三面大黒天
2008年02月23日
昨夜行なった、大黒天一日千座行の補足になるが、『印』について具体的に述べていなかったので、今日はもう少しご紹介していこうと思ふ。
三面大黒天の印の結び方
云うまでもなく、三面大黒天は、『大黒天』『毘沙門天』『弁財天』の三神合体仏であるから、ご真言同様に印相もそれぞれに結ぶのが正しい。 と、されているが実は『三面大黒天』そのものの、『印相』もある。
順次ご紹介すると、左から・・
大黒天の印 弁財天の印 毘沙門天の印

大黒天の印の結び方
内縛して、無名指(むめいし)と小指(しょうし)を立てる。
怨敵の調伏、商売繁盛、除災招福などを掌る(つかさどる)。
印名:大黒天神印
ご真言:『おん まか きゃらや そわか』
梵名:マハーカーラ
弁財天の印の結び方
左の五指を伸ばして仰向けにし、へその辺りに置く。右手は大指と頭指で輪を作り、残った三指は伸ばす。右手を左手の上で回転させ、琵琶(費拏ひな)を弾く様にする。
印名:弁財天費拏印・宇賀天神印
音楽、文学、技芸などを守護し、財福を掌る。
ご真言:『おん さらすばてぃー えい そわか』
梵名:サラスヴァティー
毘沙門天の印の結び方
虚心合掌し、小指のみ内縛する。大指は並べて立て、頭指は立てて開き、第一関節を屈する。(画像はあんまし曲がってない(笑) 残った中指と無名指は、立てて合わせる。
印名:多聞天印(毘沙門天印)
戦いを掌り、北方に関する一切の守護を担う。
ご真言:『おん べいしら まんだや そわか』
梵名:ヴァイシュラヴァナ
そして、これが三面大黒天の印の結び方
中指と無名指の第二関節を曲げて合わせ、残った大指、頭指、小指をそれぞれ立てて合わせる。 大切なのは、三面大黒天の絶大なる力を、自分の内面から拳の内側に、満ちるよう想いを強化して行く。
ここまで読まれて、『無名指』や、『内縛』など、ちょっと聞きなれない言葉に、「なんのコッチャ?」と、思いつつも、賢明な読者さまならば、画像と照らし合わせれば、フムフムあの事を云ってんだな? と、お察し頂けたかと思う。
釈迦に説法だが、いちおー補足すると、弘法大師が「これぞ、即身成仏を実現し得る秘法じゃ!」と、唐から日本に持ち帰った、密教行法三大中核修法、いわゆる三密(身密・口密・意密)の一つ、自らの体と御仏の体を重ね合わせる、身密(しんみつ)である、密教の「印」において、指使いは大変重要な役割を示す。
インドの伝統文化である、ムドラー(指や腕を使った古典舞踊)を起源とする、印の結び方は、仏教書に記された物があるが、独特の呼称や表現で書かれており、我々素人には、なんのコッチャか、サッパリ分かりまへん(笑。
しかし、噛み砕かれた本を読んでも、最低限覚えておかねばならないのが、指の名称や、『内縛』など基本的な印の結び方である。
これを、まず覚えてしまえば、大抵の本屋に並んでいるような、印に関する本を立ち読みしただけでも、二つや三つは覚えて帰れる。 実際、自分も本を買うまでは、十個ぐらいの印を立ち読みして覚えた(笑。
各指(十指)の名称と意味、その働きについて知りたい人は
▼こちら
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三面大黒天の印の結び方
云うまでもなく、三面大黒天は、『大黒天』『毘沙門天』『弁財天』の三神合体仏であるから、ご真言同様に印相もそれぞれに結ぶのが正しい。 と、されているが実は『三面大黒天』そのものの、『印相』もある。
順次ご紹介すると、左から・・
大黒天の印 弁財天の印 毘沙門天の印

大黒天の印の結び方
内縛して、無名指(むめいし)と小指(しょうし)を立てる。
怨敵の調伏、商売繁盛、除災招福などを掌る(つかさどる)。
印名:大黒天神印
ご真言:『おん まか きゃらや そわか』
梵名:マハーカーラ
弁財天の印の結び方
左の五指を伸ばして仰向けにし、へその辺りに置く。右手は大指と頭指で輪を作り、残った三指は伸ばす。右手を左手の上で回転させ、琵琶(費拏ひな)を弾く様にする。
印名:弁財天費拏印・宇賀天神印
音楽、文学、技芸などを守護し、財福を掌る。
ご真言:『おん さらすばてぃー えい そわか』
梵名:サラスヴァティー
毘沙門天の印の結び方
虚心合掌し、小指のみ内縛する。大指は並べて立て、頭指は立てて開き、第一関節を屈する。(画像はあんまし曲がってない(笑) 残った中指と無名指は、立てて合わせる。
印名:多聞天印(毘沙門天印)
戦いを掌り、北方に関する一切の守護を担う。
ご真言:『おん べいしら まんだや そわか』
梵名:ヴァイシュラヴァナ
そして、これが三面大黒天の印の結び方
中指と無名指の第二関節を曲げて合わせ、残った大指、頭指、小指をそれぞれ立てて合わせる。 大切なのは、三面大黒天の絶大なる力を、自分の内面から拳の内側に、満ちるよう想いを強化して行く。ここまで読まれて、『無名指』や、『内縛』など、ちょっと聞きなれない言葉に、「なんのコッチャ?」と、思いつつも、賢明な読者さまならば、画像と照らし合わせれば、フムフムあの事を云ってんだな? と、お察し頂けたかと思う。
釈迦に説法だが、いちおー補足すると、弘法大師が「これぞ、即身成仏を実現し得る秘法じゃ!」と、唐から日本に持ち帰った、密教行法三大中核修法、いわゆる三密(身密・口密・意密)の一つ、自らの体と御仏の体を重ね合わせる、身密(しんみつ)である、密教の「印」において、指使いは大変重要な役割を示す。
インドの伝統文化である、ムドラー(指や腕を使った古典舞踊)を起源とする、印の結び方は、仏教書に記された物があるが、独特の呼称や表現で書かれており、我々素人には、なんのコッチャか、サッパリ分かりまへん(笑。
しかし、噛み砕かれた本を読んでも、最低限覚えておかねばならないのが、指の名称や、『内縛』など基本的な印の結び方である。
これを、まず覚えてしまえば、大抵の本屋に並んでいるような、印に関する本を立ち読みしただけでも、二つや三つは覚えて帰れる。 実際、自分も本を買うまでは、十個ぐらいの印を立ち読みして覚えた(笑。
各指(十指)の名称と意味、その働きについて知りたい人は
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2008年01月25日
早朝から、我が家での勤行を済ませ、7時52分の新幹線で東京へ向かう。
寝坊せずに何とか間に合った。9時20分には目黒駅に立って、いつもの行人坂を下り目黒大圓寺へ。既に本堂には甲子祭の参加者が集まりだしていた。
昨夜の大黒神社は、深夜という開始時間と雪の残る妙義山の頂上へ、凍結した道路を登ると云う悪条件にも関わらず、30人余人が祈祷に訪れていた。が、ここは東京。祈祷時間も10時からと、容易に昨日の参拝者数を上回るのは予測できる。本来、甲子祭は子の刻(午後11時〜深夜1時)に行なうのが、正しい。多くの大黒天行も、全て子の刻に行なう方が正式とされているが、この大圓寺では、より多くの人が祈願できるよう、例年10時、13時、15時の日中三回に分けて催される。
寺務所で受付を済ませ、本堂へ上がる。護摩壇の中央前には厨子に入った大黒天がご開帳されている。この寺へは何度もお参りに来ているが、ご開帳された大黒天のご本尊を拝むのは初めてだ。そういう意味においても、こういった行事の日に拝むのは良い機会ではある。但し、本当のご本尊である、三面大黒天は完全秘仏であり、60年に一度、甲子の年にしか開帳されない。次は2044年だ。生きてるかの?(笑
狭い本堂の中で、皆それぞれ自分の座る場所と、正座椅子を確保していく。一番隅に座った自分は一人、先に大黒天一日千座行を行なった。
これは、本来子の日、子の刻に三面大黒天若しくは大黒天をご本尊と仰ぎ、ご真言「おん まか きゃらや そわか」若しくは、「おん みしみし しゃばれい たらばがてい そわか」を千回唱え、これを子の日だけ7日間続けると、他人に話したがらないほどのご利益に授かれると云う。
時間的なことをいえば、本当は昨夜のうちに行なうべきだったが、大黒神社から自宅へ戻ったときには、子の刻を過ぎてしまっていた。これから始まる甲子祭自体も、時間的な融通を考慮しているので、悪しからず順ずることにする。
まずは、大黒天神経から唱え、続けて大黒天千座行に入った。大黒天の印相を結び、手の平の中に普段、虚空蔵求聞持法で使用しているカウンターを握ってご真言を唱え続けた。
その間も、目の前を人が行ったりきたり・・。右や左にも人が詰め寄って座ってくる。集中力を保つのが難しいが、何とか護摩法要開始時間までに千回唱え終えた。
そして、目黒大圓寺の甲子祭は始まった・・。
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寝坊せずに何とか間に合った。9時20分には目黒駅に立って、いつもの行人坂を下り目黒大圓寺へ。既に本堂には甲子祭の参加者が集まりだしていた。
昨夜の大黒神社は、深夜という開始時間と雪の残る妙義山の頂上へ、凍結した道路を登ると云う悪条件にも関わらず、30人余人が祈祷に訪れていた。が、ここは東京。祈祷時間も10時からと、容易に昨日の参拝者数を上回るのは予測できる。本来、甲子祭は子の刻(午後11時〜深夜1時)に行なうのが、正しい。多くの大黒天行も、全て子の刻に行なう方が正式とされているが、この大圓寺では、より多くの人が祈願できるよう、例年10時、13時、15時の日中三回に分けて催される。
寺務所で受付を済ませ、本堂へ上がる。護摩壇の中央前には厨子に入った大黒天がご開帳されている。この寺へは何度もお参りに来ているが、ご開帳された大黒天のご本尊を拝むのは初めてだ。そういう意味においても、こういった行事の日に拝むのは良い機会ではある。但し、本当のご本尊である、三面大黒天は完全秘仏であり、60年に一度、甲子の年にしか開帳されない。次は2044年だ。生きてるかの?(笑
狭い本堂の中で、皆それぞれ自分の座る場所と、正座椅子を確保していく。一番隅に座った自分は一人、先に大黒天一日千座行を行なった。
これは、本来子の日、子の刻に三面大黒天若しくは大黒天をご本尊と仰ぎ、ご真言「おん まか きゃらや そわか」若しくは、「おん みしみし しゃばれい たらばがてい そわか」を千回唱え、これを子の日だけ7日間続けると、他人に話したがらないほどのご利益に授かれると云う。
時間的なことをいえば、本当は昨夜のうちに行なうべきだったが、大黒神社から自宅へ戻ったときには、子の刻を過ぎてしまっていた。これから始まる甲子祭自体も、時間的な融通を考慮しているので、悪しからず順ずることにする。
まずは、大黒天神経から唱え、続けて大黒天千座行に入った。大黒天の印相を結び、手の平の中に普段、虚空蔵求聞持法で使用しているカウンターを握ってご真言を唱え続けた。
その間も、目の前を人が行ったりきたり・・。右や左にも人が詰め寄って座ってくる。集中力を保つのが難しいが、何とか護摩法要開始時間までに千回唱え終えた。
そして、目黒大圓寺の甲子祭は始まった・・。
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2008年01月24日
午後9時半に自宅を出て、妙義山頂上にある、『中之嶽大黒神社』へと車を逸らせた。11時半から執り行われる、甲子祭に行くためだ。60日に一度、おとずれる甲子の日は気が栄えるとも云われ、大黒天信仰にとってご利益が最大限に高まる重要な行事である。また、今年は子の年で更に運気も更に上がる。国道18号から左折し、妙義山へ登っていくと、おととい降った雪が残ったまま、道路も所々凍っている。登れば登るほど凍結部分は増える。女房の車は4WDとはいえ、タイヤはノーマルなのでかなり危ない。正直、雪道の運転は大嫌いだ。
かつてスキーやスノボーの趣味はなく、今まで所有した車はみな、AMGやブラバスなど、道路スレスレのスポイラーでローダウンしたコンプリートカーばかり。雪道の運転など皆目無縁だった。時間に間に合うか気にしながらも、トロトロ運転するしかなかった。←凍てつく夜空に仰ぎ見る、日本一の大黒さま。
中之嶽大黒神社に詣でるのは二度目。一度目は四国遍路に出る前、トレーニングも兼ねてこの険しい妙義山を登りに来た。ここは弘法大師にも登嶽し、大国主命を奉納したと伝えられ、古来よりの神仙信仰から幾多の祭事を重ね、甲子祭自体も既に三百余年もの間、欠かさず斎行されてきた由緒ある行事だ。

社務所で受付を済ませ、待合室に案内されると、既に六名ほどの信者さんが居た。暖かい部屋で茶菓子とお茶を頂きながら、話しを伺っていた。遠く栃木から一人で車を飛ばして来ている女性も居た。
時間が近づくに連れ、慣れている人たちは徐々に大黒社へ移動して行く。自分も一番最後に社務所を出て向かった。浄水場で淨めようとすると、龍の口からこぼれる水がつららになって凍っていた。ここは気合入れてメチャクチャ寒い!
社殿前で礼拝し、大黒天の真言を唱える。恐らく、ここは神社なので真言は勿論、経も唱えるわけはなかろう、そんなコト分かっているのに、大黒天神経をまた忘れてしまった。うっかりした・・明日の目黒大圓寺には忘れずに持参しなければ。

社殿に上がり込むと、中にはストーブが焚かれてはいるが、全然追いつかないぐらいの寒さだ。大きな大きな打ち出の小槌と、木彫りの恵比寿大黒がいらした。参拝者もいつの間にか、30人ほどに増えている。この凍結道路の中、みな熱心だ。のちに宮司が話されていたが、おととい雪が降らなければ、普段はもっと人数が多く社殿に入りきらないらしい。道路が開けてなかった昔はみな、前日から社務所に泊まりがけだったらしい。
やがて宮司が集まり、厳かに甲子祭が始まった。
仰々しく奉られた鍵で、ギギギィーと社殿奥の扉がご開帳され、宮司がその中へお供え物を次々と運び入れる。見たこともない、大きな皿に洗米や果物、野菜、中には変わったところで、デッカイたこの煮物があった。
そうそう、ご存知だろうか? 大黒天神経の中にも、「珍果美酒等」と出てくるように、大黒さまは美味い酒は勿論、珍しい食べ物がお好きなのだ。他には、ドーナツなどの揚げた甘い物もお好きなので、我が家では時々変わったフルーツや、ミスタードーナッツもお供えする。
祝詞や玉串奉天のあと、ろうそくの灯りだけに絞られた薄暗くなった社殿は厳粛さが増していく。そんな雰囲気の中、和太鼓がドンドンドンと響き渡り、「大黒天神」の連呼が始まった。初参加で流れが分かってなかったが、これは大迫力だった。三回に分けておよそ先回ぐらいは唱えたんではないか。大黒天一日千座行も、先回大黒天真言を唱える。この神社も明治の神仏分離までは、大黒天を奉る寺だったのだから、その名残があるようだ。
全ての行事が滞りなく終了し、偶然同い年の宮司と一番最後まで話しこんでいた。ストーブは宮司の代になるまでなかったらしい。あっても、足の先が氷のように冷え切っているのに、昔の人の精神力にはやはり勝てない。宮司の子供のころは、甲子祭の夜はもっと人数が多く、中には先の「大黒天神」と大合唱する際に、飛び跳ねたり転がりまわったりする人もいて、子供心に信仰の深さというより、むしろその集中さに恐ろしかったそうな(笑。
最近になって、また信仰者が増え続け、日本一の大黒さまも熱心な信者の団体により、あっと云う間に寄進が集まったそうだ。
年に六回、60日に一度ある甲子祭。年初めに中央の札をいただき、赤、青、金と順に画像の札を頂いていく。已む無く不参加の場合でも、ちゃんと郵送してくれるので安心だ。因みに一回が二千円だが、年間で申し込むと1万円と一回分無料サービスになる。良心的なお寺、じゃない神社。(台座は二千円) 勿論、自分は一年祈願でお願いした。大黒天は神道で日本の神であり、仏教における天部。神社と寺と祈祷法は違うが、どちらも習得してのが良かろうかと思いに至り、出来るだけ参加して行くつもりだ。
自宅に戻ったのは、午前三時前だった。
四時間後には、新幹線に乗って目黒大圓寺へ向かわなければならない。風呂入って支度して・・・
起きれんかい?(笑。
2008年01月18日
先日、三面大黒天及び大黒天の、最も簡単な祈祷法(招福法)と大国天神経について触れたが、今日はもう一歩進んだ祈祷法をご紹介しよう。
三面大黒天から福を招き、ご利益を得る招福法には甲子祭など寺院で行われている、難しい修法も含めて幾つもあるが、ここでは特別な専門知識が無くても、比較的素人でも出来る方法をお教えする。
但し断っておくが、特に三面大黒天はご利益が非常に高い反面、フザけた気分や遊び半分な祀り方を行うと、霊障が起き尊天から戒めを受けると云われている。脅かすワケでもなくあくまで一説だが、同じやるなら真面目に心から切に願いを乞い奉る、そんな気持ちが必要なのは云うまでもなく、疑心暗鬼や冗談半分では、ご利益に授かれるなどあろうハズがない。信じる者こそは救われるのだ。本来はマハーカーラ(偉大なる暗黒)「大暗黒天」とも呼ばれる、戦闘と死を司る神であることをお忘れなく。
摩訶迦羅の話しが出たところで、本当の大黒天のお姿は、現在のイメージと全くかけ離れた、恐ろしい形相をしているのをご存知だろうか?現在でこそ大黒天は、福与かな表情で優しい微笑みを湛え、七福神を始め庶民に親しまれてきた。また神道では、大国主命信仰(おおくにぬしのみこと)と、仏教では天部の守護神として習合され民族信仰化し、日本文化に深く根付いてはいるが実は全く違うのよ。本来はヒンドゥー教シヴァの分霊神、夜の化身で憤怒の表情をしているのだ。
画像が少々見難くくて申し訳ないが、これが胎蔵界血曼荼羅(金剛峯寺)における三面大黒天である。三面三目六臂(三つの目、三つの顔、六つの手)で、二本の牙をむき出し、青黒い肌に炎のように逆立った髪、胸にドクロを貫いた瓔珞(ようらく=ペンダント)を着け、腕に毒蛇の臂釧(ひせん=ブレスレット)、右手は跪き合掌する、人間の頭髪を容赦なく引っ掴み、左手にもだらんと子羊の角をぶら下げている。更に別の両手で鋭い剣を持ち、白象の革を剥いだマントを羽織ろうとしている。とても今の「大黒さん」からは、想像もつかないお姿であり、完全に戦闘神の様相を呈している。また摩訶毘盧遮那(まかびるしゃな=サンスクリット語Vairocanaバイローチャナ=光明遍照=大日如来)の化身ともされる。
三面大黒天の話しをし出すと枚挙に暇がなく、また脱線しまくった前置き長すぎやっと本題かい!(笑。
実は太閤秀吉と三面大黒天の関係も、実に興味深いが、ここでは割愛し後日まとめよう。

【大黒天一時千座行】
やっと始まる(笑 ここに紹介する祈祷方法は一般的な物であり、宗派や寺院によっても若干修法の手順など、違いが生じることもあるらしい事も付加えておく。出来れば「子の刻」午後11時〜深夜1時に行い、ご本尊は当然開眼した三面大黒天、若しくは大黒天であるべき。
1、まず黒豆と米をそれぞれ千粒用意する。ナンだか料理番組みたいだが、キチンと数えなければならないので、これが結構大変だ。慎重にやらないと、落したり手に引っ付いてたりして、数えなさないとならなくなる。特に米は小さいのでピンセットで掴んだ方が良い。大体一合の三分の一カップで千粒だった。それぞれ水で清め、残った水分を切ってお供えする。
3、勿論、自分自身の心身も清める。時間も時間だし風呂上りが良かろうね。清潔な衣服(出来れば白が望ましい)を着用し、香を焚き灯明を照らし、塗香を着ける。
これで準備万端。
【外五鈷印】
〜護身法と唱え方〜
1、外五鈷印を結び「七難即滅しちなんそくめつ〜あびらうんけん」
【智拳印】金剛界大日如来
2、智拳印を結び「七福即生しちふくそくじょう〜ばざらだとばん」
「無所不所不至おんまかきゃらやそわか」
【八葉印】観世音菩薩
3、八葉印を結び「普利衆生ふーりーしゅうじょう〜おんまかきゃらやそわか」
「皆令離苦得安穏楽世間之楽及涅槃楽かいりーくーとくあんのんらく せけんしーらくきゅうねはんらく」
【金剛合掌印】
4、金剛合掌印を結び「ばんらたらくきりあく」と唱える。
以上が【大黒天一時千座行】のひとつ。
本番よりもむしろ、準備に時間がかかる(笑。 実は大黒天一時千座行だけでも、この他にも色々祈祷法がある。印相(印契)の結び方についても、合わせて折りに触れ解説していきたい。今日はこれまで。たまには仕事に行こう(爆。
三面大黒天から福を招き、ご利益を得る招福法には甲子祭など寺院で行われている、難しい修法も含めて幾つもあるが、ここでは特別な専門知識が無くても、比較的素人でも出来る方法をお教えする。
但し断っておくが、特に三面大黒天はご利益が非常に高い反面、フザけた気分や遊び半分な祀り方を行うと、霊障が起き尊天から戒めを受けると云われている。脅かすワケでもなくあくまで一説だが、同じやるなら真面目に心から切に願いを乞い奉る、そんな気持ちが必要なのは云うまでもなく、疑心暗鬼や冗談半分では、ご利益に授かれるなどあろうハズがない。信じる者こそは救われるのだ。本来はマハーカーラ(偉大なる暗黒)「大暗黒天」とも呼ばれる、戦闘と死を司る神であることをお忘れなく。
摩訶迦羅の話しが出たところで、本当の大黒天のお姿は、現在のイメージと全くかけ離れた、恐ろしい形相をしているのをご存知だろうか?現在でこそ大黒天は、福与かな表情で優しい微笑みを湛え、七福神を始め庶民に親しまれてきた。また神道では、大国主命信仰(おおくにぬしのみこと)と、仏教では天部の守護神として習合され民族信仰化し、日本文化に深く根付いてはいるが実は全く違うのよ。本来はヒンドゥー教シヴァの分霊神、夜の化身で憤怒の表情をしているのだ。
画像が少々見難くくて申し訳ないが、これが胎蔵界血曼荼羅(金剛峯寺)における三面大黒天である。三面三目六臂(三つの目、三つの顔、六つの手)で、二本の牙をむき出し、青黒い肌に炎のように逆立った髪、胸にドクロを貫いた瓔珞(ようらく=ペンダント)を着け、腕に毒蛇の臂釧(ひせん=ブレスレット)、右手は跪き合掌する、人間の頭髪を容赦なく引っ掴み、左手にもだらんと子羊の角をぶら下げている。更に別の両手で鋭い剣を持ち、白象の革を剥いだマントを羽織ろうとしている。とても今の「大黒さん」からは、想像もつかないお姿であり、完全に戦闘神の様相を呈している。また摩訶毘盧遮那(まかびるしゃな=サンスクリット語Vairocanaバイローチャナ=光明遍照=大日如来)の化身ともされる。三面大黒天の話しをし出すと枚挙に暇がなく、また脱線しまくった前置き長すぎやっと本題かい!(笑。
実は太閤秀吉と三面大黒天の関係も、実に興味深いが、ここでは割愛し後日まとめよう。

【大黒天一時千座行】
やっと始まる(笑 ここに紹介する祈祷方法は一般的な物であり、宗派や寺院によっても若干修法の手順など、違いが生じることもあるらしい事も付加えておく。出来れば「子の刻」午後11時〜深夜1時に行い、ご本尊は当然開眼した三面大黒天、若しくは大黒天であるべき。
1、まず黒豆と米をそれぞれ千粒用意する。ナンだか料理番組みたいだが、キチンと数えなければならないので、これが結構大変だ。慎重にやらないと、落したり手に引っ付いてたりして、数えなさないとならなくなる。特に米は小さいのでピンセットで掴んだ方が良い。大体一合の三分の一カップで千粒だった。それぞれ水で清め、残った水分を切ってお供えする。
3、勿論、自分自身の心身も清める。時間も時間だし風呂上りが良かろうね。清潔な衣服(出来れば白が望ましい)を着用し、香を焚き灯明を照らし、塗香を着ける。
これで準備万端。
【外五鈷印】

〜護身法と唱え方〜
1、外五鈷印を結び「七難即滅しちなんそくめつ〜あびらうんけん」
【智拳印】金剛界大日如来

2、智拳印を結び「七福即生しちふくそくじょう〜ばざらだとばん」
「無所不所不至おんまかきゃらやそわか」
【八葉印】観世音菩薩

3、八葉印を結び「普利衆生ふーりーしゅうじょう〜おんまかきゃらやそわか」
「皆令離苦得安穏楽世間之楽及涅槃楽かいりーくーとくあんのんらく せけんしーらくきゅうねはんらく」
【金剛合掌印】

4、金剛合掌印を結び「ばんらたらくきりあく」と唱える。
以上が【大黒天一時千座行】のひとつ。
本番よりもむしろ、準備に時間がかかる(笑。 実は大黒天一時千座行だけでも、この他にも色々祈祷法がある。印相(印契)の結び方についても、合わせて折りに触れ解説していきたい。今日はこれまで。たまには仕事に行こう(爆。
2008年01月15日

久しぶりにお写経をした。
四国遍路へ出て以来、実に二ヶ月ぶりか・・。大黒天神経は暗誦出来ないので、四国へ持参し毎日の勤行に使っていた。かなりボロボロになっていたので、新たに書き直した。丁度、15日は榊や酒、米・塩・花を交換する日だ。改めるのにも丁度良いと思った。
しかし、久しぶり過ぎて途中、二回休憩して足を崩した。随分良くなったとはいうものの、まだアキレス腱は痛むので床にかかとは付けられない。長時間の正座は堪える。せっかく身を淨め、香を焚き塗香を着けても、休憩してタバコを吸ったり、食事を摂ったりすると意味がねぇ〜。
大黒天神経はこれで二枚目だ。般若心経に比べ随分と長いから大変じゃあ。以前、お見せした事があると思うが、初めて書いた物は読めない部分に振り仮名を付けていた。随分慣れたので、今度のは振り仮名なしで読経出来そうよ。今回のは、最後に「一心頂礼十方法界常住三宝=いっしんちょうらいじっぽうほうかいじょうじゅうさんぽう」を加えた。これは、願意のあとの三礼した後の締めくくりの言葉だ。
大国天神経の全文(漢読・訓読)と、その他の三面大黒天祈祷招福法は、続きを読んで頂戴。
▼
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2008年01月03日
昨夜から混んでいた、花園神社。昼間行っても行列は同じだった。焦ることは無い、また帰りにでも寄ろう。ここは多くの企業や社員も参列に訪れる、新宿の総鎮守大赦。自分もかれこれ、新宿で15年も商売させて貰っているのに、元旦に詣でるのは初めてのこと。信仰心のあるなしは、あらゆる部分でそれほどまでに違いを感じさせられる。お次は、英信寺の三面大黒天さまへ会いに入谷へ。
神仏に目覚めてから電車を使うようになったが、かつて都内の移動は殆ど車の後部座席だった。だから、15年も東京で商売してて、未だに道も分からないし電車も迷う。そもそも東京は皇居のせいで、道が放射状になってややこしい。大阪は南北が○○筋、東西が○○通りと分かれていて、この両方を覚えてしまえば、誰でも縦横無尽に行き来できる。カンタンだ。
これもたまにやるが、新宿から中央線快速に乗ったつもりが、ただの中央線(各駅停車)に乗ってしまい、秋葉原から地下鉄日比谷線に乗り換えるハメに。ついでだからと、秋葉原で降りて大阪発のお好み焼屋「ゆかり」で飯を食おうと向かった。
詳しい場所を知らなかったが、テキトーに歩くと駅の傍に出来た「秋葉原UDX」と云う、馬鹿デカいビルの中にあった。しかし激混みで断念して、メシのお代わりが出来る串揚げの「新宿 立吉」でランチを食べた。千円ランチでも目の前で揚げる、ここんちの串は美味いよ。このビルの一階から三階まで、和洋中30店舗の飲食店がアホほど並んでた。秋葉原で右も左も分からず腹っ減らしはココへ行こう。

▲英信寺の本堂。ご本尊は阿弥陀如来、この左すぐ横に三面大黒天堂がある。小振りで可愛らしい堂だ。英信寺へのアクセスは、上野方面からなら最後部に乗って入谷駅で降りればいい。坂本の大黒堂で知られる英信寺の創建は古い。慶長年間に現在地へ、知恩院第三十二世霊厳上人が創建したと伝えられている。当時は小さなお堂で紫雲院と称していた。英信寺と名を変えたのは明暦二年、丹波国亀山城主松平若狭守康信の子英信(ふさのぶと読む)が二十三歳で死去し、この寺へ葬られたのを機にその名をとって付けたのだと云われる。
弘法大師の作なる三面大黒天は、創建した当初から安置されていたもので、新橋や柳橋にも講があり、甲子(きのえね)の縁日には現在以上に、多くの人々で賑わったという。
三面大黒天堂。本堂での読経に続き、大黒天経を上げる。 納経所にいらしたご住職と話す。ねずみ年にあたる今年だけ、三面大黒天にちなんで干支飾りを用意されていると云う。元来、台所転じて財の神の恵比寿大黒。古来はねずみが出る家ほど、裕福とされ共に神格化されたらしい。話しは神聖な路線から大脱線するが(笑、この入谷駅は、鶯谷駅が全面禁止された今、吉原ソープ街の送迎駅になっている。歩き遍路中から散々叫んでいるように、修行によるオンナ日照りで超飢えている。電話一本喜んですぐ迎えに来る、知人が経営しているソープもある。八輪車ぐらいの大豪遊したいほどの気持ちをグッと堪え、後ろ髪引かれながら(坊主だから髪はないが(笑)入谷駅を後に、浅草へ向かった。

仲御徒町駅で銀座線へ乗り換える。ここの乗り換えはメチャメチャ遠い。やはり、ハンパな地方都市より、都会の人間の方がよほど普段から歩いてる。浅草に着くとホームから大混雑、人を掻き分けて目当ての浅草念珠堂へ。四国別格二十ヶ所霊場で集めた、数珠を仕上げて貰うためだ。ここは何度か数珠を頼んでいるが、丁寧な作りで勿論房も見本から選べる。お香も種類が豊富で、幾つか見立てて戴いて行く。
今度は600Mほど歩いた大江戸線蔵前駅から、練馬春日町駅へ。そう、京都の東寺・観智院で出会った「愛染明王」さんが忘れられず、都内にも見つけたので会いに来てしまった。もう四時半過ぎ、日が暮れかかって薄暗い。四国では納経時間が迫り、急ぎ足でまだまだ歩いてた時間だ。
良く調べずに来たら、真言宗豊山派の寺院だった。って事で、境内を怪しくウロついてると、当然お大師さんにも会えた!嬉しさのあまり、感動してしまった。
ここが本堂。愛染明王を単独のご本尊とする珍しい寺院だそうで、正式名称は「練月山 愛染院 観音寺」というのにも関わらず、観世音菩薩が本尊として、迎えられた記録が一切無いという、ある意味不思議な寺院でもある。納経するつもりは無かったが、お話しを伺えないかと寺務所へ行ってみた。特に御影などは用意されてなかったが、正月だけ檀家に配るお札をお接待で特別に頂いた。有り難く合掌して頂戴する。江戸初期の造形とされる、ご本尊愛染明王像は秘仏であり、厨子は正月三賀日のみ開帳されるが、本堂の正扉が開かれるのは、元旦午前0時から新年法要が行われている数時間のみだそうだ。本堂内も普段上がれず、拝観することは極めて困難と云えるのは残念だった。だが、これもえにしに変わりない。愛染明王に対する思い入れは益々深まるばかり。また追って詳しく述べて行きたい。
新宿へ戻り、二日連チャン「鶴橋風月」へ。
ビールとつまみに今夜は、すじ焼きとネギ入りとんぺい焼きを。これがメチャクチャ美味いのだ。知らない人は是非食ってみてくれ。風月は都内なら、お台場アクアシティー6Fにもある。仕上げはモチロン、焼きそば大盛りで決まり。せやから、喰いすぎやっちゅうねん(笑。
2008年01月02日
明け方に妻と大口論。うんざりして昼には新幹線に飛び乗り、東京へ向かった。 自宅まで呼んだ、いつも使っているタクシーが1月10日から禁煙化すると云う。オイオイ止めてくれや〜こんな地方都市でまで禁煙ブームに便乗するんは。以前は時間や快適さを金で買う物だと云う主義だったが、新幹線もタクシーも禁煙だらけじゃ利用する意味が希薄化していく。
新幹線の車内はまだ帰省ラッシュのさなか。家族連れが多く、子供たちが騒ぐ声や泣き声が充満している。 昔は大嫌いだった子供のうるさい声も、今は平気になった。これは神仏に手を合せ出したせいだけでなく、歳のせいだろうか? 以前も書いたが、今更まだ幼い女の子をこの腕に抱きたいと思う。今まで二番目と三番目の女房との間に、授かった実の子供は都合(笑 四人とも男だ。今の娘は現女房の連れ子だから、初めて会った時は既に小学校二年生だった。

まずは、一目散に目黒大圓寺へ。雅叙園に程近いこの寺の三面大黒天は、当の住職が幼年期に驚いた体験があるほど、大変ご利益が多いと云う。山手線七福神めぐりの一つにもなっている。都心のど真ん中なので、決して広くはない境内だが、所狭しと釈迦堂、阿弥陀堂、五百羅漢などが並ぶ。ご本尊は十一面観音。
次々と訪れる参拝客の邪魔にならぬ様、本堂前の端によけて読経を唱えた。四国歩き遍路満願のお礼は勿論、今日は忘れずしっかり持参した大黒天経もあげた。
今年はねずみ年、今月1月25日は12年に一度の「甲子祭(きのえねさい)」の大祭が各地の、大黒天信仰の寺や神社で行われる。画像で少し見えると思うが、この寺も当日は10時13時15時の、三回に分けて護摩法要が催される。自分も25日にはここへまた訪れる予定だ。また前日23時半からは、弘法大師が登嶽し大国主命(おおくにぬしのみこと)を奉納したと伝えられる、群馬の妙義山 中之嶽大黒神社の甲子祭へも出向く。子の刻=深夜0時〜2時を指し、この大黒神社では年に六度ある、甲子の日の子の刻に祭事がある。祈祷料は一回 二千円、一年で六回分なら一万円。コーヒーチケットじゃないが、一回分お得だ(笑。 遠方の人や、当日欠席しても御札を郵送してくれる。ご興味のある方は、相談してみては。甲子祭詳細TEL:0274-82-5671

次はお約束の、目黒不動尊へ。
ここは初詣客でトンでもない人だかり。

水掛け不動には、人気アトラクション並みの行列。

本堂へも通行規制が敷かれる。
本堂前では、たった百円の線香をケチり、他人の上げた香煙を仰ぐ。正月ぐらいしか、参らない一般参拝客はこんな程度だ。自分も昔はあーだった。普段は堂内に上がってご本尊を参拝出来るが、この日は護摩祈願する人だけに限られ上がれなかった。あまりの人ごみに、不動明王のご真言を唱えるに留めた。

裏へ廻り、大日如来像へ拝謁。
ここも普段より混んでいるとはいえ、知っている人しか居らず静かに読経できた。元旦の木漏れ日の中、神々しさは相も変わらずの美しさだった。
境内の石段を降りる度に、傷めたアキレス腱が疼く相当痛い。本当はまだ、歩き回らない方がいいんだろうな。帰りに仁王門で礼拝する。他の誰一人として、している者はいない。ここはもう巡礼に満ちた四国ではないのだ。
沢山の露店があったが、入り口に一風変わった御守を売る店があった。入るときに気付いていたが、どーせロクなモンじゃなかろうとシカトしていた。が、何やら先に買った青年が恭しく、大きな白蛇を掴んだ女性に祈祷されている。
「ナンや?」とヘラヘラ近づいて話しを訊くと、ただのテキヤではなく、日本三大薬師寺日向法華嶽薬師寺 別格本山高天ヶ原神社金龍山白蛇殿(メッチャ長い(笑) から出向かれていると云う。 ここはご利益が大きいと聞いた事があったが、こんな所で出会えるのもえにしか? 信仰深かった祖母も白蛇を祭っていたし、自分も巳年生まれ。女性と話してる内に、さっきまで留守にしてた院主様が戻ってきて、直接ご祈祷とお清めの儀を受けられると云う。おまけに、御守は正月料金で半額の五千円ときた。状況的にこれはもう、頂くしかないと(笑。結構好っきゃね〜こーゆーのマジで。

それがこの御守、画像パクったのでちょっと実際のとは違うけど(爆。
目黒駅のロッカーナンバーは34、今夜のホテルの部屋番号は1504。自分の運命数「4」が続くのは、正月早々縁起が良いことこの上ない。明日は花園神社にも参拝するため、すぐ傍の宿「ホテルサンライト新宿」に泊まる。安いビジネスホテルだ。今まで新宿での定宿は、東京ヒルトン〜たまに京王プラザ。それらと比べると、五泊分は泊まれる。贅沢してたモンだ。
新宿へ帰る頃には、妻とのイザコザもすっかり忘れていた。やはり純粋な気持ちでの巡礼や、神仏との対面は心が洗われるのか。 大好きな「鶴橋風月」で一人ビールを呑み、つまみに牛すじ玉とゲソ塩焼きを注文。足りないし、風月に来れば焼きそばを食わないと終われない。追加でビールと焼きそば大盛りを頼むと、若いウエイトレスに聞き返されビビられた(笑。 あ、そういや昼間に目黒不動のテキヤで、焼きそば食ったんだった。どんだけ焼きそば好っきゃねん?(爆
新幹線の車内はまだ帰省ラッシュのさなか。家族連れが多く、子供たちが騒ぐ声や泣き声が充満している。 昔は大嫌いだった子供のうるさい声も、今は平気になった。これは神仏に手を合せ出したせいだけでなく、歳のせいだろうか? 以前も書いたが、今更まだ幼い女の子をこの腕に抱きたいと思う。今まで二番目と三番目の女房との間に、授かった実の子供は都合(笑 四人とも男だ。今の娘は現女房の連れ子だから、初めて会った時は既に小学校二年生だった。

まずは、一目散に目黒大圓寺へ。雅叙園に程近いこの寺の三面大黒天は、当の住職が幼年期に驚いた体験があるほど、大変ご利益が多いと云う。山手線七福神めぐりの一つにもなっている。都心のど真ん中なので、決して広くはない境内だが、所狭しと釈迦堂、阿弥陀堂、五百羅漢などが並ぶ。ご本尊は十一面観音。
次々と訪れる参拝客の邪魔にならぬ様、本堂前の端によけて読経を唱えた。四国歩き遍路満願のお礼は勿論、今日は忘れずしっかり持参した大黒天経もあげた。
今年はねずみ年、今月1月25日は12年に一度の「甲子祭(きのえねさい)」の大祭が各地の、大黒天信仰の寺や神社で行われる。画像で少し見えると思うが、この寺も当日は10時13時15時の、三回に分けて護摩法要が催される。自分も25日にはここへまた訪れる予定だ。また前日23時半からは、弘法大師が登嶽し大国主命(おおくにぬしのみこと)を奉納したと伝えられる、群馬の妙義山 中之嶽大黒神社の甲子祭へも出向く。子の刻=深夜0時〜2時を指し、この大黒神社では年に六度ある、甲子の日の子の刻に祭事がある。祈祷料は一回 二千円、一年で六回分なら一万円。コーヒーチケットじゃないが、一回分お得だ(笑。 遠方の人や、当日欠席しても御札を郵送してくれる。ご興味のある方は、相談してみては。甲子祭詳細TEL:0274-82-5671

次はお約束の、目黒不動尊へ。
ここは初詣客でトンでもない人だかり。

水掛け不動には、人気アトラクション並みの行列。

本堂へも通行規制が敷かれる。
本堂前では、たった百円の線香をケチり、他人の上げた香煙を仰ぐ。正月ぐらいしか、参らない一般参拝客はこんな程度だ。自分も昔はあーだった。普段は堂内に上がってご本尊を参拝出来るが、この日は護摩祈願する人だけに限られ上がれなかった。あまりの人ごみに、不動明王のご真言を唱えるに留めた。

裏へ廻り、大日如来像へ拝謁。
ここも普段より混んでいるとはいえ、知っている人しか居らず静かに読経できた。元旦の木漏れ日の中、神々しさは相も変わらずの美しさだった。
境内の石段を降りる度に、傷めたアキレス腱が疼く相当痛い。本当はまだ、歩き回らない方がいいんだろうな。帰りに仁王門で礼拝する。他の誰一人として、している者はいない。ここはもう巡礼に満ちた四国ではないのだ。
沢山の露店があったが、入り口に一風変わった御守を売る店があった。入るときに気付いていたが、どーせロクなモンじゃなかろうとシカトしていた。が、何やら先に買った青年が恭しく、大きな白蛇を掴んだ女性に祈祷されている。
「ナンや?」とヘラヘラ近づいて話しを訊くと、ただのテキヤではなく、日本三大薬師寺日向法華嶽薬師寺 別格本山高天ヶ原神社金龍山白蛇殿(メッチャ長い(笑) から出向かれていると云う。 ここはご利益が大きいと聞いた事があったが、こんな所で出会えるのもえにしか? 信仰深かった祖母も白蛇を祭っていたし、自分も巳年生まれ。女性と話してる内に、さっきまで留守にしてた院主様が戻ってきて、直接ご祈祷とお清めの儀を受けられると云う。おまけに、御守は正月料金で半額の五千円ときた。状況的にこれはもう、頂くしかないと(笑。結構好っきゃね〜こーゆーのマジで。

それがこの御守、画像パクったのでちょっと実際のとは違うけど(爆。
目黒駅のロッカーナンバーは34、今夜のホテルの部屋番号は1504。自分の運命数「4」が続くのは、正月早々縁起が良いことこの上ない。明日は花園神社にも参拝するため、すぐ傍の宿「ホテルサンライト新宿」に泊まる。安いビジネスホテルだ。今まで新宿での定宿は、東京ヒルトン〜たまに京王プラザ。それらと比べると、五泊分は泊まれる。贅沢してたモンだ。
新宿へ帰る頃には、妻とのイザコザもすっかり忘れていた。やはり純粋な気持ちでの巡礼や、神仏との対面は心が洗われるのか。 大好きな「鶴橋風月」で一人ビールを呑み、つまみに牛すじ玉とゲソ塩焼きを注文。足りないし、風月に来れば焼きそばを食わないと終われない。追加でビールと焼きそば大盛りを頼むと、若いウエイトレスに聞き返されビビられた(笑。 あ、そういや昼間に目黒不動のテキヤで、焼きそば食ったんだった。どんだけ焼きそば好っきゃねん?(爆
2007年09月22日
仕事で東京へ出てきました。
東京といえば、英信寺の三面大黒天様に
お会いしに行かねばなりません。
英信寺
〒 110-0004 東京都台東区下谷2-5-14
TEL03-3872-2356
仕事か、お参りか
どっちがついでか、分かりませんが。
今回で二度目になる、英信寺。
初めてのときは、地図が駅にあるという
鶯谷の寿老神を足がかりに行きました。
元三島神社
〒 110-0003 東京都台東区根岸1-7-11
TEL03-3873-4976
英信寺は、JR鶯谷駅より日比谷線入谷駅の方が近いので
今回は入谷駅からテクテクと、歩きました。
入谷駅で確認した、近辺地図には下谷七福神の中でも
何故か、入谷鬼子母神しか載っていませんでしたが
毘沙門天のそばにある、小野照崎神社が載っていたので
位置関係は掴めました。
何番出口か忘れましたが、ドトールコーヒーの前にある出口です。
(下からじゃ分かりませんね。 すいません)
入谷交差点側、南の出口です。
毘沙門天・・・法昌寺
〒 110-0004 東京都台東区下谷2-10-6
TEL03-3872-5891
福禄寿・・・入谷鬼子母神
〒 110-0004 東京都台東区下谷1-12-16
TEL03-3841-1800
前回は、真夏でしたが今回も、残暑非常に厳しく
日向を歩くと、ザンザン汗が噴出します。
英信寺に着くと、土曜日とお彼岸が重なってか
沢山の檀家さんたちが、お墓参りに来ていました。
そんな中、一人、半袈裟をかぶり
108の数珠を手にして、お唱えをしていました。
東京といえば、英信寺の三面大黒天様に
お会いしに行かねばなりません。
英信寺
〒 110-0004 東京都台東区下谷2-5-14
TEL03-3872-2356
仕事か、お参りか
どっちがついでか、分かりませんが。
今回で二度目になる、英信寺。
初めてのときは、地図が駅にあるという
鶯谷の寿老神を足がかりに行きました。
元三島神社
〒 110-0003 東京都台東区根岸1-7-11
TEL03-3873-4976
英信寺は、JR鶯谷駅より日比谷線入谷駅の方が近いので
今回は入谷駅からテクテクと、歩きました。
入谷駅で確認した、近辺地図には下谷七福神の中でも
何故か、入谷鬼子母神しか載っていませんでしたが
毘沙門天のそばにある、小野照崎神社が載っていたので
位置関係は掴めました。
何番出口か忘れましたが、ドトールコーヒーの前にある出口です。
(下からじゃ分かりませんね。 すいません)
入谷交差点側、南の出口です。
毘沙門天・・・法昌寺
〒 110-0004 東京都台東区下谷2-10-6
TEL03-3872-5891
福禄寿・・・入谷鬼子母神
〒 110-0004 東京都台東区下谷1-12-16
TEL03-3841-1800
前回は、真夏でしたが今回も、残暑非常に厳しく
日向を歩くと、ザンザン汗が噴出します。
英信寺に着くと、土曜日とお彼岸が重なってか
沢山の檀家さんたちが、お墓参りに来ていました。
そんな中、一人、半袈裟をかぶり
108の数珠を手にして、お唱えをしていました。
2007年09月17日
ふいに思い立ち、三度目の雨降山 大山寺で、二度目の男坂に挑戦してきました。
初挑戦のときは、息も絶え絶えで、カウンターを持参したものの、とても登山中の虚空蔵求聞持法は出来ませんでしたが、今回は心臓を爆発寸前までこらえさせて、唱え続けました。
しかし、タール20mgのタバコを毎日40本以上吸い、散歩さえ運動しない41歳の中年男の愚僧は、当然大きく息は乱れ、いつものペースでは唱えられず、せいぜい石段二段上がるごとに一回程度でした。
途中、あまりに息が上がって、足を上げるのに必死になってしまい、唱えながらも何度かカウンターを押すのを忘れたようです。
ただ、ただ、必死に三面大黒天さまにお会いしたく、その一心で一気に上り詰めました。あと、どの位だなどと、上を眺めている余裕はありません。ただただ、足元にある石段を一歩づつ、一歩づつ、鉄の足枷を付けられたように重い重い自分の足を前にやっていきました。
今回も、到着したのが3時前で、下って大山寺の三面大黒天さまに勤行する事を考えると、またしても大山阿夫利神社本社(頂上にある)には、お参り出来ず下社止まりでした。いつも突発的なので、出発が遅いんですね。
次の挑戦時には、5時起きして9時に到着、本社までお参りして、当然大山寺と、更に欲張って帰り際に、あのオーラの泉の江原 啓之さんが滝修行したと云われる、高尾山へも寄ってきたいと思います。
そうそう、次は男坂の石段の数も数えて報告致します。
それと、今日改めて感じたのですが、男坂を登っていると女坂に比べ、圧倒的に下山してくる人が多いですね。
みなさん、男坂を登るのはためらって、下りに歩いてみようと思われている方が多いようですが、男坂は登るのは当然難所ですが、下るのも足場が悪いので反って危険です。杖を持っていても、中々歩き辛そうでした。
ご夫婦やカップルの方でも、みな女性が中々降りれずに、男性が下で待っている光景をよく目にしました。ご参考までに。
初挑戦のときは、息も絶え絶えで、カウンターを持参したものの、とても登山中の虚空蔵求聞持法は出来ませんでしたが、今回は心臓を爆発寸前までこらえさせて、唱え続けました。
しかし、タール20mgのタバコを毎日40本以上吸い、散歩さえ運動しない41歳の中年男の愚僧は、当然大きく息は乱れ、いつものペースでは唱えられず、せいぜい石段二段上がるごとに一回程度でした。
途中、あまりに息が上がって、足を上げるのに必死になってしまい、唱えながらも何度かカウンターを押すのを忘れたようです。
ただ、ただ、必死に三面大黒天さまにお会いしたく、その一心で一気に上り詰めました。あと、どの位だなどと、上を眺めている余裕はありません。ただただ、足元にある石段を一歩づつ、一歩づつ、鉄の足枷を付けられたように重い重い自分の足を前にやっていきました。
今回も、到着したのが3時前で、下って大山寺の三面大黒天さまに勤行する事を考えると、またしても大山阿夫利神社本社(頂上にある)には、お参り出来ず下社止まりでした。いつも突発的なので、出発が遅いんですね。
次の挑戦時には、5時起きして9時に到着、本社までお参りして、当然大山寺と、更に欲張って帰り際に、あのオーラの泉の江原 啓之さんが滝修行したと云われる、高尾山へも寄ってきたいと思います。
そうそう、次は男坂の石段の数も数えて報告致します。
それと、今日改めて感じたのですが、男坂を登っていると女坂に比べ、圧倒的に下山してくる人が多いですね。
みなさん、男坂を登るのはためらって、下りに歩いてみようと思われている方が多いようですが、男坂は登るのは当然難所ですが、下るのも足場が悪いので反って危険です。杖を持っていても、中々歩き辛そうでした。
ご夫婦やカップルの方でも、みな女性が中々降りれずに、男性が下で待っている光景をよく目にしました。ご参考までに。
2007年09月04日
関東に少ないと云われる、三面大黒天さまに会いに行きました。
この日は、東京都内にある英信寺(東京都台東区下谷2-5-14 03-3872-2356)。
下谷というと、ご存知の方も沢山いらっしゃるでしょうね。
そう、「下谷七福神めぐり」の順路の一つです。歩いて廻れる距離と都内の利便性、八十八ヶ所などに比べわずか七箇所の気軽さから、多くの方が参拝されているようです。
全部歩いても90分程度。お天気が良ければ良い散歩コースになりますし、堅く考えずに楽しく巡拝されるのにも、もってこいじゃないでしょうか?
愚僧は七福神のみなさんにお参りするのではなく、あくまでご本尊の三面大黒天さまにお会いしたかったので、まずはJR鶯谷駅へ向かいました。
鶯谷駅を降りて改札口近くを見渡すと、「下谷七福神めぐり」のチラシが。簡単な地図も書かれていたので、まずはこれを手に取り一番目の元見島神社(東京都台東区根岸1-7-11 03-3873-4976)寿老神さまへ。ご朱印を頂いて廻るつもりはないのですが、とりあえず一番目の礼所です。どんな物が寺務所に並べられているか見たかったのです。
しかしそもそも、「寿老神さま」というお方を良く存じ上げません。
何かに書いてありましたが、七福神の中でも同じ中国ご出身の神で「福禄寿さま」とは同一の神とされることから、地方によってはどちらかの代わりに「吉祥天さま」が加わることも有るそうですね。
JR鶯谷駅北口を降りて、右手のラブホテル街へ入るとすぐに見つかりました。
この辺りのホテルはかつて何度か利用したことがありますが、神社で合掌しながら(もう、ここには来れないな・・)そう心の中で思いました。
結局、どなたもご不在のようでこれと云った物はおいて有りませんでした。
続きを読む
この日は、東京都内にある英信寺(東京都台東区下谷2-5-14 03-3872-2356)。
下谷というと、ご存知の方も沢山いらっしゃるでしょうね。
そう、「下谷七福神めぐり」の順路の一つです。歩いて廻れる距離と都内の利便性、八十八ヶ所などに比べわずか七箇所の気軽さから、多くの方が参拝されているようです。
全部歩いても90分程度。お天気が良ければ良い散歩コースになりますし、堅く考えずに楽しく巡拝されるのにも、もってこいじゃないでしょうか?
愚僧は七福神のみなさんにお参りするのではなく、あくまでご本尊の三面大黒天さまにお会いしたかったので、まずはJR鶯谷駅へ向かいました。
鶯谷駅を降りて改札口近くを見渡すと、「下谷七福神めぐり」のチラシが。簡単な地図も書かれていたので、まずはこれを手に取り一番目の元見島神社(東京都台東区根岸1-7-11 03-3873-4976)寿老神さまへ。ご朱印を頂いて廻るつもりはないのですが、とりあえず一番目の礼所です。どんな物が寺務所に並べられているか見たかったのです。
しかしそもそも、「寿老神さま」というお方を良く存じ上げません。
何かに書いてありましたが、七福神の中でも同じ中国ご出身の神で「福禄寿さま」とは同一の神とされることから、地方によってはどちらかの代わりに「吉祥天さま」が加わることも有るそうですね。
JR鶯谷駅北口を降りて、右手のラブホテル街へ入るとすぐに見つかりました。
この辺りのホテルはかつて何度か利用したことがありますが、神社で合掌しながら(もう、ここには来れないな・・)そう心の中で思いました。
結局、どなたもご不在のようでこれと云った物はおいて有りませんでした。
続きを読む
2007年08月16日
東国八十八遍路満願のお礼参りと、更なる祈願を
お願い申し上げるため、ふたたび雨降山 大山寺へと参拝しました。
電話で事前に確認したところ、本堂へは今日も上がって参拝できるとのこと。
ご本尊である、不動明王の真裏にあった「三面大黒天」様に
どうしても、もう一度お参りしたかったのです。
駐車場から、約15分でケーブル乗車口「おいわけ」駅へ。
両脇に名物の「豆腐料理」屋さんや、みやげ物屋さん
料亭や旅館を見ながら、のぼり階段を上がって行きます。
初めてのときは、この階段でさえ炎天下の中、かなりこたえました。
しかし、今日は二回目。
まして、目的は徒歩での参拝です。
こんなところからめげていては、話にならないと
早足で「おいわけ」駅まで、駆け上がりました。
ケーブル駅に着くと、左側へ廻れば
山頂までの徒歩の道が用意されています。

立て札があり、右が「つら〜い男坂」左が「女坂」と書いてあります。
右を見てみると、見上げるばかりの急な石の階段が待ち受けています。
別の立て札では、「左 不動尊」と書いてあるのが少し気にはなりました。
(ん?もしかして、左へ行かないと大山寺へは行けないのか?)
そうです。
ケーブルでは、山頂の阿夫利神社下社を終着駅として
途中に、大山寺不動尊があるのです。
少々、不安を抱きながらも
ここは、やはり「男坂」を選ぶべきと右へ順路をとりました。
続きを読む
お願い申し上げるため、ふたたび雨降山 大山寺へと参拝しました。
電話で事前に確認したところ、本堂へは今日も上がって参拝できるとのこと。
ご本尊である、不動明王の真裏にあった「三面大黒天」様に
どうしても、もう一度お参りしたかったのです。
駐車場から、約15分でケーブル乗車口「おいわけ」駅へ。
両脇に名物の「豆腐料理」屋さんや、みやげ物屋さん
料亭や旅館を見ながら、のぼり階段を上がって行きます。
初めてのときは、この階段でさえ炎天下の中、かなりこたえました。
しかし、今日は二回目。
まして、目的は徒歩での参拝です。
こんなところからめげていては、話にならないと
早足で「おいわけ」駅まで、駆け上がりました。
ケーブル駅に着くと、左側へ廻れば
山頂までの徒歩の道が用意されています。
立て札があり、右が「つら〜い男坂」左が「女坂」と書いてあります。
右を見てみると、見上げるばかりの急な石の階段が待ち受けています。
別の立て札では、「左 不動尊」と書いてあるのが少し気にはなりました。
(ん?もしかして、左へ行かないと大山寺へは行けないのか?)
そうです。
ケーブルでは、山頂の阿夫利神社下社を終着駅として
途中に、大山寺不動尊があるのです。
少々、不安を抱きながらも
ここは、やはり「男坂」を選ぶべきと右へ順路をとりました。
続きを読む
2007年08月05日
過去、二度チャレンジして参拝のならなかった
難関?「関東60番礼所 雨降山 大山寺」にやっと参拝できました。
このお寺は山の山頂近くにあり、参拝には徒歩かケーブルカーで行くのですが、ケーブルカーの最終時間は5時まで。初めてのときは、到着が4時半を廻ってしまい、駐車場のおじさんに「もうムリだよ、出直しな」と云われました。徒歩でも行くつもりで念のため、お寺へ電話を入れましたが、ケーブルカーの乗り場まででも15分ぐらい、そこから更に40分ほどかかるのでお寺も閉まってしまうとの事で断念。
二度目は、千葉遠征の帰り何とか神奈川から北上して間に合わせるつもりでしたが、湘南〜鎌倉付近の観光客渋滞に巻き込まれ、またしても断念。
千葉遠征から戻って一日置いて、居ても立ってもいられなくなり、残る神奈川4箇所を制覇すべく朝から余裕を持って出かけました。しかし、またしても圏央道のあきる野出口で、東京サマーランドへ向かう観光客で超大渋滞。全く動かない状態で大混雑です。去る6月23日でしたか・・八王子とあきる野が繋がったので、八王子まで一直線に行けるかと思ったのですが、あきる野出口近くに「八王子では出られません」との看板が・・。
仕方なく渋滞の渦に巻き込まれたのですが、どうにもこうにも動きません。そこで八王子で出れなくても、中央道に入り「相模湖東」で出て山越えして行くプランに変更しました。そこで料金所手前まで我慢して、Uターンし圏央道に戻り先を急ぎました。
難関?「関東60番礼所 雨降山 大山寺」にやっと参拝できました。
このお寺は山の山頂近くにあり、参拝には徒歩かケーブルカーで行くのですが、ケーブルカーの最終時間は5時まで。初めてのときは、到着が4時半を廻ってしまい、駐車場のおじさんに「もうムリだよ、出直しな」と云われました。徒歩でも行くつもりで念のため、お寺へ電話を入れましたが、ケーブルカーの乗り場まででも15分ぐらい、そこから更に40分ほどかかるのでお寺も閉まってしまうとの事で断念。
二度目は、千葉遠征の帰り何とか神奈川から北上して間に合わせるつもりでしたが、湘南〜鎌倉付近の観光客渋滞に巻き込まれ、またしても断念。
千葉遠征から戻って一日置いて、居ても立ってもいられなくなり、残る神奈川4箇所を制覇すべく朝から余裕を持って出かけました。しかし、またしても圏央道のあきる野出口で、東京サマーランドへ向かう観光客で超大渋滞。全く動かない状態で大混雑です。去る6月23日でしたか・・八王子とあきる野が繋がったので、八王子まで一直線に行けるかと思ったのですが、あきる野出口近くに「八王子では出られません」との看板が・・。
仕方なく渋滞の渦に巻き込まれたのですが、どうにもこうにも動きません。そこで八王子で出れなくても、中央道に入り「相模湖東」で出て山越えして行くプランに変更しました。そこで料金所手前まで我慢して、Uターンし圏央道に戻り先を急ぎました。



















