供養いろいろ

2011年04月29日


『彼の人の四十九日忍びて、比叡の法華堂にて、ことそがず装束よりはじめてさるべきものども、 細かに誦経などせさせ給う。経仏の飾りまで愚かならず』〜源氏物語・夕顔〜


震災発生より四十九日。4月28日午後4時現在で死者1万4575名、行方不明者は1万1324名。1か月以上が過ぎた今もなお、18都道県の概ね2500か所の避難所でおよそ13万人が避難生活を強いられる。家屋被害は、全壊と半壊合わせおよそ10万6400戸、一部損壊の建物は22万3600戸を超える。

ディズニーランドの再開に喜ぶ人たちもいる。地震当日、来日早々にビックリして走り回った上野のパンダも、ようやく観覧できるのだとか。然れど、震災で夫を妻を子を親を兄弟を失った遺族や、大切な恋人を師弟を、世話になった上司を面倒見た部下を失い、悲しみに打ちひしがれた方にはやるべきことがまずある。

そしてそれは亦、我々僧侶としても仕事ではなく正に息をするのも同様に、今遺族と共に心ひとつに追善供養するのが食ってクソするほど当たり前のことである。自坊があろうがなかろうが、檀家がいようがいまいが、頼まれてようがなかろうが、他宗であろうがそんなものは一切関係ない。


四十九日とは、最後の審判の日である。
出家する前の無心論者の私でも、(しじゅうくにち)この言葉だけは聞いたことがあった。(当時、意味は全く知らなかったし知ろうともしなかったが。)さておき仏教では人は死後、四十九日間を中陰の期と云い六道輪廻の間を彷徨うとされる。

四十九日は七七日(なななぬか)忌とも云う。本来は初七日(しょなぬか)から始まり以後、四十九日まで七日ごとに七度営まれるのを中陰供養と云い、七掛ける七で最後の四十九日を満中陰と云う。死者が本当に旅立ってから三十三回忌までを、十三の仏たちがそれぞれ配され供養される。なので私が出家した機会となった高野山真言宗では、日々の勤行において十三仏真言をお唱えすることとなっている。

こう書いた方が分かりやすい。
審理日数と呼び方、配される仏及び十王としての呼称
*十三仏なのに、なぜ十王なのかは後述する

7日目・初七日(しょなぬか)不動明王/秦広王 しんこうおう
14日・二七日(ふたなぬか)釈迦如来/初江王 しょこうおう
21日・三七日(みなぬか)文珠菩薩/宋帝王 そうていおう
28日・四七日(よなぬか)普賢菩薩/五官王 ごかんおう
35日・五七日(いつなぬか)地蔵菩薩/閻魔王 えんまおう
42日・六七日(むなぬか)弥勒菩薩/変成王 へんじょうおう
49日・七七日(なななぬか)薬師如来/泰山王 たいざんおう
 
百カ日忌 観音菩薩/平等王 びょうどうおう
一周忌  勢至菩薩/都市王 としおう
三回忌  阿弥陀如来/五道転輪王 ごどうてんりんおう
七回忌  阿しゅく如来
十三回忌  大日如来
三十三回忌 虚空菩薩


そもそも最後の審理とは何か?
仏教では人は死んでも、この四十九日間はまだあの世へは旅立っておらず、云わば現世と来世の中間と云うか、死んでもなければ生きてもない状況にある。要は、やがて新しい生を受けるまでの待機期間と定められている。これを忌中(きちゅう)と世間では云う。私も以前はそうだったが、喪中(もちゅう)と一緒にする人がいるが喪中とは一般的に一周忌までを差す。ではその間、一体どこに居て何を待っているのか。

子供の頃、婆ちゃんに悪さばかりすれば、地獄に落とされ散々な目に合わされると地獄絵図を見せられた。嘘をつけば閻魔さまに舌をペンチで抜かれて喋れなくなると。よく脅された。

因果応報は仏教と関係なくもよく聞くだろう。
良くも悪くも自らしてきたことは、後に自らに全て降りかかる。悪を咎め善を勧める「因果応報・勧善懲悪」仏教の根幹であり揺るがせぬ宇宙の法則でもある。

とはいえ、人は善悪一体の生き物である。誰かにとって最愛の人は、誰かにとって最悪の人でもあり、頼れる国家元首は他国にとって悪魔でもあったりする。


まー兎に角、生きていた頃に起こした善行・悪行について初七日から七日毎に、十王によって冥土で尋問・審理が行われるのである。誰もが七回全ての審理を受けるのではない、審理過程で問題が無いと判断された場合は次の審理は回避され、イチ抜けして転生していくのだ。要するにいい人ね。因みに私は絶対最後までいると思う。何でも経験したがりだから、七回ぜんぶ受けたいし十王全員にも会いたいしね。もう行け!と云われても、フザけんな!と云われても留まると思う。

この最後の審判が薬師如来こと泰山王が受け持つ、四十九日である。私のように最後まで残る人は、いよいよヤバイと云うところか。然し、薬師如来もその他の王たち(裁判官)も鬼ではなく、仏だと云うところがミソなのだ。この間に、遺族や僧侶たちが懸命に追善供養することがエールとなり、裁判官に対し少しでも故人の刑罰執行に情状酌量余地を生むことになる。地獄に落ちる人も落とさないであげて下さい。これが本当の冥福を祈ると云う意味である。

大川小学校児童を亡くした親たちは一様に、『どうしてあんないい子が死ぬなんて』と嘆き悲しんでいるだろう。然し、その子がいい子かどうかは主観的なもの。じゃあ隣の子は死んでいいのかとなるからだ。誰かにとって大切な人も亦然り。人の命は皆平等。少なくとも私たち僧侶は生きとし生けるものの差別選別をしてはならない。だから私たちは分け隔てなく普く祈り続ける。

余談だが、仮に祈り届かず(いや、祈りきれぬほど悪行重ねた輩か?)六道輪廻最悪コース、地獄道・餓鬼道・畜生道の三悪道に決議護送されたとしても、実はまだ再審と云う救済措置の温情があるのだ。それが、百カ日忌から一周忌、三回忌までの間。だから十三仏に対し、審理官は十人(十王)しか居ない。

この間に三悪道に落ちた本人が嘆かず諦めず模範囚となり、善業や修養を積み、また遺族や僧侶によって命日などの法事などが正しく行われれば三悪道から救い出される。既に上の修羅道・人道・天道に居たならば更に徳が積まれ、六道輪廻を超えもっと上の世界に転生できる事となっている。


四十九日間、あの世とこの世の間を彷徨う拘置所にあるが如き霊魂は、必ず最後の審判により結審が下され六道輪廻の輪廻先が決まる。この重要な日に、現世(げんせ=この世側)で遺族や僧侶が供養をすると、積まれた善業(ぜんごう)が故人にも及ぶ。故人が出来るだけ善い世界に生まれ変われるよう善業を積み重ねること、これを追善供養と云う。

同時に四十九日とは、「忌」明けとも云い、六道輪廻が終了して忌の汚れが禊ぎ祓われたことを祝う行事でもある。盛大に法要が営まれるのはそういった理由からだ。従って故人がせめて、せめて間断容赦なき三悪道にだけは落ちぬよう、現世に残った遺族の、亦我々僧侶による追善供養(回向)が亡者救済のため、とても重要だと云うことになる。


本日もご愛読おおきに
誠に有難う御座いました。

願わくばこの功徳を以って遍く一切に及ぼし
我らと衆生と皆共に仏道を成じ尊天上様に導かれんこと尊きや

感謝合掌
北斗 法蓮 百拝


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2009年11月15日

ご報告することが能うけあんのに
ブログの更新が遅ぉなってしもて

ホンマ申し訳おまへん


・・・


携帯ホンマ、
面倒くさいんでw

嫌いですねん
携帯メールも


ひーこらへーこら云うて
やっとこさ最前、溜まってた画像も
PICSへアップしぃので・・

宜しければ、更新遅れてますし
本日分、(16日)までの上げましたさかい

私が何やっとるんか?、
画像で空想して妄想して下さいw

11月のカレンダー


やれやれ

ふぅうううう



さぁ気ぃ取り直して//

今日は何の日?15日。

まー朔日市と15日は、
いつもの通りなんでっけど

前日の深夜は本年最後の甲子祭(きのえねさい)。

この一年、お世話になった妙義山の山頂にある、
大黒神社へ行かんワケに行きまへん。


っちゅうことで


甲子祭・大黒神社


行って参りました。

祈祷祭の開始は深夜23時半。

なんで?

大黒さまは子の刻、
即ち、23時から翌1時に祈祷するんがホンマなんですね。

そやから、丁度中刻の零時を挟んで始まります。

甲子祭・大黒神社


相変わらず写真がヘタくそで
ぶっとぶような画像ですがw


話し変わりますけど
この大黒神社へと続く長い山道。

ハッキリ云うて、真っ暗けです。
街灯一切なし。

右へ左へ繰り返す直線が10mもない道。

クルマを運転しながら、
もし、このブラインドカーブの先に
人がいても避けきれんな・・

そう思ったとき

ふと、
歩き遍路でのことを思い出しました。


幾度か四国で、
ムリをして遅くまで歩き通した中で、
こんな真っ暗な山道も歩きました。

そんな時間に
こんな歩道もない山道を歩くのは自分の勝手。

その勝手でクルマに引かれても
しゃーないと思いました。

そこで果てるようなら
そこまでの人生、そこまでの天命。

そう腹くくって

次のカーブまで生きられたら
その次のカーブまで引かれんかったら

そない思いながら
命がけで宿まで歩いたモンです。

何度も顔面スレスレに
大型トラックが行き交いました。

四国では心なく
年がら年中、ど発狂してドライバーたちに

「コラァ!降りてこんかい!
どこ観とんじゃボケェッ!」

と、・・

怒鳴りつけてましたがw



いやホンマ、冗談抜きで、


こら
絶対避けきれまへんわw



甲子祭・大黒神社


着いたらもぉ
結構、皆さん集まっておられて

まぁ土曜日やし、
毎年、最後の甲子祭は一番御利益があると
云われてますさかいね。

私みたいに
一年の御礼参りを兼ねてる人も多いでしょう。


大黒神社まで自宅から片道45km。
深夜で道が空いてても帰宅して2時半でした。



少し寝て


PA0_0047


朝一9時にスーパーへ
仏花と榊を買いに行き


甲子祭 お供え黒豆煮


自宅仏前での甲子法要のため
黒豆を煮て


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御仏像を順々に
埃を払って、キレイに拭き上げて


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聖天さま、三面大黒天さま、愛染明王さま
空海大阿闍梨さま、ご先祖さま、両部界曼陀羅

の六ヶ所の敷き布を交換するため
細々したものを全部一旦撤去し洗濯し


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香炉の灰を整え、
畳を拭き上げて


お天気良かったんで洗濯二回
掃除機掛けて、床磨きして、勤行して

ほんでやっと
不動寺と産土の神、五霊神社へ
お参りに出ます。


PA0_0039


これはご近所の不動寺
御前立、聖観音さまが守護される墓地入り口。


日々の勤行の中で私は、

「こんにちまでの戦争や震災、
毎日の事件事故病気怪我や飢えで

亡くなられた全世界の方々の
ご冥福をお祈りすると共に

生きとし生けるもの全ての
果てた命をご供養申上げ奉らん」


そう祈念している私にとって
そんな私にとって

この不動寺の檀家さんであろうと
誰であろうと何宗であっても一切関係なく

亡くなった命は蟻んこに到るまで
全てご供養の対象なのです


だからいつも此処で私は
弥陀讃(みださん)を捧げるのです。

そう、あの・・
言問橋(ことといばし)の袂と同じように。


追善供養(ついぜんくよう)。
荘厳浄土(しょうごんじょうど)。
佛果増進(ぶっかぞうしん)。
先祖累代一切聖霊(せんぞるいだいいっさいしょうりょう)。
有縁無縁(うえんむえん)。怨親平等(おんしんびょうどう)。
出離生死(しゅつりしょうじ)。証大菩提(しょうだいぼだい)。

尚、此勝縁(このしょうえん)によって、
当家各々(とうけかくかく)願行相続(がんぎょうそうぞく)。
子孫繁栄(しそんはんえい)。二世安樂(にせあんらく)。
如来大悲哀愍護念(にょらいだいひあいみんごねん)。

南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏



本日もご愛読、誠に有難う御座いました。
感謝合掌 法蓮

厭離穢土欣求密厳浄土
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道

断食行 二日目


taihei0440 at 23:44コメント(0)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2009年08月29日

吹き出し当ブログを艶やかに飾る
トップ画像は例の如く、tokotyan2さんの直リンク。
いやはや、ホンマにいっつも有難う御座います。おおきに。

さて、本稿は水沢観音水子供養の後編でおます。
どっからでしたかね?・・・


090824_0612~0001← ← ここかな?

誰も居てへん境内で、お灯明を燈します。
お灯明をどこに差したかて、全然構しまへんねやけど
ちゃんといっちゃん奥から。歩き遍路で学んだマナーしっかり守ります。

周知の如く、私は決して真面目な人間やおまへんけど、
神仏とのっちゅうか、んー御大師さんとですかね・・
御四国での習慣の名残ですから。

・・との約束、お決まりごとっちゅうんは、
やはり、神仏との諸々なる所作一切の誓願同様に
誰も見てへん、居る居らん関係なしに守りたいモンです。
妙なトコ、(どんなトコ?w)異常に堅いっ!法蓮で御座居ます。


吹き出し
水澤観音 境内図。

画像は、HPへ直リンク。

私の今、居るところは画面やや左の本堂前。
下の方に、仁王門がありまっしゃろ?

そっから登ってきましてん。


090824_0612~0002本堂の正面です。
ちなみに、水沢観音っちゅうんは通称で
ホンマは、"五徳山 水澤寺" っちゅうんですけどね。

まー、東京の深川不動とかって、どこのお寺も
こーゆー通り名っちゅうか、地元民に親しまれた、
昔からの呼び名があるもんでんな。

ご本尊は、十一面千手観世音さま。
聖天信仰者の私たちには、ご縁深いご本尊さまですね。

この本堂は、右隣にある六角堂と同様に、
天明七年の竣工。彫刻の全てが掘り抜きとなってま。


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六角堂の反対側。

本堂を左手に見ると、奥に見えるのが水子供養塔です。



吹き出し
板東三十三観音霊場 第十六番札所
水澤観音へのアクセス(HPへ直リンク)

住所:群馬県北群馬郡伊香保町水澤214−1
祈願供養相談:Tel 0279-72-3619




090824_0614~0002
中央に鎮座されておるんが、水子地蔵尊さま。
ちょっと、・・例の如くっちゅうか
写真のテクも機材も最悪なんで、庵上(あんじょう)
≒良く 分かりにくいと思いまっけど、

地蔵尊の足元に、二人の小っちゃい子供が居てます。
まるで、お地蔵さんに縋るように両手を伸ばして。

この子供たちは、賽の河原で鬼らに虐められておるそうです。
不安で不安で、・・怖ぁて怖ぁて、・・
パパぁ!ママぁ!どこに居てんの! っちゅうて、叫んどるんですね。

そんな命がけで縋りついて来た子供らを、
優しゅうにしっかりと、御守下さっとるのがこの水子地蔵尊さまでおま。


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ゴディバ、ベルンなど戴き物のチョコや菓子。
それに、ちょっとしてオモチャの入ったセットと折鶴を添えて。

歩き遍路のときの残り、遍路札(納め札)に名前を書いて
一緒に水子地蔵の足元へ奉納します。


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小さなお地蔵さんがいっぱい。

墓参り用のお線香を一束持参したので、菓子の箱を破って
火を起して。 お線香全体を炙ります。

お地蔵さんの両脇に並べられた、沢山の花束。
私めは、仏花を忘れました。
ごめんなさい。

経台の上に見えるのは、私の数珠。
ここで、こうべを垂れて五体投地し、
坐したまま心経、観音経、弥陀讃を唱えました。


水澤観音のご住職による、水子供養は一万円から。
本堂と、水子地蔵前と二箇所で拝んで下さり、ちゃんと塔婆も立ちます。

受付は、10時〜16時なのでこの時間は誰も居ません。
然し、私も不肖ながら今や坊主の身。自身で心を込めて供養します。

・・・・

まさか、ここに初めて供養に訪れた際は、自分で経を上げ供養するなどとは
夢にも思っておりませんでした。

そして、発心したのち。
心経ぐらいは唱えられるようになったときも、ご住職にお願いしておりました。
その際、ご住職にこう云われたのを思い出します。

「なにか、特別な修行をされているんですか?」と。

・・・

なぜ、ご住職が私のことをそう見られたのか?
未だにその理由が分かりません。
そのときなど、今に比べもっともっと俗世の人間に近い感覚で
居ったでしょうし、歩き遍路にも出ていません。

モチロン、修行ってったって
大したコトなんか、何にもしてない時期です。

・・

なぜ、そう思われたんでしょうかね。
いつか、伺ってみたいと思います。・・・
って、覚えてねーかw。


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参拝供養終え、喫煙所で暫し一服。

鯉の泳ぐ、この池と云い、周囲の小川と云い、
淨らかで涼しげな水の流れる音が、とても心地良い朝でした。

ふと、本堂の方を振り返れば
《広大無辺》の文字。

以前は、意味が分からないどころか気付きもしませんでした。
然し、今なら意味を鑑みることが出来ます。

観音さまは、広大無辺な御慈悲の御心で
私たちを常にお救い下さっておるのです。
この言葉は、観音さまの御誓願、御心そのものでありましょう。


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水澤観音の立地は、関越自動車道・渋川インターから
榛名湖や、伊香保温泉に向かう途中にあることから、
街道には、ラブホテルが立ち並び、また那須高原には
遠く及びませんが、博物館やの何とか館やのがあります。

画像もその何とか館のひとつ。
オモロイんで写真撮って来ました。

未だ、入ったことないんですけどね。
今度いっぺん探検してきまっさ。


ほなこれで、水澤観音参拝供養の巻きはお終いですわ。
例年、私の水子供養が終われば、今年の葉月も終わりに近づきます。

それでは皆さん、ごめんやっしゃ。
おおおきに、有難う御座いました。


感謝合掌
法蓮 百億拝




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2009年08月24日

エライこっちゃ! エライこっちゃ!
エライこっちゃ! エライこってす!


昨夜深夜、三時半過ぎのこと。
BBTVで録画するものがあるので、例のチャンネルを手動で
切り替えに寝室へと降りましたです。

勤行中だったのですが、アラームが鳴ったので開始まで5分。
眠くて眠くて、もーろーとしたままのお勤めだったのもあり、一旦中座。

さすれば、寝室のベッドのすぐ脇に、テレビなどがあるワケで、
必然、ベッドに腰掛けて、いつもようにリモコンでチャンネルを切り替え
さぁ、気分を入れ直し顔でも洗って、また勤行の続きを。

すると、家内の声が聴こえて・・・
「もぉ〜テレビ付けっぱなんだからぁ」と。 ・・「はぁ?何がやねん?」
「二階もぜ〜んぶ付けっぱじゃぁーん」と。 ・・「はぁああ?二階ぃ?」

そーです。w
そのまんま、寝てもうたみたいです。バタっと。
袈裟も着けたままっちゅうんが、ナンとも私も坊主っぽくなったモンですw。
って、そんなとこで一人関心してんと、焦って時間を見ましたら五時前です。

本日は、マジシャン高橋司 IN高崎ライヴ 二度目の来日w。
その他にも大事な大事な佛用があって、元々は寝やんつもりでした。
それがこともあろうに、こんな日に限って寝てまうとは!ナンという為体。
然も、ブログ書いてへんし! 今日はほとんど書く時間あれへんし!

どないすんじゃオイっ! エライこっちゃエライこっちゃ と、
ただですら、自分にイラついたところへ以って、家内が追い打ちをかける如く

「ホントもぉ〜録らないなら消してよねぇ」
とかナンとか・・能う覚えてませんが。

「じゃかましわい!ゴチャゴチャ抜かすな!」
「オドレやってもうたことないんかい?ナンボのモンじゃい!」

・・・・

その問答寸前に。こっちもやや寝惚けながらですが、
現実経過時間を把握したのち、袈裟を着けたままの自分にも気付いて家内に、
「あぁ寝てもうたんやのぉ〜、ホレ見てみぃ。袈裟まで着けとるしw」と、
笑ってみせたような、気ぃもせんでもなきにしも非ず。

その上で、家内も寝惚けておるとはいえ、
そんな、電気付けっぱに異常なまでに過敏な家内であることも知った上でも。
ムカつくもんはムカつきます。ゴチャゴチャ抜かすヤツは誰であろうと。


すんまへんな。気ぃ取り直して。筆舐め直して。
ほんでもって、飛び起きて。

一頻り、ど発狂したら部屋あとに、すぐさま顔洗ぉて身支度して。
ホンマの予定では、どうせ起きとるんなら、久々少林山達磨寺行って坐禅して。
それから、出掛けようと思ってたんですが。早朝座禅会は、五時前に本堂集合。

あ、坐禅だけやと六時で・・やったかな?多分・・五時半?
兎に角、五時前に行かんと坐禅前に行なう勤行に参加したいんで。
その予定は水泡と化したんで。

お線香一束、ろうそく二本、お供え物、お数珠、袈裟。
それに名刺代わりの納め札(遍路札)。
あとはいつもエプロン締めて、ポケットにICレコーダーと携帯。
首からはカウンターくん、ぶら下げて。とっととクルマに飛び乗る。


どこ行くの?んな急いで。
水沢です。水沢観音。渋川市なんで遠いんです。(隣の隣の市)

何しに行くの?今日に限って。
水沢と云えば、水子供養でんがな。
今日は丁度、私にとって最後の水子の命日なんどす。

最後の?って・・
最後っちゅうんは、それ以前も存在する。
複数ある、単独やないっちゅう意味でんがな。


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水沢観音淨水場にて。
さすが山合の寺でんな〜水が冷たぁて、
メッチャ気持ちええですわぁ。

オンボロSUVで駆け上がってきたら、
少〜々〜クルマが、お疲れ気味ぎみ。

ラジエターも水漏れしとるんで、
ボンネット開けて、焦げかけたトコへ淨水をば、じゃーっと。
ほんで、そのままボンネットは開けたまんま放置。参拝へ。


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前にもこの寺は幾度か紹介してまっけど、
水沢観音は、坂東三十三観音霊場の拾六番札所。

いつの日か、極めて近い将来、
この寺を、巡礼地として参る日が来ることを喜びつつ
石段に我が足を踏み入れませう。

実はこの寺も、既述の高崎清水寺や達磨寺と同様、
本堂近くまで、ってか下がるぐらいのもっと山上に
大きな駐車場がおます。この石段下は駐車場もなく、
まずこっから上がる人は、あんま居らんのとちゃいまっしゃろか。


石段下090824_0605~0002 仁王山門090824_0607~0001 風神雷神090824_0607~0002


淨水場脇の石の階段、最下段から。
テクテク登ると、次に居わすのが仁王山門。

両仁王さまにご挨拶。
山門をくぐりながら、右手を観れば
そこには、風神雷神さまも居わす。


090824_0608~0001 090824_0609~0001 090824_0609~0002

仁王山門くぐれば、最後の石段。
そこには、両脇にこんな灯籠が・・。

よしの、京子、かぐや、小はん、かえで、に福弥。
江戸文字っぽく書かれたのは、どれも女性の名前?

どんな由緒があるんか?
今度、住職に訊いてみようっと。


090824_0610~0001
この画像の時刻を観れば、六時十分。
寺務所にもまだ誰も居やしない。

ひっそり静かな境内。
大自然に抱かれし山寺は宣しおまんなやっぱし。
この荘厳さ・・神々(こうごう)しさ・・。
四国歩き遍路においても、やはり山寺の方が私は好きでした。


・・・・

・・・・・・・・

時間が来てしまいました。
今からマジシャンをお迎えに行かねば。



実は是。
朝の書きかけでして

・・・・


朝一発目、
06:00 水沢参拝供養

07:45 帰宅

メシ炊いて

掃除機かけて

お給仕して

洗濯回して

キッチンマットも一緒にね

ほんでもって床も拭いて

したら洗濯モン干して

ほれからブランチ作って

ほんだらブランチ喰って

もう、10時半で

わずかな時間で、さっきんとこまで書いて

11:10に駅に着く、マジシャン迎えに
10:55に家を出て、クルマん乗って。


ってなワケで、
水沢参拝供養の記事は、次稿#462へ続きます。
マジシャン高橋司 チャリティーマジックショーIN高崎2 
の詳細レポートは、次々稿、#463となるかと思います。

法蓮 合掌



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2009年08月07日

【ご挨拶】
冠省 毎度おいでやす。皆さん、こんにちわ。
本日も神仏のえにしに導かれし希有なご訪問、心より感謝します。
おおきにおおきに。有難う御座います。まぁゆるりと茶ぁでもしばいて下さい。

私は北斗法蓮。全開バリバリ多欲不足の愚坊が魂を投げるエッコラムへようこそ。
そちらさんもコチラさんもささ、どうぞどうぞご遠慮のぉ寛いでくださいや。

私らと共に生き共に仏道のイノベーションを目指しまへんか?
さぁさお立会い!今日も書きまんがな必要以上に不必要なハイテンションブログ。
第444稿、《アムロ行きまーーーーっす!!》誰がアムロやねん?(笑
So just come'n joyinus! Here we go!! Everybody be a Happy life!!


【お目覚めラッシュ到来で御座います】
―The First Introduces:Tsukasa−
ここんとこ、にわかに私の周囲で、"目覚め" ゆく人が続出しておりま。
日中、兄弟ぇマジシャン高橋さんと電話で話しておると、あんな事があった、こ
んなコトもあって、それでこんな風に考えられるようになったんだと、お聴きし
たとき、私は正直鳥肌がぞぞぞぞ立ちました。
それは紛れも無く、彼の悟りへの道標であり、彼自身もそうかもではなく、そう
だと明らかに感じ取っており、それは例えば高速道路で云えば目的のインターチ
ェンジが標識として、ひょこっと頭上に現れたのと類似した状況なのでおます。

然るに彼の、復我々の歩むべき方角は誤っておらんでと云うことであり、彼のル
ーティンがそれを今正に牽引しておる確固たる証拠なのでおます。
私たちが歩んでおる、"この道" は間違ってへんねや。そう私は確信したとともに
、この仏の道と云う名の、途方も無く天に繋がる石段を、サステナブルなこの星
の未来のために、彼と一歩一歩日々踏み上がれる幸せを噛み締めたのでありまし
たです。そんな喜びの余り、《さすが、ワシの兄弟ぇ!》電話を終える間際、彼
にそうその場で伝えました。


−The Second Introduces:Jisen−
続けて昨夜遅く、得度同級生の慈泉さんがブログを更新された通知が受信ボック
スに届きました。既述あるように、私は今、他意はなくとも人のブログを読まな
いようにしておるんですね。
っけど、ちょうど今夜のおかずじゃなくて、今夜のブログは何しよっかな〜と、
下書きネタを保存しておる、テキストファイルを幾つも広げながら思案しておっ
たトコやったんで、慈泉さんのならちょっと休憩〜っと、拝読しに伺ったのであ
ります。

さすれば、当該ブログ記事にはナンと!、彼女も悟りに踏み出した系の文章が綴
られてろうではないでっか。私は驚いて、またまた慣れないコメントをモジモジ
しながらも入れてしまいましたわい(照。
その注目の記事は、【こちら】。慈泉さんもマトリックスのプラグに気付き出
したんでんなぁ〜。彼女も道を歩みだしたんですよ。いやぁ嬉しいですねぇ〜愉
しいですねぇ〜ホンマ喜ばしい限りですわ。一日の終りかけに、こんな嬉しいこ
とがあるっちゅうだけでも、ホンマに有り難い功徳でおまんな。

いや、昨日は実は珍しく疲れに疲れ、朝っぱらからイラつきにイラつき、心穏や
かな時間は勤行時だけ。そう云うても過言ではなかったような一日でありました。
終いにゃ夜んなって、挙句に兄弟ぇにまで噛み付く始末。すんまへんでしたな兄
弟ぇ、ワシはまだまだこんな狂犬病みたいなヤツですわ。本性云うたら。

彼には兎角、いっつも割と生云うてるんですう。キッツイ事ばっかしね。したが
それは、全て愛するが故の言葉であって、(こんなん云うたら気ぃ悪するやろか
いな?)とか、(仲が気不味ぅなるんとちゃうやろか?)とか、そんな我がを保
護するよりも、彼を真に思うての助言ばっかりやったんですが、昨夜のソレは明
らかにいつもとは一線を画す、まるで粗暴獰猛なかつてのままの自分でありました。

《どうしたんですか?法蓮さん!》
彼からの、あの返信メールのひと言がなかったら、更に血ぃ登って発狂してたか
も知れんぐらいの勢いやったんです。
私、昔から分かるんです。自分の頭に血ぃ登ってってんのが。ドクドク音が聞こ
えてきて、そらもぉ身体中のアドレナリンが、グッラグラ沸騰していくんが感じ
取れるんです。キックボクシング現役時代も、試合で負け越しそうに押されだし
たりした時とかに能うなったんですう。《クソッタレがぁあ!》ってね。

まー兎に角、そやって頭ん血ぃ登ってたんが、何や分からんけど兄弟ぇのあの、
たったひと言で、不思議とススーっと引いて行って血の音が消えたんです。
メール読みながら、ビュンビュン冷静に戻っていく自分がハッキリ分かって、同
時に問題に対するアレや是や複数の可能性までも、わずか数秒の間に頭ん中で検
証することが出来てね。たったひと言でっせ。いや、ホンマまるで示唆を与えも
ろぉた御真言のようですわ。

能う人さまは、ナンか取り乱したりしたときにゃ、《あん時はアタシどうかして
たわ》とか、《俺、自分を見失ってたんだ》とかって云いますけど、私の場合は
本性が剥き出しになっとるから、そーゆー人らとは真逆ですわな。

能う分かりました今回の一件で。っちゅうことはアレでんな、そやからやっぱし、
こうして皆さんとお話しさして戴いとる、【北斗法蓮】と云う男の身体には、未っ
だ未っだ、献血したら真っ黒けなドス黒い血ぃがドバーっと飛び出てくるような、
(←実際、かなり濃いんで驚かれますねんけどw。)
ど外道な血がザーザー流れとるんですね。もうだいぶ、きれなったと自分では思
うてたんですけど。トイレの雑巾のようには中々白ぉにはなってくれまへんわ。

いよいよんなったら、ハイターでも呑んだ方がええんやろかの?w。
まーそない、いとも容易く浄化されることを望むなんざ、調子良すぎると云うこ
とでんな。《ちょっとオマエ最近、図に乗っとんちゃうんかい?え?ハネたら刺
すぞコラ!お?》う〜〜〜怖っw。
仏さんにボコボコにしばかれん内に是正せんとあきまへんね。恩に着るで兄弟ぇ。
精進精進未だ未だ至らず。能う分かりましたわ。皆さんも有難う御座いました。


If We arrives at "Buddha".
You will be there too.

Because,
Your routine is our routine, too.

もし私たちが完全に目覚めたのならば、
貴方たちも同じくそこに至るでしょう

なぜならば、
私たちの日常とは貴方たちの日常でもあるのだから。

金剛手 若有聞此 四出生法 讀誦受持
乃至當坐 菩提道場 速能剋證 無上正覺

一切衆生平等 一切衆生清淨
人は誰もが仏 誰もが宇宙なり 

writing by 法蓮
【creativecommons】


それでは御後が宜しいようで。ボチボチ退散蒼々。
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
毎度おおきに。有難う御座いました。皆さんご機嫌麗しゅうに。


南無帰命頂礼大自在大聖歓喜雙身天王
我等尊天様に縋るもの 誰一人として漏れ落ちる者なからん
我等愚俗の邪智たる願いすら 思いの丈のまま叶え賜うは真如の如く明るく
神仏に導かれし物事は必ずや成就せしめんは道理なり

感謝合掌
法蓮 百拝


〜編集後記〜

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2009年05月15日

冒頭にわたくしごとで失礼致します。
マジシャン高橋サン。貴方には毎度乍ら本当に恐れ入ります。
待ち構えていたかの如くマッハのコメント、しかもほぼ毎回毎回。なんともお礼のしようがありません。
一時期、ブログの更新を滞らせていたときも、たま〜に記事を書いたのに、それにも関わらずに更新直後、ソッコーでメールか、コメントをくれましたね。ということは、ほぼ毎日読んで下さってるのでしょう。本当に有難う御座います。
貴方は私よりも、背が高いし、学歴も高いし、年齢だって上、人生経験豊富な先輩です。一流企業の部長さんとして人望も厚い。お声も読経に向いていて大変いい。聴いたことはありませんが、唄もきっとお上手なのでしょう。まぁ顔に関してだけは、人の好みによりけりでしょうが。(笑 それでも貴方は、ずっと慕って下さいます。有難いとしか云えない。とは、このことで御座いましょう。まさに聖天さまのご加護そのものであります。

そして先日、ご自身のブログ、【僕の彼女はヴァイオリニスト】の中で、当ブログへのリンクに関する紹介文を、わざわざ書いて下さり、その上この愚髭のことを、『親友』。という肩書きでご紹介下さいました。よく何十年来の親友とかって聞きますよね。この歳でまさか、『親友』と、呼んでくれる相手が現れるとは、夢にも思っていませんでした。

因みにグーグルで『親友』、と検索すると、なんと277万件もヒットしました。すべてが『親友』の定義を述べているページではないにせよ、自分にとっては、想像をはるかに上回るヒット数でした。それだけ『親友』について、ナンやかんやと語られているということですよね。
地元の親友、幼馴染の親友、元彼の親友に口説かれてる(笑 とか、色んな親友の形があるものなのです。自分は今までの人生で、男に限りますが、本当の親友と呼べる相手はいませんでした。常に周囲の男は敵か部下。それがほとんどでした。あとは利害関係にある、ビジネス上の上っ面な信頼に結ばれた相手。それと片手で数えられる、ほんの数名の恩師。

女性の方はすいません。親友どころか友人にもなれません。恋人か否か。そのどちらかだけでした。(友情は不変といってよいが、色と恋が絡めば話しは別になる:シェイクスピア)それだけに、彼の表現して下さる『親友』。という言葉自体の重みを、非常に強く痛感せずにはいられないのであります。決して素直に受け入れられないのではありません。正直にいえば、とても気恥ずかしいのであります。

ですから、そんな理由もあって、自分は彼のことを、『伴侶』。と、呼んでおるのであります。伴侶とは、かけがえないのない、〜にめぐり合えたなど、伴侶≒配偶者、即ち異性を差すのが一般的ですが、伴侶の侶は僧侶と同じ文字を用います。
マジシャン高橋さんとは、白蛇信仰を発起点とし、聖天さまに因って確立された、神仏とのえにしにより頂戴し因果関係から、一生を伴に仏道を歩む。という意味合いで、そう表現させていただいております。

(友情のための最大の努力は、友人に我々の欠点を見せることではなく、彼に彼の欠点を悟らせることだ:ラ・ロシュフーコー)敢えて『親友』と呼ばせて頂けるなら、この世に二人と居ない、『唯一無二の親友』として、末永くお付合い頂きたい次第で御座います。愛する彼女さん共々、今後とも宜しくお願い致します。また、貴方と二人で言問橋の袂で唱える、弥陀経を心待ちにしております。・・って、なんだか、マジシャン高橋さんとの交換日記みたいになってしまいました。懐かしっ(笑。


さてさて、本日の本題に入りましょう。
自分はとうとう無関係でしたが、GWも完璧に終わり一週間経ちましたね。皆さんはご家族、恋人、友人知人と、愉しい時間を共有し合えましたでしょうか。

「うーん。久しぶりの仕事は気持ちええで!仕事したぁてしゃーなかったのぉ!」
「あ〜ぁ。まだ仕事かいな〜くっそダルイのぉホンマにぃ〜」。
貴方の休日明けの感想は、どちらでしょうか?

後者の方。まぁまぁ、そうおっしゃらず。無事に休暇が過ごせて、また戻れる職場があることに感謝出来たら、随分と仕事の取り組み方も違うかも知れませんよ。自分がよく通う図書館に向かう途中、ハローワークがあります。いつも駐車場に入れない車が、ヤマダ電器の開店セールのように、道路にはみ出し大渋滞しています。
喫緊の課題であろう、「2009年問題」。大手企業を中心に横行される、「派遣切り」「内定切り」「人員削減」。3月までに9万人近い非正規労働者が失業するとされ、年明け早々から雇用不安の報道が溢れましたね。

「ナンであんな会社に喜ばなアカンねん?」
ウザイ上司のため? セコイ社長のため? 家族のため? いえいえ、とんでもありません。貴方や貴女自身のためです。 また、外為ドッドコムのCMみたいになりましたが、気の持ちようひとつだということです。


事業を営んでいたころ、弊社の求人広告にはいつも、『愉しくなければ仕事じゃない!』と、書くよう指示してきました。自分のやってきたビジネスのほとんどは、エンドユーザー相手の云わば客商売、サービス業でした。まだお店が小さかったころは、面接に最低でも一人一時間以上費やし、全て自分が行なっていました。

お店が増えても、どのお店のバックヤードには、自分が書いた社訓や接客の心得など、所狭しと貼られていました。その中の一つに、『売り場は舞台だ。主役を張るのも、端役になるのも自分次第。どうせなら主役を演じよう!』というのがありました。自分自身が商品の一部。社員全員がタレント意識を持つように教育してきました。
それは、不動産でも家具でもジュエリーでも、商品説明が上手く出来る人が、決してトップセールスとは限らないからです。だったら、製造メーカーや技術開発者がトップでしょう。そうではなく、どこにでもある、どことでも同じ価格のモノが、売れるか売れないかは、セールス自身の魅力なのです。

「このお店は近隣他店や競合店から、こっそり視察に来られるようなお店です。お客様にとって、従業員はみな同じ。ベテランでも新人さんでも、バイトでも社員でもね。貴方が大きな買い物をする際に、選り好んでまで頼りなさそうな新人さんのところへ行かないでしょう。」

「だから、君がプライベートでどんな人格であろうと、ボソボソ話そうと、笑顔を見せなかろうと、一向に関与しない。ただ、この店のドアを潜ったら再びドアを開けて出て行くまでは、この店の看板を背負っている誇りを持って、お客様に接して欲しい。この店に来たいんじゃない、君に会いに来たいと思ってもらえるように。」

「何よりも仕事を愉しもうや。あ〜今日もバイトかぁ〜ダリィなぁ〜と思うだけで、時間が気になって仕事も辛いだけ。よしっ!今日はバイトか!いっちょ愉しむか!と云う気になれば、仕事もうんと楽になる。自分のためにね。」

「その代わり、ウチはどこよりも高い報酬を払います。なぜなら、みんながイキイキ頑張るからです。利益が上がってるからです。逆に例えば自分がお店に来て、接客が悪く気分を害されたら、二度と来たくないでしょう。」

「文句を言って下さるお客様は神様です。大抵のお客様は、ただ黙って来なくなります。これをサイレントマジョリティー(沈黙する大衆)といいますが、そうやってお客様が一人二人と減っていったら、売上げが減り利益も減れば、給料だって払えなくなります。」

まーまーそんなことを、とうとうと話してきました。聞くほうはダルかったと思いますが。読む方も長々とすいません。ついつい、当時を思い出して熱く語ってしまいました(笑。 しかし、お客様商売とは何か。を、少しでも肌で感じてもらうため、愉しく働いてもらうためでした。(ここまで書いたら、元・従業員が偶然コレ見れば、なに坊主やってんだ?ってバレバレですね(笑。)


まぁ兎に角、経営者がこのような考えや取り組みを行なっていなくとも、自分の心の持ち方次第で、愉しく仕事が出来れば、アイデアも豊富に浮かぶでしょうし、成績も上がるでしょう。別に、実績と無関係な仕事においても、少なくとも自分自身が今より楽に仕事と向き合うことが出来ると思います。
(不思議なことに、他人の仕事は楽に見える。しかも、他人がいい仕事をすればするほどに、それは楽に見えるものだ。:エデン・フィルポット)

本人の思い違い、正当化にもよりますが、仮に仕事というものが、人を騙したり、搾取したり、不幸にするものでないものに限られるのなら、この世に存在するすべての仕事に不必要なものはありません。この世に元々、不必要な人もいません。
皆がみんな、人の嫌がる仕事、疲れる仕事、汚れる仕事、危険な仕事、一見つまならなそうな仕事、を一切誰もやらなくなったら、普段、全く無関心に利用している商品やサービスが受けられなくなって、結果私たちだってきっと困るでしょう。

そんな仕事が陪審員制度のように、市民交代制になったらどうします? 払ってる税金の多い少ないでここまでは免除とか。・・いやでしょう? だから、そんな人たちにも感謝しましょうね。そして、そんな仕事をして下さってる方々は、感謝してくれてる人もいるんだって、誇りを持って頑張って下さいね。
(昨日より今日は、もっと愉しく過ごそう。そうすれば明日は今日より、きっともっと愉しく過ごせるはずだから。:かつての社内掲出物by法蓮)
(貧者は昨日の為に働き、富者は明日の為に働く。:二宮尊徳)


仕事とは、単なる仕事=Work・Job・Task・Business。これらは責務の重要さや、従事する構え方など違えど、どれも基本的に同じです。自分は、かつて本当にお客さん商売が好きでした。確かに一時期、(ってかずっと)一生懸命遊びもしましたが、その代わり一生懸命、遊びもしました(どっちも一緒やないかい!)(笑。

ハイ。仕事もしました。しかし、それは家族のためではなく、世の中のためでもなく、私利私欲がための仕事、つまり私事(しごと)でした。自分は家族のために生きて来れなかった人間ですから、家族を養うために我慢する人は尊敬しますし、「ただ、食べるがための仕事」を、せざるを得ないのも分かりますが、いやいや適当にやっているのは、死事(しごと)です。また、自分の可能性に挑戦しないでいるのは、立ち止まったままの止事(しごと)です。

これからは、私たちが取り組むべきは、志事(しごと)です。
神仏と両親、ご先祖に与えれし自分の御霊、魂を磨きに磨き、生まれし死にゆく使命を全うする、赤心(せきしん:ウソや偽りのない、清浄なる透き通った真心)で、己の道を生きること。
どう生きるのかではなく、なぜ生きるのか。それを儚からずとも、教えて下さるのが、今の自分にとっての仏教であります。仏道とは、生きる教え、仏の智慧を最大限に活かし歩む、(仏の弟子たる)人の道で御座います。

『明日ありと思う心のあだ桜。夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは。:親鸞聖人』
『生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く。死に死に死に死んで死の終わりに冥し(くらし):遍照金剛空海』。まさにこれですね。
一見、暗と冥の文字から暗い印象を受けますが、実は超ポジティヴな言葉なのです。何がために生まれ、何がために死ぬ(生きる)のか。無明と光明は表裏一体でありましょう。ですから、毎日を自分自身で光り輝かせようぜ!。と仰っているのです。

皆さん、人の命なんて儚き人の夢と同じで御座います。ならば、「無明の闇≒後生暗い心」に惑わされず、見事に燃え尽きてやりましょうよ。華麗な命の華を咲かせましょうぞ。

なんかまとまってないような気もしますが、本日はこの辺りにて。
ご拝聴、畏れ入ります。有難う御座いました。


感謝合掌
法蓮 百拝




〜編集後記〜
以前、「我家のお供えについて」にて、お話ししましたように、一日と十五日は忙しいのです。
事業しておるころは、五十日(ごとび)といって、五と十の付く日がバタバタしておりました。外貨も仲値が高ぶるので、為替の皮算用ばかりしておりました。そんな生活が、なんだか遠い昔のような気がいたします。

我家の神棚 ご開帳神棚も月に二回だけのご開帳。中央が天照大神、その裏に大山祇大神。向かって右が住んでいる地区の産土神、五霊神社のお札。左が九頭竜神社のお札です。

空っ風群馬、穏やかな春は一瞬です。
金属音のように奏でる連日の強風で、冗談ではなく、桜の花びらはソッコーで吹っ飛び、チャリンコに乗ったオバチャンはひっくり返り、昨日も飛び散ったテレビのアンテナが道路に落ちていて、車が跳ねて子供にでも当ったらと、そこん家に届けたりしている内に、あっという間に春は終り、蒸し暑い夏がやってきます。花粉も勿論、飛びまくりです。花粉症の方が群馬にいらっしゃる際は、完全防御のフル装備で臨まれた方が賢明ですよ。来ない方が一番ですが。(笑 


榊榊も日持ちが悪くなって参りました。冬場は一ヶ月以上持つのですが、半月が段々苦しくなってきました。真夏は半月も持ちません。画像の榊は左から順に、半月づつ経過したものです。榊を買うときは、取り繕ってある表ではなく裏を見て、虫食いが少なく、葉の若々しいものを選びましょうね。水替えの際、根元のヌルヌルを流水で手洗いすると傷みが抑えられます。仏花なども、漂白剤をほんの少し垂らすと日持ちしますからね。



お供え物 月初めお供え物も買出しです。榊は朝一番に交換なので前日に買っておきます。菓子も一緒に買えばいいのですが、榊は近くの花屋さん。菓子は遠くのスーパーと、うまくいかんのです。先の画像が月初めのお供え、あとが月中のお供えです。ブルボンプチシリーズや、じゃがりこミニカップは水子供養。甘めの菓子が聖天さま、黒豆は大黒さま用、その他、神棚や仏壇用です。



お供え物 月中
「余は辛い酒は嫌いじゃ。」「甘いものがええのぉ。」「匂いの強いものもイヤじゃ。」と、まぁ〜なんとも好き嫌いの激しい、まるで駄々っ子のような聖天さま。しかも元々、暴れん坊将軍。機嫌を損なうと有難くありませんね。そんな困ったチャンですから、皆さんも聖天さまへのお供えには、随分と悩まれると思います。

原則、「魚肉鳥もダメ」ですから、厳密に云えば、甘い物とはいえ、クッキーやビスケットには、動物性油脂も含まれます。しかし、航空機内の宗教別配膳のようにはいきません。そこまで拘ると、お供え出来ませんからね。そうでなければ、多少は許容範囲でありましょう。

野菜か果物となれば、出し昆布や乾ししいたけなら、一年ぐらい持ちますが、そーゆーワケにもいかず(笑。 音羽さんのコメントに、バナナの比率高っ!と、ありましたが、すごく分かります。その気持ち(笑。まぁバナナなら、小分けしやすく朝バナナダイエットになりますし、傷んだらシュガースポットですから、食べごろなんですが。大変ですね〜我が侭な聖天さまは。ただし、願いをなかなか叶えてくれないと、嫌味に思いっきりレバニラ炒めみたいなモンを、もろにお供えするのは、単なる神への虐待と冒涜ですから止めましょう(笑。

半生和菓子は許容期日が短く、大抵半月もお供え出来ません。ヤマザキの「桃山」、「月餅」などは日持ちします。大根も三日も経てば、爺さんの○○○○みたいに、しゅわしゅわになって萎み、中身がスカスカになってしまいます(笑。 夏に向けてお供えは難しいですね。勤行(おつとめ)も、汗ボトの毎日が始まります。頑張りましょうね。

え? 編集後記が長すぎる? これだけで一回分の記事になる? そもそも、いつも長すぎるから分けろ? そしたら毎日書けるだろ? 御尤もで御座います(笑。 熱くなる性分でして、なにぶん平にご容赦を。それでは。




taihei0440 at 16:43コメント(1)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2009年05月13日

皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。この度のえにしに感謝致します。


御歳97歳になる、義理の祖母の見舞いに行きました。
自分の(法蓮の)レイバンのサングラスをかけ、百本の薔薇の花束を抱いている写真は、95歳の誕生日に撮ったものです。この年から毎年、百歳に満つるまで百本の薔薇を送ることにしております。

以前にもお話ししたことがあると思いますが、自分は愛情を注いで育ててくれた祖母の死に目に会えませんでした。それは後悔しない人生を歩んできた自分にとって、唯一深く心に悔やまれる出来事でした。
ですからそんな過去もあって、血は繋がってなかろうとも、大人になってから出会おうとも、今、「婆ちゃん。」と呼べる、この人を大切にしたいのです。ご供養とは、大事に大切に接すること。なにも、仏さまだけでなく、亡くなるのを待つ必要など全くないのであります。



この千羽鶴は見舞うたびに、祖母の話しに耳を傾けながら病室で折ったり、或いは画像のように自宅でいとまを見つけては折り溜めたものを持参します。
折鶴なんて子供のころ以来、ずっと折ったことがなく、始めは出来上がったばかりなのに、なぜかヨレヨレの老いぼれ鶴が多かったですが、近頃はシャンシャンと折れるようになって参りました。

義理の母が見舞う際に、少しずつ吊るしてくれております。義母の書いた数字が見えるかと思いますが、ただいま714(吊るしてあるのが)。 千羽まで、もう少々というところですね。



ご老人を対象とするボランティアに、傾聴(けいちょう)というものが御座います。 お年寄りは兎に角、話しを聴いて欲しいのです。
また、思い出などを話すことによって、記憶を遡り脳の健常維持にも繋がります。 何度繰り返し同じ話しをされても、耳が遠くて聞こえづらかろうと、どうかウザがらずにじっくり話しを聴いてあげましょうね。

「んで、そのとき婆ちゃんはどう思ったの?」とか、「その人は、今なにしてるの?」とか、話しの糸をほぐしてあげると、以外にもちゃんと覚えているものです。 そこでまた、記憶の糸を手繰り寄せることが出来ますから、呆け防止にも大いに役立ちましょう。

そんなこんなしながら、いつも大体一時間以上は傍にいるようにしております。 見舞う方は一時間でもかなり退屈ですが、ベッドにいる人は不憫さを考慮すれば、その二十四倍以上もきっと退屈でしょう。


お婆ちゃんはいつも、雄弁饒舌に沢山話してくれます。
「早く退院して、てっちゃんにお赤飯蒸かして、うーんと食べさせてやりたいよ。美味いよねぇ〜お赤飯は。」 いつも口癖のように、こう云ってくれます。「愉しみに待ってんだから、早く退院しなよ。」 そう受け応えするのが、この頃の常となりました。
一度、こんな話しをしました。 どう見ても、六人相部屋の中で最年長でありながら、チューブを加えたまま眠っている人、常に息苦しそうに咳き込んでいる人、そんな人たちに比べ、自力歩行できないとはいえ、一番元気そうなのでなんで退院しないのか? と、訊いたことがあります。

すると、義母から云われたのが、仕事をしているし面倒を見切れない。とのことだったそうです。ここからは、身内の話しなので恐縮ですが。 仕事なんかしなくともいいだろうと、お婆ちゃんがいうと、義母は自分の使えるお金がなくなる。と応えたそうです。
この話しもいつも繰り返される会話の一つになってしまいましたが、初めて訊いたときは少々考えてしまいました。 要するに、自分が介護してくれる人を雇うか、義母の小遣いを出せば、婆ちゃんは退院出来るのか? しかし、義母の真意も汲み取りかねます。
義母とこの件について、話し合ったことはありません。同じく義理の妹夫婦と暮らしており、決して円満とは云えない二世帯なので、一概に解決出来ないのでしょう。五歳の曾孫にも云われたそうです。

「お婆ちゃん、帰りたいなら、僕が今乗ってきた車に乗れば、すぐお家に帰れるよ。」と。
いやはや、子供心はなんとも実直ですね。確かに、車に乗れば帰れます。家から来て家に帰るのが、子供には明確に分かっていることなんですから。一切、大人のようなわだかまりや、個人個人の都合など理屈は存在しません。


さて、ひとしきり話し終えたところで、お別れの時間です。
見舞う間隔が空いていると、お婆ちゃんはなかなか繋いだ手を離してくれません(笑。
「ありがとう。ありがとう。」。そう何度も云ってくれます。
いつも、髭剃りな。というクセに、こんなときだけは、「てっちゃん、髭がカッコいいよ。」とか、調子のいいことをコキます。「婆ちゃん、イイこと云ってもダメだよ。もう帰るんだから。」 そんなやりとりを見て、隣のベッドの患者さんも笑ってらっしゃいます。

別れの挨拶は、イタリア人である自分の祖父から教わった、本場仕込の投げキッスです。
「Ti voglio bene.(ティ ヴォーリオ ベーネ:愛してるよ*身内用)と、イタリアらしい大げさな仕草をすると、婆ちゃんも同じように照れながらもチャンと返してくれます。機嫌がいいときには、唄って見送ってくれたりもします。

自分が四国歩き遍路に出る前に、身内でただ一人、直接「行ってきます。」と、告げたのもこのお婆ちゃんです。
折り紙をしまおうと、病室の引き出しを整理していると、奥から自分の書いた般若心経の写経が出て参りました。日付は平成19年2月。

願意には、お婆ちゃんの名前と、「延命長寿身体健康祈願」。そう書かれてありました。
発心して間もないころですね。
あれから二年。仏教的にも密教的にも、何よりも仏の弟子として、或いは人として男として、どれほど成長したのかどうかは、甚だ懐疑的ではありますが、本日もこのように皆さんにお話しさせて頂く事が出来まして、大変有難いなぁ〜とも思うのであります。


それではこの辺で。
本日も有難う御座いました。

また次回の講釈にて。
インガンダ〜アラ ガンダ〜アラ ってしつこい?(笑


感謝合掌
法蓮 百拝



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2009年04月23日

アシュリー・ヘギさん(17)を、ご存知でしょうか。
彼女は、楽しみにしていた高校卒業を目前に、22日午前9時、母親に見守られながら、神に召されました。

今朝、FNN系のニュースで、『遺伝子の病「プロジェリア」を患っていたアシュリー・ヘギさん、17歳で亡くなる』という、悲報が飛び込んで参りました。

800万人に一人と云う難病、人の十倍近い速さで細胞が老いて行き、急激な老化により、心臓が抉られるような痛みに襲われる。そんな過酷な運命と真正面から向き合い、堂々と闘う凛とした彼女の姿や言動は、同情する世間や人々を、逆にどれだけ励まし勇気付けてくれたでしょう。
と同時に、かつての自分がそうであったように、今朝目覚めて生きていること、明日も不安なく生きられると眠りにつくこと。そんな当たり前な毎日が、アシュリーさんとその家族にとっては、当たり前ではありませんでした。

生きること自体に、何の意識や死の恐怖を鑑みず、五体満足で産み育ててくれた両親に感謝の念を抱かず、あれが欲しい、これが嫌だと不平不満欲望を募らせる。そんな私たちに、彼女の生きた足跡は、大きな戒めを悟らせてくれたように思います。


そんなアシュリーさんを7年前から取材し、何度か取り上げている、テレビ番組フジテレビ系のDNAサイセンスミステリーで、2009年5月2日(土)21:00から、『アシュリー 最後の祈り』が放映されます。
宜しければ是非、ご覧になって観て下さい。心の洗われた方なら、きっと涙なくして観られないでしょう。
或いは、自分のように愚かな方なら、この僅か17歳の生涯を閉じた、観音さまのような透き通った魂に触れたとき、隣に居る人に「ちょっと、思いっきりドツいてくれへんか!?」と云いたくなるでしょう。

特に彼女の口から聞かされる言葉の数々は、今の荒廃した心を持つ現代人には、どんな名言よりも鋭く心に響くものばかりです。もし、自分のような外道な凡夫が、彼女と同じ状況に晒されれば、とてもとても口に出来ないような言葉ばかり。ホトホト頭が下がる一方です。
また、同時に彼女の若き母親ロリーの言葉も、本当に素晴らしく前向きです。一度は自分を通り越して老いていく、愛娘の姿に絶望し、麻薬や酒に溺れながらも、見事に受け入れ乗り越えて行った母娘。それに満たない境遇下で、無理心中したり、子供を殺害したり、逃げ出したりする私たちが、果たして同じ病気を患った子供を抱えたときに運命すら呪わず、この母親と同じことが云えるでしょうか?

〜母親ロリーさんの言葉〜
「プロジェリアの生き方として、充分に生きてこられたことに感謝しています。これがアシュリーの人生です。」
「アシュリーを産んで、本当によかった。プロジェリアであることを残念に思っていません。」

〜アシュリーさんの言葉〜
「私が悲しむところを、みんなに見てもらいたくないの。みんなにもハッピーでいてほしいの」
「この病気は、神様が私にくれたプレゼント」
「もし、生まれ変わっても、きっと、もう一度自分を選ぶわ」
「私が私であることが好きだから。」
「最後まで、みんなの幸せのために生き続けたい」

これには本当一番、心を揺さぶられました。
誰もが心の中で思う、なりたくない病気と姿に、想像も出来ないような苦しみと辛さであろう、その生涯をまた生き抜きたい、と願うなんて・・。私たちは、今の人生にどれほどの意義を感じているでしょうか。そして、どれほど自分が自分であることに、感謝しているでしょうか。
まだ17歳の彼女が、生まれ変わっても自分になりたいと、その人生に意義を見出だしたように、我々も少なかれ、彼女の生き様から、今を生きる意義を鑑みて、魂を磨いて行かねばならないように思いました。
多くのプロジェリア患者が、10歳になる前に他界している中で、アシュリーさんが最高寿命を更新した意義も、彼女の普遍的な愛によるものなのでしょう。


自分は毎日の勤行で、夕方に唱えるお経があります。
阿弥陀如来の功徳が表現されたお経で、多くの霊たちに好まれ慰めるお経です。主に天台宗系の日常勤行式(晩課)に読まれます。自分が初めてこのお経を読んだのは、三重院(本山修験道宗は天台宗系)で修行させて頂いたときでした。それからは毎日仏前で、そしてお墓参りや、言問橋の供養碑の前でも、常時お唱えさせて頂いております。
先に全体の流れをお話し致しますと、弥陀讃⇒光明真言⇒舎利礼文⇒回向⇒十念と続きます。(本山修験/勤行常用集による)。後述致しますが、途中の回向の中で、『聖霊(しょうりょう)(戒名)』第何回忌、何七日、盂蘭盆会、等 と、記された部分があります。そこで自分はいつも、次のように三分割してお唱えしております。

一、
「本家親戚一同のご先祖代々精霊一切菩提供養なり」
*分かりやすく、本家親戚一同と書きましたが、我が家は家庭事情が複雑なこともあり、実際は何々家、何々家とつらづらと・・・数えたことありませんでしたが、今、数えてみると十六世帯分の家名を読み上げておりました。離婚を重ねているので、離れて暮らす子供達を考えて、元妻達の実家や、芦屋の知己や高橋さんなど、ご縁のあった方も含めておりますので。檀家を抱える寺のように多御座いますが(笑。

二、
「我が水子の精霊一切菩提供養なり」
・・・この子たちも沢山おりますので・・。
ごめんなさい。深く反省しております。

三、
「こんにちまでの世界中の戦争や震災、毎日の事件・事故・病気・ケガで
亡くなられた、全ての方々へ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。」
この三番目のご供養の際、朝見たニュースで流れた悲報や、かつての忌まわしい戦争や震災の被害者の方々を思い浮かべ弔います。戦争はどれだけ立派な大義名分を掲げても、どちらも被害者であり、加害者でもあります。
事件に関しても、被害者だけでなく、死刑囚も射殺された犯人も平等に弔います。自分はそのようにしております。

最後に、WEB上に弥陀讃を唱え、我々に残してくれた多くのメッセージに、感謝の気持ちを込めて、アシュリーさんのご冥福をお祈り致します。いつものように、読み上げやすい振り仮名を付けておきます。


【弥陀讃】みださん
阿弥陀佛真金色(あみだーぶつしんこんじきー)
相好端厳無等倫(そうごうたんごんむーとうりん)
白毫圓轉五須弥(びゃくごうえんてんごーしゅみー)
紺目澄浄四大海(こんもくちょうじょうしーだいかい)
光中化佛無数億(こうちゅうけーぶつむーしゅーおく)
化菩薩衆亦無邊(けーぼーさつしゅやくむーへん)
四十八願度衆生(しーじゅうはちがんどーしゅーじょう)
九品蓮臺到彼岸(くーぼうれんだいとうひーがん)
以此禮讃佛功徳(いーしらいさんぶつくーどく)
荘厳法界諸有情(しょうごんほうかいしょうーじょう)
臨終悉願往西方(りんじゅうしつがんおうさいほう)
共覩弥陀成佛道(ぐうとーみーだーじょうぶつどう)
願我往生極楽界(がんがおうじょうごくらくかい)
修習念佛三昧故(しゅうしゅうねんぶつさんまいこー)
以本願力往娑婆(いーほんがんりきおうしゃーばー)
最勝引攝結縁者(さいしょういんじょうけちえんしゃ)
等視衆生如一子(とうじーしゅじょうにょーいっし)
無縁大悲度衆生(むーえんだいひーどーしゅーじょう)
随逐普賢観世音(ずいちくふーげんかんぜーおーん)
今世後世能引導(こんぜーごーせーのういんどう)
願我臨欲命終時(がんがりんにょくみょうじゅうじ)
盡除一切諸障礙(じんじょいっさいしょーしょうげ)
面見彼佛阿弥陀(めんけんひーぶつあーみーだー)
即得往生安楽國(そくとくおうじょうあんらくこく)
我既往生彼國巳(がーきーおうじょうひーこくいー)
現前成就此大願(げんぜんじょうじゅーしーだいがん)
一切圓満盡無餘(いっさいえんまんじんむーよー)
利益一切衆生界(りやくいっさいしゅーじょうかい)
依此諸功徳(いーしーしょーくーどく)
願於命終時(がんのーみょうじゅうじ)
覩見弥陀佛(とーけんみーだーぶつ)
無邊功徳身(むーへんくーどくしん)
我及餘信者(がーぎゅうよーしんじゃ)
既見彼佛巳(きーけんひーぶつち)
願得離苦患(がんとくりーくげん)
證無上菩提(しょうむーじょうぼーだい)
願以此功徳(がんにーしーくーどく)
普及於一切(ふーぎゅうおいっさい)
我等與衆生(がーとうよーしゅうじょう)
皆共成佛道(かいぐーじょうぶつどう)

*丁(お輪を一度鳴らす)


【光明真言】三遍、五編、七遍
唵(おん) 阿謨伽(あぼきゃ) 尾盧左曩(べいろしゃのう)
摩訶母捺囉(まかぼだら) 麽抳(まに) 鉢納麽(はんどま)
入嚩攞(じんばら) 鉢囉韈哆野(はらばりたや) 吽(うん)

*丁


【舎利礼文 】しゃりらいもん
一心頂礼(いっしんちょーらい)万徳円満(まんとくえんまん)
釈迦如来(しょーかーにょーらい)真身舎利(しんじんしゃーり)
本地法身(ほんじーほっしん)法界塔婆(ほーかいとーば)
我等礼敬(がーとーらいきょう)為我現身(いーがーげんしん)
入我我入(にゅうがーがーにゅう)仏加持故(ぶつがーじーこー)
我証菩提(がーしょうぼーだい)以仏神力(いーぶつじんりき)
利益衆生(りーやくしゅーじょう)発菩提心(ほーつぼだいしん)
修菩薩行(しゅーぼーさつぎょう)同入円寂(どーにゅうえんじゃく)
平等大智(びょうどうだいちー)今将頂礼(こんじょうちょうらい)

*丁


【回向】
上来読誦し奉る妙典の功徳を以って、普く法界に回向し
こんにち弔う所の聖霊(戒名)*第何回忌、何七日、盂蘭盆会、等
追善供養(ついぜんくよう)。荘厳浄土(しょうごんじょうど)。
佛果増進(ぶっかぞうしん)。先祖累代一切聖霊(せんぞるいだいいっさいしょうりょう)。
有縁無縁(うえんむえん)。怨親平等(おんしんびょうどう)。
出離生死(しゅつりしょうじ)。証大菩提(しょうだいぼだい)。
尚、此勝縁(このしょうえん)によって、当家各々(とうけかくかく)
願行相続(がんぎょうそうぞく)。子孫繁栄(しそんはんえい)。
二世安樂(にせあんらく)。如来大悲哀愍護念(にょらいだいひあいみんごねん)。

【十念】
南無阿弥陀仏(なむあみだぶ) *十返唱える *二丁

以上。


本日も有難う御座いました。

感謝合掌
法蓮 百拝



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2008年07月30日

◆火急のお知らせ◆
日程が差し迫ってからのお知らせになってしまい、誠に唐突ですが本山修験宗・三重院(群馬県利根郡みなかみ町下津4061(旧月夜野町))での滝修行が8月5日から11日までの一週間に渡って行なわれます。
三重院は非常に修験道らしく、滝修行や山伏修行などの体験修行を常時行なっています。過去記事を読まれている方はご存知のように、愚僧も火渡りなど修行させていただき、同い年の副住職には非常に懇意にして戴いております。

*上記画像は、三重院HPより拝借。陳謝。


三重院での体験修行メニューは通常、マントラ修行を含む二泊三日からの受付で、滝修行のみは受け付けていないのですが、今回は特別に滝修行のみでもOK。しかも、日帰りも可能です。日々の雑務に忙殺されている方、心の平穏を取り戻し自分を見つめなおしたい方、是非、真夏の滝修行に出掛けて下さい。滝初体験の方、クソ暑い(すいません)真夏の今が絶好のチャンスです!!絶対、最高に気持ちいいと思いますよ!愚僧も出来れば、参加するつもりですので読者の方ともお会いできれば尚、最高ですね!詳しくは『滝修行体験』まで。問合せ、お申し込みはこちらまで。


◆23日 目黒大圓寺にて◆
5217d36d.jpg 先日、我家のご本尊、三面大黒天様のご供養に目黒大圓寺で六十日に一度行なわれる、甲子護摩法要(きのえね)に出向いてきた。何度か過去記事に書いているので詳細は省くが、この日も小ぢんまりした狭い本堂の中は、熱心な信者さんたち四十人ほどがギューギュー詰めに座り込んでおり、着いたときは既に足の踏み場もないほどだった。甲子法要は一日に三度修されるが、一番始めの10時の会が最も混雑するらしい。



34d735b5.jpg「今日は大変お暑いので、いつもは帰りにお渡しするうちわを先に用意していますから、どうぞご利用になってそのままお持ち帰り下さい」と、僧侶がマイクで案内していた。この日の都内の気温は30度を軽く越しており、待っている間でも卒倒しそうなのに、これから密集するこの堂内でボンボン護摩が焚かれるのだ。しかも、もう他に空いているスペースがなかったので、自分はご住職の座られる真後ろに座り込んだから、始まると想像以上の灼熱地獄だった(笑。しかし、最も暑いのは護摩を焚かれているご住職ご本人なのだから贅沢なんぞ云えない。

前にも書いたが、ここのご住職は一切手抜きなしの護摩法要で有名。もう随分お年を召しているはずだが、鬼気迫るその修法はいつもながら感服する。およそ一時間半の護摩が終わり、そのあとの法話の中で、信仰や祈りは心の杖だとおっしゃっていた。荒んだご時世の現代にこそ、澄んだ信仰心をもつこと。心の杖が必要なのではないかと説かれていた。自分もそう思う。


本年6月8日、秋葉原の通り魔殺傷事件の記憶が薄れぬ間に、同月22日は大阪駅で、今月22日に八王子駅ビルで、そして28日は平塚でと、全国で動機なき無差別通り魔殺傷事件が横行している。異常とも云える今の日本。人が人を殺めるのに理由など存在し得るはずもないが、そのほとんどは、「誰でも良かった」「ムシャクシャしていた」など、もはや正常な理性など持ち合わせているとは思えない。毎日の勤行では、戦災、被災、病気を含め、事件事故で亡くなられた、まだまだ生きたかった! 全ての方々のご冥福を心よりお祈り申し上げている。

されども今般、毎日のようにそんな信じ難いニュースが流れる。全く関係のない人々を傷つけることに何の躊躇いも持たないほど、心を病んでしまった人たち。決して彼ら被疑者の肩を持つわけではない。大罪を犯してしまったことに変わりはないが、そんな人たちだって人を殺すために生まれてきたのではない。人を殺すために生きてきたのではない。防犯を強化したって何したって、こういった心無き人種がなぜ派生してくるのか?その根幹に目を向けていかないと、いつ、どこで、誰が犠牲者となるのか、それを防ぐことは出来ないと思う。それに怯えて生きていくなど嘆かわしいではないか。既にそんな不安に駆られて一人で出歩けなくなっている人もいる。何とかしなくちゃいけない。人を殺したい衝動に駆られる前に、誰も話す相手がいなければ、遠慮なく自分にメール下さい。役に立てるか分からない、それが正しいのかも分からない。でも話しは聴いてやれる。メールはプロフィールのメールアイコンからどうぞ。



十句観音経はご存知だろうか。
ご住職が医者にさじを投げられた、重病患者を持つご家族が、全員で一心に十句観音経を唱え続けたところ、奇跡的な回復が得られた話しをされていた。真の信心をもって(延命)十句観音経を唱えると、病気が治ったり苦しみが消えたりするご利益あると云われている、とても短いお経だ。般若心経が最も短いと云われるが、実は理趣経百字の偈など、短いお経は沢山ある。
祈りは家族の心を一つにする。思いは必ず通じるのだと近頃実感することが多い。そもそも神仏への思いや祈りは、自分以外の他人様への気持ちが優先されて、功徳が得られると云われる。いい機会なのでご紹介しよう。短いとはいえ、どんなお経にしろ、様々な功徳が凝縮されているので、お経を始めたい方や一度読んでみようかなと思う方には最適かも知れない。


延命十句観音経(えんめいじっくかんのんきょう)
観世音(かんぜーおん)南無佛(なーむーぶつ)与佛有因(よーぶつうーいん)与佛有縁(よーぶつうーえん)佛法僧縁(ぶっぽうそうえん)常楽我浄(じょうらくがーじょう)朝念観世音(ちょうねんかんぜーおん)暮念観世音(ぼーねんかんぜーおん)念念従心起(ねんねんじゅうしんきー)念念不離心(ねんねんふーりーしん)

たったこれだけ。短いでしょ? 和訳もあるが、意味なんて覚えなくてもいい。これだけのお経でも繰り返し唱えていると、雑念が取り払われ、少なくとも唱えている間だけでも心は洗われる気がするから、お経とは実に不思議なものなんだと思う。特にご病気の方が身内にいらっしゃる方は、是非ご家族一緒になって唱えてみられたら如何であろう。信じるも信じないも自分次第である。医療の進歩は確かに目覚しいものがあるが、最先端治療を受けるにはそれなりの治療費も必要だ。必ずしも最高の治療が受けられ、最高の医師に出会えるとは限らない。理屈や理論では計り知れない、神仏のご加護に縋るのも心に杖を持つ、一つの手段ではなかろうか。


実は、このブログの(元)読者で今、お友達といおうか、つい先日お会いしたときは、自分の推進する救済事業に協賛もして頂いたので、もう同志と呼ぶべきか。某一流企業の部長であり、マネジメントやマーケティングに長けた彼の賛同は、なんと心強いものか。正に鬼に金棒。救済事業の進捗詳細については、また折りを見て皆さんにも是非ご報告差し上げたい。
そんな彼のお父上が、今月14日に心臓の大手術を受けられた。これは勿論、彼の承諾を得て記事にするのだが、手術自体も大成功に終わり、それからほぼ毎日彼から送られてくる術後経過報告には、当分無理だろうと云われていた食事が、二日後から取れるようになったり、六日後には予定より数日早くICUを出て一般病棟へ移り、8日目には普通食を食べ、10日目にはペースメーカー以外の機器がすべて外れ、2キロも自力で歩かれたりと、とんとん拍子で奇跡的な回復の兆しを見せ続け、懸念されていた合併症と脳梗塞も回避され、ついになんと、たった三週間に満たない今週末に退院が決まったそうなのだ。

彼は元々白蛇信仰者であったが、(今もそれは変わりないが)自分と接するようになって、待乳山聖天様へも熱心に参詣を続けるようになった。そんな折りに、お父上が手術することとなり、更に祈りは深刻化していったであろう。自分も力及ばずながらも、お父上の手術開始日から、日々無事な家庭への帰還を祈り続けていた。目黒大圓寺のご住職に十句観音経の話しを聴いてからは、思い出したようにそれも日々の勤行に加えて祈った。それを勿論、彼にも伝えた。無論、彼も彼の家族も熱心に祈り続けたであろう。今回の奇跡の生還とも言える、お父上の素晴らしい回復は、愚僧の祈りなどより何よりも、彼自身の厚い信仰心とご家族の祈りが神仏に通じた賜物であるに違いない。祈りは本当に通じるのだと痛感した出来事だった。神仏への感謝の念が絶えません。本当に有難う御座いました。



◆26日 待乳山聖天様 参詣帰り◆
fa458e35.jpg 隅田川花火大会の当日、丁度、毎週土曜日の参詣日と重なってしまい、混雑を避けるためにいつもよりも早めに東京へ向かったが、既に上野駅でも浴衣姿の女のコたちとすれ違いだし、浅草へ向かうメトロ銀座線の車内も浴衣のカップルで賑わい出していた。浴衣は風情があっていい。自分も何着か作ったのがあって、一昨年までは良く着ていた。別にお祭りや花火に行くまでも無く、どーせ夏しか着れらんねんし、今着んかったらいつ着んねん?と、ほぼ毎日浴衣でウロチョロしていた。自分の会社や店にも浴衣で行っていた(笑。あ、自分だけじゃないよ、近所でお祭りや花火大会があるときは、従業員も全員、浴衣か甚兵衛を着てもいいとしていた。

cde411a2.jpg さてさて、聖天様への参詣を済ませ、恐らく河川敷には入れないだろうと思いつつも、隅田川公園へ供養のために行って見た。公園へと続く沿道には、沢山のテキヤが店を並べ、しのぎを削り出している。案の定、先週よりも更にガッチリとフェンスで張り巡らされ、隅田川公園は金網デスマッチ状態になっている。あちこちで場所取りも始まっている。仕方ないので、公園の隅にある、戦災慰霊碑の前で読経した。いつものようにこの場所で読経しながらも、ふと思った。大空襲で受けた多大な被害と失った多くの命、その中にはきっと功徳を積まれた方や、人様に善根を施された方もたくさんいらしたであろう。その悲しみの大きさに比べて、この慰霊碑はあまりにも小さすぎると。


979151a3.jpg 自分も最近まで、あまり詳しくなかったのだが、東京大空襲についての悲惨さを少々皆さんにも知っていただきたいので、掻い摘んで書かせて欲しい。東京大空襲は1945年(昭和20年)3月10日に行なわれた。それまでも前年の1944年11月から106回に及ぶ空襲を受けているが、この大空襲以前はかつて日本軍が中国で行った無差別爆撃に対して、非人道的だという感情を抱いていた、ヘイウッド・S・ハンセル准将の指揮により始められ、当初は軍需工場、製油所などの目標地点のみ攻撃するピンポイント攻撃であったが、思わしい効果が上がらなかったため、翌年に。「軍需工場の労働者の家や使用する道路、鉄道を破壊することが効果的だ。」というヘンリー・H・アーノルド大将の意を受けた、猛将カーチス・E・ルメイ少将が指揮を執ることとなり、大規模な無差別攻撃を立案したのも実行させたのも彼である。このあとの名古屋・大阪大空襲、そして広島・長崎の原爆と40万人の民間人の命が奪われている。その多くはお年寄りや女性、子供たちであるが、最終命令を出したのは大統領たちの選択である。

手始めに彼が狙ったのが銀座、有楽町地区であり、現在は会社員で溢れる有楽町駅付近は死体の山で溢れたという。続けざまに町工場が立ち並ぶ下町の市街地と、そこに生活する市民そのものを攻撃対象とした。つまり当時、最も賑わいを見せた10万人以上が暮らす、隅田川を挟む深川、浅草、本所(墨田区の一部)などが標的となった。
焼夷弾の開発にも余念がなかった。あれは日本家屋を効率的に燃やすために開発された専用爆弾なのだ。日本家屋を実際に作り、何度も何度も綿密な実験を繰り返し満を持して投下したのだ。空中分解したクラスター弾は、一件一件の家の屋根瓦を突き破り、畳の上で飛散してゼリー状の引火したガソリンを撒き散らす。襖も布団もひとたまりもない。300機のB29から投下されたナパームは32万発。尋常でない業火は鉄筋コンクリート造りの病院や学校に逃げ込んだ人たちをも、まるで生きている炎の滝か竜のように人々を飲み込み続けたと云う。


戦果をあげるため手段を選ばぬ彼は、敢えて対空砲火や風圧のリスクをパイロットに与えるのも躊躇せず、少しでも多くの焼夷弾を積み込むため、わざわざB29の燃料を減らし、パイロットの反対を押し切りギリギリ低空飛行を厳命したという。事実、想定外の広範囲に被害が及んだのは、パイロットが予想を上回る火災旋風によって起こった乱気流によって、操縦不能となり目標地区の手前で投下したのも原因とされている。その結果、荒川周辺やその外側の足立区や葛飾区、江戸川区の一部にまで、火災は広った。亀戸駅の上り坂にも数百の黒コゲの死体の山が築かれた。

3月10日と云えば、春間近とはいえまだ寒い。
生き死にをかけた状況でなければ、冗談にも飛び込めない冷たさだ。隅田川に逃げ込んだ人たちの中には、寒さに耐え切れず死んでいった人たちも多かったろう。人の上から焼けた人が落ちてくる。タイタニックのパニックの比ではない。負ぶった幼い子供のおかげで、背中が焼けずに済んだり、凍える水に濡れずに済んだりして生き残った母親。子供を守ろうとして逆に生かされた方もいる。病院から患者を引き連れて戦火から逃れようと命を失った看護婦もいた。最も安全だと信じられていた防空壕に逃げ込んだ人々が、反って猛火にさらされて死んだ。

関東大震災(1923年)を徹底検証したアメリカ軍は、木造住宅が密集する東京下町が火災被害に遭いやすいことをつきとめそこを攻撃目標とした。そのため関東大震災と東京大空襲の被害地域が重なっていることは偶然ではない。現在、85歳以上の東京下町に暮らすお年寄りは、二度に渡る恐ろしい被災戦災を乗り越えていらっしゃる。待乳山聖天様に参詣するとき、たまに寄る浅草駅前商店街のマックには、他の街のマックとは違い、沢山のお年寄りがいつも集っている。彼らもまた、戦火を潜り抜けた人たちなのであろう。
そんな彼らが生き残ってくれたからこそ、日本を支えてきてくれたからこそ、今の私たちが生きている。そんな私たちと、戦災で亡くなられた方たちと、一体どれほどの人としての価値が違ったんであろうか。まだまだ死にたくなかった、もっともっと色んなことがしたかった、夢や希望があった、そんな彼らに報いるためにも、私たちは夢を抱いて胸を張って生きていかねばならないと思う。希望も絶望も同じ、「望む」と書く。同じ望むなら、未来に希望を持つという人と人を紡ぎあって望んで生きたいと思う。



〜編集後記〜
まとめが書きで長くなりました。急いで書き上げましたので、誤字脱字ご勘弁下さい。
明日から、義理の両親が動けるうちに(笑 PLの花火大会(正確には教祖祭)を見せてやろうと、親孝行がてら二泊三日で大阪旅行です。2日は両親を連れて、生駒の聖天さまも参ります。暑さも本腰を見せて来ました。皆さんもどうぞお風邪など召さぬよう、御身ご自愛下さいませ。

感謝合掌
法蓮 百拝

虚空蔵求聞持法 現在、六十七万遍なり

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2008年06月11日

歓喜団 京都で唯一、歓喜団を作り続けている銘菓の老舗、「御菓子司 亀屋清永」からようやく商品が届いた。
ナニが?って、勿論、聖天さまに捧げる聖天さまの大好物のお供物である。聖天さま=歓喜天さま⇒だから、お供え物のお団子は歓喜団。分かりやすい(笑。正式には「清浄 歓喜団」というらしい。「清浄」という、仰々しい名のお菓子が他にもあるだろうか。

 創業元和三年(1617年)というから、四百年も京の都において菓子を作り続けてきた老舗中の老舗である。(歓喜団という菓子自体は、奈良時代に仏教と共に唐よりもたらされたので千年以上、姿を変えてないらしい)場所は八坂神社の石段下南らしい。行ったことはない。多分、京都巡礼で目の前を知らずに通り過ぎたかも知れん。 住所:京都市東山区祇園石段下南 TEL:075-561-2181(代)歓喜団販売サイト(京都おいしい小路ショッピングモール内)はこちら


 さっそく、お供え用の三宝に皿を置き、その上に歓喜団を載せて聖天さまに召し上がっていただく。
一個づつ紙で包まれているが、外からもその団子の形状が巾着型だと分かる。見たことも食べたこともないので、一つだけ開けさせて貰い、写真を撮ったのがこのページの画像である。 フムフム、おぉ〜これが歓喜団かぁ〜(一個525円もする・・と声は出さないが(笑) 大きさは、チュッパチャップス二個分チョイぐらい。小振りで可愛らしい感じだ。

なるほど、聖天さまのトレードマークである巾着(宝袋)の形状をなぞらえてあるし、仏の座す八葉の蓮華を表す八つの結びにもなっていて、見た目的にも凝っている。
表面はバリっと胡麻油で揚げてあるそうなので、結構〜固そうだ。それにすごい独特の香ばしい匂いがする。
いや、それだけではない。「清浄」と名のつくぐらいだから、包んである皮は「淨め」を意味する、白檀、桂皮、竜脳、ハッカ、丁子(ちょうじ)、肉桂(にっき)、胡椒の七種の香が混ぜ合わせられており、それらが複合して御菓子としては、嗅いだことのない匂いがする。

賞味期限は二週間と書いてある。期限が迫ればお下がりを戴こう。
どんな味がするのだろう? 今から楽しみである。


 大根にお酒に歓喜団。三種の供物が揃い、これで我が家にもやっと聖天さまの好物が揃った。 あ、でも一番最初に上げた大根は周りがヘニョヘニョになってきたので、一週間の浴油祈祷が終わった時点でお下げしてしまった。それから我家の食卓には、大根おろしに大根の味噌汁に大根の煮物に大根サラダと大根尽くしがまだ続いている。なんせデカイの二本だったから(笑。


 今週は「御礼(おんれい)」の浴油祈祷中なので、勤行時にはもっぱら先週のお礼を申し上げるだけで、何ひとつ祈願出来ないのが非常に辛い! って、自分で勝手に決めたんだから我慢せんかい!って思うのだが、なんせ聖天さまは以前ご紹介した「大聖歓喜天 和讃」にも示される通り、ただひたすらに縋れば我侭な願いをも叶えて下さる、とにかく有り難い神さまなので、ついつい、勤行時にもお願いしてしまいそうになる。(笑

 まぁ自分のような欲張りな外道には、お願いしてばかりで感謝の気持ちを忘れぬよう、この「祈願」⇒「御礼」⇒「祈願」という、一週間交替の浴油祈祷が戒める意味でも良かろうかと思う。


taihei0440 at 19:57コメント(2)トラックバック(0)  この記事をクリップ! twitterでつぶやく  

2008年05月03日

 みなさんは、ご自宅にお仏壇はありますか? 過去記事を読まれている方はご存知のように、自分は恥ずかしながら、仏壇は最近になってやっと購入しました。四国歩き遍路から戻って更にあとのことです。 しかし仏壇がなかったそれ以前でも、仏像はありましたのでお供えはしていました。

仏像が無くとも、ご先祖さまのご位牌があればお供えしますよね? なんでお供えするんでしょうか? そもそも、お供えとはナンでしょう? そんなコトを全く考えずに今日まで過ごしました。子供のころから、祖母が仏壇にお供え物をしているのを見てきた。お寺や神社へ行けば、必ずお供え物を目にしてきた。そんな慣習的なものと捉えてただ真似をしてきましたが、これも遍路のように続けていくうちに、徐々に気持ちや態度に変化が起きてくるから不思議なものです。今日はちょっと、そんなお供え物について考えてみましょうか。


 お供え物って、どんな時にどんな物をあげていますか? 誰かからのお土産や、進物を貰った時にもお供えしますね。朝晩キチンとあげている人もいらっしゃるでしょう。 我が家でも朝晩の勤行時に、お供え(というより、食事)を差し上げます。つまり、朝食と夕食前ですから「自分たちが食べる物」を、御裾分け・・という表現は、失礼かも知れませんが、むしろ自分たちが口に出来ないような物を、お供えする方が無礼にあたるとも思い、そうしてきました。

が、これはかなり以前の話しで、最近は少々勤行が長くなったせいもあって(朝は一時間くらい、夜は30〜40分ぐらい)、食事の用意が出来てから勤行すると、すっかり料理が冷めてしまうので、朝は先に炊き立てのご飯を仏様にあげるようにしています。料理が出来ていないので、おかずは納豆や梅干、漬物、お浸しなどの惣菜があれば、それを供えます。夜は、勤行が終わるころに合わせて食事を用意し、お勤め後にお供えをあげるようにしてます。ご飯とお茶は必ず一緒です。お箸も勿論、専用の物を添えます。味噌汁など汁物があるときは、お茶の代わりに供えます。

いずれにしても自分たちの食事は勤行のあとです。食事前には、斎食儀(さいじきぎ)を行ないますから、お腹が減っているときなど目の前に料理が並んでいても、堪えて心経を唱えるのは結構辛い時もあります。斎食儀は暫らく休んでいたのですが、三重院で二度目の修行の際に、ご住職夫妻が自ら実践されているのを見て、これは見習わなくては・・と触発され再開しました。今ではキッチリやってますよ。


 ご存知の通り、我が家のご本尊は三面大黒天です。この仏様は特に甘い物や、油で揚げた菓子、珍しいフルーツなどがお好みなので、朝晩に限らずドーナッツや饅頭なども、お茶の時間にお供えします。あ、うちはコーヒーを良く飲むので、食後にはコーヒーも届けます。もうほとんど、一家族と同じですね。 更にお供えした物は、有り難く食した方が良いと云われてますから、必ず食べるようにしています。
 スーパーなどで季節に合った珍しいフルーツや、和菓子屋さんに美味しそうなお菓子があったりすると、「あ、お供えしてあげよう」という感覚でちょこちょこ買うので、我が家には神仏に手を合わせる以前より、フルーツや菓子が家にあることが多くなりました。これもご利益?(笑。

 そうそう、神棚の榊は毎月一日と十五日の二回に変えるだけですが、仏前のお花はマメに変えます。最初は菊などの佛花を供えていたのですが、今では二つの大きな花瓶に様々な季節の花束を供えています。切りそろえて花瓶に入りきらなかった花は玄関へ。そうして、かつては滅多に花がなかった家の中も、今では常に美しい花々が溢れる家になりました。我が家の仏間は間仕切りのない、開放的なリビングの和室コーナーにあるので、窓を開けると家中に花の香りが注がれます。これだけでも気分が全然違いますね。


 そもそも、「お供え物をする」というのは、供養の一つだと思います。
仏教では人は死後、その人たちが歩いてきた生き様、行なってきた行跡によって、六道を彷徨うと云われます。その人たちを供養することを、「六種供養」といいます。「ごはん」をお供えするのは、その【六道】の中の五番目で、「天道」を彷徨う人たちのためと云われます。
「六種供養」はそのまま、「六波羅蜜行」という、菩薩行に繋がります。すなわち、六波羅蜜第五・禅那波羅蜜(ぜんなはらみつ)の行となります。「行」というのですから、お供え=供養⇒立派な修行ですね。

え?供養のどこが? ナンで修行でなんの? と思われるでしょう。すぐにはちょっとピンと来ないかも知れませんが、先日から公開した「現代版 理趣釈経」で、七段から十段までは、悟りを開くための修行法が説かれている。 と書きましたが、理趣経第九段は「供養の法門」となっていることでも、供養は修行であるとされているのです。

どうでしたか? お供えするって 中々イイもんでしょ。それではまた。


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2007年12月19日

〜はじめに〜
 ハッキリ云って、歩き遍路は既に終わっているので、その後の話はご興味ない読者の方々もいらっしゃるだろう。がしかし、身体の状態や心境の変化を細かくお伝えする事によって、遍路を終えた今後どのような自分に生まれ変わって行くのか? そのような観点から、またお読み頂ければ幸いである。


 四国歩き遍路の中盤以降、もう何日も続いてきた、両脚の痙攣がピタッと止まった。 この御堂筋ホテルの天然温泉のせいか? 昨夜試した、中国式マッサージが効いたのか? どちらかは分からないが、とにかく久しぶりに良〜く寝れた。あんまり良く眠れ過ぎて寝坊した。 ゆうべ遊びすぎたか?(笑


 墓参りのため、地下街へ入りJR難波駅へ向かう。 なんばウォーク(旧 虹の街)には、昔っからのカウンターだけの安いサテン(喫茶店)が多い。朝も早く、6時から空いてる店もあるから若い頃から良く利用した。「久々に一杯飲んでくか〜」コーヒー260円、たった90円でトーストとゆで卵が付く。煩わしい分煙化なんて一切ナシ。やっぱりミナミはいい・・。
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2007年09月12日

今日、初めて人様の家の仏壇の前に座り
般若心経を唱え、ご先祖さまをご供養しました。


そこは、今まで幾度となく訪れている妻の実家でした。
私から、「お仏壇に手を合わさせてもらえますか?」とお願いしました。
そういえば、今まで妻の実家へ尋ねてもただの一度すら、お経はおろか、お焼香さえした事がありませんでした。

神仏の信仰心を持つ、持たないのとでは、こんなに違うものなのか・・そう痛感しました。

姿勢から心を整え、気を静めます。
お祈りさせて頂くといっても、毎日やっている勤行の内容しか私は知りません。
開経偈>懺悔文>心経>光明真言>大師宝号>回向文 がそれです。
*厳密には、ご本尊、他の御仏さま、等のご真言も唱えてますが・・

しかしそれですら、始めてから(間違えてないか? どこか抜かしてないか? そんな事があれば大変、失礼だ・・)と、落ち着きながらも不安だらけでした。

でも目一杯、心は込めたつもりです。
当然、自宅で加えているような自分や家族に対する願目は一切なしで、位牌のあったご先祖様の供養を祈りました。


おわった後、義母が「ありがとう。ここで手を合わせるのは私ぐらいなのよ」と喜んでくれたのが、印象的でした。二世帯で沢山、家族が住んでいるにも今は誰も手を合わせないそうです。


人のために、拝んであげる・・
これこそが、本当の御仏に対する心願なのでしょう。
とてもすがすがしい気分で、妻の実家を後にしました。





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2007年08月24日

水沢観音階段下


〒377−0103 群馬県渋川市伊香保町水沢214 御祈願・御供養
Tel 0279-72-3619


いつものように、ご近所の不動寺での朝の勤行を終え
この日、24日は供養の為に水沢観音へ直行しました。

前日にご住職から、供養は10時からと聞いていたので
到着予定時間からおよそ、一時間以上待たなくてはなりませんが
どこか静かな場所を探し、虚空蔵求聞持法を唱えながら待つつもりでした。


水沢観音 本堂

水沢寺御本堂


水沢観音 千手千眼観音さま

ご本尊 千手千眼観音





以前から、自分の守り尊ではないのですが何故か千手千眼観音が一番好きでした。ご本尊を扉格子ごしに眺めていると、ふとわが父の守り尊だと気がつきました。生きているかどこに居るか分からない我が父。愚憎が代わってお参りいたします。


水沢観音 弁財天さま

龍王辨財天の霊水






〜此の水は、当水澤観音の霊泉にて、財を成し、病を癒し天寿を全うする事は、龍王辨財天の示す処也〜の鳥居右横の看板の通り、霊験あらかたなるこの霊泉は広く人々に知られており、毎日たくさんの方々が、お水取りに訪れるそうです。



水沢観音 大師堂

大師堂の中には年代物のお大師さまが鎮座





水沢観音 飯縄大権現参道

飯縄大権現参道



一通り、自分の出来る範囲での供養とお勤めを果し、本堂左側の表札に眼をやると、そこは水沢山頂へ向かう84段の階段でした。山頂まで2時間と書かれています。時間を潰しているとはいえ、そこまで余裕がありません。また次回、山頂まで上ったらお知らせします。そしてここを上るとすぐに飯縄大権現いいづなだいごんげん(不動明王だそうです)がいらっしゃいました。そこから更に少し30mほど上ると万葉歌の石碑がありました。水沢観音 万葉歌碑



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▼ごぉぉおおお〜〜〜〜〜ん勤行のお時間でっせぇ


毎度おいでやす。
【遍路と巡礼・神仏とえにしの旅】
Season3へようこそ

まぁ、ごゆるりと・・・

音が気に要らんお人は
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ご面倒でっけど停止して下さいや

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