ふと思った・・「BASARA・ばさら」とは、何ぞや?
10数年前に観た、「LEGEND OF BASARA」(日本初のUHFアニメ化された原作:田村由美のコミック『BASARA』)か? ・・うーん、あれはアレで面白かったが、ちょいと違う(笑。 「がばいばあちゃん」で一躍有名になった佐賀県のお隣、福岡県浮羽地方の方言(うきはことば)では、沢山とか最高という意味もある。

元来の語源は、インドのサンスクリット語で「Vajra・ばじゅら」と云う、金剛石(こんごうせき)=ダイヤモンドの意味を持つ仏教用語。金剛杵(こんごうしょ:右手に持つ剣の武器)の意味も担い、独鈷、三鈷、五鈷を総称して「跋折羅(ばさら)」と呼ぶ。
密教のシンボルとしてのバジュラは、菩提心(覚りを開くという固い決意)を表し法具とされる。この決意は、金剛不壊(こんごう・ふえ)と表現される。つまりは、ダイヤモンドのように堅く揺ぎ無い決意を云う。チベット語ではドルジェ。

 塋教関係の語に冠して》堅固・最勝の意。もと、金属中で最も堅い物の名。
非常に堅く、こわれないこと。「―の身」
「金剛石」「金剛身(=すぐれた身体、すなわち仏身)」「金剛杵(しょ)」などの略。 <岩波国語辞典より>

とある。なるほどそうか。
気が付かなかったがそう云われたら、金剛を意味することによって、マントラ(ご真言=マン(man):精神トラ(tra):器、道具)にも「ばさら」は頻繁に出てくるではないか。
例えば、不動明王の「のうまくさんまんだ<ばさら>せんだまかろしゃだうんたらたかんまん」、千手観音の「おん<ばさら>たらまきりくそわか」、大日如来の「おんあびらうんけん<ばさら>だとばん(両部)」、愛染明王の「おんまからぎゃばぞろうしゅにしゃ<ばさら>さとばじゃくうんばんこく」などなど。

こんな俄か信仰者の自分でも、パッと四つも出てくるのだから恐らく相当数あるだろう。真言も意味を踏まえて覚えると尚更、頭に入りやすい。解読するとまた長くなるので、今回は割愛。


また、「ばさら」とは、薬師十二神将(薬師如来を警護する煩悩と闘う将たち)の一人=伐折羅・跋折羅・跛折羅と表記される。薬師如来の説く仏法を守る夜叉王(七億の眷属夜叉を率いる)。十二神将は各々方角と時間を警護する役目を担っており、因みに伐折羅大将は、丑(干支)の方角と、丑(干支)の時間(午前2時〜午前4時)を警護している。

「ばさら」は「Vajra」で、サンスクリット語を語源とするなら、奈良時代仏教と共に日本へ流入して来た筈だが、その経路と明確な時期は不明である。
鎌倉幕府滅亡以来、変化し続ける世相に、現世謳歌の風潮が蔓延する中、華美な衣装などで目立つ様子が「ばさら」(婆娑羅)と呼ばれる。南北朝時代、近江の豪族武将、佐々木道誉(ささき どうよ=京極道誉:1306〜73)や、土岐頼遠(とき よりとお)などが、いわゆる「婆沙羅大名」と呼ばれていた。
室町時代〜戦国時代には歌舞伎者とも表現された。『歌舞伎:かぶき』は『傾く』から由来しており、つまるところ世の中を斜めに見て、常識から逸脱する人間のことをいう。その根拠、定義は様々で定かでないが、「婆娑羅・ばさら」の当時の意味は、時代の秩序を飛び出す美意識、生活意識の表現の一つである。

自身の実力に目覚めた、新興武士層の衒(てら)いのない、古い権威の徹底した否定をを第一義とし、”もののあわれ”や、無常観を説く王朝の価値観と真っ向から対立して、万事に派手で豪壮で素直な形をとること。とされている。そういう意味においては、カリスマ的革命者の織田信長も、「婆沙羅大名」と呼ぶべきか。意外と思われるかも知れないが、前田利家も実はその異様な服装と、奇矯な振る舞いが多かったことから、「婆沙羅大名」と呼ばれていた。

現代的な解釈では、ただ自由気ままに振舞い、一方的に旧文化を破壊するものではなく、逆に旧文化と融合し競合する事によって、新しい文化を生み出すこと。などと、文化創造的な意味合いも持つようになってきている。
道誉の「ばさら」ぶりが遺憾なく発揮される痛快な読み物、文芸誌に連載されていた北方 謙三ならではの著、「道誉なり〈上〉道誉なり〈下〉 (共に中公文庫)」では、『ただ毀(こわ)したい、と思う男のこと』だと、佐々木道誉自身に言わせている。

中世特有の宗教心と組織の論理が発達し、人間が人間らしく生きることが非常に難しくなったこの南北朝時代。規格化・画一化を何よりも嫌い、自己の個性を遺憾なく発揮し尽くした「ばさら」呼ばれる一群の人々が誕生したのも頷ける。
しかし、所詮人間は対して成長しておらず、如何に文明が進化しようとも、逆に精神的には退化しつつある現代に相通ずる世相を感じる。
このことからも、昨今では「ばさら」を、改革的斬新なブランドイメージとし、屋号やサービス名、商品名に転用する企業も多々ある。


また,派手で奇矯な行動や風体をはじめ技工・器具・装身具類にもばさら名を付けて呼称され,扇・団扇・絵馬などに描いた粗放な風流絵を「ばさら絵」といい,細骨五本を片面張りとした蝙蝠(かわほり,開いた形が蝙蝠<こうもり>の翼をひろげた形に似ているため)の地紙に、ばさら絵を施した派手な扇は「ばさら扇」と呼ばれた。
天下統一に向けて、佐々木道誉が共に走り続けた、足利尊氏の将士の衣服や飲食,遊興の奢侈を極めた者も「ばさら」と表現した。

一説には、右手に金剛杵を持った伐折羅大将(金剛大将とも呼ばれる)の姿が、あまりにも際立って異様だったため、奇(き)をてらい華美を尽くす、振る舞いや派手な姿をする伊達者(だてもの)も、「ばさら(婆娑羅・婆沙羅・婆佐羅・時勢粧・跋折羅)」と呼ばれるようになったとか。
平安時代には雅楽や笛を吹く、調子舞の手振りで本来の踊りから外れて、「味のある」様に舞うことを「ばさら」と言ったらしい。これらから、常軌を逸し過度な奢侈に耽る事を「ばさら」と言うに至り、転じて放縦無頼な振る舞いを指したらしいが、元来仏事で使う神聖な道具の名称から、平生の行いから外れた行動を指すようになったのは、いささか当時の民衆や文化における偏執を感じてしまう。


がしかし、ばさら=(金剛が物を砕くように)音楽や舞楽で、本法の拍子外に飛び出し(はみ出し)、技に見栄えがあるようにする。⇒婆沙羅⇒遠慮会釈なく振舞う=驕者放逸⇒派手に見栄を飾る=伊達、風流⇒遊蕩・狼藉 と、解釈していけば納得できる。
そういえば、四国歩き遍路で遠くから見た、香川県の丸亀城(現在の丸亀市中心市街地)は、江戸時代丸亀藩の城下町で、藩主の京極氏の祖先が、「婆娑羅大名」と呼ばれ、脚光を浴びた人物が「佐々木道誉」である。
今でも丸亀市では、自由・狼藉がまかり通っていた時代に、従来の秩序や権威に対して、果敢に挑戦した道誉を称え、「婆娑羅」の気風を受け継ぐ「婆娑羅まつり」が毎年開かれている。

「ばさら大名」の代名詞、京極道誉は旧体制を恐れもせず、ただ乱暴浪籍に生きたイメージが強いが、実は連歌、茶道、花道、香道、能楽の発展に力を尽くした第一級の文化人でもあった。・・という、文化的多面性が、自分も道誉が好きな部分である。

「婆沙羅」をもっと知りたい方、こんなんじゃ納得できん!って方は(笑、 吉川英治著の私本太平記(コミック)、又は私本太平記〈巻二〉婆娑羅帖 (1959年)古書で、好きなだけお勉強して頂戴。
風邪と花粉で鼻水ダラダラなので、今日はもうお終い。(笑