良く眠れた三重院での三日目の朝。
シャキッと5時に起きて、6時からの勤行に備える。階下では住職夫妻が寝ているので、あまり早く起きすぎないようにと、副住職に云われていた。
物音を立てないように、静かに外階段を下りて行き冷たい水で顔を洗ってスッキリする。気持ちのいい、清々しい夜明けだ。

勤行の支度も手馴れてきた。本堂の灯りを点け、ストーブを焚き、灯明をご本尊と供養棚に灯し、小さな線香を四本それぞれに分ける。ご本尊は線香も灯明も大きい物を使用する。出るときには、灯明を消しストーブを消し、三つある卓の上を整理しピシッと揃える。・・もう、住職に注意されることも無くなった。

朝の勤行は、副住職も我々と同じ側に坐し、住職が主役を勤める。相変わらず迫力ある勤行だ。九字の切り方一つとっても気合が漲っている。恩年お幾つぐらいだろうか・・子息の副住職が自分と同い年だから、還暦はとうに越えていよう。お寺さんで晩婚なら相当のご年齢ではないか。微塵も感じさせない力強さを感じる。これが修験道を極めた方のオーラか。


食事が出来るまで食堂で待っていると毎朝、住職が神棚と仏壇にお供え物をあげに来る。ぼぉっと見ていてもナンなので、一緒に合掌し拝む。こんな時の住職の物腰は殊更に腰が低く且つ穏やかである。
「失礼・・」我々、にわか修行者の前を横切るのに何の遠慮や礼儀が必要だろうか?なのに、礼を尽くして下さる。更に合掌し、共に「南無阿弥陀仏」を唱えると、振り向いて「ありがとう」と言って下さる。そんな本当の意味での、高僧なる人格者を目の当たりにすると、自分が小さくまだまだカスのようにも思える。

03c41a27.jpg これは、食堂にある神棚に貼ってある紙。
「五恩」と書かれた題目には、「一、天地」「二、国王」「三、産土」「四、父母」「五、諸人」とある。それぞれに手を合わせ、それぞれに感謝する気持ちが大事だと教えられた。更に修験宗では、神鏡の中に自分を映し出し、大日如来を見出す。つまり御仏との意思疎通、チャネリング=即身成仏をおっしゃっているのだと解釈した。
余談だが、この「本山修験宗 三重院」は、天台宗系の修験宗である。

ナンじゃそりゃ? と、思われる方もいらっしゃるだろう。自分も住職に初めてお伺いしたとき、ん?・・と、思ったが確かに、密教に極めて互換性や共通点が多いのも、それらを学びとると一気に納得が出来た。実は弘法大師よりも100年以上も早く、密教(厳密には雑密と呼ばれる)を継承している役小角に端を発する。
長い修験宗の歴史の中で、現在は大別すると「本山派=台密(天台宗)」「当山派=東密(真言宗)」の二派に分かれている。雑密や修験道の沿革などについては、別の機会か備忘録にて詳しく述べたいので、ここでは割愛させて貰う。


朝食のあと、作務(今回は清掃修行)に入った。
副住職からは、「単なる作業と思わぬように」との前置きがあり、作務とはただ掃除すれば良いことではなく、感謝の気持ちを伴わせることに意義があると説明された。
まずは、屋根から落ちた雪が跳ねて汚れた、寺務所の玄関や雨戸を、バケツに水を汲み雑巾で拭き掃除した。副住職も我々と変わらず一緒に作務を行なう。近頃、「和物」が見直されトレンド化している。若いコたちの間でも、和柄のジーンズやTシャツは良く売れている。さすがに作務衣を着ている若いコはあまり見かけないが、作務衣とは作務(作業)する作業着のことを指す。全てのブランド服を捨てた自分は、ここ半年以上、ほとんど毎日パジャマと作務衣しか着ていない(笑。

続いて、本堂のガラス扉や格子も拭き上げた。物がキレイになるのは気持ちが良い。掃除は嫌いでは無い方だ、副住職の言葉を噛み締めながら一生懸命やった。食堂や二階の寝床も掃除機を掛け、二時間ほどで終了。副住職は指示と手本だけ見せるのではなく、最後の最後まで共に作務修行をこなした。


 清掃された本堂で昼の勤行を終え、修行の感想文を書くように言われた。汚い字だがありのまま感じた気持ちを綴って渡した。昼食の時間が近づいたので、食堂へ向かい食膳を運ぼうとすると、副住職が「もう修行は終わったからいいよ」とおっしゃる。だが、自分達が食べる物だ。民宿ではないので甘えるワケには行かない。修行を終え得度してらっしゃる奥様(妙清先生)に、「手伝わせて下さい」と、いつもと変わらず食膳を用意した。満行のお祝いに日本酒をご馳走になった。一合徳利が空になるまで、副住職が酌をして下さった。

これで、今回の修行はお終い。
「え?」 と、賢明な読者さんは思われただろうか?
「オイオイ、滝修行はどうなったんじゃい?」

▼それはですね・・
 WEB上には記されていないのだが、現在は冬季における滝修行はやってらっしゃらないとのこと。
と云うより、この時期は滝が凍ってツララどころか、岩なみの重さの氷が落ちてきて危ないらしい。入山するのも雪で閉ざされ危険が伴うと言う。

・・という話しを、三重院に着いてから聞いた。
「あれ?云ってなかったっけ?」と副住職。恐らく、もう一人の同時参加者に説明したので、自分にも話したと誤解されていたのであろう。「どうする?」と訊かれたが、もう来てしまっているので、そのまま修行に参加した。しかし、この修行プログラムの正式名も、タイトルの「山伏体験修行」とあるように、滝修行だけが修行ではなく、今回実施した「峰入り」「マントラ」「作務」も立派な修行である。
ただ、自分も同時参加の彼も、極寒の季節に敢えて滝修行を望んだわけで、来月の滝開きにはまた呼んで下さることになった。


そうそう、この三重院では現在、信徒会館を境内に新築中で4月12日(土)に、開山660年記念 信徒会館落慶法要が行なわれる。 同時開催で、火生三昧(大火渡り)の行も見られる。
副住職、住職共に誘って頂いたし、お祝い献上を兼て、是非とも都合を付けて参加したいところ。当日、得度式もあるとのこと。他にも今年は、4月27日から毎月12月まで計10回に渡り、「長生山法華曼荼羅入峯修行」が行なわれる。近隣の山々約27キロを歩く峯入り修行だ。これもやりたい!

 案内チラシには、「役の行者の門に入り、スーパーマン(私の特性が光る)になろう」と書かれている。副住職が考えたキャッチフレーズだろうか?なかなか面白い。

ご興味持たれた方は、仔細問合せしてみられては。
三重院 メール 0278-62-3001
ご担当:村上圓信副住職


9aee3fcd.jpg 上毛高原駅までの帰り道。
遠くに石鎚山と同じ、標高1900m級の真っ白な谷川岳が見える。来る時はタクシーで来たと云う、同時参加の彼と小一時間、すっかり雪が解けて乾いた路面を、ブラブラ歩きながら駅まで向かった。





〜編集後記〜
 同い年の村上圓信副住職とは結構息が合い、彼とのえにしに深く感謝した。
良ければ長い付き合いをさせて頂きたいものだ。彼は寺務所のすぐ隣にある、手作りの離れに住んでいて、サンルーム化した玄関で亀を三匹飼っている。
二匹は巨大とも云える大きさで、知人が自宅で飼えなくなって手放したのを、貰い受けたという心優しき修験者。初め見たときは、てっきり剥製を無造作に置いているのかと思った。生きている大亀を飼っている人は初めてだ。まだまだ大きくなるらしい。あぁ写メ撮って来て、みなさんにお見せすれば良かったか・・声帯がないらしいのだが、時々「ぐぉお」と、唸り声みたいな鳴き声?を発する。殆ど動かないが見ていて面白い。

アフリカ生まれの大亀は寒がりで、そのため暖房は欠かせないという。大きさも去ることながら光熱費も大変だ。まきストーブの真下は大亀二匹が陣取って、小亀はいつもゴミのように踏んづけられて、端っこに追いやられている(笑。


この彼の玄関で、「休憩中はいつでも来ていい」と、たびたびタバコを吸わせて貰った。その機会もあって、彼とは色んな話しも出来た。彼も喫煙者だし、外で吸って住職に見つかるとどやされるに違いないからだ。自分のようなヘビースモーカーには、二泊三日も禁煙出来たら、きっと一生禁煙出来るほど相当辛いものだ。彼の配慮に心底感謝合掌。

帰るときも、駅まで車で送ってやると云ってくれたが、新幹線の時間が合わないのもあって遠慮した。また、彼には「今度呑みに行こう!」とお誘いも受けた。帰る間際、手帳まで取り出して予定を訊いてくれる、その律儀とも実直とも思える態度と、こんな自分に興味を示してくれたことに大いに喜んだ。
本物の修験者、しかも三重院22代目と二泊三日でお友達になれたのは、幸運としか云い様がなかろう。

あ、圓信さん。
ココんとこ、マズければコメントかメール貰えば削除しますんで(笑。