はんにゃしんぎょう
○次に 十三仏真言 各三遍
1、 不動明王 のうまくさんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
2、 釈迦如来 のうまくさんまんだ ぼだなん ばく
3、 文殊菩薩 おん あらはしゃのう
4、 普賢菩薩 おん さんまや さとばん
5、 地蔵菩薩 おん かかかび さんまえい そわか
6、 弥勒菩薩 おん まいたれいや そわか
7、 薬師如来 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
8、 観世音菩薩 おん あろりきゃ そわか
9、 勢至菩薩 おん さんざんさく そわか
10、阿弥陀如来 おん あみりた ていせい から うん
11、阿閃如来 おん あきしゅびや うん
12、大日如来 おん あびらうんけん ばざら だとばん
13、虚空蔵菩薩 のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか
*他にご本尊ご真言など
我家の場合は、以下の通り。各三遍。
降三世明王 おん そんに ばさら うんはった
妙見菩薩 おん まか しりえい じりべい そわか
白蛇さま おん めい きゃしゃにえい そわか
龍神菩薩 おん きゃだ うんはった
千手観音 おん ばさら たらま きりく そわか
*真言宗の勤行において、十三仏真言をお唱えするのは、お亡くなりになった霊を弔う追善供養の大きな意義があるお経。
そういう意味においても、他に特に信仰するご本尊などいらっしゃる場合は、十三仏真言と重なっていても分けられた方が良い。
印の結べる人は、是非印を結びながら唱えよう。十三仏の印の画像はこちら。
○次に 光明真言(こうみょうしんごん) *三遍
唱え奉る光明真言は 大日普門(だいにちふもん)の万徳(まんどく)を二十三字に集めたり
おのれを空(むな)しゅうして 一心にとなえたてまつれば みほとけの光明に 照らされて
三妄(まよい)の霧おのずからはれ 浄心(じょうしん)の玉 明らかにして 真如(しんにょ)の月 まどかならん
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん
○次に 御宝号(ごほうごう) *三遍 或いは七遍
高野(たかの)の山に身をとどめ 救いの み手を垂れたもう おしえのみおやに 帰依したてまつる
願わくは 無明長夜(むみょうじょうや)の闇路(やみじ)を照らし 二仏中間(にぶつちゅうげん)の我等を導きたまえ
なむだいしへんじょうこんごう
南無大師遍照金剛
*お大師さまに特に話したい、祈願したいときはこの際に
○次に 祈願文
至心発願 天長地久 即身成仏 密厳国土
しーしんほつがん てんじょうきーきゅう そくしんじょうぶつ みつごんこくど
風雨順時 五穀豊饒 万邦協和 諸人快楽
ふううーじゅんじー ごーこくぶーにょう ばんぽうきょうわ しょーにんけーらく
乃至法界 平等利益
ないしーほうかい びょうどうりーやく
○次に 回向
願わくは この功徳(くどく)をもって あまねく一切に及ぼし
われらと衆生(しゅじょう)とみなともに仏道(ぶつどう )を成(じょう)ぜん
願以此功徳(がんにしくどく) 普及於一切(ふぎゅうおいっさい)
我等與衆生(がとうよしゅじょう) 皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
以上。朝の勤行おわり。
2008年12月23日
画像は、『高野山真言宗壇信徒手帳』である。左が2008年版、右が来年2009年版。中身は、4ページから14ページまでの、11ページ分を除けば全て同じ。
そのページには何が書いてあるかというと、2008年版が『真魚少年の苦悩と理想』大師の願い その一と題されている。2009年版は、大師の願い その二になるわけだが、題目が『三教指帰・仏道修行』とされている。
わずか11ページだが、中々読み応えがあって、「三教指帰に見られる仏教観」や、「お大師さまの出家宣言」などについて細かく書かれている。また機会があればご紹介したいと思う。
今回はその中から、仏前勤行次第をご紹介しませう。
高野山真言宗の檀家は勿論だろうが、自分も毎朝の勤行はこれに沿って修している。
同じ真言宗でも、東寺や智山派、豊山派など宗派によって内容は若干異なる。
勤行次第については何度かご紹介していると思うが、今回敢えてご紹介するのは、この勤行次第では、
日本語で分かりやすく噛み砕いた書かれ方がされているので、例えば懺悔文で「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴・・・」と
スラスラ唱えられるようになっても、その意味が分からないままでは、いつまでも心の入りようがない。
そこでこの勤行次第のように、「無始(むし)よりこの方 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて 身と口と意(こころ)とに・・・」
と、砕いて前置きがあると、その後にくる「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴・・・」も意味が飲み込めて、心も移入しやすい。
お経は心で唱えるもの。事務的でもなければ、仕事でもない。まぁそんなことを少しでも感じながら、また考えながらご利用して下されば幸いである。
またこれから四国遍路へ行かれる方などは、この勤行次第を覚えておくと随分と楽になると思う。
『高野山真言宗 仏前勤行次第』
○合掌礼拝(がっしょうらいはい)
「恭しく御仏を礼拝し奉る」
*五体投地、坐して略式三礼(三回礼拝)は随意。
*おん さるば たたーがた はんなまんなのう きゃろみ *三遍
○先ず 懺悔(さんげ)
無始(むし)よりこの方 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて 身と口と意(こころ)とに
造るところの もろもろの つみとがを みな悉く 懺悔し奉る
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴
がしゃくしょじょうしょあくごう かいゆむしとんじんち
従身語意之所生 一切我今皆懺悔
じゅうしんごいししょしょう いっさいがこんかいさんげ
○次に 三帰(さんき) *三遍
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで
深く三宝(さんぼう)に 帰依(きえ)し奉らん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏 帰依法 帰依僧
でしむこう じんみらいさい きえぶつ きえほう きえそう
○次に 三竟(さんきょう) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで ひたすら三宝に 帰依し奉り
とこしなえに かわることなからん
弟子某甲 尽未来際 帰依仏竟 帰依法竟 帰依僧竟
でしむこう じんみらいさい きえぶっきょう きえほうきょう きえそうきょう
○次に十善戒(じゅうぜんかい) *三遍
この身 今生より 未来際を尽くすまで 十善の 御教えを 守り奉らん
弟子某甲 尽未来際 不殺生 不偸盗 不邪淫 不妄語
でしむこう じんみらいさい ふせっしょう ふちゅうとう ふじゃいん ふもうご
不綺語 不悪口 不両舌 不慳貪 不瞋恚 不邪見
ふきご ふあっく ふりょうぜつ ふけんどん ふしんに ふじゃけん
○次に 発菩提心(ほつぼだいしん) *三遍
白浄(びゃくじょう)の信心を 発(お)こして 無上(むじょう)の菩提(ぼだい)を求む
願わくは 自他もろともに仏の道を悟りて 生死(しょうじ)の海を渡り 解脱(げだつ)の彼岸に到らん
おんぼうじ しった ぼだはだやみ ×3
○次に 三摩耶戒(さんまやかい) *三遍
我らは 御仏の子なり ひとえに 如来大悲の本誓(ほんぜい)を仰いで 不二(ふに)の浄信(じょうしん)に安住し
菩薩利他(ぼさつりた)の行業(ぎょうごう)を励みて 法身(みほとけ)の慧命(いのち)を相続し奉らん
おん さんまや さとばん ×3
○次に 開経偈(かいきょうげ)
無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は 百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも遭(あ)い遇(あ)うこと かたし
我いま 見聞(けんもん)し 受持(じゅじ)することを得たり 願わくは 如来の真実義を 解(げ)し奉らん
○次に 理趣経、観音経など随意
○次に 般若心経
般若心経は 仏教の精要(せいよう) 密蔵(みつぞう)の肝心なり
このゆえに 誦持講供(じゅじこうく)すれば 苦を抜き 楽を与え
修習思惟(しゅうじゅうしゆい)すれば 道(どう)を得 通(つう)を起こす
まことにこれ 世間の闇を照らす 明燈(みょうとう)にして
生死(しょうじ)の海を渡す船筏(いかだ)なり
深く讃仰(さんごう)し 至心(ししん)に 読誦(どくじゅ)し奉る
般若心経 一巻
佛説摩訶般若波羅蜜多心経
ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょう
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空
かんじーざいぼーさー ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたじー しょーけんごううんかいくー
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空
どーいっさいくーやく しゃーりーしー しきふーいーくー くーふーいーしき しきそくぜーくー
空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
くーそくぜーしき じゅーそーぎょーしき やくぶーにょーぜー しゃーりーしー ぜーしょーほうくーそう
不生不滅不垢不浄不増不減 是故空中無色
ふーしょうふーめつふーくーふーじょうふーぞうふーげん ぜーこーくーじゅうむーしき
無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
むーじゅーそうぎょうしき むーげんにーびーぜっしんい むーしきしょうこうみーそくほう
無眼界 乃至無意識界 無無明亦無無明尽 乃至無老死
むーげんかい むーいーしきかい むーむーみょうやくむーむーみょうじん ないしーむーろうしー
亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得以無所得故
やくむーろーしーじん むーくーじゅうめつどう むーちーやくむーとくいーむーしょーとっこー
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣碍無罣碍故
ぼーだいさったー えーはんにゃーはーらーみーたーこー しんむーけいげーむーけいげーこー
無有恐怖遠離一切 顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏
むーうーくーふーおんりーいっさい てんどーむーそうくーぎょうねーはんさんぜーしょーぶつ
依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
えーはんにゃーはーらーみーたーこー とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
故知般若波羅蜜多 是大神呪是大明呪 是無上呪
こーちーはんやーはーらーみーたー ぜーだいじんしゅーぜーだいみょうしゅー ぜーむーじょうしゅー
是無等等 呪能除一切苦 真実不虚故説
ぜーむーとうどう しゅーのうじょーいっさいくー しんじつふーこーこーせつ
般若波羅蜜多呪 即説呪曰
はんやーはーらーみーたーしゅ そくせつしゅーわつ
羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦菩提娑婆訶 般若心経
ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー はらそうぎゃーてーぼーでぃそわか はんにゃしんぎょう
○次に 十三仏真言 各三遍
1、 不動明王 のうまくさんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん
2、 釈迦如来 のうまくさんまんだ ぼだなん ばく
3、 文殊菩薩 おん あらはしゃのう
4、 普賢菩薩 おん さんまや さとばん
5、 地蔵菩薩 おん かかかび さんまえい そわか
6、 弥勒菩薩 おん まいたれいや そわか
7、 薬師如来 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
8、 観世音菩薩 おん あろりきゃ そわか
9、 勢至菩薩 おん さんざんさく そわか
10、阿弥陀如来 おん あみりた ていせい から うん
11、阿閃如来 おん あきしゅびや うん
12、大日如来 おん あびらうんけん ばざら だとばん
13、虚空蔵菩薩 のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんありきゃ まりぼり そわか
*他にご本尊ご真言など
*真言宗の勤行において、十三仏真言をお唱えするのは、お亡くなりになった霊を弔う追善供養の大きな意義があるお経。
そういう意味においても、他に特に信仰するご本尊などいらっしゃる場合は、十三仏真言と重なっていても分けられた方が良い。
印の結べる人は、是非印を結びながら唱えよう。十三仏の印の画像はこちら。
○次に 光明真言(こうみょうしんごん) *三遍
唱え奉る光明真言は 大日普門(だいにちふもん)の万徳(まんどく)を二十三字に集めたり
おのれを空(むな)しゅうして 一心にとなえたてまつれば みほとけの光明に 照らされて
三妄(まよい)の霧おのずからはれ 浄心(じょうしん)の玉 明らかにして 真如(しんにょ)の月 まどかならん
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん
○次に 御宝号(ごほうごう) *三遍 或いは七遍
高野(たかの)の山に身をとどめ 救いの み手を垂れたもう おしえのみおやに 帰依したてまつる
願わくは 無明長夜(むみょうじょうや)の闇路(やみじ)を照らし 二仏中間(にぶつちゅうげん)の我等を導きたまえ
なむだいしへんじょうこんごう
南無大師遍照金剛
*お大師さまに特に話したい、祈願したいときはこの際に
○次に 祈願文
至心発願 天長地久 即身成仏 密厳国土
しーしんほつがん てんじょうきーきゅう そくしんじょうぶつ みつごんこくど
風雨順時 五穀豊饒 万邦協和 諸人快楽
ふううーじゅんじー ごーこくぶーにょう ばんぽうきょうわ しょーにんけーらく
乃至法界 平等利益
ないしーほうかい びょうどうりーやく
○次に 回向
願わくは この功徳(くどく)をもって あまねく一切に及ぼし
われらと衆生(しゅじょう)とみなともに仏道(ぶつどう )を成(じょう)ぜん
願以此功徳(がんにしくどく) 普及於一切(ふぎゅうおいっさい)
我等與衆生(がとうよしゅじょう) 皆共成佛道(かいぐじょうぶつどう)
以上



















