◆火急のお知らせ◆
日程が差し迫ってからのお知らせになってしまい、誠に唐突ですが本山修験宗・三重院(群馬県利根郡みなかみ町下津4061(旧月夜野町))での滝修行が8月5日から11日までの一週間に渡って行なわれます。
三重院は非常に修験道らしく、滝修行や山伏修行などの体験修行を常時行なっています。過去記事を読まれている方はご存知のように、愚僧も火渡りなど修行させていただき、同い年の副住職には非常に懇意にして戴いております。

*上記画像は、三重院HPより拝借。陳謝。


三重院での体験修行メニューは通常、マントラ修行を含む二泊三日からの受付で、滝修行のみは受け付けていないのですが、今回は特別に滝修行のみでもOK。しかも、日帰りも可能です。日々の雑務に忙殺されている方、心の平穏を取り戻し自分を見つめなおしたい方、是非、真夏の滝修行に出掛けて下さい。滝初体験の方、クソ暑い(すいません)真夏の今が絶好のチャンスです!!絶対、最高に気持ちいいと思いますよ!愚僧も出来れば、参加するつもりですので読者の方ともお会いできれば尚、最高ですね!詳しくは『滝修行体験』まで。問合せ、お申し込みはこちらまで。


◆23日 目黒大圓寺にて◆
5217d36d.jpg 先日、我家のご本尊、三面大黒天様のご供養に目黒大圓寺で六十日に一度行なわれる、甲子護摩法要(きのえね)に出向いてきた。何度か過去記事に書いているので詳細は省くが、この日も小ぢんまりした狭い本堂の中は、熱心な信者さんたち四十人ほどがギューギュー詰めに座り込んでおり、着いたときは既に足の踏み場もないほどだった。甲子法要は一日に三度修されるが、一番始めの10時の会が最も混雑するらしい。



34d735b5.jpg「今日は大変お暑いので、いつもは帰りにお渡しするうちわを先に用意していますから、どうぞご利用になってそのままお持ち帰り下さい」と、僧侶がマイクで案内していた。この日の都内の気温は30度を軽く越しており、待っている間でも卒倒しそうなのに、これから密集するこの堂内でボンボン護摩が焚かれるのだ。しかも、もう他に空いているスペースがなかったので、自分はご住職の座られる真後ろに座り込んだから、始まると想像以上の灼熱地獄だった(笑。しかし、最も暑いのは護摩を焚かれているご住職ご本人なのだから贅沢なんぞ云えない。

前にも書いたが、ここのご住職は一切手抜きなしの護摩法要で有名。もう随分お年を召しているはずだが、鬼気迫るその修法はいつもながら感服する。およそ一時間半の護摩が終わり、そのあとの法話の中で、信仰や祈りは心の杖だとおっしゃっていた。荒んだご時世の現代にこそ、澄んだ信仰心をもつこと。心の杖が必要なのではないかと説かれていた。自分もそう思う。


本年6月8日、秋葉原の通り魔殺傷事件の記憶が薄れぬ間に、同月22日は大阪駅で、今月22日に八王子駅ビルで、そして28日は平塚でと、全国で動機なき無差別通り魔殺傷事件が横行している。異常とも云える今の日本。人が人を殺めるのに理由など存在し得るはずもないが、そのほとんどは、「誰でも良かった」「ムシャクシャしていた」など、もはや正常な理性など持ち合わせているとは思えない。毎日の勤行では、戦災、被災、病気を含め、事件事故で亡くなられた、まだまだ生きたかった! 全ての方々のご冥福を心よりお祈り申し上げている。

されども今般、毎日のようにそんな信じ難いニュースが流れる。全く関係のない人々を傷つけることに何の躊躇いも持たないほど、心を病んでしまった人たち。決して彼ら被疑者の肩を持つわけではない。大罪を犯してしまったことに変わりはないが、そんな人たちだって人を殺すために生まれてきたのではない。人を殺すために生きてきたのではない。防犯を強化したって何したって、こういった心無き人種がなぜ派生してくるのか?その根幹に目を向けていかないと、いつ、どこで、誰が犠牲者となるのか、それを防ぐことは出来ないと思う。それに怯えて生きていくなど嘆かわしいではないか。既にそんな不安に駆られて一人で出歩けなくなっている人もいる。何とかしなくちゃいけない。人を殺したい衝動に駆られる前に、誰も話す相手がいなければ、遠慮なく自分にメール下さい。役に立てるか分からない、それが正しいのかも分からない。でも話しは聴いてやれる。メールはプロフィールのメールアイコンからどうぞ。



十句観音経はご存知だろうか。
ご住職が医者にさじを投げられた、重病患者を持つご家族が、全員で一心に十句観音経を唱え続けたところ、奇跡的な回復が得られた話しをされていた。真の信心をもって(延命)十句観音経を唱えると、病気が治ったり苦しみが消えたりするご利益あると云われている、とても短いお経だ。般若心経が最も短いと云われるが、実は理趣経百字の偈など、短いお経は沢山ある。
祈りは家族の心を一つにする。思いは必ず通じるのだと近頃実感することが多い。そもそも神仏への思いや祈りは、自分以外の他人様への気持ちが優先されて、功徳が得られると云われる。いい機会なのでご紹介しよう。短いとはいえ、どんなお経にしろ、様々な功徳が凝縮されているので、お経を始めたい方や一度読んでみようかなと思う方には最適かも知れない。


延命十句観音経(えんめいじっくかんのんきょう)
観世音(かんぜーおん)南無佛(なーむーぶつ)与佛有因(よーぶつうーいん)与佛有縁(よーぶつうーえん)佛法僧縁(ぶっぽうそうえん)常楽我浄(じょうらくがーじょう)朝念観世音(ちょうねんかんぜーおん)暮念観世音(ぼーねんかんぜーおん)念念従心起(ねんねんじゅうしんきー)念念不離心(ねんねんふーりーしん)

たったこれだけ。短いでしょ? 和訳もあるが、意味なんて覚えなくてもいい。これだけのお経でも繰り返し唱えていると、雑念が取り払われ、少なくとも唱えている間だけでも心は洗われる気がするから、お経とは実に不思議なものなんだと思う。特にご病気の方が身内にいらっしゃる方は、是非ご家族一緒になって唱えてみられたら如何であろう。信じるも信じないも自分次第である。医療の進歩は確かに目覚しいものがあるが、最先端治療を受けるにはそれなりの治療費も必要だ。必ずしも最高の治療が受けられ、最高の医師に出会えるとは限らない。理屈や理論では計り知れない、神仏のご加護に縋るのも心に杖を持つ、一つの手段ではなかろうか。


実は、このブログの(元)読者で今、お友達といおうか、つい先日お会いしたときは、自分の推進する救済事業に協賛もして頂いたので、もう同志と呼ぶべきか。某一流企業の部長であり、マネジメントやマーケティングに長けた彼の賛同は、なんと心強いものか。正に鬼に金棒。救済事業の進捗詳細については、また折りを見て皆さんにも是非ご報告差し上げたい。
そんな彼のお父上が、今月14日に心臓の大手術を受けられた。これは勿論、彼の承諾を得て記事にするのだが、手術自体も大成功に終わり、それからほぼ毎日彼から送られてくる術後経過報告には、当分無理だろうと云われていた食事が、二日後から取れるようになったり、六日後には予定より数日早くICUを出て一般病棟へ移り、8日目には普通食を食べ、10日目にはペースメーカー以外の機器がすべて外れ、2キロも自力で歩かれたりと、とんとん拍子で奇跡的な回復の兆しを見せ続け、懸念されていた合併症と脳梗塞も回避され、ついになんと、たった三週間に満たない今週末に退院が決まったそうなのだ。

彼は元々白蛇信仰者であったが、(今もそれは変わりないが)自分と接するようになって、待乳山聖天様へも熱心に参詣を続けるようになった。そんな折りに、お父上が手術することとなり、更に祈りは深刻化していったであろう。自分も力及ばずながらも、お父上の手術開始日から、日々無事な家庭への帰還を祈り続けていた。目黒大圓寺のご住職に十句観音経の話しを聴いてからは、思い出したようにそれも日々の勤行に加えて祈った。それを勿論、彼にも伝えた。無論、彼も彼の家族も熱心に祈り続けたであろう。今回の奇跡の生還とも言える、お父上の素晴らしい回復は、愚僧の祈りなどより何よりも、彼自身の厚い信仰心とご家族の祈りが神仏に通じた賜物であるに違いない。祈りは本当に通じるのだと痛感した出来事だった。神仏への感謝の念が絶えません。本当に有難う御座いました。



◆26日 待乳山聖天様 参詣帰り◆
fa458e35.jpg 隅田川花火大会の当日、丁度、毎週土曜日の参詣日と重なってしまい、混雑を避けるためにいつもよりも早めに東京へ向かったが、既に上野駅でも浴衣姿の女のコたちとすれ違いだし、浅草へ向かうメトロ銀座線の車内も浴衣のカップルで賑わい出していた。浴衣は風情があっていい。自分も何着か作ったのがあって、一昨年までは良く着ていた。別にお祭りや花火に行くまでも無く、どーせ夏しか着れらんねんし、今着んかったらいつ着んねん?と、ほぼ毎日浴衣でウロチョロしていた。自分の会社や店にも浴衣で行っていた(笑。あ、自分だけじゃないよ、近所でお祭りや花火大会があるときは、従業員も全員、浴衣か甚兵衛を着てもいいとしていた。

cde411a2.jpg さてさて、聖天様への参詣を済ませ、恐らく河川敷には入れないだろうと思いつつも、隅田川公園へ供養のために行って見た。公園へと続く沿道には、沢山のテキヤが店を並べ、しのぎを削り出している。案の定、先週よりも更にガッチリとフェンスで張り巡らされ、隅田川公園は金網デスマッチ状態になっている。あちこちで場所取りも始まっている。仕方ないので、公園の隅にある、戦災慰霊碑の前で読経した。いつものようにこの場所で読経しながらも、ふと思った。大空襲で受けた多大な被害と失った多くの命、その中にはきっと功徳を積まれた方や、人様に善根を施された方もたくさんいらしたであろう。その悲しみの大きさに比べて、この慰霊碑はあまりにも小さすぎると。


979151a3.jpg 自分も最近まで、あまり詳しくなかったのだが、東京大空襲についての悲惨さを少々皆さんにも知っていただきたいので、掻い摘んで書かせて欲しい。東京大空襲は1945年(昭和20年)3月10日に行なわれた。それまでも前年の1944年11月から106回に及ぶ空襲を受けているが、この大空襲以前はかつて日本軍が中国で行った無差別爆撃に対して、非人道的だという感情を抱いていた、ヘイウッド・S・ハンセル准将の指揮により始められ、当初は軍需工場、製油所などの目標地点のみ攻撃するピンポイント攻撃であったが、思わしい効果が上がらなかったため、翌年に。「軍需工場の労働者の家や使用する道路、鉄道を破壊することが効果的だ。」というヘンリー・H・アーノルド大将の意を受けた、猛将カーチス・E・ルメイ少将が指揮を執ることとなり、大規模な無差別攻撃を立案したのも実行させたのも彼である。このあとの名古屋・大阪大空襲、そして広島・長崎の原爆と40万人の民間人の命が奪われている。その多くはお年寄りや女性、子供たちであるが、最終命令を出したのは大統領たちの選択である。

手始めに彼が狙ったのが銀座、有楽町地区であり、現在は会社員で溢れる有楽町駅付近は死体の山で溢れたという。続けざまに町工場が立ち並ぶ下町の市街地と、そこに生活する市民そのものを攻撃対象とした。つまり当時、最も賑わいを見せた10万人以上が暮らす、隅田川を挟む深川、浅草、本所(墨田区の一部)などが標的となった。
焼夷弾の開発にも余念がなかった。あれは日本家屋を効率的に燃やすために開発された専用爆弾なのだ。日本家屋を実際に作り、何度も何度も綿密な実験を繰り返し満を持して投下したのだ。空中分解したクラスター弾は、一件一件の家の屋根瓦を突き破り、畳の上で飛散してゼリー状の引火したガソリンを撒き散らす。襖も布団もひとたまりもない。300機のB29から投下されたナパームは32万発。尋常でない業火は鉄筋コンクリート造りの病院や学校に逃げ込んだ人たちをも、まるで生きている炎の滝か竜のように人々を飲み込み続けたと云う。


戦果をあげるため手段を選ばぬ彼は、敢えて対空砲火や風圧のリスクをパイロットに与えるのも躊躇せず、少しでも多くの焼夷弾を積み込むため、わざわざB29の燃料を減らし、パイロットの反対を押し切りギリギリ低空飛行を厳命したという。事実、想定外の広範囲に被害が及んだのは、パイロットが予想を上回る火災旋風によって起こった乱気流によって、操縦不能となり目標地区の手前で投下したのも原因とされている。その結果、荒川周辺やその外側の足立区や葛飾区、江戸川区の一部にまで、火災は広った。亀戸駅の上り坂にも数百の黒コゲの死体の山が築かれた。

3月10日と云えば、春間近とはいえまだ寒い。
生き死にをかけた状況でなければ、冗談にも飛び込めない冷たさだ。隅田川に逃げ込んだ人たちの中には、寒さに耐え切れず死んでいった人たちも多かったろう。人の上から焼けた人が落ちてくる。タイタニックのパニックの比ではない。負ぶった幼い子供のおかげで、背中が焼けずに済んだり、凍える水に濡れずに済んだりして生き残った母親。子供を守ろうとして逆に生かされた方もいる。病院から患者を引き連れて戦火から逃れようと命を失った看護婦もいた。最も安全だと信じられていた防空壕に逃げ込んだ人々が、反って猛火にさらされて死んだ。

関東大震災(1923年)を徹底検証したアメリカ軍は、木造住宅が密集する東京下町が火災被害に遭いやすいことをつきとめそこを攻撃目標とした。そのため関東大震災と東京大空襲の被害地域が重なっていることは偶然ではない。現在、85歳以上の東京下町に暮らすお年寄りは、二度に渡る恐ろしい被災戦災を乗り越えていらっしゃる。待乳山聖天様に参詣するとき、たまに寄る浅草駅前商店街のマックには、他の街のマックとは違い、沢山のお年寄りがいつも集っている。彼らもまた、戦火を潜り抜けた人たちなのであろう。
そんな彼らが生き残ってくれたからこそ、日本を支えてきてくれたからこそ、今の私たちが生きている。そんな私たちと、戦災で亡くなられた方たちと、一体どれほどの人としての価値が違ったんであろうか。まだまだ死にたくなかった、もっともっと色んなことがしたかった、夢や希望があった、そんな彼らに報いるためにも、私たちは夢を抱いて胸を張って生きていかねばならないと思う。希望も絶望も同じ、「望む」と書く。同じ望むなら、未来に希望を持つという人と人を紡ぎあって望んで生きたいと思う。



〜編集後記〜
まとめが書きで長くなりました。急いで書き上げましたので、誤字脱字ご勘弁下さい。
明日から、義理の両親が動けるうちに(笑 PLの花火大会(正確には教祖祭)を見せてやろうと、親孝行がてら二泊三日で大阪旅行です。2日は両親を連れて、生駒の聖天さまも参ります。暑さも本腰を見せて来ました。皆さんもどうぞお風邪など召さぬよう、御身ご自愛下さいませ。

感謝合掌
法蓮 百拝

虚空蔵求聞持法 現在、六十七万遍なり