2008年2月21日は、満月だった。
先月の満月の夜に続き、今夜も夜空はスッキリと澄み渡り、外灯が無い場所でも歩けるくらいに、夜道を美しく照らしていた。
二ヶ月続けて、こんなにキレイな満月が見れるのは嬉しい。 日が沈んでから、じっと暁九つ、子の刻になるのを待ち続けた。

子の刻は、午前零時から午前二時まで。この二時間の中で、ど真ん中の午前一時は、子の中刻、暁九つ半、又は子三つとも云う。難しいね〜日本語は。
因みに広辞苑では、午後十一時から午前一時まで。つまり、一時間早く始まっているが、自分は子の意味自体が、『全ての物の始まり』とされていることから、午前零時からと思っている。

ついでだから、みなさんは良くご存知の、『丑三つ時』といえば、何時を指すだろう。午前二時(〜30分)なら、広辞苑。 子の刻を零時とする、江戸時間だと午前三時(〜30分)となるんですよん。 自分は今まで、漠然と二時半ぐらいと思ってた。


 午前零時45分に合わせた、携帯電話のアラームが鳴った。
仕事の手を止め、仏間へ行き灯明と線香に火を点ける。事前に風呂は済ませておいた、それから何も口にはしていない。 塗香を手の平と、額、あご、胸につける。これは、三重院の副住職に教わった。それまでは、手の平に摺り込むだけだったが。

 バルコニーに出て、満月の灯りを全身に浴びる。
三浦あかね著、三面大黒天信仰によれば、大黒天一日千座行とは、『憤怒形の大黒天、若しくは三面大黒天を本尊として、財を招き福を呼ぶ修法』とある。 具体的には、暦の子の日、子の刻に行い、内縛印(大黒天又は三面大黒天の印)を握って大黒天の真言、「おん まか きゃらや そわか」又は、「おん みしみし しゃばれい たらがてい そわか」を千回唱える。

 この修法を、子の日だけ七日間行なうと、他人に話したがらぬほどの、『効果絶大』なご利益を賜れる。 と、記されている。 三面大黒天だけに集約し、こと細かに著された珍しいこの本には、他にも在家に限らず一般人でも行なえる、修法が数多く紹介されている。みなさんも、一度試されてはいかがであろう。


 大黒天一日千座行を行なうのは、二度目だが、今日は子の日ではない。
が、前にも書いたが、神仏に手を合わせる、ずっと以前から満月の力に未知なる偉大さを感じていた。 毎月ではないが、満月カレンダーなどを買って、時間のあるときは度々満月の光を浴びて、商売繁盛や心願成就を祈願していた。

 ただ当時は今に比べると、その祈願内容は全く自分本位な利己的であり、とてもここには公開できないような、あまりに俗に溺れた煩悩の塊のような祈願だったが(笑。

 なので今回は、敢えて個人的に、大黒天一日千座行と満月の力の相乗効果を図ってみたのだ。 千回唱え終えるまでに、手は凍りつき、息が真っ白になるほど、冷え込んではいたが、その分ひたすら満月の光も浴びれたので、充分満足感も味わえた。



三重院の副住職に教わったとおり、今回からはカウンターではなく、数珠で真言を数えながら、千回唱えた。
因みに、子の日は12日に一回。甲子の日は、60日に一回。甲子の年は60年に一回。前回は、1984年だったので次は、37年後の2044年まで来ない。ギリギリ生きてるか、とっくに死んでるか・・(笑。