レコード日記
2009年07月27日
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。 唄って踊れて料理も出来る。
おまけにBusiness management軍功抜群のスーパー坊主。
元・事業家、そして元・外道だった私が、勝手乍ら独断毒舌でお話しをさせて戴き
ながらも、この地球の未来を支える子供たちに、希望の光明と為るべく仏道のイノ
ベーションを目指す、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】なるエッコラム。
それでは、第433稿の始まり始まりぃ〜。
【追伸:おかんへ】
おかんの事は、【おかん】と呼んでおりましたが、父親は【おとん】とは
呼んでおりませんでした。そんな父の話しをする前に、もう少々おかんの
話しをさせて下さい。
そもそも、昨日おかんの話しを書こうと思った端緒は、画像のクッキングガイドで
した。 いつも行くスーパーで無料のガイドやチラシを、ぽいぽい貰ってくるので
すが、その中に『豆ごはん』があったので、ついつい、おかんの懐かしい豆ご飯を
思い出して書いてしまったのでした。ですからアレは下書きでなく、生書きです。
千葉市川にあったおかんの実家は、古くからの芸者屋敷で、昔は沢山の舞妓さんな
んかも居たそうです。 三人の弟を持った姉貴で、得意な計算を活かし大学卒業後
に、銀行に勤め丸の内の本店営業部に居たらしいです。
それが叔母にあたる、例の誘拐婆ちゃんから当時事業をしており、そこで番頭をし
ていた父を紹介され大阪へ来たと。こーゆー成染めだと聞いております。
ですから、まー箱入りのお嬢ですね。
そのせいか、ウルトラB型のせいか分かりませんが、何年大阪に住んでも一向に大
阪弁は喋らず、ずっと品のいい東京弁でした。大阪には似つかわしくない人でした
ね。その分、苦労もあったんでしょうが。
まるで、家康の母・於大の方のよう。←持ち上げすぎ?(笑 猛(たけ)くして気
品に満ちて。知性に溢れも尚、出しゃばらず。控えめな人でしたね。
まー男と女、父と母の間には、どんな問答があったか知る由はありませんが。
都内へ行くと、まー場所にも寄りますが、例えば銀座などの画廊や老舗の甘味処な
どから出てくる、年配の女性は誰もが皆品があり、とても優雅でオシャレですよね。
母も、もし父と一緒にならず、東京へ残ってもっとフツーーーーの人と結婚してい
たのなら、きっとあんな風に齢を重ねたんだろうなって。品のあるお年寄りなどを
見ると、そう思ってしまうこともあります。
一転して大阪の阪神沿線とか、下町を駆けるチンチン電車・阪堺線とか最悪ですよ
(笑。 並行する阪急はいいんです。山手住民なので。海側路線は違います。
その先の神戸寄りには、テルさんの住まわれる西の田園調布、芦屋がありますから、
大阪行きの電車もその辺りはいいんですが、もう十三(じゅうそう)まで来たら最
悪ですね。一気に国ごと変わったんか?と思うほど、大阪のオバハンって感じのが
「アンタほんでどしたんなー」ぎゃはははと、機関銃の如く喋くりまくってます。
他所ん家の子でも放っておけない、悪いことをすれば人の子でも容赦ナシにぶん殴
る。東京では考えられない。 が、大阪も今はモンスターペアレンツの台頭によっ
て、そんな情緒も失なわれたか。
私も能く、「アンタ何してんねん!?」ボカッと、しょっちゅうどつかれました。
「何さらすんじゃババァ!」と云いながらも、私はそんな情に厚い大阪の下町オバ
ハンが大好きです(笑。
それはそうと皆さん。ちょっとお尋ねしたいのですが・・、
人間、歳食うと一様に皆、短気になると云いますが、皆さんは如何でしょうか?
私は元より【ど短気】なので、そんな気はしませんし、寧ろ少しは温厚になってき
た感も(かなぁ〜・・錯覚?)ような気もします。これも信仰の御蔭でしょうか。
それよりも、矢鱈と涙もろくなった方が気になります。タレントの紳介も涙もろい
ヤツですが、アイツは学生時代からで今に始まったこっちゃありません。私は超ド
ライアイなんですが、だからって涙腺とは関係ないような気もするんですが、滅多
に涙が出ませんでした。
それが先日、浅草で兄弟の契りを交わした時も、Mg高橋さんに熱く色々語ってお
るうちに、知らん間にボロボロ涙が出てきて、自分でも「な・・なんやねん?これ
は一体?」と、驚いたのです。
昨日の朝のこと。昨日アップした記事を書いていたら、母のことを思い出したのか
ナンだかサッパリ分かりませんが、またボロボロ涙が出るのです。
一体これは何の現象でしょうか?
43歳ってのは、そんな年頃なワケ? センチメンタルジャーニー?
『ほ〜れんわぁ〜まだ』タタンタタン『し〜じゅ〜さ〜んだ〜から〜♪♪♪』って、
違うよね(爆。
一体なんでなのか? 皆目分からない、今日この頃の法蓮であります。
【パパと呼ばないで】
父のことはずっと、【パパ】と呼んでおりました。いや、本人がそう云えってゆう
んで。「パパはな・・」とか、「ママがのぉ・・」とか、ずっとそんな調子で喋っ
ておりました。流石に中学に上がる頃になると自分もカッコ悪くて、【オヤジぃ】
とかって呼んでおりましたが。
私は2歳で誘拐されてから、両親が諦めて大阪へ越して来る小学校へ上がる寸前ま
で、バアちゃんの自宅兼会社の中で育ちました。
その家は、一階が大型トラックが何台も納まっていた駐車場で、奥に事務所やら倉
庫などがありました。つまり、バアちゃん家は運送屋だったのです。その二階と三
階が住居部分。増築の繰り返しと大型トラックの納まる駐車場部分の高い屋根で、
今で云うスキップフロアなる中二階などもあり、実際は四階建てぐらいあったんじゃ
ないでしょうか。
いつも近所の友達と昼間空いた駐車場の中などで、赤影ごっこをして遊んでおりま
した。当然のように、自分はいつも赤影役を独り占めしていましたが(笑。友達は
いつも私のことを、「僕ちゃん」と呼ぶのです。事務所の人も「僕」「ボク」と呼
ぶ。自分の名前は、「僕」なのか?本気でそう思っていましたが、どうも違うらし
いので、ある日友達に何故そう呼ぶのかと聞くと、親に言われたからと云う。
益々分からなくなりましたが、その子たちの家に遊びに行ってなんとなく分かりま
した。その子たちの家は長屋のアパートで、バアちゃん家の駐車場すら大きさがな
く、大型トラック一台分もない。そこに家族5人とかでギューギューに住んでいる。
それに比べたら悠に二十倍以上の家に住んでいたことを初めて知りました。
要するに、私はええとこのボンボンだったんです。
しょっちゅう、幼稚園を勝手に抜け出し、サテンに行っちゃあ〜背伸びして、ジュ
ークボックスにコインを入れ、ピンキーとキラーズの【恋の季節】をかけ、マスタ
ーに偉そうに、「いつものミックスジュースひとつね。あ、お代は婆ちゃんに付け
といてね。」そんな日課が当たり前、事務所の大人たちも皆従業員ですから、おべ
んちゃらを使います。
一度、牛乳瓶を素手で割る空手をやっていた従業員と取っ組み合いの喧嘩をして、
ボロ負けして悔しくて悔しくて婆ちゃんにソッコー、「アイツ、首にせぇ!」と発
狂したり。欲しいモノは何でも買って貰える。倉庫にダンボールで幾つも山積みに
なっていた怪獣の人形やらオモチャ類は、私が遊ばなくなってから孤児院へ婆ちゃ
んが寄贈しました。それも数ヶ所へ。そんなぐらいのボンボン暮らしでした。
それがある日、父が越してきて、バアちゃんとどんな話し合いをしたか、少し離れ
た場所に、友達が住んでいたようなアパートを借りて、父と母、いつの間にか生ま
れていた妹たちとで暮らし始めたのです。
両親とまた暮らせたことよりも、自我の目覚め始めた5歳になった私は、突然急激
な家庭環境の変化に晒されることとなりました。
父は星一徹のような親父で、朝は4時に叩き起されランニング。前を走る部活する
上級生を見つけると、「抜かしてまえ!」と激を飛ばされる。棍棒を片手にチャリ
ンコをこぐ親父。抜かさないと本気で後ろからどつかれる。ランニングの次は、公
園に立ち寄り鉄棒で懸垂、滑り台で腹筋に柔軟、シャドーボクシング。
家に帰って今度は予習、学校から帰ったら復習。
メシ喰ったら夜遅くまで読書に勉強。そんなシゴキの毎日も、時折、母が作ってく
れた夜食が楽しみだったから頑張れました。滅多に友達とも遊ばせてくれない。
一度、父がたまたま出掛けていて、云われていた事をやらず友達と遊んでいたら、
帰ってきてランドセルごと玄関ドアまで吹っ飛ばされました。当時の家の玄関はガ
ラスで出来ていて、そのまま外までガラスを破って投げ出されました。
まるでギャラクティカ・マグナム。
そのまま神社の境内の大木に、ロープで縛られながら、心の底からこう思っていま
した。「絶対にワシはホンマの子供とちゃうんや。せやからここまで厳しくしよる
んや。このままやったらいつか殺されてまうわ。ヤバイ、その前に何とかあのオッ
サンを殺さんとアカン。」と。
今、考えたら婆ちゃんに腑抜けにされかけた私の性根を、徹底的に叩き直す愛のシ
ゴキだったんでしょう。おかげで何があっても凹まない、メゲナイ、挫けない、諦
めない。相当屈強な根性が付きました。
然し、遊ばせてくれるときも豪快でありました。遊園地に行って乗り物が気に入っ
たと云えば、飽きるまで貸切で載せてくれたし、お話ししたように滅多に買ってく
れずとも、オモチャを買うとなったら店ごと買ってしまう。そんな星一徹の如く厳
しくも、超豪快だった父。
戦後の闇市で13歳から拳銃を持ち歩き、気性激しく喧嘩沙汰は耐えない。
幼いころから何度も目の前で、誰とでも喧嘩をする父の姿を見て学びました。12
〜3歳のときでしたでしょうか。一度、踏み切りの手前で中途ハンパな停止をした
クルマがいて、ほぼ父と同時に降りて行って、そのクルマのドアにケリを入れた事
があります。しかも同時ですから左右のドアに。
何も打ち合わせもしてないのに。これが血なんだと、初めてそのときに本当の父な
んだと実感したもの面白い由縁でありますが。父がど発狂しても、相手がビビッて
クルマから降りてこないと、ワイパーでもミラーでも何でも引き千切ってブン投げ
てしまう勢いでした。
かと思えば、学習塾を経営したり文学や芸術に深く傾倒し、また多角事業家でもあ
った父の元からは、多くの経営者が巣立って行きました。
「ワシんとこで経営のイロハ学んだら、一年で独立してボロ儲けでけるんや。」
そう能く、父の元に集まる若い人たちに諭しておりました。
そんな父は突然、「45歳でパパは仙人になる。」と言い出し、しっかり借金を残
して家を出て行きました。今は何もかも感謝しておりますが、私の極端すぎる性分
も、そんなまるでジキルとハイドのような父に育てられたせいもありましょうか。
(しかも、双子座AB型・父方イタリアと母方日本のハーフ。みんな半分半分。)
独眼竜・政宗が好きだった父。
その政宗を、幼年期から厳しく育てたのは、臨済宗の虎哉宗乙(こさいそういつ)
禅師。守り役を命ぜられたのが、後に側近中の側近として、時には軍師として生涯
忠誠を尽くす、片倉景綱。
政宗は常に、「周囲と反対のことを口にせよ。」と堅く教育されていました。その
政宗を崇拝する父に育てられた私は、常に人と違う方向を向きたがるようになり、
信長の先見性とカリスマ性を崇拝し、秀吉が天下を治めた大阪で育ち、家康が泰平
を築いた関東で事業を成し、ついには出家に至った法蓮。
法蓮よ、オマエはどこへ行く。オマエは何を成し得る。
今日も歩け歩け、明日も明後日も歩け歩け。歩き続けろ。
歩け歩け、道無き道を。 歩け歩け、オマエは生涯歩き遍路。
蒼々
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。
南無帰命頂礼大自在大聖歓喜雙身天王
尊天様に縋る者、誰一人として漏れ落ちる者なく、我等愚俗の邪智なる者達の
暗愚な願いをも、まずは叶え賜えつつ、我等一同尊き道へとお導き下さいませ。
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
続きを読む
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。 唄って踊れて料理も出来る。
おまけにBusiness management軍功抜群のスーパー坊主。
元・事業家、そして元・外道だった私が、勝手乍ら独断毒舌でお話しをさせて戴き
ながらも、この地球の未来を支える子供たちに、希望の光明と為るべく仏道のイノ
ベーションを目指す、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】なるエッコラム。
それでは、第433稿の始まり始まりぃ〜。
【追伸:おかんへ】おかんの事は、【おかん】と呼んでおりましたが、父親は【おとん】とは
呼んでおりませんでした。そんな父の話しをする前に、もう少々おかんの
話しをさせて下さい。
そもそも、昨日おかんの話しを書こうと思った端緒は、画像のクッキングガイドで
した。 いつも行くスーパーで無料のガイドやチラシを、ぽいぽい貰ってくるので
すが、その中に『豆ごはん』があったので、ついつい、おかんの懐かしい豆ご飯を
思い出して書いてしまったのでした。ですからアレは下書きでなく、生書きです。
千葉市川にあったおかんの実家は、古くからの芸者屋敷で、昔は沢山の舞妓さんな
んかも居たそうです。 三人の弟を持った姉貴で、得意な計算を活かし大学卒業後
に、銀行に勤め丸の内の本店営業部に居たらしいです。
それが叔母にあたる、例の誘拐婆ちゃんから当時事業をしており、そこで番頭をし
ていた父を紹介され大阪へ来たと。こーゆー成染めだと聞いております。
ですから、まー箱入りのお嬢ですね。
そのせいか、ウルトラB型のせいか分かりませんが、何年大阪に住んでも一向に大
阪弁は喋らず、ずっと品のいい東京弁でした。大阪には似つかわしくない人でした
ね。その分、苦労もあったんでしょうが。
まるで、家康の母・於大の方のよう。←持ち上げすぎ?(笑 猛(たけ)くして気
品に満ちて。知性に溢れも尚、出しゃばらず。控えめな人でしたね。
まー男と女、父と母の間には、どんな問答があったか知る由はありませんが。
都内へ行くと、まー場所にも寄りますが、例えば銀座などの画廊や老舗の甘味処な
どから出てくる、年配の女性は誰もが皆品があり、とても優雅でオシャレですよね。
母も、もし父と一緒にならず、東京へ残ってもっとフツーーーーの人と結婚してい
たのなら、きっとあんな風に齢を重ねたんだろうなって。品のあるお年寄りなどを
見ると、そう思ってしまうこともあります。
一転して大阪の阪神沿線とか、下町を駆けるチンチン電車・阪堺線とか最悪ですよ
(笑。 並行する阪急はいいんです。山手住民なので。海側路線は違います。
その先の神戸寄りには、テルさんの住まわれる西の田園調布、芦屋がありますから、
大阪行きの電車もその辺りはいいんですが、もう十三(じゅうそう)まで来たら最
悪ですね。一気に国ごと変わったんか?と思うほど、大阪のオバハンって感じのが
「アンタほんでどしたんなー」ぎゃはははと、機関銃の如く喋くりまくってます。
他所ん家の子でも放っておけない、悪いことをすれば人の子でも容赦ナシにぶん殴
る。東京では考えられない。 が、大阪も今はモンスターペアレンツの台頭によっ
て、そんな情緒も失なわれたか。
私も能く、「アンタ何してんねん!?」ボカッと、しょっちゅうどつかれました。
「何さらすんじゃババァ!」と云いながらも、私はそんな情に厚い大阪の下町オバ
ハンが大好きです(笑。
それはそうと皆さん。ちょっとお尋ねしたいのですが・・、
人間、歳食うと一様に皆、短気になると云いますが、皆さんは如何でしょうか?
私は元より【ど短気】なので、そんな気はしませんし、寧ろ少しは温厚になってき
た感も(かなぁ〜・・錯覚?)ような気もします。これも信仰の御蔭でしょうか。
それよりも、矢鱈と涙もろくなった方が気になります。タレントの紳介も涙もろい
ヤツですが、アイツは学生時代からで今に始まったこっちゃありません。私は超ド
ライアイなんですが、だからって涙腺とは関係ないような気もするんですが、滅多
に涙が出ませんでした。
それが先日、浅草で兄弟の契りを交わした時も、Mg高橋さんに熱く色々語ってお
るうちに、知らん間にボロボロ涙が出てきて、自分でも「な・・なんやねん?これ
は一体?」と、驚いたのです。
昨日の朝のこと。昨日アップした記事を書いていたら、母のことを思い出したのか
ナンだかサッパリ分かりませんが、またボロボロ涙が出るのです。
一体これは何の現象でしょうか?
43歳ってのは、そんな年頃なワケ? センチメンタルジャーニー?
『ほ〜れんわぁ〜まだ』タタンタタン『し〜じゅ〜さ〜んだ〜から〜♪♪♪』って、
違うよね(爆。
一体なんでなのか? 皆目分からない、今日この頃の法蓮であります。
【パパと呼ばないで】
父のことはずっと、【パパ】と呼んでおりました。いや、本人がそう云えってゆう
んで。「パパはな・・」とか、「ママがのぉ・・」とか、ずっとそんな調子で喋っ
ておりました。流石に中学に上がる頃になると自分もカッコ悪くて、【オヤジぃ】
とかって呼んでおりましたが。
私は2歳で誘拐されてから、両親が諦めて大阪へ越して来る小学校へ上がる寸前ま
で、バアちゃんの自宅兼会社の中で育ちました。
その家は、一階が大型トラックが何台も納まっていた駐車場で、奥に事務所やら倉
庫などがありました。つまり、バアちゃん家は運送屋だったのです。その二階と三
階が住居部分。増築の繰り返しと大型トラックの納まる駐車場部分の高い屋根で、
今で云うスキップフロアなる中二階などもあり、実際は四階建てぐらいあったんじゃ
ないでしょうか。
いつも近所の友達と昼間空いた駐車場の中などで、赤影ごっこをして遊んでおりま
した。当然のように、自分はいつも赤影役を独り占めしていましたが(笑。友達は
いつも私のことを、「僕ちゃん」と呼ぶのです。事務所の人も「僕」「ボク」と呼
ぶ。自分の名前は、「僕」なのか?本気でそう思っていましたが、どうも違うらし
いので、ある日友達に何故そう呼ぶのかと聞くと、親に言われたからと云う。
益々分からなくなりましたが、その子たちの家に遊びに行ってなんとなく分かりま
した。その子たちの家は長屋のアパートで、バアちゃん家の駐車場すら大きさがな
く、大型トラック一台分もない。そこに家族5人とかでギューギューに住んでいる。
それに比べたら悠に二十倍以上の家に住んでいたことを初めて知りました。
要するに、私はええとこのボンボンだったんです。
しょっちゅう、幼稚園を勝手に抜け出し、サテンに行っちゃあ〜背伸びして、ジュ
ークボックスにコインを入れ、ピンキーとキラーズの【恋の季節】をかけ、マスタ
ーに偉そうに、「いつものミックスジュースひとつね。あ、お代は婆ちゃんに付け
といてね。」そんな日課が当たり前、事務所の大人たちも皆従業員ですから、おべ
んちゃらを使います。
一度、牛乳瓶を素手で割る空手をやっていた従業員と取っ組み合いの喧嘩をして、
ボロ負けして悔しくて悔しくて婆ちゃんにソッコー、「アイツ、首にせぇ!」と発
狂したり。欲しいモノは何でも買って貰える。倉庫にダンボールで幾つも山積みに
なっていた怪獣の人形やらオモチャ類は、私が遊ばなくなってから孤児院へ婆ちゃ
んが寄贈しました。それも数ヶ所へ。そんなぐらいのボンボン暮らしでした。
それがある日、父が越してきて、バアちゃんとどんな話し合いをしたか、少し離れ
た場所に、友達が住んでいたようなアパートを借りて、父と母、いつの間にか生ま
れていた妹たちとで暮らし始めたのです。
両親とまた暮らせたことよりも、自我の目覚め始めた5歳になった私は、突然急激
な家庭環境の変化に晒されることとなりました。
父は星一徹のような親父で、朝は4時に叩き起されランニング。前を走る部活する
上級生を見つけると、「抜かしてまえ!」と激を飛ばされる。棍棒を片手にチャリ
ンコをこぐ親父。抜かさないと本気で後ろからどつかれる。ランニングの次は、公
園に立ち寄り鉄棒で懸垂、滑り台で腹筋に柔軟、シャドーボクシング。
家に帰って今度は予習、学校から帰ったら復習。
メシ喰ったら夜遅くまで読書に勉強。そんなシゴキの毎日も、時折、母が作ってく
れた夜食が楽しみだったから頑張れました。滅多に友達とも遊ばせてくれない。
一度、父がたまたま出掛けていて、云われていた事をやらず友達と遊んでいたら、
帰ってきてランドセルごと玄関ドアまで吹っ飛ばされました。当時の家の玄関はガ
ラスで出来ていて、そのまま外までガラスを破って投げ出されました。
まるでギャラクティカ・マグナム。
そのまま神社の境内の大木に、ロープで縛られながら、心の底からこう思っていま
した。「絶対にワシはホンマの子供とちゃうんや。せやからここまで厳しくしよる
んや。このままやったらいつか殺されてまうわ。ヤバイ、その前に何とかあのオッ
サンを殺さんとアカン。」と。
今、考えたら婆ちゃんに腑抜けにされかけた私の性根を、徹底的に叩き直す愛のシ
ゴキだったんでしょう。おかげで何があっても凹まない、メゲナイ、挫けない、諦
めない。相当屈強な根性が付きました。
然し、遊ばせてくれるときも豪快でありました。遊園地に行って乗り物が気に入っ
たと云えば、飽きるまで貸切で載せてくれたし、お話ししたように滅多に買ってく
れずとも、オモチャを買うとなったら店ごと買ってしまう。そんな星一徹の如く厳
しくも、超豪快だった父。
戦後の闇市で13歳から拳銃を持ち歩き、気性激しく喧嘩沙汰は耐えない。
幼いころから何度も目の前で、誰とでも喧嘩をする父の姿を見て学びました。12
〜3歳のときでしたでしょうか。一度、踏み切りの手前で中途ハンパな停止をした
クルマがいて、ほぼ父と同時に降りて行って、そのクルマのドアにケリを入れた事
があります。しかも同時ですから左右のドアに。
何も打ち合わせもしてないのに。これが血なんだと、初めてそのときに本当の父な
んだと実感したもの面白い由縁でありますが。父がど発狂しても、相手がビビッて
クルマから降りてこないと、ワイパーでもミラーでも何でも引き千切ってブン投げ
てしまう勢いでした。
かと思えば、学習塾を経営したり文学や芸術に深く傾倒し、また多角事業家でもあ
った父の元からは、多くの経営者が巣立って行きました。
「ワシんとこで経営のイロハ学んだら、一年で独立してボロ儲けでけるんや。」
そう能く、父の元に集まる若い人たちに諭しておりました。
そんな父は突然、「45歳でパパは仙人になる。」と言い出し、しっかり借金を残
して家を出て行きました。今は何もかも感謝しておりますが、私の極端すぎる性分
も、そんなまるでジキルとハイドのような父に育てられたせいもありましょうか。
(しかも、双子座AB型・父方イタリアと母方日本のハーフ。みんな半分半分。)
独眼竜・政宗が好きだった父。
その政宗を、幼年期から厳しく育てたのは、臨済宗の虎哉宗乙(こさいそういつ)
禅師。守り役を命ぜられたのが、後に側近中の側近として、時には軍師として生涯
忠誠を尽くす、片倉景綱。
政宗は常に、「周囲と反対のことを口にせよ。」と堅く教育されていました。その
政宗を崇拝する父に育てられた私は、常に人と違う方向を向きたがるようになり、
信長の先見性とカリスマ性を崇拝し、秀吉が天下を治めた大阪で育ち、家康が泰平
を築いた関東で事業を成し、ついには出家に至った法蓮。
法蓮よ、オマエはどこへ行く。オマエは何を成し得る。
今日も歩け歩け、明日も明後日も歩け歩け。歩き続けろ。
歩け歩け、道無き道を。 歩け歩け、オマエは生涯歩き遍路。
蒼々
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。
南無帰命頂礼大自在大聖歓喜雙身天王
尊天様に縋る者、誰一人として漏れ落ちる者なく、我等愚俗の邪智なる者達の
暗愚な願いをも、まずは叶え賜えつつ、我等一同尊き道へとお導き下さいませ。
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
続きを読む
2009年07月26日
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。 唄って踊れて料理も出来る。
おまけにBusiness management軍功抜群のスーパー坊主。
元・事業家、そして元・外道だった私が、勝手乍ら独断毒舌でお話しをさせて戴き
ながらも、この地球の未来を支える子供たちに、希望の光明と為るべく仏道のイノ
ベーションを目指す、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】なるエッコラム。
それでは、第432稿の始まり始まりぃ〜。
いきなり余談だけど・・
ってことはないか、タイトルに【おかん】が入ってるし。
どーでもいいけど、男ってのはアレだね。やっぱ、子供の頃におかんが食わして
くれたモンって、忘れないモンだね。こないだのピーマンのカレー炒めもそうだし。
自分が未だに豆ご飯が好きなのも、おかんが作ってくれたから。
別にマザコンじゃなくってもね。女性読者の方、誤解なきよう。まー誤解しても
ナンだっていいけどさ。私は、おかんとスゴク仲が良かった。小学校ん時から稼
いでたでしょ?だからカネが入るといつも二人で奢り合いして外食したりしてた。
おかんの好きな鉄火巻きも、能くバイトの帰り、みやげに買ってやったよ。
男としての自信を付けてくれたのも、おかんだし。でも、それらはマザコンとは
違う。おかんもサンコンじゃない。見事なマザコン&サンコン、母子ってのも今
まで沢山観てきたけどね。
そんなおかんよか、愛した女たちが大事だったからこそ、今もこうして長く疎遠に
なってるってのもある。おかんもソコんとこ、分かっててくれて、ワシがそんな男
だってね。
だから、大阪にいる頃も、15で家を出てからってもの、一度も淋しがったことも
ないし、増してや、「面倒見てくれ」とも「カネに困ってる」とも、ただの一度も
云ったことはない。きっと、妹たち四人と私の知らない苦労を重ねてきたんだろう
と容易に想像が出来るが。
寧ろ、その時々に一緒に居る女にウザがられないような、控えめな態度を徹して
くれてきた。離れていても何年会ってなくても、私にとっておかんは世界一の女。
勿論、恋愛対象ってワケじゃないよ。あくまで、【おかん】としてね。あんなお
かんになってくれるような女がいたら、その息子はワシのようになるって話し。

画像は、先がおかん。まだ若い。当たり前。裏見ると、1966年と書かれてる。
つまり、ワシは1歳。おかんは26歳。隣の画像は、大阪の育ての婆ちゃん。
時は同じく1966年。この写真が撮られた直後、両親は千葉の市川へ越す。その一年
後、この婆ちゃんがワシを拉致しにきたというワケ。おかんはまだ、死んでないと
思うけど(多分)、いつも感謝の意を表したいから仏前に居わす。
親父が出てって、借金だらけで、ガスや電気を止められて、「ご飯が焚けないじゃ
ない!」と云って、電信柱によじ登り栓を強引に開け、ワシら兄弟5人にメシを
食わせてくれたおかん。
「貴方はきっと成功する、人の上に立てる人間になれるのよ。」
「誰にも負けやしないんだから。」そう、いつも励ましてくれたおかん。
身体だけは壊さず、元気でいて下さい。もう幾つになれたんでしょうか。25歳
でワシを産んでくれたから、もう69ですね。もうすぐ会いに行けると思います。
待ってて下さい。私はこんなにも強くなりましたから。貴女のおかげです。
有難う御座いました、心より礼を尽くしたい気持ちで一杯です。
先日の記事。【Mg高橋司 IN高崎】にて。
久しぶりの家族大集合の中、私は【我が良き友よ】を、彼は【東京砂漠】を、互い
にリスペクトし合う義兄弟として捧げあった。
周りは、息子と娘のそれぞれの彼氏と彼女。みんなハタチ前後。そんな中で兄弟ぇ
と視線を投げ掛け合い、肩を抱き合いながらの熱唱。
って、今どき唄を捧げんのなんか、バカップルのやることでしょ(笑。
事情を何も知らない娘たち。浮きまくる中年のオッサン二人組み。
いや、ずっとオヤジぶってるワケじゃないよ。キッチリ落とし前はつける(笑。
ちゃんと名誉挽回したよ。義理の息子になる予定は未定のヤツとは、【FLOW】を
デュオしてブチ切れまくってやったし、BONJYOVIの【IT'S MY LIFE】を勿論、英語
でフルで唄ってビビらせたし。
Mg高橋さんも、私のリクエストに応えてくれての、由紀さおりの【手紙】と、
【私は課長】チューンバージョンも唄ってくれたし。あっと云う間の二時間でした。
六人じゃ、一人の持ち時間が少な過ぎるねぇ。だって、二人で6時間も余裕で唄う
中年バカップルだし(爆。

そのカラオケボックスで目の当たりにした、娘と息子の成長ぶり。
息子は今も同居してるけど、娘はヤツと同棲中。家を出てもう半年が過ぎた。傍に
居ても居なくても、知らない間に子は育つ。
息子の彼女もとてもイイ娘。褒めると今どき珍しく両手で顔を塞いで超照れる。娘
と同じ歳なのに、何か飲み物を促すと、先に息子に欲しいモノはないか、キチンと
男を立て気遣う。
なかなか居ないこんな可愛いコ。大事にしろよオメー!と息子に一喝。
息子と娘、そして私は義母とも義父とも仲がいい。それにレイバン婆ちゃん。
この家族団らんの時間。あの日、一日で家族総出の出演となって。そんな日なんて、
実はとても珍しくて。笑顔と笑い声の耐えなかった一日。
家族を囲む幸せ、家族の長であることの幸せ。などを噛み締めた日でありました。
が、私はそこに安住する未練は持たない覚悟は出来ております。
以前お話ししましたように、やはり仏道を極めるためには、家族か信徒か?と云う
ような、究極の二者択一も迫られる場面も無きにしも非ずでしょうし、何よりも、
本音を申しますれば、家族と仏道の両立が、私の今のキャパでは難しいかとも思う
のであります。出遅れな分、相当の修行をこれからも積んでいかねばなりませんし。
元より今のこの家族は、私が実子である二人の息子の幼心に、生涯癒えることのな
い深い傷を負わせた、その代償として彼等にとって、父の居ない人生と引換に手に
入れたものでありますので、そこへ安住することは、自分自身として決して許す訳
にはゆかないのであります。
また、今のこれからの私の身も心も、一切誰々のモノではありません。未来永劫帰
依を誓った神仏と、一切衆生のモノであります。また、僧侶の本懐としてそうであ
らねばならないとも思うのであります。
◆レコード日記◆
【家族と仏道】 【家族と仏道2】

画像1.義母がこないだのじゃが芋攻めヨロシク、しょっちゅうナンやかんやと、
モノを下さる。これも知らない間に玄関にあって、二三日してから家内が、「そー
いや、貰いモンしたんだよねぇ〜玉子と桃も入ってるけど。」
(はぁ? はよ仕舞わんと、傷むやんけ!ってか、お供えせんと。)ってな感じ。
義母にソッコーメールして、「今、食品関連は私が管理してるから、直接云って下
さい。」と告げた。
画像2.然しその中に、こんな愛らしい時計を抱いた、クマのぬいぐるみが入って
いた。本当は孫の娘宛だったらしいが、あまりに可愛いのでワシが無断GET。
またソッコーメールして、丁度、時計が欲しかったと礼を述べておいた。早速、志
事を営む、今の私の書斎代わりのダイニングに、パソコンの真横にクマを置いた。
「どーちたん? ちゃびちーんかい?」と話しかける。この家は今、大抵私一人で
過ごしている。丁度、神仏以外にも話し相手が欲しかった(笑。
然し、なんでこう、赤ちゃん言葉になるのだろうか。一説には、赤ちゃん言葉を使
えば、馬鹿馬鹿しくなって夫婦喧嘩もなくなる奥義だとか。
なるほど確かに。アホらしくなると云うか、赤ちゃん言葉って、そもそも諭し気味
に話すから、言葉の柔らかさそのものと相まって、喧嘩になりようがないような気
もしてきた。・・・って、今更試す気はねーけど(笑。
画像3.ホンット、画像が判り辛い。新しいカメラ携帯が欲しい。
これは、Workのひとつだった、電子レンジと炊飯ジャーが新品の如くビカビカ
になってる写真。
画像4.次のターゲットはコイツ。
トースター。かなり手ごわそうだが、手応えのあるヤツの方が、喧嘩も試合もやり
がいがあるってモンよ。ナンボでもかかってきなさい。
これら以外にも、今朝は洗面所の床を磨いた。
いつもやってる場所なんだが、どうもくすみや汚れが落ち切れてない。一度、徹底
して取り掛かってみたが、これがまた、ドしぶとい。滝のような汗をかいて擦って
も中々落ちずに、三分の一程度に留まった。コイツは後日、リベンジしてぶっ倒す。
日々是修行もいよいよ、佳境に入ってきた感がある。
もう少し、もう少しだ。頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ。
蒼々
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。
南無帰命頂礼大自在大聖歓喜雙身天王
尊天様に縋る者、誰一人として漏れ落ちる者なく、我等愚俗の邪智なる者達の
暗愚な願いをも、まずは叶え賜えつつ、我等一同尊き道へとお導き下さいませ。
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。 唄って踊れて料理も出来る。
おまけにBusiness management軍功抜群のスーパー坊主。
元・事業家、そして元・外道だった私が、勝手乍ら独断毒舌でお話しをさせて戴き
ながらも、この地球の未来を支える子供たちに、希望の光明と為るべく仏道のイノ
ベーションを目指す、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】なるエッコラム。
それでは、第432稿の始まり始まりぃ〜。
いきなり余談だけど・・
ってことはないか、タイトルに【おかん】が入ってるし。
どーでもいいけど、男ってのはアレだね。やっぱ、子供の頃におかんが食わして
くれたモンって、忘れないモンだね。こないだのピーマンのカレー炒めもそうだし。
自分が未だに豆ご飯が好きなのも、おかんが作ってくれたから。
別にマザコンじゃなくってもね。女性読者の方、誤解なきよう。まー誤解しても
ナンだっていいけどさ。私は、おかんとスゴク仲が良かった。小学校ん時から稼
いでたでしょ?だからカネが入るといつも二人で奢り合いして外食したりしてた。
おかんの好きな鉄火巻きも、能くバイトの帰り、みやげに買ってやったよ。
男としての自信を付けてくれたのも、おかんだし。でも、それらはマザコンとは
違う。おかんもサンコンじゃない。見事なマザコン&サンコン、母子ってのも今
まで沢山観てきたけどね。
そんなおかんよか、愛した女たちが大事だったからこそ、今もこうして長く疎遠に
なってるってのもある。おかんもソコんとこ、分かっててくれて、ワシがそんな男
だってね。
だから、大阪にいる頃も、15で家を出てからってもの、一度も淋しがったことも
ないし、増してや、「面倒見てくれ」とも「カネに困ってる」とも、ただの一度も
云ったことはない。きっと、妹たち四人と私の知らない苦労を重ねてきたんだろう
と容易に想像が出来るが。
寧ろ、その時々に一緒に居る女にウザがられないような、控えめな態度を徹して
くれてきた。離れていても何年会ってなくても、私にとっておかんは世界一の女。
勿論、恋愛対象ってワケじゃないよ。あくまで、【おかん】としてね。あんなお
かんになってくれるような女がいたら、その息子はワシのようになるって話し。

画像は、先がおかん。まだ若い。当たり前。裏見ると、1966年と書かれてる。
つまり、ワシは1歳。おかんは26歳。隣の画像は、大阪の育ての婆ちゃん。
時は同じく1966年。この写真が撮られた直後、両親は千葉の市川へ越す。その一年
後、この婆ちゃんがワシを拉致しにきたというワケ。おかんはまだ、死んでないと
思うけど(多分)、いつも感謝の意を表したいから仏前に居わす。
親父が出てって、借金だらけで、ガスや電気を止められて、「ご飯が焚けないじゃ
ない!」と云って、電信柱によじ登り栓を強引に開け、ワシら兄弟5人にメシを
食わせてくれたおかん。
「貴方はきっと成功する、人の上に立てる人間になれるのよ。」
「誰にも負けやしないんだから。」そう、いつも励ましてくれたおかん。
身体だけは壊さず、元気でいて下さい。もう幾つになれたんでしょうか。25歳
でワシを産んでくれたから、もう69ですね。もうすぐ会いに行けると思います。
待ってて下さい。私はこんなにも強くなりましたから。貴女のおかげです。
有難う御座いました、心より礼を尽くしたい気持ちで一杯です。
先日の記事。【Mg高橋司 IN高崎】にて。
久しぶりの家族大集合の中、私は【我が良き友よ】を、彼は【東京砂漠】を、互い
にリスペクトし合う義兄弟として捧げあった。
周りは、息子と娘のそれぞれの彼氏と彼女。みんなハタチ前後。そんな中で兄弟ぇ
と視線を投げ掛け合い、肩を抱き合いながらの熱唱。
って、今どき唄を捧げんのなんか、バカップルのやることでしょ(笑。
事情を何も知らない娘たち。浮きまくる中年のオッサン二人組み。
いや、ずっとオヤジぶってるワケじゃないよ。キッチリ落とし前はつける(笑。
ちゃんと名誉挽回したよ。義理の息子になる予定は未定のヤツとは、【FLOW】を
デュオしてブチ切れまくってやったし、BONJYOVIの【IT'S MY LIFE】を勿論、英語
でフルで唄ってビビらせたし。
Mg高橋さんも、私のリクエストに応えてくれての、由紀さおりの【手紙】と、
【私は課長】チューンバージョンも唄ってくれたし。あっと云う間の二時間でした。
六人じゃ、一人の持ち時間が少な過ぎるねぇ。だって、二人で6時間も余裕で唄う
中年バカップルだし(爆。

そのカラオケボックスで目の当たりにした、娘と息子の成長ぶり。
息子は今も同居してるけど、娘はヤツと同棲中。家を出てもう半年が過ぎた。傍に
居ても居なくても、知らない間に子は育つ。
息子の彼女もとてもイイ娘。褒めると今どき珍しく両手で顔を塞いで超照れる。娘
と同じ歳なのに、何か飲み物を促すと、先に息子に欲しいモノはないか、キチンと
男を立て気遣う。
なかなか居ないこんな可愛いコ。大事にしろよオメー!と息子に一喝。
息子と娘、そして私は義母とも義父とも仲がいい。それにレイバン婆ちゃん。
この家族団らんの時間。あの日、一日で家族総出の出演となって。そんな日なんて、
実はとても珍しくて。笑顔と笑い声の耐えなかった一日。
家族を囲む幸せ、家族の長であることの幸せ。などを噛み締めた日でありました。
が、私はそこに安住する未練は持たない覚悟は出来ております。
以前お話ししましたように、やはり仏道を極めるためには、家族か信徒か?と云う
ような、究極の二者択一も迫られる場面も無きにしも非ずでしょうし、何よりも、
本音を申しますれば、家族と仏道の両立が、私の今のキャパでは難しいかとも思う
のであります。出遅れな分、相当の修行をこれからも積んでいかねばなりませんし。
元より今のこの家族は、私が実子である二人の息子の幼心に、生涯癒えることのな
い深い傷を負わせた、その代償として彼等にとって、父の居ない人生と引換に手に
入れたものでありますので、そこへ安住することは、自分自身として決して許す訳
にはゆかないのであります。
また、今のこれからの私の身も心も、一切誰々のモノではありません。未来永劫帰
依を誓った神仏と、一切衆生のモノであります。また、僧侶の本懐としてそうであ
らねばならないとも思うのであります。
◆レコード日記◆
【家族と仏道】 【家族と仏道2】

画像1.義母がこないだのじゃが芋攻めヨロシク、しょっちゅうナンやかんやと、
モノを下さる。これも知らない間に玄関にあって、二三日してから家内が、「そー
いや、貰いモンしたんだよねぇ〜玉子と桃も入ってるけど。」
(はぁ? はよ仕舞わんと、傷むやんけ!ってか、お供えせんと。)ってな感じ。
義母にソッコーメールして、「今、食品関連は私が管理してるから、直接云って下
さい。」と告げた。
画像2.然しその中に、こんな愛らしい時計を抱いた、クマのぬいぐるみが入って
いた。本当は孫の娘宛だったらしいが、あまりに可愛いのでワシが無断GET。
またソッコーメールして、丁度、時計が欲しかったと礼を述べておいた。早速、志
事を営む、今の私の書斎代わりのダイニングに、パソコンの真横にクマを置いた。
「どーちたん? ちゃびちーんかい?」と話しかける。この家は今、大抵私一人で
過ごしている。丁度、神仏以外にも話し相手が欲しかった(笑。
然し、なんでこう、赤ちゃん言葉になるのだろうか。一説には、赤ちゃん言葉を使
えば、馬鹿馬鹿しくなって夫婦喧嘩もなくなる奥義だとか。
なるほど確かに。アホらしくなると云うか、赤ちゃん言葉って、そもそも諭し気味
に話すから、言葉の柔らかさそのものと相まって、喧嘩になりようがないような気
もしてきた。・・・って、今更試す気はねーけど(笑。
画像3.ホンット、画像が判り辛い。新しいカメラ携帯が欲しい。
これは、Workのひとつだった、電子レンジと炊飯ジャーが新品の如くビカビカ
になってる写真。
画像4.次のターゲットはコイツ。
トースター。かなり手ごわそうだが、手応えのあるヤツの方が、喧嘩も試合もやり
がいがあるってモンよ。ナンボでもかかってきなさい。
これら以外にも、今朝は洗面所の床を磨いた。
いつもやってる場所なんだが、どうもくすみや汚れが落ち切れてない。一度、徹底
して取り掛かってみたが、これがまた、ドしぶとい。滝のような汗をかいて擦って
も中々落ちずに、三分の一程度に留まった。コイツは後日、リベンジしてぶっ倒す。
日々是修行もいよいよ、佳境に入ってきた感がある。
もう少し、もう少しだ。頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ。
蒼々
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。
南無帰命頂礼大自在大聖歓喜雙身天王
尊天様に縋る者、誰一人として漏れ落ちる者なく、我等愚俗の邪智なる者達の
暗愚な願いをも、まずは叶え賜えつつ、我等一同尊き道へとお導き下さいませ。
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
2009年07月12日
ここの処、能く勤行中に居眠りをこいてしまいます。
以前も全く無かったワケではないですが、徹マンを修した時や、余程寝不足が
続いていた時に限られていただけなのに、最近ヒドイように思えます。
そこで原因をシンカバウテッしてみました。
最近始めて以前はしなかったこと・・。 と云えば、ここんトコの暑さで、扇
風機を引っ張り出したこと。蒸し暑ければ、天カセ(天井カセットエアコン)
のドライスイッチを入れていた事。
かつての生活じゃ、夏と云えばエアコン全開。車ん中も常に18℃。
たまに女が寒がると、助手席だけは下げましたが、車内常温は18℃。スタンド
へ行くと店員が、「いつも噴出し口から白い空気が出てますねぇ〜」と云ってお
りましたのを思い出します。
が、今は修行中の身。今期まだ一度も家ではエアコンは付けておりません。
まぁ例年に比べると、まだ涼しい方だと思いますが。
遠回しな話しになりましたが、要するに、この快適さを追求した生温い勤行姿勢が
原因だと思いました。 寝苦しい夜もぐっすり眠れるような、文明機器に囲まれた
環境と、一種、トランス状態になるような真言を唱えておる状態が融合すれば、眠
くなるのも当たり前っちゃ当たり前でしたね。早く気付けよってね。
ふと、思い出したのですが、あの悟りまくりにまくった強烈な数日間。
窓から吹き込んでくる風にすら、大いなる感謝の念を抱き、さらには必要とした
時に、任意に風を呼ぶことすら出来たような感がありました。
風は神々なり、御仏なり。即ち、我も風なり風は我なり。
いずれにせよ、勤行時刻は最高気温時間帯を外れておるワケですし、袈裟が汚れた
ら洗えばいい、汗をかいたら拭けばいい、肌着がビッショリになれば着替えればいい。
グダグダ出来ない理由を並べ立てるよりも、ひとつでも出来ることから始めよう。
そう思い直しました法蓮であります。
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。
そして生涯、悪態不良悪漢坊主を目指します。そんな元・外道だった私が
エッコラムなお話しをさせて戴く、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】。
それでは、第419稿の始まり始まりぃ〜。
090627_法蓮3分クッキング#50【海鮮と厚揚げキムチ炒め】
☆レシピ☆
なんのことは無い、スルメイカやエビなどと、厚揚げ・にんにくの芽などを、桃屋のキムチの素で炒めただけ。
冷蔵庫の余りモンで、何を入れたってOK。
いつかご紹介した、豚キムチと同様に味噌を少量隠し味に入れたら美味い。
キムチポッカとは、キムチ炒めのこと。にんにくを胡麻油で炙ってから炒めると、食欲増す香り。夏に最適。ご飯がすすむ君。
より辛いのが好きな人は、鷹の爪でも加えて頂戴。
090628_法蓮3分クッキング#51【旬のアジ・ムニエル ヨーグルトソース】
☆レシピ☆
旬のアジが安かった。それだけ。
ムニエルは、ただセル・ポアブラして小麦粉抱かせて、
バターやオリーブオイルで焼くだけ。
ヨーグルトソースは、小麦粉と無塩バター(←娘が使
っていたケーキ用のがまだある。
フツーのバター使うなら、セル(塩)は控えめに。)
を炒める。充分混ざったら、牛乳を加え煮立ててヨー
グルトも混ぜる。
ほのかな酸味が大人の恋の味。
ガロニーは、なんだコレ?・・・多分、もやし・トマト・チーズらへんを炒めた
モンかな?忘れた。テキトー。
トマトはなるべく加熱してリコピン沢山摂取しよう。
090628_法蓮3分クッキング#52【ご馳走!激ウマ生姜焼き】
☆レシピ☆
これ、マジで美味いよ。
豚の生姜焼きは定食の定番だよね。それだけに色んな
レシピがある。生姜焼きに王道はない。色々試してご覧遊ばせ。
今回は、いつかの角煮のときの煮タレを保存してあったのでそ
れを使った。安売りしてたアイスコーヒーのペットボトルに入
れてあるが、もし、息子が好んで飲むコーラのボトルなら、
グイっと行ってるような気がする(笑。
1、酒に対し醤油をやや多めと、卸し生姜のタレに10分程度浸ける。
2、隣のパンで玉ねぎスライスを弱火でじっくり焼く。コールスローも
いいが、しなしな玉ねぎ炒めも濃いタレとマッチして美味。
3、豚はチャンと広げて焼こう。パンが狭ければ、焼きあがったものを
皿やパンの端っこに避けて、次々と焼く。
パン自体をコンロの中央からズラして使うのもコツ。
肩ロースの方がこってり仕上がる。あっさり派の方は、フツーのロースに。
と云っても、安い方を買うよね。んな変わらん。
4、おっと隣の玉ねぎ焦げないように、時々振ってね。好みで塩コショウ。
5、酒:みりん:醤油=1:2:2+砂糖+生姜汁を和えておき、焼きあがった肉
にかけて弱火に。
6、水分を飛ばしつつ、肉をぺたんぺたんと、パンに擦り付けるようにしながら
何度か引っくり返すのを繰り返す。これが、テリテリ美味そうな仕上げになる。
サラダはアボガドのぶつ切りと、水菜・レタスなど。和風ノンオイルドレが合う。
わさび・醤油・オリーブオイルでも美味。
アボガドは、「森のバター」と称される。
と云っても、その脂質の大半は人気の不飽和脂肪酸であるから、従ってコレステ
ロールの心配はない。他にもビタミンE・リノール酸・オレイン酸なども多く含
む健康食。ハンバーガーにも入ってるが、喰い難いからアレは嫌い。単にスライ
スして、わさび醤油で食えば大トロ喰ってる気になる、隠れた肴の逸品。
画像、手前のボトル、中身は聖天さまのお下がりマッコルリ。
コーラのボトルに白いマッコルリなら、息子も間違えんだろう(笑。なんせ、色
んなボトルに、色んなタレが入ってるからねぇ。ウチの冷蔵庫は最近キケンキケン。
ちょっとブレイク。
アイスコーヒーのリッターペットは、100円切ることが滅多に無い。
値下げが待てないほど、毎日暑くなってきた。
家内はもっぱらアイスを飲みたがるし、流石にホットコーヒー好きな
法蓮も昼間は飲みたいので、仕込むことにした。
コーヒーメーカーで濃い目に落として、急いでるときは画像のように
ボウルに氷を入れて冷やせばいい。あとは、ペットに移すだけ。
原価、20円ぐらい。ドンキ行ったって、ンな安いのはねーよ。
念願だった二つの食器棚も、やっと両方とも清掃整理出来た。
これでワークメモにひとつ横線が増えた。ここんとこ、悟り帳も
一冊に統合して持ち歩いている。ひとつのテーマで執筆する際に、
あっちこっちの悟り帳をめくりまくってタグを探すのより、持ち廻
る方が断然面倒でないことに、ようやく気付いた。アホやのワシ。
従って、今や書斎と化したダイニングテーブル上には、悟り帳・TO
DOリスト・そして急がないが、必ずやると決めた項目を書いた、前
述のワークメモがある。
ワークとは単なる作業。然るに志事ではなく無論、仕事である。
前に書いたかどうか・・。今までやっつけたワークには、冷蔵庫・システムキッチ
ンの引き出し・DKの床・出窓棚などの整理清掃がある。
こういった地道な作業の結果、不要な食材や探していた清掃用具、調理器具、はた
また引出物の立派な食器まで出てくる。即ちこれらは、イヤイヤ取り組む作業では
なく、宝の山を採掘する愉しみ方だ。
最近(ってか、3分クッキングに関して更新が遅れ気味だが・・)、洒落た皿を使
いだしたのは、この恩恵に肖ってである。
なお今後、残されておる課題は、水きり台のカビ取り・キッチン収納の各棚・トー
スター・オーブン・TV台などの整理清掃である。
画像では判りにくい。片付けや清掃する前に撮っておけば良かった。
こういった家事に関して干渉を披露するのは、何も家内の主婦としての不甲斐なさ
を露呈しているワケではない。
元より家内は、家事料理を結婚条件としなかった唯一の女である。しかも、食器棚
が二つある理由は、前の女房が置いて行ったワケで、それを文句ひとつ云わずに今
日まで使ってきてくれたのは今の女房であるし、食器棚どころか、洗濯ばさみ一つ
まで一切捨てようとしない。
「アタシ、全部新しいの買い替えて欲しいんだけど」とは、一度も云ったことがな
い。そもそも、そんなコトを云う女とは、元から一緒にはなってないだろうが。
そんなこんなで、食器棚にせよ、床にせよ、一生懸命掃除しながら思うのは、前の
女房も今の女房も、皆汗を流してこの家をキレイにしてくれてきたんだな。と云う
事である。
私はずっと家に寄り付かず、外で空き放題ほっつき歩いてきた。家事も料理も女が
やるのが当たり前。そう云えば今の女房も何度か、「ねぇねぇ〜アソコ見てみて。
今日、掃除してみたんだぁ。」なんて、云ったことがあったような気がするが、い
つもの如く女の戯言と聞き流し、一度たりとも真剣に聴くどころか、褒めたやった
ことすらないような気がする。
そんな愛してくれた女たちへの、愛情の欠落、心の至らなさを噛み締めながら、た
だいま勝手乍ら専業主夫・法蓮の今日も明日もワークは続く。
090629_法蓮3分クッキング#53【濃厚ヴィシソワーズ】
☆レシピ☆
ずっと飲みたかった。ヴィシソワーズとは、フランス料理。
じゃが芋の冷製スープである。

1、画像左端から。まずはじゃが芋の皮を剥こう。
皮剥きピラーに付いている、芋の芯を取る出っ張りも、実は右利き用だと分かった。
が、画像のように逆さまに持てば、左でもくるりんと除去出来る。
芋はどうせ、ぶっ潰すんだから、薄く切れば火の通りも早い。
2、画像2.玉ねぎもスライスして一緒にバターで炒める。
勿論、マーガリンでも良い。セル・ポアブラはご自由に。分量はじゃが芋:玉ねぎ
Mサイズ=3:1/2。大量に作ろうと、今回は玉ねぎ12個(四倍分量)も剥い
たら多過ぎたので、8個だけ使用する事にした。
従って、以後のレシピは基本、当倍分量と捉えて戴きたい。手前に見えるのは、同
時にスペアリブを仕込んでいるので、こちらに関しては#54にてご説明する。
3、画像3.玉ねぎが透き通ってきたら、火が入った証拠。
すかさず、水を1と1/2カップ(300cc≒丼茶碗に一杯)と、コンソメキュ
ーブ一個とローリエなど好みのハーブを入れる。
芋がへなへなになるまで、アクを取りながら煮る。
4、一旦、火を止め、牛乳をまず1カップ加え温度を一気に下げる。
これで荒熱を除去する為に待たずとも、次の工程へ移れる。
5、画像4.とは云っても、ハッキリ云ってまだまだ熱い。
気を付けながらここで、ミキサーにドボドボ移してペースト状にする。
シノアでこしてもいいが、面倒。そんなのはシェフに任せればいい。
画像手前に注目、ローリエを一緒くたにミキシングしないように。
わざわざ、そう書くため撮ったのよ、この一枚を(笑。
6、画像5.鍋に戻したら、牛乳を更に半カップ加えて、セル・ポアブラで味を調
整。濃厚な味の好きな方は、牛乳と水の比率を変えればいい。
相手は牛乳、くれぐれもグツグツは煮ないように。味に濁りが出ちゃうよ。
パセボン(ドライパセリ)などでトッピング、完成。
090629_法蓮3分クッキング#54【南無スペアリブ】
なんで、南無!スペアリブなのか?これは随分前に、タイトルだけ先
にアルバムへ入力したので、理由が思い出せない。恐らく、帰依した
くなるほどに美味い!ってことか? もう、タイトル先付けは止めておこう。
☆レシピ☆
1、ヴィシソワーズで一緒に映っていた、タレを先に作る。
スペアリブはタレが決め手と云える。要は漬け込んで焼くだけだから、
超カンタン。皆さんも是非、オリジナルなタレ作りにトライしてみては。
醤油:ケチャップ:酒:味噌=3:2:1:0.5、
これに、砂糖・ぶちゅんしたニンニク・卸し生姜・ブラックペッパー
(味塩コショウでもいいが、ブラックのが美味いよ。白と黒の使い分け
は結構〜大事、出来れば両方持ってようよ。)
2、スペアリブをタレに浸けたまま、まずはラップして5分ぐらい
(大きさによって加減調整)&チン。
3、この程度では、何がどうって分からないが、加熱によって味が
馴染むのと、肉が離れやすくなる。
4、200℃に熱したオーブンで15分。ブザーがなったら引っくり
返して、また15分。火傷すんなよ、気を付けな。
横着せずに手前にトレーを引き出して。タレを入れ過ぎると、こんな
振動でも零れるよ。ワシは零した(笑
オーブンパフォーマンスによって、温度は調整しよう。
ワインかビール片手に、豪快にかぶり付け!メチャ美味いぞ!
まるで店のような閉店作業。
息子や家内が食べ終わった後、少しの会話と暫し休息のあと、洗い
物を全て片付け、シンクとコンロをビカビカに磨く。ダスターも濡
れていると雑菌が沸くので、洗浄し干す。
まな板やダスターはたまに漂白する。ペットボトルに昼間煮出した
ウーロン茶を注ぎ冷蔵庫へ。家内が明日仕事に持参する為である。
明朝の勤行の為のお米をとぐ。ご飯が余っても、それはブランチに
回しお供え用は極力炊くようにしている。
それから、明朝のコーヒー用の水をメーカーに入れておく。
以前は、朝一の水が聖天さま用に捧げるため、起き抜けにコーヒーを落とせなかっ
たが、ナンのことは無い。こうして準備しておけばいいのだ。
以外にもこれは、デスパレートな妻たちを見て学んだ。
暫し休息と書いたが、ここんトコは滅多に座って喰わない。
なぜなら、二人に食べさせながら洗い物をしたり、他の仕込をしたりしてるから、
大体ウロウロ歩きながら喰ってる。一旦座ったら、何かモノを取ってくれと頼まれ
るのも、許し難いほど頭に来ていた男が、自分でも信じられない変わりようである。
法蓮3分クッキングに伴い、我が専業主夫行もかれこれ一ヶ月以上が過ぎた。
始めは幾ら、調理経験があると云っても大昔の話しだし、多少料理していたと云っ
ても、それは発心する以前の話し。しかも、イチャつきながらとか、お茶羅気ての
話し。それ以外は殆んど、毎日二食三食の外食が当たり前の生活でした。こんなに
大真面目に毎日毎日、料理したことは私史上初のこと。
私は周知の如く、出家しようとも粗暴な男。荒っぽい上に不器用ときてる。コーヒ
ーメーカーからマグカップへ注げば床に零す、メシを盛れば零す、しかもジャーの
隙間に。これがまたムカツク。
イライラ、ムカムカしていたのは、要領を忘れていたから。最近はもう、随分勘が
戻ってきたせいか、よりスムーズに、より早く、より汚さずに調理出来るようにな
ってきました。やれば出来る。
早く不味くいい加減に、散らかしまくる調理は誰にでも出来る。
私はそうであってはならない。私は弛まなく進化する。常に前進するのだ。
法蓮3分クッキングの更新も、遅れ馳せながらで申し訳ないですが、既に今日まで
にアップしてある画像は、お蔭さまで168 photos を数えました。
調理過程も含まれておるので、数値=レパートリーではないにせよ、相当数こなし
てきたことは記録上も事実です。本当に皆々様のお蔭で御座居ますです。
昨今、男性タレントなどが料理の本を出したり、オネーマンズにも料理するヤツが
おりますが、私の法蓮3分クッキングや、主夫行の様子をまとめた、仮題「僕の夏
休み」(笑 ってな、本を出そうかな〜なんて思ったりしております。
いや、仮タイトルは冗談みたいですが、実は、歩き遍路を含む、このブログコンテ
ンツに関してなど、既に数社からオファーは戴いております。
それが具現化されたら、是非買って下さいね。
儲けたいがためではありません。私は私欲の為の事業欲は捨てましたが、一切衆生
救済の為の事業欲は、ごぉーごぉーと護摩壇の炎の如く、燃え盛っております。
これに関しての「今日のひと言」レコード日記#5は、こちら。
そんな法蓮が事を興すからには、全ての販売価格の半分を、社会貢献事業へ布施致
します。そんじょそこらの、「売上げの一部を・・」な〜んて、ケチ臭いことは断
じて申しません。企業イメージのための徴収ではありません。
私が生き馬の目を抜く、実践で学んできたノウハウの全てを注ぎ込み、コーズリレ
ーテッドマーケティングを応用し、仏道家たる私の魂を込めた、一貫した救済事業
なのです。
その辺りの事業計画ディテールに関しては、また別の機会に預けますが、その布施
とは、お金を出して買ってくれた人に、そのお金が何に・どう・いつ・幾ら使われた
のか? 細部にまで渡り、全て明確に公表してゆくつもりです。
そのために、WEB上で四半期の決算報告書公開は無論、社会貢献と申しても様々な分
野が御座居ますので、お金を出す時点でその人から、本当に望む場所へ人へ届くよ
う、ハッキリと領域分けして選択自由とします。
また煮詰まってくれば今度話しますね。
皆さんの今日って、ナンですか?
明日の為の今日ですか? 今日の為の昨日でしたか?
それとも、昨日の為の今日にしますか? 一年前の今日の今日をやり直しますか?
確かに、辛いことがあったりしたときは、時が傷を癒してもくれるでしょう。
しかし、死刑囚や借金取りは、期日まで何日あろうが、その日は必ずやってきます。
「今日はもういいや。」と、済ませてしまった今日は二度と戻りません。
こればっかりは、密教の究極の奥義たる秘密修法を以ってしても無理です。
今日を熱く生きてみませんか。今・いま・イマ・・。
「どうでもいいや。」「こんなモンだよ人生なんて。」
そんな冷え切った魂を熱く昇華させ、今を思いっきり生きませんか。
アナタは今、どこを歩いていますか?
もし、私より先を歩いておられるのなら、私は死に物狂いで追いつきます。
もし、私より後を歩いておられるのなら、私は更に頑張って歩き続けます。
共に歩きませんか。共に生きませんか。 神や御仏はどにでもおられます。
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
《2012》と云う、映画が本年末に公開されます。
私も惹かれるマヤ文明のカレンダーが、2012年12月21日までしかないことか
ら、人類が消滅すると噂されておりますが、ノストラダムスの外れましたし、どうな
るか分からん。
が、この日は娘の22歳の誕生日。唄にありましたが、本当の22歳の別れにならな
いよう、今から国家鎮護の修法も習っておかねばならないでしょう。いちおー。
〜おまけ〜
このレコード日記の内容は、先述の記事中ごろにあった、「ちょっとブレイク」に
関する事項なんですが、聞く方によっては、かなり重い供述なので、敢えて最後に
付加えさせて頂きました。
私自身の神仏に対する、懺悔文とも云える内容です。宜しければ清聴して下さい。
レコード日記#6&7懺悔 懺悔2
以前も全く無かったワケではないですが、徹マンを修した時や、余程寝不足が
続いていた時に限られていただけなのに、最近ヒドイように思えます。
そこで原因をシンカバウテッしてみました。
最近始めて以前はしなかったこと・・。 と云えば、ここんトコの暑さで、扇
風機を引っ張り出したこと。蒸し暑ければ、天カセ(天井カセットエアコン)
のドライスイッチを入れていた事。
かつての生活じゃ、夏と云えばエアコン全開。車ん中も常に18℃。
たまに女が寒がると、助手席だけは下げましたが、車内常温は18℃。スタンド
へ行くと店員が、「いつも噴出し口から白い空気が出てますねぇ〜」と云ってお
りましたのを思い出します。
が、今は修行中の身。今期まだ一度も家ではエアコンは付けておりません。
まぁ例年に比べると、まだ涼しい方だと思いますが。
遠回しな話しになりましたが、要するに、この快適さを追求した生温い勤行姿勢が
原因だと思いました。 寝苦しい夜もぐっすり眠れるような、文明機器に囲まれた
環境と、一種、トランス状態になるような真言を唱えておる状態が融合すれば、眠
くなるのも当たり前っちゃ当たり前でしたね。早く気付けよってね。
ふと、思い出したのですが、あの悟りまくりにまくった強烈な数日間。
窓から吹き込んでくる風にすら、大いなる感謝の念を抱き、さらには必要とした
時に、任意に風を呼ぶことすら出来たような感がありました。
風は神々なり、御仏なり。即ち、我も風なり風は我なり。
いずれにせよ、勤行時刻は最高気温時間帯を外れておるワケですし、袈裟が汚れた
ら洗えばいい、汗をかいたら拭けばいい、肌着がビッショリになれば着替えればいい。
グダグダ出来ない理由を並べ立てるよりも、ひとつでも出来ることから始めよう。
そう思い直しました法蓮であります。
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。
私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。
そして生涯、悪態不良悪漢坊主を目指します。そんな元・外道だった私が
エッコラムなお話しをさせて戴く、それが本稿【心を洗う神仏とえにしの旅】。
それでは、第419稿の始まり始まりぃ〜。
090627_法蓮3分クッキング#50【海鮮と厚揚げキムチ炒め】☆レシピ☆
なんのことは無い、スルメイカやエビなどと、厚揚げ・にんにくの芽などを、桃屋のキムチの素で炒めただけ。
冷蔵庫の余りモンで、何を入れたってOK。
いつかご紹介した、豚キムチと同様に味噌を少量隠し味に入れたら美味い。
キムチポッカとは、キムチ炒めのこと。にんにくを胡麻油で炙ってから炒めると、食欲増す香り。夏に最適。ご飯がすすむ君。
より辛いのが好きな人は、鷹の爪でも加えて頂戴。
090628_法蓮3分クッキング#51【旬のアジ・ムニエル ヨーグルトソース】☆レシピ☆
旬のアジが安かった。それだけ。
ムニエルは、ただセル・ポアブラして小麦粉抱かせて、
バターやオリーブオイルで焼くだけ。
ヨーグルトソースは、小麦粉と無塩バター(←娘が使
っていたケーキ用のがまだある。
フツーのバター使うなら、セル(塩)は控えめに。)
を炒める。充分混ざったら、牛乳を加え煮立ててヨー
グルトも混ぜる。
ほのかな酸味が大人の恋の味。
ガロニーは、なんだコレ?・・・多分、もやし・トマト・チーズらへんを炒めた
モンかな?忘れた。テキトー。
トマトはなるべく加熱してリコピン沢山摂取しよう。
090628_法蓮3分クッキング#52【ご馳走!激ウマ生姜焼き】☆レシピ☆
これ、マジで美味いよ。
豚の生姜焼きは定食の定番だよね。それだけに色んな
レシピがある。生姜焼きに王道はない。色々試してご覧遊ばせ。
今回は、いつかの角煮のときの煮タレを保存してあったのでそ
れを使った。安売りしてたアイスコーヒーのペットボトルに入
れてあるが、もし、息子が好んで飲むコーラのボトルなら、
グイっと行ってるような気がする(笑。
1、酒に対し醤油をやや多めと、卸し生姜のタレに10分程度浸ける。
2、隣のパンで玉ねぎスライスを弱火でじっくり焼く。コールスローも
いいが、しなしな玉ねぎ炒めも濃いタレとマッチして美味。
3、豚はチャンと広げて焼こう。パンが狭ければ、焼きあがったものを
皿やパンの端っこに避けて、次々と焼く。
パン自体をコンロの中央からズラして使うのもコツ。
肩ロースの方がこってり仕上がる。あっさり派の方は、フツーのロースに。
と云っても、安い方を買うよね。んな変わらん。
4、おっと隣の玉ねぎ焦げないように、時々振ってね。好みで塩コショウ。
5、酒:みりん:醤油=1:2:2+砂糖+生姜汁を和えておき、焼きあがった肉
にかけて弱火に。
6、水分を飛ばしつつ、肉をぺたんぺたんと、パンに擦り付けるようにしながら
何度か引っくり返すのを繰り返す。これが、テリテリ美味そうな仕上げになる。
サラダはアボガドのぶつ切りと、水菜・レタスなど。和風ノンオイルドレが合う。
わさび・醤油・オリーブオイルでも美味。
アボガドは、「森のバター」と称される。
と云っても、その脂質の大半は人気の不飽和脂肪酸であるから、従ってコレステ
ロールの心配はない。他にもビタミンE・リノール酸・オレイン酸なども多く含
む健康食。ハンバーガーにも入ってるが、喰い難いからアレは嫌い。単にスライ
スして、わさび醤油で食えば大トロ喰ってる気になる、隠れた肴の逸品。
画像、手前のボトル、中身は聖天さまのお下がりマッコルリ。
コーラのボトルに白いマッコルリなら、息子も間違えんだろう(笑。なんせ、色
んなボトルに、色んなタレが入ってるからねぇ。ウチの冷蔵庫は最近キケンキケン。
ちょっとブレイク。アイスコーヒーのリッターペットは、100円切ることが滅多に無い。
値下げが待てないほど、毎日暑くなってきた。
家内はもっぱらアイスを飲みたがるし、流石にホットコーヒー好きな
法蓮も昼間は飲みたいので、仕込むことにした。
コーヒーメーカーで濃い目に落として、急いでるときは画像のように
ボウルに氷を入れて冷やせばいい。あとは、ペットに移すだけ。
原価、20円ぐらい。ドンキ行ったって、ンな安いのはねーよ。
念願だった二つの食器棚も、やっと両方とも清掃整理出来た。これでワークメモにひとつ横線が増えた。ここんとこ、悟り帳も
一冊に統合して持ち歩いている。ひとつのテーマで執筆する際に、
あっちこっちの悟り帳をめくりまくってタグを探すのより、持ち廻
る方が断然面倒でないことに、ようやく気付いた。アホやのワシ。
従って、今や書斎と化したダイニングテーブル上には、悟り帳・TO
DOリスト・そして急がないが、必ずやると決めた項目を書いた、前
述のワークメモがある。
ワークとは単なる作業。然るに志事ではなく無論、仕事である。
前に書いたかどうか・・。今までやっつけたワークには、冷蔵庫・システムキッチ
ンの引き出し・DKの床・出窓棚などの整理清掃がある。
こういった地道な作業の結果、不要な食材や探していた清掃用具、調理器具、はた
また引出物の立派な食器まで出てくる。即ちこれらは、イヤイヤ取り組む作業では
なく、宝の山を採掘する愉しみ方だ。
最近(ってか、3分クッキングに関して更新が遅れ気味だが・・)、洒落た皿を使
いだしたのは、この恩恵に肖ってである。
なお今後、残されておる課題は、水きり台のカビ取り・キッチン収納の各棚・トー
スター・オーブン・TV台などの整理清掃である。
画像では判りにくい。片付けや清掃する前に撮っておけば良かった。
こういった家事に関して干渉を披露するのは、何も家内の主婦としての不甲斐なさ
を露呈しているワケではない。
元より家内は、家事料理を結婚条件としなかった唯一の女である。しかも、食器棚
が二つある理由は、前の女房が置いて行ったワケで、それを文句ひとつ云わずに今
日まで使ってきてくれたのは今の女房であるし、食器棚どころか、洗濯ばさみ一つ
まで一切捨てようとしない。
「アタシ、全部新しいの買い替えて欲しいんだけど」とは、一度も云ったことがな
い。そもそも、そんなコトを云う女とは、元から一緒にはなってないだろうが。
そんなこんなで、食器棚にせよ、床にせよ、一生懸命掃除しながら思うのは、前の
女房も今の女房も、皆汗を流してこの家をキレイにしてくれてきたんだな。と云う
事である。
私はずっと家に寄り付かず、外で空き放題ほっつき歩いてきた。家事も料理も女が
やるのが当たり前。そう云えば今の女房も何度か、「ねぇねぇ〜アソコ見てみて。
今日、掃除してみたんだぁ。」なんて、云ったことがあったような気がするが、い
つもの如く女の戯言と聞き流し、一度たりとも真剣に聴くどころか、褒めたやった
ことすらないような気がする。
そんな愛してくれた女たちへの、愛情の欠落、心の至らなさを噛み締めながら、た
だいま勝手乍ら専業主夫・法蓮の今日も明日もワークは続く。
090629_法蓮3分クッキング#53【濃厚ヴィシソワーズ】☆レシピ☆
ずっと飲みたかった。ヴィシソワーズとは、フランス料理。
じゃが芋の冷製スープである。

1、画像左端から。まずはじゃが芋の皮を剥こう。
皮剥きピラーに付いている、芋の芯を取る出っ張りも、実は右利き用だと分かった。
が、画像のように逆さまに持てば、左でもくるりんと除去出来る。
芋はどうせ、ぶっ潰すんだから、薄く切れば火の通りも早い。
2、画像2.玉ねぎもスライスして一緒にバターで炒める。
勿論、マーガリンでも良い。セル・ポアブラはご自由に。分量はじゃが芋:玉ねぎ
Mサイズ=3:1/2。大量に作ろうと、今回は玉ねぎ12個(四倍分量)も剥い
たら多過ぎたので、8個だけ使用する事にした。
従って、以後のレシピは基本、当倍分量と捉えて戴きたい。手前に見えるのは、同
時にスペアリブを仕込んでいるので、こちらに関しては#54にてご説明する。
3、画像3.玉ねぎが透き通ってきたら、火が入った証拠。
すかさず、水を1と1/2カップ(300cc≒丼茶碗に一杯)と、コンソメキュ
ーブ一個とローリエなど好みのハーブを入れる。
芋がへなへなになるまで、アクを取りながら煮る。
4、一旦、火を止め、牛乳をまず1カップ加え温度を一気に下げる。
これで荒熱を除去する為に待たずとも、次の工程へ移れる。
5、画像4.とは云っても、ハッキリ云ってまだまだ熱い。
気を付けながらここで、ミキサーにドボドボ移してペースト状にする。
シノアでこしてもいいが、面倒。そんなのはシェフに任せればいい。
画像手前に注目、ローリエを一緒くたにミキシングしないように。
わざわざ、そう書くため撮ったのよ、この一枚を(笑。
6、画像5.鍋に戻したら、牛乳を更に半カップ加えて、セル・ポアブラで味を調
整。濃厚な味の好きな方は、牛乳と水の比率を変えればいい。
相手は牛乳、くれぐれもグツグツは煮ないように。味に濁りが出ちゃうよ。
パセボン(ドライパセリ)などでトッピング、完成。
090629_法蓮3分クッキング#54【南無スペアリブ】なんで、南無!スペアリブなのか?これは随分前に、タイトルだけ先
にアルバムへ入力したので、理由が思い出せない。恐らく、帰依した
くなるほどに美味い!ってことか? もう、タイトル先付けは止めておこう。
☆レシピ☆
1、ヴィシソワーズで一緒に映っていた、タレを先に作る。
スペアリブはタレが決め手と云える。要は漬け込んで焼くだけだから、
超カンタン。皆さんも是非、オリジナルなタレ作りにトライしてみては。
醤油:ケチャップ:酒:味噌=3:2:1:0.5、
これに、砂糖・ぶちゅんしたニンニク・卸し生姜・ブラックペッパー
(味塩コショウでもいいが、ブラックのが美味いよ。白と黒の使い分け
は結構〜大事、出来れば両方持ってようよ。)
2、スペアリブをタレに浸けたまま、まずはラップして5分ぐらい
(大きさによって加減調整)&チン。
3、この程度では、何がどうって分からないが、加熱によって味が
馴染むのと、肉が離れやすくなる。
4、200℃に熱したオーブンで15分。ブザーがなったら引っくり
返して、また15分。火傷すんなよ、気を付けな。
横着せずに手前にトレーを引き出して。タレを入れ過ぎると、こんな
振動でも零れるよ。ワシは零した(笑
オーブンパフォーマンスによって、温度は調整しよう。
ワインかビール片手に、豪快にかぶり付け!メチャ美味いぞ!
まるで店のような閉店作業。息子や家内が食べ終わった後、少しの会話と暫し休息のあと、洗い
物を全て片付け、シンクとコンロをビカビカに磨く。ダスターも濡
れていると雑菌が沸くので、洗浄し干す。
まな板やダスターはたまに漂白する。ペットボトルに昼間煮出した
ウーロン茶を注ぎ冷蔵庫へ。家内が明日仕事に持参する為である。
明朝の勤行の為のお米をとぐ。ご飯が余っても、それはブランチに
回しお供え用は極力炊くようにしている。
それから、明朝のコーヒー用の水をメーカーに入れておく。
以前は、朝一の水が聖天さま用に捧げるため、起き抜けにコーヒーを落とせなかっ
たが、ナンのことは無い。こうして準備しておけばいいのだ。
以外にもこれは、デスパレートな妻たちを見て学んだ。
暫し休息と書いたが、ここんトコは滅多に座って喰わない。
なぜなら、二人に食べさせながら洗い物をしたり、他の仕込をしたりしてるから、
大体ウロウロ歩きながら喰ってる。一旦座ったら、何かモノを取ってくれと頼まれ
るのも、許し難いほど頭に来ていた男が、自分でも信じられない変わりようである。
法蓮3分クッキングに伴い、我が専業主夫行もかれこれ一ヶ月以上が過ぎた。
始めは幾ら、調理経験があると云っても大昔の話しだし、多少料理していたと云っ
ても、それは発心する以前の話し。しかも、イチャつきながらとか、お茶羅気ての
話し。それ以外は殆んど、毎日二食三食の外食が当たり前の生活でした。こんなに
大真面目に毎日毎日、料理したことは私史上初のこと。
私は周知の如く、出家しようとも粗暴な男。荒っぽい上に不器用ときてる。コーヒ
ーメーカーからマグカップへ注げば床に零す、メシを盛れば零す、しかもジャーの
隙間に。これがまたムカツク。
イライラ、ムカムカしていたのは、要領を忘れていたから。最近はもう、随分勘が
戻ってきたせいか、よりスムーズに、より早く、より汚さずに調理出来るようにな
ってきました。やれば出来る。
早く不味くいい加減に、散らかしまくる調理は誰にでも出来る。
私はそうであってはならない。私は弛まなく進化する。常に前進するのだ。
法蓮3分クッキングの更新も、遅れ馳せながらで申し訳ないですが、既に今日まで
にアップしてある画像は、お蔭さまで168 photos を数えました。
調理過程も含まれておるので、数値=レパートリーではないにせよ、相当数こなし
てきたことは記録上も事実です。本当に皆々様のお蔭で御座居ますです。
昨今、男性タレントなどが料理の本を出したり、オネーマンズにも料理するヤツが
おりますが、私の法蓮3分クッキングや、主夫行の様子をまとめた、仮題「僕の夏
休み」(笑 ってな、本を出そうかな〜なんて思ったりしております。
いや、仮タイトルは冗談みたいですが、実は、歩き遍路を含む、このブログコンテ
ンツに関してなど、既に数社からオファーは戴いております。
それが具現化されたら、是非買って下さいね。
儲けたいがためではありません。私は私欲の為の事業欲は捨てましたが、一切衆生
救済の為の事業欲は、ごぉーごぉーと護摩壇の炎の如く、燃え盛っております。
これに関しての「今日のひと言」レコード日記#5は、こちら。
そんな法蓮が事を興すからには、全ての販売価格の半分を、社会貢献事業へ布施致
します。そんじょそこらの、「売上げの一部を・・」な〜んて、ケチ臭いことは断
じて申しません。企業イメージのための徴収ではありません。
私が生き馬の目を抜く、実践で学んできたノウハウの全てを注ぎ込み、コーズリレ
ーテッドマーケティングを応用し、仏道家たる私の魂を込めた、一貫した救済事業
なのです。
その辺りの事業計画ディテールに関しては、また別の機会に預けますが、その布施
とは、お金を出して買ってくれた人に、そのお金が何に・どう・いつ・幾ら使われた
のか? 細部にまで渡り、全て明確に公表してゆくつもりです。
そのために、WEB上で四半期の決算報告書公開は無論、社会貢献と申しても様々な分
野が御座居ますので、お金を出す時点でその人から、本当に望む場所へ人へ届くよ
う、ハッキリと領域分けして選択自由とします。
また煮詰まってくれば今度話しますね。
皆さんの今日って、ナンですか?
明日の為の今日ですか? 今日の為の昨日でしたか?
それとも、昨日の為の今日にしますか? 一年前の今日の今日をやり直しますか?
確かに、辛いことがあったりしたときは、時が傷を癒してもくれるでしょう。
しかし、死刑囚や借金取りは、期日まで何日あろうが、その日は必ずやってきます。
「今日はもういいや。」と、済ませてしまった今日は二度と戻りません。
こればっかりは、密教の究極の奥義たる秘密修法を以ってしても無理です。
今日を熱く生きてみませんか。今・いま・イマ・・。
「どうでもいいや。」「こんなモンだよ人生なんて。」
そんな冷え切った魂を熱く昇華させ、今を思いっきり生きませんか。
アナタは今、どこを歩いていますか?
もし、私より先を歩いておられるのなら、私は死に物狂いで追いつきます。
もし、私より後を歩いておられるのなら、私は更に頑張って歩き続けます。
共に歩きませんか。共に生きませんか。 神や御仏はどにでもおられます。
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
厭離穢土欣求密厳浄土
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
《2012》と云う、映画が本年末に公開されます。
私も惹かれるマヤ文明のカレンダーが、2012年12月21日までしかないことか
ら、人類が消滅すると噂されておりますが、ノストラダムスの外れましたし、どうな
るか分からん。
が、この日は娘の22歳の誕生日。唄にありましたが、本当の22歳の別れにならな
いよう、今から国家鎮護の修法も習っておかねばならないでしょう。いちおー。
〜おまけ〜
このレコード日記の内容は、先述の記事中ごろにあった、「ちょっとブレイク」に
関する事項なんですが、聞く方によっては、かなり重い供述なので、敢えて最後に
付加えさせて頂きました。
私自身の神仏に対する、懺悔文とも云える内容です。宜しければ清聴して下さい。
レコード日記#6&7懺悔 懺悔2
2009年07月07日
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。
そして生涯、悪態不良坊主でもあります。そんな私が様々なお話しをさせ
て戴く【心を洗う神仏とえにしの旅】も、今稿で第414稿を数えました。
これも至らぬ私を、下手な鉄砲、数打ちゃあ当たる的発想な、玉砕覚悟に
も似た、執筆へと、駆り立たせて下さる皆様のおかげで御座居ます。
有難うぉ御座います。有難うぉおお御座います。
ナンか最近、もう何もかもが有難過ぎちゃって、選挙の演説カーのように
なってきました。(笑 有難いことであります。毎日幸福過ぎますです。
さて、一同心待ちにしておりましたMg高橋さんによる、【大聖歓喜天
平成利生記】の第五項が届きましたので、本日はそちらをご紹介致します。
当ブログでは、常に皆々様からの利生記もお待ちしております。
私や高橋さんに限ることなく、皆さんも遠慮なくドシドシ投稿して下さい。
何も敢えて、ネット上の不特定多数の人間に対し、何もかも全てを話す必
要は一切御座居ません。人物や背景を特定せずとも、利生記は充分に語れ
ますし、他の皆さんへも真意は伝えられます。
どうぞ臆することなく、人に話して下さい。
それが何よりも、聖天さまのご悲願であり、ご供養にもなり、それ以上に、
ご自身の功徳の回向となるのです。 それを嘲笑ったり、非難したりする
人間は、ここには一人もおりません。万一、現れたとしても、そんな外道
な
輩には、不肖わたくし、元・ラテン系激怒型キックボクサー法蓮の正義
の鉄拳
、ギャラクティカ・ファントムが炸裂するだけのことであります。
▼それでは、どうぞ。
MC高橋さんに本稿をバトンします。
待乳山聖天さまの山門前には、ガラスケースに収められた大きなご案内
【浴油供祈祷のすすめ】が掲げられています。
『人間の欲というものには際限がない…』の一節から始まる文章には、
聖天さまが、どんな欲=煩悩でも叶えてくださることが書かれています。
一方、願いを叶えていただくための心得の中で重要なこととして、
ご住職さまや聖天信仰に造詣の深い諸先輩からのご指導によれば、
『聖天さまに願旨をお伝えしたならば、あとはひたすらお縋りし、
その一切を聖天さまにお預けすること、即ち、成就の時期・結果は
聖天さまの思し召しにお任せすることが肝心!』と謂われています。
私はつい先日まで、その意味を正しく理解できないでおりましたが、
ここ数ヵ月間にお授けいただいた幾つものご加護を鑑みることで、
『聖天さまは凡夫には考えの及ばない“その人にとって最適な方便”
で、必ずやお救いくださる!』ことを理解することができました。
それらは、決して私が望んだ時期と手段ではありませんでしたが、
でも問題は確実に解決されていたのです!
皆様の中にも具体的な解決策を心願として、
『一生懸命に祈願すれど中々叶わない』と感じられ苦しんでおられる
御方がいらっしゃるかもしれません。
でも、真の解決策は聖天さまがお持ちです。
聖天さまはきっと叶えてくださいます!必ずお救いくださいます!
今回から数回に渡り、私のつたない体験をご紹介してまいりますが、
皆様の信仰の一助になれば嬉しく思います。
◆突然の和解◆
昨年私は、不測の事態から某団体との間で契約違反を犯してしまい、
賠償責任を負うことになってしまいました。
それは私個人の問題だけに留まらず、家族はもとより仲介してくれた
第三者にも損害を与える一大事でした。
私は、具体的な解決策を提示することで再三の期日延期を申し入れ、
その願いが叶うよう必死に祈願いたしました。
しかしながら、いずれも実現することはなく、収束の充てもなく、
ついに法的措置に踏み切るとの勧告通知を受けてしまったのです。
絶望的でした。私は、もうこれ以上の猶予は絶対に不可能という日、
解決策とは全く関係のない“私の事情”を、却下されるのを覚悟で
相手方の弁護士に説明していたのです。
ところが!です(^.^)b
弁護士は“私の事情”を深く理解してくれただけではなく、
別な解決策を求めて団体幹部への交渉に着手してくれたのです。
その結果、信じられないことが起きました。
ナント、【和解】することで落着したのです。
さてここで、補足・説明およびまとめに入らせていただきます。
普通に考えるならば、今回は賠償責務が最大の焦点でした。
私の心願も、和解ではなく如何に賠償責務を負えるかでした。
でも、賠償することを最終目的とし強行するならば、
私が無理な場合は家族が、家族が無理な場合は仲介した第三者が…と、
いずれにしても私の人生に大きな打撃を与えかねない事態でした。
そんな私にとって、年度内に収束できず、ついには法的措置を取られる
ことは、一見、史上最悪の事態としか考えられなかったのです。
ここから先は、僭越ながら推測です。
今回の事件は、【如何にして契約違反を最適な手段で収めるか】です。
私たち凡夫の考える最適手段は先に書いたように、賠償責務でした。
でも聖天さまは、和解という方便をお持ちだったのです。
また、和解に持ち込むには新年度が明けていなければなりませんでした。
何故ならば、“私の事情”は新年度になって出来た事情だからです。
心願成就の時期・結果は聖天さまの思し召しにお任せすることが肝心!
まさにそれは(^.^)b
私にとって最適な手段として、身を以て体験させていただきました。
感謝合掌
(つづく)
はい。MC高橋さん、ご苦労さまでした。
いつもいつも有難う御座います。ここで法蓮にバトンです。
如何でしたでしょうか?
ここでまた壱つ、今稿序文にも関連する、利生記の功徳や存在価値そのも
のについて語った、レコード日記が見つかりましたので、ご紹介したいと
思います。
前回、続きのページでお知らせしましたように、携帯アクセスの方は誠に
申し訳御座居ませんが、当分PCサイトのみの対応となります。
また、相変わらずダルそうに、しかも早口な大阪弁か標準語か?
なんやよう分からんハイブリッドな話し方で、非常にお聞き苦しい点も御
座居ますが、まぁ〜そん時が多分、ローテンションモードなのと、家の中
をウロウロ歩きながら、何かしながら咄嗟に吹き込んだようなモンですの
で、せいぜい冷笑しながら清聴してやって下さいませませ。
レコード日記:Fiel#3&4
【ダーウィンの進化論における、現代社会に及ぼされし影響と、平成大聖
歓喜天利生記の真価について】
《その1》 《その2》
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方々に回向してゆ
きますように。願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
法蓮 百拝
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。私は生涯、人生の歩き遍路・北斗法蓮。
そして生涯、悪態不良坊主でもあります。そんな私が様々なお話しをさせ
て戴く【心を洗う神仏とえにしの旅】も、今稿で第414稿を数えました。
これも至らぬ私を、下手な鉄砲、数打ちゃあ当たる的発想な、玉砕覚悟に
も似た、執筆へと、駆り立たせて下さる皆様のおかげで御座居ます。
有難うぉ御座います。有難うぉおお御座います。
ナンか最近、もう何もかもが有難過ぎちゃって、選挙の演説カーのように
なってきました。(笑 有難いことであります。毎日幸福過ぎますです。
さて、一同心待ちにしておりましたMg高橋さんによる、【大聖歓喜天
平成利生記】の第五項が届きましたので、本日はそちらをご紹介致します。
当ブログでは、常に皆々様からの利生記もお待ちしております。
私や高橋さんに限ることなく、皆さんも遠慮なくドシドシ投稿して下さい。
何も敢えて、ネット上の不特定多数の人間に対し、何もかも全てを話す必
要は一切御座居ません。人物や背景を特定せずとも、利生記は充分に語れ
ますし、他の皆さんへも真意は伝えられます。
どうぞ臆することなく、人に話して下さい。
それが何よりも、聖天さまのご悲願であり、ご供養にもなり、それ以上に、
ご自身の功徳の回向となるのです。 それを嘲笑ったり、非難したりする
人間は、ここには一人もおりません。万一、現れたとしても、そんな外道
な
輩には、不肖わたくし、元・ラテン系激怒型キックボクサー法蓮の正義の鉄拳
、ギャラクティカ・ファントムが炸裂するだけのことであります。▼それでは、どうぞ。
MC高橋さんに本稿をバトンします。
待乳山聖天さまの山門前には、ガラスケースに収められた大きなご案内
【浴油供祈祷のすすめ】が掲げられています。
『人間の欲というものには際限がない…』の一節から始まる文章には、
聖天さまが、どんな欲=煩悩でも叶えてくださることが書かれています。
一方、願いを叶えていただくための心得の中で重要なこととして、
ご住職さまや聖天信仰に造詣の深い諸先輩からのご指導によれば、
『聖天さまに願旨をお伝えしたならば、あとはひたすらお縋りし、
その一切を聖天さまにお預けすること、即ち、成就の時期・結果は
聖天さまの思し召しにお任せすることが肝心!』と謂われています。
私はつい先日まで、その意味を正しく理解できないでおりましたが、
ここ数ヵ月間にお授けいただいた幾つものご加護を鑑みることで、
『聖天さまは凡夫には考えの及ばない“その人にとって最適な方便”
で、必ずやお救いくださる!』ことを理解することができました。
それらは、決して私が望んだ時期と手段ではありませんでしたが、
でも問題は確実に解決されていたのです!
皆様の中にも具体的な解決策を心願として、
『一生懸命に祈願すれど中々叶わない』と感じられ苦しんでおられる
御方がいらっしゃるかもしれません。
でも、真の解決策は聖天さまがお持ちです。
聖天さまはきっと叶えてくださいます!必ずお救いくださいます!
今回から数回に渡り、私のつたない体験をご紹介してまいりますが、
皆様の信仰の一助になれば嬉しく思います。
◆突然の和解◆
昨年私は、不測の事態から某団体との間で契約違反を犯してしまい、
賠償責任を負うことになってしまいました。
それは私個人の問題だけに留まらず、家族はもとより仲介してくれた
第三者にも損害を与える一大事でした。
私は、具体的な解決策を提示することで再三の期日延期を申し入れ、
その願いが叶うよう必死に祈願いたしました。
しかしながら、いずれも実現することはなく、収束の充てもなく、
ついに法的措置に踏み切るとの勧告通知を受けてしまったのです。
絶望的でした。私は、もうこれ以上の猶予は絶対に不可能という日、
解決策とは全く関係のない“私の事情”を、却下されるのを覚悟で
相手方の弁護士に説明していたのです。
ところが!です(^.^)b
弁護士は“私の事情”を深く理解してくれただけではなく、
別な解決策を求めて団体幹部への交渉に着手してくれたのです。
その結果、信じられないことが起きました。
ナント、【和解】することで落着したのです。
さてここで、補足・説明およびまとめに入らせていただきます。
普通に考えるならば、今回は賠償責務が最大の焦点でした。
私の心願も、和解ではなく如何に賠償責務を負えるかでした。
でも、賠償することを最終目的とし強行するならば、
私が無理な場合は家族が、家族が無理な場合は仲介した第三者が…と、
いずれにしても私の人生に大きな打撃を与えかねない事態でした。
そんな私にとって、年度内に収束できず、ついには法的措置を取られる
ことは、一見、史上最悪の事態としか考えられなかったのです。
ここから先は、僭越ながら推測です。
今回の事件は、【如何にして契約違反を最適な手段で収めるか】です。
私たち凡夫の考える最適手段は先に書いたように、賠償責務でした。
でも聖天さまは、和解という方便をお持ちだったのです。
また、和解に持ち込むには新年度が明けていなければなりませんでした。
何故ならば、“私の事情”は新年度になって出来た事情だからです。
心願成就の時期・結果は聖天さまの思し召しにお任せすることが肝心!
まさにそれは(^.^)b
私にとって最適な手段として、身を以て体験させていただきました。
感謝合掌
(つづく)
はい。MC高橋さん、ご苦労さまでした。
いつもいつも有難う御座います。ここで法蓮にバトンです。
如何でしたでしょうか?
ここでまた壱つ、今稿序文にも関連する、利生記の功徳や存在価値そのも
のについて語った、レコード日記が見つかりましたので、ご紹介したいと
思います。
前回、続きのページでお知らせしましたように、携帯アクセスの方は誠に
申し訳御座居ませんが、当分PCサイトのみの対応となります。
また、相変わらずダルそうに、しかも早口な大阪弁か標準語か?
なんやよう分からんハイブリッドな話し方で、非常にお聞き苦しい点も御
座居ますが、まぁ〜そん時が多分、ローテンションモードなのと、家の中
をウロウロ歩きながら、何かしながら咄嗟に吹き込んだようなモンですの
で、せいぜい冷笑しながら清聴してやって下さいませませ。
レコード日記:Fiel#3&4
【ダーウィンの進化論における、現代社会に及ぼされし影響と、平成大聖
歓喜天利生記の真価について】
《その1》 《その2》
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方々に回向してゆ
きますように。願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
法蓮 百拝
2009年07月06日
冠省
皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。 私は北斗法蓮。
生涯、人生の歩き遍路。 そして生涯、悪態不良坊主でありましょうや。
狐天狗さんからこの度、私がずっと探し続けていた、
林屋友次郎 著:《聖天信仰の手引き》なる書を戴きました。
これはご存知のように、以前に芦屋の知己から戴いた、《昭和新篇 大
聖歓喜天利生記》と同じく、古い書物ではありますが、どちらも聖天信
仰に大きく関わる重要な書であります。
既に廃盤となっており、ヤフオクで幾らアラートを掛けようが、一向に
手に入らなかった、私にとって羨望の書物でありました。
ひょんなことから、狐天狗さんとメールでやり取りなどさせて戴く内に
、こちらこそお世話になっておるのに、そんな彼から平素の感謝を表し
てと、この度進呈して下さったのであります。
先のテルさん、そして狐天狗さんへ、此処に改めて心より深々と感謝の
言葉を述べさせて戴きたいと思う次第で御座居ます。
本当に有難う御座いました。恭悦至極に存じます。
【与えしものは、さらに与えられしもの。−法蓮−】
ホントですよ。モノせがんで云ってんじゃありません。私は貧乏性でも
なければ、物乞いでもありません。将来、私の寺院経営においてもその方
針だけは変えません。そして、それこそが功徳の輪廻・回向なのです。
お分かりでしょうか? 即ちテルさんも狐天狗さんも、私にだけではなく、
きっと普段から色んな方へも、同じように布施を気持ちを心掛けていらっ
しゃるでありましょう。それが積もりに積もって、大きな功徳となってゆ
くのです。時が来れば必ず遍地開花してゆくのです。
そんな心を持ち得ることは昨日今日、一朝一夕 では決して出来ることではないのです。
お二方の日頃からの精進、信仰の賜物以外に何ものでもありません。
近頃やっと、タイの人たちが食事に招待されても、当然な顔をしていた意
味が、やっと感じ取れてきたようにも思えます。だからこそ、してやった
んじゃなく、させて頂いたと心から思えるようになるのではないかと。
中にはこのような感情変化を、単なる卑下している。謙り( 過ぎだと仰る方も居ります。
敢えて諫言させて戴きますが、私ほど、かつて謙虚のけの字も知らなかっ
た人間が、真に今、心からそう思えるのは、《させて戴く》と、《やって
やる》の明確な違いに、気付いた、そこを悟った。と云うだけの事実であ
ります。
にも関わらず、もしそう仰る方とお遭いして、万一その方がどこをどう見
ても、現在過去を含め私よりも何もかも劣る人間に、《そこ》を触れられ
たら、それが私の逆鱗に触れるのは、云うまでもありませんので念のため。
目を閉じて思い返せば、テルさんに戴いた平成二十年五月。
あのとき、あのタイミングで、テルさんに戴いたからこそ、私は聖天信
仰の核心へ深々と傾倒してゆきました。
そしてそれは、自分なりに試行錯誤を繰り返すモチベーションとなり、
結果多くの功徳と悟りを得るに至り、もはや揺ぎ無い確信となりました。
何度も申し上げますが、テルさんからの聖天さまへのお導きがなかった
ら、今の私は無かったかも知れません。虚空蔵求聞持法も止めていたか
も知れません。信仰そのものも危うかったやも知れません。
そういった意味において、聖天信仰に限らず全ての神仏と向き合う姿勢
自体をも、私は聖天信仰に因って得たと云っても過言では御座居ません。
このように鑑みますれば、今回、狐天狗さんに因ってもたらされた《聖
天信仰の手引き》は、大きな意味を一緒に運んできたようにも思えるの
であります。タイトル通り、これは手引書であります。
なぜ、私がこの本を切望しておったかと申しますと、最初に読んだ《昭
和新篇 大聖歓喜天利生記》の最後のページに、東京帝国大学文学博士
であり、聖天信仰を世に広めた第一人者である、林屋友次郎先生の延べ
書きに、「信仰する為の常識が書かれた教科書。」であるとして、今回
戴いた手引書の紹介があったからでした。
以来、一年半近くずっと探して続けていたのであります。
それがこの時期に至り、ポンと手に入ったことに、何ら理由がないワケ
がなかろうよ。と思うと同時に、聖天信仰が揺ぎ無いものとなった《今》
、敢えて初心者だった自分が切望した、《手引き》が目の前にあると云
う事は、《基本に立ち返れ》、《慢心するな》、(ハネてんじゃねーぞ!)
・・そう、聴こえるのでもあります。
生臭坊主でありますので、日々暇( なく過ごしておりますが、有難くじっく
りと拝読させて戴きたいと思います。
これでまた、とんでもなくヨタバイト(yottabyte)な悟りが得られるであ
る事は、間違いなく確信しておりますので、今からワクワクしております。
グダグダ書きましたが、今稿で本当にお伝えしたいことは、これからお話
しすることです。皆さんは、このように私が戴き物をして、どう思われますか?
「自慢してんじゃねーよ!」そう思われますか?
そうではないんですよ。確かに幼年期から「ジマンシー」でしたが。
カタカナで、「自慢しぃー」と書くと、「ジバンシー」みたいですねぇ(笑。
どーでもいいですが、しぃーと伸ばすのは大阪弁なんです。
ええカッコしぃーやのぉ?おのれは。とかね。 これもどーでもいいですね。
そこで今回初の試みとして、《レコード日記》と云うのを始めました。
《冷麺始めました。》みたいなノリですね。
夏ですし。
サマーメニューと云うことで。
これは、先だってお話ししたように、普段の気付きや悟りを悟り帳に書け
ない状況などの時に、ICレコーダーに吹き込んだモノであります。
が、なぜか、そのときは別に、こうして公開する予定ではなかったにも関
わらず、今稿を書くに辺り、(確かぁ〜手引書を戴いた件に関して吹き込
んだよな?・・)と、思い出してファイルを探して聴いてみますと、まるで
どっかの会議室で、皆さんに向けて喋ってるような口ぶりなのです。
しかも、最後は大抵、「有難う御座います。」とか、いちおー締めの言葉で
括られているので、「こりゃ〜そのままアップしたら丁度ええやんけ。」と
思った次第で御座居ます。
わざとではなく、増してセミナー講師慣れしてるワケでもありません。
もう随分長いこと、人前で話してませんから、とってもシャイになってる
かもです。(←有り得んやろ!
)ツッコミ有難う御座います。
掴みOK(笑
そんなこんなで、まぁチョイとご清聴願えれば、嬉しく思うので御座居ます。
レジュメ書かなくてもいいし。←そっちが本音かい!(爆
また、文章でただ読むだけではない、間(ま)とか、声の強弱からも、ま
た文字と違った気付きが、皆さんに得られるならば、これ以上の喜びは御
座居ませんし。
御好評戴けるようでしたら、まだまだ100以上ファイルが御座居ますの
で、またいつかの稿にて公開させて戴きたいと思います。但し、あんま調
子に乗せないで下さいね。そうでなくとも、元からノリがいいんですから。
ぶひぶひぃっと木に登っちゃいますんで、ほどほどにお願いしますね(笑。
音羽さんにも以前、渾身の勤行でしたか、ナンでしたか忘れましたが
(ゴメン・・)、You Tubeに公開すれば?と促されまして。いや、以前か
ら写経風景なども公開すれば、文字だけよりも分かり易いかとは、考えて
はおったのですが。ま、これもその内にやってみたいと思います。
【そのうち、そのうち。弁解しながら日が暮れる。−相田みつを−】
うーん。イカンイカン。ゴチャゴチャ抜かしとらんで、やる!と云う、方向
で動いて行きますね。
そーそー、それで思い出しましたが、いつか私が事業時代に、オフィスや店
舗に掲出していた、《男たるもの》ってあったでしょ? 読者の方から、あ
れを待ち受けにDLして、言い訳グセが治りました!ってメールが届きました。
嬉しいデスね。どんな風にでもそうやってここから拾い挙げて下さるってのは。
だから自分次第ってことです。ドンドコかっさらってって下さいな。
だって、タダなんだもん。今んとこ(笑。今がチャンス!ってな、このコトよ。
言い訳なんか女の専売特許だと思っちゃえばいい。
ごめんね女性陣。すぐこんなコト云うヤツで。
でもね。男ってのは、なんかこぉ決め付けちゃわないとアカンのよ。すぐ腐っ
ちゃうちゃうから。女になるのを通り越してね。堕ちちゃうワケ。
「だって、あの時は淋しかったんだもん。」「酔ってたからよ。」「私どうか
してたの。」「辛かったんだもん。」ね?言い訳しない女なんて可愛くもなん
ともないぐらいに思えてきたでしょ? 常に言い訳の種をさりげなく蒔いとい
てあげる。これも男の嗜みよ。
Are U real Men?
男達よ聴いてるか? 逃げんなよ、吐いたツバは呑むな。
言い訳なんぞ、ナンも解決に繋がらん。そんなモン、女に任せて前を向け。
ひとつお断りしておきますが、まんまその場で録音したものですから、未
編集・ノーカット・生(なま)声・オリジナルですので、語句が間違って
たり花粉で咳き込んだりと、多々お聞き辛い点も御座居いましょうが、平
にご容赦を。 それでは、どうぞ。
▼レコード日記(音声)ダウンロード
【手引書寄贈について:1】 【手引書寄贈について:2】
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
今月の満月は、7月7日の18時です。
奇しくも七夕の夜。 ここんトコ大抵、望の時刻は深夜遅くだったので
満月行が大変でしたが、逆に18時ってのも忙しい時間ですね。
お月さまに文句ばっかり云っておりますが、丁度7日はMg高橋さんと
虚空蔵求聞持法満行の祝杯を挙げるべく上京するんですね。
皆さんとの懇親会・オフ会の前に申し訳ないのですが、これは兼ねてからの
彼との約束でしたので、先約と云うことでご了承願えればと思います。
なので、満月行は前日深夜に行なうつもりでおります。
こうして彼と会うのも、先だって待乳山で会ったのは偶然でしたし、
実のところ、約束して落ち合うのは、超ーーーーー久しぶりなのです。
ですからご容赦願いたいのと、当日はただ一杯やるだけでなく、共に待
乳山参拝は無論、言問橋での追善供養も兼ておりますのでまた、後日ご
報告差し上げたいと思います。
とは申すものの・・・
外で
呑むのも、超ーー久々。最後はいつだ?
忘れたほどなので、まず間違いなく、果てしなく弾けまくると思いますが。
自分がどーなるかすら、皆目予測不能であります(爆。
従って、家を半日以上空けるのも久々。
と云うことは、やっておかなければならん事も多御座居ます。
ちょっと、備忘録に書かせて戴こうっと。いいですかね?
まず・・7日は、家内を送り出して同時に家を出る。
ならば、ほぼ当日は主夫業が何も出来ない。となると、・・
いつも、ブランチの片付けするのはディナーの寸前だから、それを先に
やっつける時間を捻出しなければならない。
息子にはもう話してあるから、冷たいままで喰える冷麺か、息子でも温
められそうなモンを用意しておく。
帰りは早くて終電。下手すりゃ始発。しかも呑んだくれてる。
ブログは、明けの8日分まで予約送信しておく。先の音声ファイルもそ
うだが、下書きは山ほどある。最近、少々記事の方針変更したので、こ
の調子で行くなら、およそ一年分ぐらいはネタに困ることはない(笑。
ブログネタをわざわざ探してる人の気が知れん。
どうにもならんのが、勤行。
待乳山聖天さまへ参るのだから、聖天さまはお許し願うとして、夜は先
祖供養(朝もしてるが、弥陀讃一式唱えるのは夜。)が出来ない。これ
は7日の朝に追加してまおう。
トイレなど掃除関連は一日ぐらい、どうって事ない。
腕立て伏せ。これはいかん。サボれば確実に衰える。3〜4日前にタイ
ムスリップ。これも7日の朝に追加する。ってことは、7日出る前が忙
しい。慌てないよう、6日の内に身支度など出来る事は全てやってまお
う・・。よっこらせっと。
▼
お詫びとご報告
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皆さん。こんにちわ。
本日もご訪問、誠に有難う御座います。
この度のえにし(ご縁)に、心より感謝致します。
初めてお遭いする方へ。 私は北斗法蓮。
生涯、人生の歩き遍路。 そして生涯、悪態不良坊主でありましょうや。
狐天狗さんからこの度、私がずっと探し続けていた、林屋友次郎 著:《聖天信仰の手引き》なる書を戴きました。
これはご存知のように、以前に芦屋の知己から戴いた、《昭和新篇 大
聖歓喜天利生記》と同じく、古い書物ではありますが、どちらも聖天信
仰に大きく関わる重要な書であります。
既に廃盤となっており、ヤフオクで幾らアラートを掛けようが、一向に
手に入らなかった、私にとって羨望の書物でありました。
ひょんなことから、狐天狗さんとメールでやり取りなどさせて戴く内に
、こちらこそお世話になっておるのに、そんな彼から平素の感謝を表し
てと、この度進呈して下さったのであります。
先のテルさん、そして狐天狗さんへ、此処に改めて心より深々と感謝の
言葉を述べさせて戴きたいと思う次第で御座居ます。
本当に有難う御座いました。恭悦至極に存じます。
【与えしものは、さらに与えられしもの。−法蓮−】
ホントですよ。モノせがんで云ってんじゃありません。私は貧乏性でも
なければ、物乞いでもありません。将来、私の寺院経営においてもその方
針だけは変えません。そして、それこそが功徳の輪廻・回向なのです。
お分かりでしょうか? 即ちテルさんも狐天狗さんも、私にだけではなく、
きっと普段から色んな方へも、同じように布施を気持ちを心掛けていらっ
しゃるでありましょう。それが積もりに積もって、大きな功徳となってゆ
くのです。時が来れば必ず遍地開花してゆくのです。
そんな心を持ち得ることは昨日今日、
お二方の日頃からの精進、信仰の賜物以外に何ものでもありません。
近頃やっと、タイの人たちが食事に招待されても、当然な顔をしていた意
味が、やっと感じ取れてきたようにも思えます。だからこそ、してやった
んじゃなく、させて頂いたと心から思えるようになるのではないかと。
中にはこのような感情変化を、単なる卑下している。
敢えて諫言させて戴きますが、私ほど、かつて謙虚のけの字も知らなかっ
た人間が、真に今、心からそう思えるのは、《させて戴く》と、《やって
やる》の明確な違いに、気付いた、そこを悟った。と云うだけの事実であ
ります。
にも関わらず、もしそう仰る方とお遭いして、万一その方がどこをどう見
ても、現在過去を含め私よりも何もかも劣る人間に、《そこ》を触れられ
たら、それが私の逆鱗に触れるのは、云うまでもありませんので念のため。
目を閉じて思い返せば、テルさんに戴いた平成二十年五月。あのとき、あのタイミングで、テルさんに戴いたからこそ、私は聖天信
仰の核心へ深々と傾倒してゆきました。
そしてそれは、自分なりに試行錯誤を繰り返すモチベーションとなり、
結果多くの功徳と悟りを得るに至り、もはや揺ぎ無い確信となりました。
何度も申し上げますが、テルさんからの聖天さまへのお導きがなかった
ら、今の私は無かったかも知れません。虚空蔵求聞持法も止めていたか
も知れません。信仰そのものも危うかったやも知れません。
そういった意味において、聖天信仰に限らず全ての神仏と向き合う姿勢
自体をも、私は聖天信仰に因って得たと云っても過言では御座居ません。
このように鑑みますれば、今回、狐天狗さんに因ってもたらされた《聖
天信仰の手引き》は、大きな意味を一緒に運んできたようにも思えるの
であります。タイトル通り、これは手引書であります。
なぜ、私がこの本を切望しておったかと申しますと、最初に読んだ《昭
和新篇 大聖歓喜天利生記》の最後のページに、東京帝国大学文学博士
であり、聖天信仰を世に広めた第一人者である、林屋友次郎先生の延べ
書きに、「信仰する為の常識が書かれた教科書。」であるとして、今回
戴いた手引書の紹介があったからでした。
以来、一年半近くずっと探して続けていたのであります。
それがこの時期に至り、ポンと手に入ったことに、何ら理由がないワケ
がなかろうよ。と思うと同時に、聖天信仰が揺ぎ無いものとなった《今》
、敢えて初心者だった自分が切望した、《手引き》が目の前にあると云
う事は、《基本に立ち返れ》、《慢心するな》、(ハネてんじゃねーぞ!)
・・そう、聴こえるのでもあります。
生臭坊主でありますので、日々
りと拝読させて戴きたいと思います。
これでまた、とんでもなくヨタバイト(yottabyte)な悟りが得られるであ
る事は、間違いなく確信しておりますので、今からワクワクしております。
グダグダ書きましたが、今稿で本当にお伝えしたいことは、これからお話
しすることです。皆さんは、このように私が戴き物をして、どう思われますか?
「自慢してんじゃねーよ!」そう思われますか?
そうではないんですよ。確かに幼年期から「ジマンシー」でしたが。
カタカナで、「自慢しぃー」と書くと、「ジバンシー」みたいですねぇ(笑。
どーでもいいですが、しぃーと伸ばすのは大阪弁なんです。
ええカッコしぃーやのぉ?おのれは。とかね。 これもどーでもいいですね。
そこで今回初の試みとして、《レコード日記》と云うのを始めました。
《冷麺始めました。》みたいなノリですね。
夏ですし。サマーメニューと云うことで。
これは、先だってお話ししたように、普段の気付きや悟りを悟り帳に書け
ない状況などの時に、ICレコーダーに吹き込んだモノであります。
が、なぜか、そのときは別に、こうして公開する予定ではなかったにも関
わらず、今稿を書くに辺り、(確かぁ〜手引書を戴いた件に関して吹き込
んだよな?・・)と、思い出してファイルを探して聴いてみますと、まるで
どっかの会議室で、皆さんに向けて喋ってるような口ぶりなのです。
しかも、最後は大抵、「有難う御座います。」とか、いちおー締めの言葉で
括られているので、「こりゃ〜そのままアップしたら丁度ええやんけ。」と
思った次第で御座居ます。
わざとではなく、増してセミナー講師慣れしてるワケでもありません。
もう随分長いこと、人前で話してませんから、とってもシャイになってる
かもです。(←有り得んやろ!
)ツッコミ有難う御座います。掴みOK(笑
そんなこんなで、まぁチョイとご清聴願えれば、嬉しく思うので御座居ます。
レジュメ書かなくてもいいし。←そっちが本音かい!(爆
また、文章でただ読むだけではない、間(ま)とか、声の強弱からも、ま
た文字と違った気付きが、皆さんに得られるならば、これ以上の喜びは御
座居ませんし。
御好評戴けるようでしたら、まだまだ100以上ファイルが御座居ますの
で、またいつかの稿にて公開させて戴きたいと思います。但し、あんま調
子に乗せないで下さいね。そうでなくとも、元からノリがいいんですから。
ぶひぶひぃっと木に登っちゃいますんで、ほどほどにお願いしますね(笑。
音羽さんにも以前、渾身の勤行でしたか、ナンでしたか忘れましたが
(ゴメン・・)、You Tubeに公開すれば?と促されまして。いや、以前か
ら写経風景なども公開すれば、文字だけよりも分かり易いかとは、考えて
はおったのですが。ま、これもその内にやってみたいと思います。
【そのうち、そのうち。弁解しながら日が暮れる。−相田みつを−】
うーん。イカンイカン。ゴチャゴチャ抜かしとらんで、やる!と云う、方向
で動いて行きますね。
そーそー、それで思い出しましたが、いつか私が事業時代に、オフィスや店
舗に掲出していた、《男たるもの》ってあったでしょ? 読者の方から、あ
れを待ち受けにDLして、言い訳グセが治りました!ってメールが届きました。
嬉しいデスね。どんな風にでもそうやってここから拾い挙げて下さるってのは。
だから自分次第ってことです。ドンドコかっさらってって下さいな。
だって、タダなんだもん。今んとこ(笑。今がチャンス!ってな、このコトよ。
言い訳なんか女の専売特許だと思っちゃえばいい。
ごめんね女性陣。すぐこんなコト云うヤツで。
でもね。男ってのは、なんかこぉ決め付けちゃわないとアカンのよ。すぐ腐っ
ちゃうちゃうから。女になるのを通り越してね。堕ちちゃうワケ。
「だって、あの時は淋しかったんだもん。」「酔ってたからよ。」「私どうか
してたの。」「辛かったんだもん。」ね?言い訳しない女なんて可愛くもなん
ともないぐらいに思えてきたでしょ? 常に言い訳の種をさりげなく蒔いとい
てあげる。これも男の嗜みよ。
Are U real Men?
男達よ聴いてるか? 逃げんなよ、吐いたツバは呑むな。
言い訳なんぞ、ナンも解決に繋がらん。そんなモン、女に任せて前を向け。
ひとつお断りしておきますが、まんまその場で録音したものですから、未
編集・ノーカット・生(なま)声・オリジナルですので、語句が間違って
たり花粉で咳き込んだりと、多々お聞き辛い点も御座居いましょうが、平
にご容赦を。 それでは、どうぞ。
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【手引書寄贈について:1】 【手引書寄贈について:2】
本日もご訪問・ご愛読、心より厚く御礼(おんれい)申し上げます。
有難う御座いました。 蒼々
我が願い尽き果てようとも、他益願うは尽きることなからん。
我ら一同等しく、この願い思い祈りが、一人でも多くの方に回向しますように。
願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
感謝合掌
法蓮 百拝
〜編集後記〜
今月の満月は、7月7日の18時です。
奇しくも七夕の夜。 ここんトコ大抵、望の時刻は深夜遅くだったので
満月行が大変でしたが、逆に18時ってのも忙しい時間ですね。
お月さまに文句ばっかり云っておりますが、丁度7日はMg高橋さんと
虚空蔵求聞持法満行の祝杯を挙げるべく上京するんですね。
皆さんとの懇親会・オフ会の前に申し訳ないのですが、これは兼ねてからの
彼との約束でしたので、先約と云うことでご了承願えればと思います。
なので、満月行は前日深夜に行なうつもりでおります。
こうして彼と会うのも、先だって待乳山で会ったのは偶然でしたし、
実のところ、約束して落ち合うのは、超ーーーーー久しぶりなのです。
ですからご容赦願いたいのと、当日はただ一杯やるだけでなく、共に待
乳山参拝は無論、言問橋での追善供養も兼ておりますのでまた、後日ご
報告差し上げたいと思います。
とは申すものの・・・
外で
呑むのも、超ーー久々。最後はいつだ?忘れたほどなので、まず間違いなく、果てしなく弾けまくると思いますが。
自分がどーなるかすら、皆目予測不能であります(爆。

従って、家を半日以上空けるのも久々。
と云うことは、やっておかなければならん事も多御座居ます。
ちょっと、備忘録に書かせて戴こうっと。いいですかね?
まず・・7日は、家内を送り出して同時に家を出る。
ならば、ほぼ当日は主夫業が何も出来ない。となると、・・
いつも、ブランチの片付けするのはディナーの寸前だから、それを先に
やっつける時間を捻出しなければならない。
息子にはもう話してあるから、冷たいままで喰える冷麺か、息子でも温
められそうなモンを用意しておく。
帰りは早くて終電。下手すりゃ始発。しかも呑んだくれてる。
ブログは、明けの8日分まで予約送信しておく。先の音声ファイルもそ
うだが、下書きは山ほどある。最近、少々記事の方針変更したので、こ
の調子で行くなら、およそ一年分ぐらいはネタに困ることはない(笑。
ブログネタをわざわざ探してる人の気が知れん。
どうにもならんのが、勤行。
待乳山聖天さまへ参るのだから、聖天さまはお許し願うとして、夜は先
祖供養(朝もしてるが、弥陀讃一式唱えるのは夜。)が出来ない。これ
は7日の朝に追加してまおう。
トイレなど掃除関連は一日ぐらい、どうって事ない。
腕立て伏せ。これはいかん。サボれば確実に衰える。3〜4日前にタイ
ムスリップ。これも7日の朝に追加する。ってことは、7日出る前が忙
しい。慌てないよう、6日の内に身支度など出来る事は全てやってまお
う・・。よっこらせっと。
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お詫びとご報告
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