【0500起床】 一斉に、全員の目覚まし時計や携帯のアラームが鳴り響く(笑。
お蔭で昨夜遅くまで話し込んでいたにも、すんなり起きられた。 隣で先に寝ていたアメリカ人のM氏は、自分のいびきが酷くて眠れなかったのでは?と、しきりに周囲の人に気遣っていたが、こちらとら眠りに付く一分少々の間だけで、あとは全く平気だった。

 ただ、二部屋離れた女性陣の部屋まで響き渡っていたらしく、ペコペコと平謝りして回っていた。律儀な外人さんだ。この人に限らず、長く日本に住んでいる外人さんは、それだけ日本に留まりたいと云う、強い根拠がある故に、みな一様に礼儀正しく謙虚で、今の日本人など吹っ飛びそうなぐらい古き良き日本の心を知り尽くしている。

さぁいよいよ、得度式本番だ。
昨日は、夜の勤行もなしに、ビールや酒やって緩やかな雰囲気だったが、今日は一転。気を引き締めて行かねばならーん!
六時から本堂で勤行が行なわれるので、みなそぞろ歩きで向かった。
この時点では、全員私服のまま。自分はいつも作務衣のまま。小林阿闍梨は、既に法衣を羽織られていた。


 【0600勤行】 寒々とした本堂に入る。
ストーブの前を女性陣に譲り、自分は端っこに坐した。勤行は朝晩行なわれるが、どこの何宗の寺院でも、大抵は朝の方が長い。 増して初めて全文聴く理趣経入りだぁ。
これがまた、メッチャクチャ長い! 手元に次第を何も渡してくれないので、持参して行けば良かった。 ただ一人、毎朝自宅の勤行時に理趣経を上げているS氏だけが、持参した経本を読み上げていた。

関心じゃあ〜自分は毎朝、大国天神経は読経しているが、理趣経は百字の偈のみだ。 幾らずっと聴いていても、なっかなか、百字の偈の部分に差し掛からない。(もしかして、百字の偈ってのは、般若心経みたいに凝縮されてんのか?)なんて、思ったりしてから、更に相当経って、やっと覚えのある「百字の偈」部分に差し掛かった。 それからも、まだ少し理趣経は続いたが、全体的に見るとかなり後半部分だった気がする。

 【事 故】(笑
 このとき、既に悲劇は始まっていた。
実は、久しぶりの長時間正座で、両足は完全に痺れを通り越して限界を超えていた。 にも関わらず、回りがモゾモゾ動いて坐を乱しているのを見ると、自分は意地でも微動だにせんぞ! と、また張らぬとも良い、余分な意地を張って、我慢に我慢を重ねてビタっと坐していた。

そんなアホなことをやってるから、勤行が終わって加藤ご住職が、本尊を観に行きなさいと、奥へ案内されたとき、一気に立ち上がったら右足を挫いてしまった。 ヨロけた瞬間に、ガバッと右足を出して踏ん張ったら、「バキっ!」と音がした。
「大丈夫ぅ?」と誰かに云われ、「全然大丈夫です!」と、強がって平然面したが、右足に激痛が走ったままだった。 

 歩き遍路に出る前に、毎日写経を書いて、一時間以上正座していたのに、三ヶ月も怠慢するとこのザマだ。みっともね〜ったらありゃしない。
因みにこの日傷めた右足は、あとあと散々歩き回ったせいもあって、甲の骨が三箇所もズレて、腫れまくり、まるでロボコンみたいな足になってしまった(爆。


 【0700】朝食
 食事が終えた順に、丁子湯に入湯し、禊を行なう。
禊とは、禊祓(みそぎはらえ)の略で、水垢離(みずごり)とも呼ばれる。
「禊祓と申すことの由を・・」と、天津祝詞に出てくるので、神道っぽいが、仏教でも同様の呼び方をする。 要するに身体を清めることをいい、ここでは、浴槽に袋に入った丁子を浮かせ、10秒ほど浸かるらしい。

飯を茶碗によそわず、櫃ごとかき込んで真っ先に禊へ行かせてもらった。
理由は、右足の痛みが酷くなってきたので、得度に備え、ちょっと湯に浸けてマッサージしようという魂胆だった。

 だが、この姑息な手段は脆くも崩れ去る(笑。 風呂に飛び込んだ瞬間、ソッコーで飛び上がった! 熱湯だったのだ! 歩き遍路のとき、遍路宿の熱い風呂を、良く遍路いびりとか、遍路虐待とか冗談で言ってたが、これは冗談抜きで10秒すら入っていられない! 足首を浸けて揉んでみようとしたが、手まで熱い! 
「アカンわ。こら・・」ちゃんちゃん。 てなワケで、すぐ出ました。(笑


 【五体投地の練習】
 8時半からの得度式まで、禊が済んだ順にまず白衣に着替える。
黒衣に付いてた仕立て糸を外し、如法衣と帯など白衣以外を風呂敷に包み直し、僧侶に預ける。 儀式の際に順々に、ご住職から加持祈祷済みの法衣として、授かり直すためだ。

着替えの最中に驚いたのは、日本人二人が白足袋の中にある、型紙を抜かずに履いていたのを、外人のM氏が気付いて注意したのだ。 初めて足袋を履いたのだろう・・それにしても、履いてる本人も気付かないのに、外から見ただけで、型紙が入ったまんまになってると分かるとは、誠恐れ入った。

 その内、小林阿闍梨から、白衣を着たままの三礼(さんらい=五体投地のこと)は、難しいから練習しておけと云われた。 なるほど、やってみると作務衣など動き易い服装でやるのとはワケが違う。
キチンと長い白衣の裾を正して、座ろうとすればするほど、膝の下に白衣を巻き込んで突っ張ってしまう。 また、立ち上がるときに軸になる左足で、白衣の先を踏んづけてしまって、前につんのめりそうになる。

マズイ、これはスムーズに立ち上がれるようにならんと。 そう思い、何度も繰り返し練習してコツを呑み込んだ。 ところが、ここへまたM氏が現れ、小林阿闍梨がM氏も練習しておくように、と云ったところ、「ナニ云ってんの?」と、スッと坐して、ものの見事にスッと立ち上がった。 

なんと、鮮やかなんだ! なんと、美しいんだ! なんで外人なんだ!

 これには、もう頭が上がらず、ただただ、感心するばかりだった。 さすがは、能の師範。 彼は、能だけでなく、ヒーリング霊気や修験道もこなす、(他にもナンかあったような・・忘れた 汗) 多才なマスターだった。


 【0830 得度式】
 得度式 白衣 時間前に、僧侶から準備が「済んだら本堂へ」と声がかかり、先ほど各自で風呂敷に包みなおした法衣(僧衣)を持参して、全員白衣だけで本堂へ向かう。

得度する五人は、年齢順に並び、黒衣、如法衣を別々に担当僧に手渡した。おさらいの意味で、もう一度全員で五体投地を練習。

「出家するとは本来、家を出ると書くの如く、父母、友人、その他の人々とは世情の縁を切ると云うことです。」
「だから、これまでお世話になった全ての人々に感謝を捧げて三礼します。」

 そう説明された。 住職から、「三礼」と云われたら、即座に立ち上がって五体投地するそうだ。この場合の感謝の対象は、「父母」、「国王」、「産土の神」。つまり、三回連続で五体投地するから、「三礼さんらい」と云うんだろうか。
確か、山伏修行に三重院へ伺ったとき、神棚にも「五恩」と書かれた札が掲げられていたのを思い出した。
五恩とは、「産土の神」、「国王」、「父母」、「天地」、そして「諸人」だった。
 また、得度授与式の途中に、加藤ご住職からの質疑応答があり、「○○○を、保つや否や?」と、訊かれたら、「良く保つ」と、応えるそうだ。 たまに、「保つや否や?」と訊かれ、緊張してそのまま「保つや否や!」と、応える人が居るそうだ。それでは、意味的に「どっちだと思うぅ?」みたいな、フザけていることになってしまう。聞いて爆笑した。

 【准胝観音真言】
 儀式が始まるまで、全員で准胝観音像の前に坐し、真言「オン シャレイ シュレイ ジュンテイ ソワカ」(oM cale cuule cundii svaahaa)を、唱え続け、ご住職の到着を待つ。
(うー・・まだ、8時半前やがな〜もう正座始まるんかい・・)
今朝傷めた右足は、ドンドン腫れて来て、痛みが増してきていた。
(何時までかかっても、気合で切り抜けるしかあれへんな・・)

准胝観世音菩薩(じゅんていかんぜおんぼさつ)=梵名チュンディー (चुन्दी [cundii])は、我が国では、「七倶胝仏母」、「准胝仏母(天台宗)」、「天人丈夫観音」など、さまざまな呼称がある。
密教では特に重視され、七倶胝仏母(サプタコーティブッダ・マートリ)とは「七千万の仏の母」という意味で、人を悟りに導いて、数限りない仏を誕生させる、宇宙の神性の擬人化である事を示している。

また、六道のうち人間界を摂化するという、六観音の一人で、准胝の修法をなす者は、清穢及び出家在家を問わず飲酒肉食し、かつ妻子あるも仏道修行を達成するという、大慈悲の菩薩である。(因みに天台宗では、准低は観音ではなく如来なので、代わりに不空羂索観音が入る) そんなピンチヒッターでもいいんかい?(笑

更に、「仏の母」という名からも、安産、子授けの功徳もあるとされ、真言宗小野流の始祖・聖宝が、准胝観音に祈祷し、朱雀天皇や村上天皇が授かった、と言う逸話も残されている。


 【加藤住職入堂】
 なぜ、白衣だけで待つのか? 
白衣とはつまり、死装束。遍路の笈摺と同じ意味だ。

広辞苑では、『得度とは生死(しょうじ)の苦海を渡り、涅槃(ねはん)の彼岸に渡ること』と、ある。 涅槃? 一般的に涅槃とは、「死んでる」「死そのもの」を連想しがちだが、本来は悟りを得ることであり、得度の「度」とは、「渡る」と云う意味から、悟りを得るために一度、涅槃に渡り生きたまま死んで(この世に見える価値観、一切行苦を捨て去り)、無分別(あの世の価値観=No Judgment、つまり審判の存在しない) 智慧を従えて、ふたたびこの世に返り咲くことを云うのではないだろうか。

勿論、こちらにも、仏心に捧げる一連の連想が必要なのは云うまでもないが、我々ど素人がすぐさま出来るはずもない。加藤ご住職による、読経と加持祈祷は、それを補い儀式化によって、我々を一旦涅槃へと旅立たせ、菩提心を持ってこの世に舞い戻らせてくれる、それが得度の儀式なのではないか。


 【得度式次第】
無分別の智慧
一人ひとりが、壇上へ呼ばれ両手を差し出し頭(こうべ)を垂れる。
護摩法要を見たことがある人ならご存知の、密教法具で散杖という棒で頭に触れ、そこから新しい生命(無分別の智慧)を授かるのだ。

三礼
ナンの経か、サッパリ分からんが、一通り経を賜ったあと、三礼の声がかかり、全員粗相のないようスムーズにやり終えた。

剃髪の儀式
(社会的価値観を捨てる)、と云う意味合いがあるらしいが、実際に剃られるワケではない。 と云っても、自分は剃ってるのでこれ以上、剃る毛はない(笑。
剃刀に見立てた、紙のような物で、何か唱えながら、頭頂部に三箇所あてる。

続けて、隣の広間に一旦席を立ち、先ほど准低観音真言や三礼の説明をしてくれた、ガタイの良い介添えの僧侶が、一本ずつだけ三箇所の毛髪を切る。
が、さっきも言ったように、自分には切れる長さの毛なんぞ生えてない。僧侶はしきりにはさみを寝かせて切ろうと試みたが、バリカンでもムリっぽい。

「いつも、こんなヘアスタイルしてるんですか?」
「はい、そうです」
「うーん。困ったな・・髭を少し切らせてもらってもいいですか?」
「どうぞ。ご遠慮なく」

そんな会話を交わし、結局自分だけは、髭を切って、三箇所ずつ別々の和紙に包まれた。「長いことやってるけど、剃髪式で髭を切ったのは初めてや」と、言われて、足の痛みも忘れ大いに喜んだ。 何でもお初が大好き人間だから(笑。


黒衣着用
そうそう、これも事前に練習したのだった。 剃髪式が済んだ人間から、ドンドン黒衣をまとって行く。真ん中に締める、帯をナンというのか忘れた。


修行袈裟・法名・数珠の授与
ご住職が祈祷しながら、一人ひとりに袈裟が渡されて行く。法名が読み上げられ、折り紙と呼ばれる(字ぃ合ってんかな?)和紙に包まれ渡される。それを各自、胸にしまう。
得度式 如法衣 数珠 剃髪式 法名

 繰り返し合唱する・・
『我今・世尊』がこん・せそん
『我今・世尊』がこん・せそん
『我今・世尊』がこん・せそん

『我今・世尊』『我今・世尊』・・・
『我は今より、釈迦(世尊=目覚めた人)として生きる』(のだ!)
という、宣言をする。

『Yes, You know・・』 考えるのではなく、知れ。
『Free your Mind・・』 そして、心を解き放て。
正に、マトリックスの世界と密教は相通ずるのだ!


得度式 小林阿闍梨と 我がグルとなる、小林阿闍梨とご本尊前。
【感無量】
 これで晴れて、真言密教の小僧となった。第一歩を踏み出したのだ。
今も基本的に変わりはしなだろうが、昔から、還俗(げんぞく=在家に戻る、或いは仏心を捨てる)するのは容易ではない、・・そう強く半生を神仏に捧げる決意がなければ、簡単に出家など考えない方が良い。在家で充分。 と、自分は思う。
禅宗などは、在家のままで出家と云うのが、あるようで選べるらしいが。出家の反対語は在家なので、スジが通らんような・・。


 【弘法大師へ報告】
 法衣を着たまま、全員下駄を履いて、奥の院に住まわる、お大師さんへ報告へ行く。
・・あ、もう「お大師さん」なんて、気安く呼ばん方がええんやろか? ええよな。衆生から1200年もの間、ずっと親しみを込めて呼ばれたお名前やし。
実際、四国の人にとって、「空海」と、「お大師さん」は、ほとんど別人のような違いがあるらしいよ。

この、奥の院参拝も、「奥之院拝堂次第」ってのがあって、どこでナニを何回唱えて、ナニをする・・など、そりゃもう、事細かに決められている。
その中の一つ、光明真言「オン アボキャ ベイノシャノウ マカボバラマニ ハンドマ ジンバラハラバリタヤウン」と、ずっと唱えながら御廟まで歩いて行く。


得度式 奥の院前にて M氏と スティーブン・M氏と。
観光客やお遍路さんが、こちらを見て合掌して下さる。自分も頭を垂れ合掌する。にわか小僧とはいえ、どっからどう見ても、僧侶には違いない。
だが、歩き遍路のときも、しょっちゅう合掌されたし、合掌仕返した。 今では、どこでも誰とでも、礼を尽くす時や儀に肖るときは、合掌するのが自然とクセになっている。


 常喜院に戻り、行を解く。
全員着替えて、法衣を畳むのがまた大変。広げるとスゲーでかい。昼食をとったのち、自分はせっかく僧侶になった記念に、輪袈裟を買おうと通りに出た。

そうなのよん。みなさん。
歩き遍路のときは、いわゆる「半袈裟」でしょ。素人だから。
でも、今度は堂々と「輪袈裟」が着けられんのよ〜これが嬉しくてたまらん。(笑
ボストンのM氏も買いたいとついてくる、そしたら俺達も!と、結局、本屋へ行った小林阿闍梨以外全員で、ウロウロ買出しに行った。

高野山伽藍内の愛染明王ただ、「せっかく高野山へ来たら、伽藍は見ておけ」と、阿闍梨に云われてたので、石橋法衣店で、輪袈裟を注文し一人、伽藍へと向かった。
なにかで、伽藍の中に愛染堂があるのを知った。集合時間は2時45分。あまり時間もないので、金堂と愛染堂だけは参拝したい!と、傷む足を引きずるように歩き続けた。



 神仏よ・・
父よ、母よ・・
全ての人に、今日の感謝を捧げる。

心より、有難う御座いました。
感謝合掌
法蓮 百拝