お大師さんが築き上げた真言密教は、今や誰もが知り、全国に寺院を構える。
いにしえから千二百年もの大いなる歴史を持つ上に、その体系は空海存命時に既に完成され、今や真言宗は、古義真言宗系で13、新義真言宗系で3、真言律宗で2つの、十六派十八もの主要な総本山、大本山があり、その他大小含めて約50もの団体が存在する一大宗教だ。

 こんにちの日本で、真の密教僧侶を目指すには、この組織を避けて通ることはまかりならず、組織には規律があり様々な制約が必ず付いて回るものだ。幾ら自分が、反骨精神が強く、社会や決まり事の枠組みに収まるのが、大嫌いだとしても、お大師さんの密教を学びたいなら、そしてその法(おしえ)で人を世間を救いたいなら、郷に入るしかない。
このままだって、誰も咎めないし構わない。麻原のように好き勝手な新興宗教を立ち上げたり、或いは遍路と巡礼を続けて、在家と出家の狭間で中途半端なままでいるのも選択肢としてはある。ただ、自分は性分的にこのままじゃあ嫌なだけだ。

 真の目的、確たるビジョンは次の機会に話すとして、とにかく詳しいことを調べて行こうと、ご近所でお世話になっている高野山真言宗の不動寺、橋爪阿闍梨に相談がてら暫らく振りに訪ねてみた。
久しぶりにお会いできて、高野山にて得度したこと、今後の抱負などを話した。
この寺はいい。商売っ気は全く無く、檀家に支えられた質素だが静かで落ち着ける寺だ。和讃や梵字にも精通している橋爪阿闍梨には色々教わることが多い。

「高野山の専従院へ行けばいいよ。一〜二年ぐらいで阿闍梨でなれる。」
そう云われた。親子三代続く、真言僧侶の橋爪阿闍梨は当の本人も、そして副住職の息子さんも、共に専従院を出られたそうだ。とりあえず、専従院とはナンだろう? イメージ的には、僧侶になるための専門学校みたいなモンか?

 と、調べてみたら、取り寄せた高野山大学の資料で学科の中に「別科」というのがあった。
(以下、高野山大学HPより転記)
『別科は、寺院後継者(僧侶)として必要な知識、(密教学・仏教学)や技能(法式、声明・布教・常用経典・梵字悉曇)などを学ぶコースで、修業年限は二年です。
僧侶になるためには、別科での講義のほかに、得度(剃髪して仏門にはいること)、受戒(戒を受けること)、加行(約百日間の修業)、灌頂(真言密教の法を阿闍梨様より受けるときの儀式)といった行位を修めなければなりません。これらの行位は大学において実施され、二年間の在学中に修業することが義務づけられています。
この行位を修め、別科を修了すれば、高野山真言宗の中僧都に補任されます。別科の受験資格は、大学受験資格と同じです。 』

 とある。でも、自分は突発的な密教信仰者に過ぎず、寺院後継者でも何でもない。入れるのだろうか? ゴチャゴチャと、ド素人が考えていても仕方ない。とりあえず、電話してみた。
多少、細かいことは分かったが、決定的なことは既に一次二次試験も終わり、間もなく今年の入学式だという(笑。
そりゃそうじゃ、今は桜吹雪舞う四月。入学シーズン真っ只中やんけ。アホかっちゅうねんワシは(爆

 第一、良く読んでみたら、『受験資格は、大学受験資格と同じです』とある。
ってコトは、高卒ってコト。中学も、ろくすっぽ出ずに働いてきた自分には、学歴が最大のコンプレックスだ。高校行ってなかろうが、大卒にでも仕事(収入)じゃ負けんつもりでやってきた。事実、十七の頃には同級生の親の年収を越えていた。

然るに頭の使い方と学歴は完全に比例せんとは思ってる。だが、やはり世間を生きる中で、何度もそれは「ただの負け惜しみに過ぎん」という、思いにさらされた苦い経験がある。
だから、以前の生活のままの予定だと、世界中の経営者が学歴を求めて集う、ハーバードビジネススクールのプレジデントコースに行くつもりでいた。
ここは経営者専門の特別コースで、夏の三ヶ月だけ三年間で集中習得する学科だ。授業料は計九ヶ月間で千五百万円(166万円/月)(笑 と、バカ高いが今更、大学検定試験なんぞ、しゃら臭いモンを受けてまで、東大ですら世界に通用しない日本の大学に興味がなかった。だから本気で行く気満々だった。


 「ほな、高野山大学別科は、ナンかズルでもせんなアカンやんけ」(笑。
話しを元に戻す。高卒じゃなきゃ、別科に入れない。が、なんのこれしきで自分が諦めるわけもなく、「確かぁ・・四度加行だけをやってる場所があったよな〜」と、他に方法がないか調べると、高野山真別処 円通律寺という道場があった。

ワケも分からないまま、日程・費用・資格などを問い合わせてみた。
未だ女人禁制を保つ厳格なる寺に、いきなり電話でそんなコトを訊くのが、果たして如何ほどに失礼なのか。元来、粗暴で常識のない自分は、電話口に出られた方の口調や声のトーンで数秒後にそれは感じられた。
が、せっかく問い合わせたし、高級ホテルにリザーブの電話を入れてるのとはワケが違うのだから、無愛想でも不親切な応対でもそれは想定内。訊きたいだけをサッサと訊いてしまって、常喜院で既に得度したことを話すと、ならばあとの細かいことはそちらで訊いてくれ、とのことだったので手短に電話を切った。

 駆け出しの小僧には専門用語を多用されてか、若干解り辛い部分もあって、解釈を取り違えているかも知れないが例えば、ただ加行しただけじゃ伝法灌頂を受けられないとか、別に本山の講習を受けてテストに合格するために、学科も学ばなければ僧籍(僧侶の資格・僧位)は、戴けないなど多少疑問を残す結果に終わった。

要約すると円通律寺に教えて頂いた内容は以下の通り。
〜四度加行について〜
1、日程 4/12〜8/30(通し134日)授戒、伝法灌頂込み
     9/10〜11/3 2/5〜3/31(55日)
     9/10〜10/26 2/13〜3/31(47日)

2、費用 通し:507,500円 前期:189,500円 後期:194,000円 
     この他に、授戒、伝法灌頂に各7万円、法衣、次第費用など数十万円
 
 まとめると、日程は合計で100日以上。費用は総額で大体100万円ぐらいかかる。因みに稿頭に書いた、橋爪阿闍梨の出られたのは専従院ではなく、高野山専修学院(そもそも聞き間違えてるし(笑)で、そこへ行けば年間授業料200万円、最短一年で加行も含めて色々学べるらしい。う〜〜ん、坊主になるにも結構金がかかる。安かぁないなぁ(笑。 しかし、100日間という期間を考えれば、修業道場とはいえ食費と宿泊費と思えば妥当なセンだ。

 
 希望とすれば、一発一気にやってしまいたいので通し加行に越したことはないのだが、なんせ四月十二日開始というともう目の前過ぎる。その後に年内に始めるとなると、分割で修行するしか選択がなさそうだ。
しかも、そんなカンタンに誰でもハイそうですかと、金とヒマさえあれば受けさせてくれるのではない。試験こそないらしが、電話と実面談があってそれらをクリアしないと受けられないという。

 まぁ凡そ、何をまず電話で訊かれるか、面談をどう対処すれば良いかは大体察しがつく。その後、常喜院の加藤住職や河野執事ご両名にも相談したところ、やはり直接円通律寺へ赴き、吉田監事先生(河野執事の修業時代の監督)に面接していただき、願書を頂戴されることを推奨された。

本来であれば、仏縁に因り自分を得度へと導いて下さった、我がグル小林阿闍梨にも相談すべきだが。
いや、チラッとは相談した(笑。 というか、前々回の稿に書いたように、あの方は盛鶴延先生の気功顧問までされていて、「気」が分からないと四度加行を受けても形だけで意味がない。という持論をお持ちで、事実自ら四度加行を習った時も教えている側(指導僧)が、全て気を理解しているとは云いがたかったとのことだった。

従って、小林阿闍梨の元で習う生徒さんたちは、まず気功から入ってから加行や印を学んでいるらしい。
勿論、自分も気功の必要性は強く感じているし、これからも気功は学んで行きたい。ただ、四度加行は百日以上という絶対日数を要し、また円通律寺では期間も限定されてしまうので、出来れば気功習得と並行させて行きたいのが本音だ。


 読者の皆様にはザッと今回、四度加行をどう受けられるかについてご報告差し上げたが、おさらいしておくと、単に四度加行を受けるだけなら、端的に云えば阿闍梨であれば、どこの誰でもどこの寺でも受けられるのだ。四度加行はあくまで、密教僧になるための必須修行であるが、ただ、それだけでは僧籍は頂けないし、自ら阿闍梨にはなれないということ。

 わが師の師僧は神戸の方だったこともあり、十日間づつ区切って高野山常喜院へ通い、二年費やして四度加行を満行、苦心の上、伝法灌頂に至っておられる。
近い方で四度加行を教えて貰える師が居ない場合、また僧籍を取得したい寺院後継者や我々のような後天性得度信者は、高野山真言宗なら円通律寺若しくは専修学院、又は別科へ入る。東寺真言宗なら東寺伝法学院などの僧侶養成機関で学ぶのが、通常の道筋であろうかと思われる。

 
 特に円通律寺での四度加行を選んだ場合、歩き遍路など屁にもならないほどの厳しい行が待っているだろう。細かいことはまだ分からないが、自分のイメージ的には務所に入るより、絶対厳しいと感じるはず(笑。と腹をくくっている。
禁煙禁酒禁欲は勿論、(って、コイツらがマジ相当キツイ(笑)どれにも該当しない、既に無欲で立派な方には楽勝であろうが。しかしまぁここは、務所と同じといえよう。食い物も変わらんだろう。しかし、環境が酷似していても当たり前だが、百礼拝を始め、務所にはない行の数々をこなさなければならん。毎朝三時起床らしいから、務所より早いし(笑。

パソコンはおろか、携帯も禁止だ。せめて携帯だけでもあれば、日々ブログの更新をして皆様へお伝え出来るのだが、戻って100日分一気に書くのは絶対ムリだ。
前期後期で分かれたとしてもムリ。44日間の歩き遍路においても毎日更新してたのに、最終的には一週間分ぐらい遅れをとって、遍路を終えてからまとめ書きをしたほどなのに・・。
ナンとか持ち込めないモンだろうかと、今からそんな悪巧みを真剣に企てる自分が笑える。


今日も全ての人々の心に平穏を
感謝合掌 法蓮 百拝