平成二十年三月二十二日 午前四時。
この日、この時刻が厳密にいう、「満月」の瞬間だそうだ。今まで、満月というと、夜空を眺めてお月さんが真ん丸くなってきたら、そろそろ満月じゃないか? と云う、曖昧な感覚だったものから、満月カレンダーなる便利な物や、月の満ち欠けを表す満月ソフトなどが出来て、ここ数年はそれらを利用していたが、月齢計算によると更に細かな時刻まで分かるという。

 そのように満月の明確な日時が分からなくとも、ぼんやりお月さんを眺めると、肉眼では満月の日を境に前後三日日間ぐらいは真ん丸く見える。太古より月は満ちては欠け、欠けては満ち変化を繰り返して止ないため、変化するものの象徴、人間界では栄枯盛衰の例えなどにも、永く用いられてきた。と同時に、また一面では満ち欠けを繰り返し、再び元の状態に戻ることから、普遍的なものの象徴としても用いられてきた。

「新月(朔)」とは、月が太陽と同じ方向にあると、地球からは月の陰の半面しか見えないので、見かけ上で月が全く見えない状態をいう。逆に「満月(望)」とは、太陽と反対方向にあると、明るい半面のみが見える状態をいう。
因みに、「日食」とは、新月のときにしか起こらない、月が太陽を隠す現象をいい、地球の影が月を隠す「月食」は、満月のときにしか起こらない。月の満ち欠けは、平均して29.53059日。

 これを朔望月(さくぼうげつ)と呼び、朔望の朔は「新月」を、望は「満月」を示す言葉であることは、現在でも、月始めの日のことを「朔日」と書くことがあるが、これは太陰暦を使っていた頃の名残といえるらしい。
 また、潮汐力(ちょうせきりょく)とは、月と太陽の力によって、地球に及ぼす影響力をいい、潮の干満を起こす主な力とされている。特に、月が及ぼす影響は太陽の約2倍とも云われ、「海の潮は月によって起きている」と云っても過言ではないそうだ。


 そんなことを知ると、益々月に対して神秘的且つ、宇宙の及ぼす霊的な力を感じずにはいられない。やはり、満月の夜は身体いっぱいに満月の力を浴びたい。月の力をこの身に感じる、ということは、イコール宇宙からの気を身体に降臨させることであり、密教でいうところの宇宙の真理である、大日如来との一体化を図る行の鍛錬にもなりそうな気がしてきた。

 そんなワケで、この夜は明け方四時の真満月を待ち、バルコニーに出て、大黒天一日千座行を行なった。本来は、子の日子の刻に行なうのだが、満月の力を借りてその霊力を増長させることが出来るような気がした。
 次の満月の夜には、虚空蔵求聞持法をマントラでやってみようと思う。下界で普通の生活をしていると、たまに夜を徹したマントラを強行しないと、中々一日一万回は唱えられないのが、愚僧の尽力なき現状であります。


感謝合掌
法蓮 百拝