〜マントラの続き〜
 ううん、やはり巧くいかない。副住職から、「ここでは、修験宗で定められたご真言に従ってくれ」と釘を刺されたが、意識すればするほどフン詰まりになって、どもってしまう。このままじゃ夜明けまでに終わらない。

マントラは自意識から遠のいた瞬間から、スピードが増してくる。有意識(顕在意識)つまり左脳の中では、スピードに限界がある。
いよいよイライラしてきて、云い慣れた真言宗のご真言に切り替えた。やはり慣れたもので、あっという右脳が動き出してスピードアップして行った。

気分が良くなるとしめたもの。徐々に修験宗式のご真言を前半に加えて慣れていく。違うのは冒頭だけだが、そこへ意識をやること自体、左脳が働き後半までガタガタになってしまう。始めはスピードを緩めたり早めたり、区切る場所を変えたりと、慣れるまで色々工夫を凝らした。

〜ちょっと脱線〜
491cbedd.jpg  そうそう今回、副住職に数珠でマントラ(真言)を数える方法を伝授して貰った。
まぁ考えりゃ分かりそうなモンだが、ちゃんと習ったことがなく、未だに虚空蔵求聞持法はMade inダイソーのカウンターを使っていた。それを副住職に話すと、「数珠で数えようよ〜」と云われた(笑。

早速、知らない方へもシェアしよう。
数珠で真言を数える方法は、人差し指と中指の間に数珠を通し、他の指は合掌するように立てて、右手の親指と人差し指だけで右から左へ数えて送る。
数珠の由来は諸説あるが、元来読んで字の如く、数を数える物だったらしく、また珠の数は「煩悩の百八」と同じというのは、どなたも良くご存知であろうが、実は108ではないと知っていただろうか?自分も全部で108だと思い込んでいた。
宗派によって多少形状が違うが、正式な百八数珠なら珠の数は同じだと思う。いい機会だから、ご自分の数珠の数を数えてみられてはいかがであろう。


〜どんどん脱線(笑〜
346aae43.jpg ハイ、それでは数珠を用意出来ましたか?
ついでなので、数珠の各部名称と意味も覚えちゃいましょう。まず、弟子珠と呼ばれる房の根元にひと際大きな珠がある、それが二つ対になって母珠と呼ばれる。どちらか片方の母珠から、7つ数えたあとに少し小さな珠(四天珠)がある。
そちらを表房と云う。次に、その四天珠を飛ばして、二つ目の四天珠まで21。そして、反対側の母珠までで54。かける2で108だ。つまり、母珠2個と四天珠4個を足すと全部で114コある。
真言や経を唱える時、7遍や21遍が多いから、この四天珠を目安に数える。

数珠の名称と各部位の意味
母珠(親玉)・・『釈迦如来』『阿弥陀如来』を表す。
主珠・・108の玉。『百八尊』『百八煩悩』を表す。
四天珠・・『四天王』『四菩薩』を表す。
弟子珠・・(記子玉) 房につく小玉(片側10個づつ)日蓮宗のみ計40個
『十大弟子と十波羅密』と『十大弟子と十菩薩』を 表す。
露玉・・(記子留)弟子玉の下に着く露型の玉。

マントラの場合、母珠と四天珠を飛ばして一巡して百とする。(ホントは、108なんだけど・・)細かいことを言えば、一万遍唱えると800回余分に数えたことになる。足りないよりは多いほうが良かろう。因みに、一巡(百回数えたら)したら、弟子玉を画像のように一つ下げて行き、全部下がったら反対側の弟子珠を一つ上げる。これで千回、全て上がれば一万回。なるほど旨く出来ている、これを繰り返せば何万回でも数えられる。


 本堂内はストーブが焚かれ暖かい。昔はストーブなどなしで行なわれたそうだ。確かに凍える寒さだろうが、贅沢な言い方をすれば、温かさは眠気を充分に誘う。途中、千回に一回は気分転換に外へ出た。あぐらだが、座りっぱなしも腰にくる。

実は修行中は俗世から完全に離脱するため、携帯電話の使用は勿論、禁酒禁煙である。禁酒は我慢出来ても禁煙は厳しい。四国歩き遍路においてもそうだったが、修行や精進というものは、そもそも、「こだわり」や「習慣ごと」の多い人間ほど苦労する。或いは「好き嫌い」や自分のように、元々粗暴で品行方正とは程遠い人間ほど骨身に沁みる(笑。


▼ここから先は、ナイショの話しだが・・・
ad9eda81.jpg 修行を始める前のレクチャーで、副住職に喫煙希望の有無を訊かれ、自分は「吸います!」と答えた。他二人のうち、一人は喫煙者だったが、「吸わない」と宣言した。副住職曰く、宣言は変えられないとのこと。良かった、正直に言っていて(笑。

ただ、住職が怒るので指定場所をあとで教えてくれるといったまま、マントラに入ってしまった。仕方ないので、千回ごとの休憩で外へ出て、宿舎の裏で学生のようにすっ呆けて吸っていた。雪がこんこんと降り出して、積もった地面で火を消して吸殻はポケットにしまい込んだ。

ちょうど夜半過ぎ、外で吸っている時に副住職が見回りにきた。
「何回ぐらい行った?」「今、二千回です」「うん、早いな」タバコのことは特に云われなかった。同い年の副住職は理解があるが、このブログを住職だけは読まないことを祈ろう(笑。

さすが丑三つ時も回ろうとすると、だんだん眠くなる。みな眠気と闘うのに必死だ。隣の彼は、何度もグーグー寝てる(笑。 あとで話したが、マントラ中は不思議なことが起きる。ほんの一瞬なのに夢を見て、その夢の中の会話をマントラしているのだ。途中で変なコトを口走っているのに気付き、ちゃんと真言を唱えるのだが、また意識を失うと、すぐさま夢の中へ突入する。そのたびに、夢の中の会話を何度も何度もマントラのように唱えてしまうのだ。この面白い現象は、彼だけでなく自分も体験した。


とにかく眠い、集中力を持続させるのは並大抵ではない。何度も顔を洗いに行き、タバコを吸い、外を走り回ったりして眠気と闘った。たまに数珠を手から落として、また始めから数えなおしたりもした。
結局、制限時間の5時半まで6300回だった。他の二人よりは遥かに先行はしたものの、時間的に見れば気絶しながらのロスが少なくなかったと云える。副住職が見えて、そのまま6時からの朝の勤行に入った。
あとの二人は三十代前半、あの年の頃は毎日朝まで呑んで、そのまま仕事なんてへっちゃらだった。元々睡眠不足に強いとはいえ、徹夜は久しぶりだ。増して夜を徹して、集中力を保ち続けようとした分、疲労困憊かなり堪える。

朝食のあと、近くの稲荷神社で縁日があるので、そこへ行くという。
住職も着替えや準備に慌しい。先に一人、法螺貝を吹きながら出て行った。副住職から一人ずつ、毛皮で出来た前掛けのような物を配られた。みなで、これはどこにどう着けるものか、考えていたが全員外れて、尻を覆うように腰に巻くものだそうだ。 用途は?と訊くと、峰入りした時にどこでも座れるように尻の方へ毛皮を向けるらしい。
なるほど・・こりゃ、冬なら暖かいし歩き遍路にも良さそうだ。だが、真言宗では十善戒でも唱えるように、不殺生がある。遍路姿に動物の毛皮を腰に巻くのは、抵抗があるか・・因みに、修験宗では肉食も酒も平素無礼講らしい。無論、修行中以外のハナシだが。

縁日と説明されたので、テッキリお祭りに顔でも出しに行くのか?と、呑気に思っていたら、隣山の上へ登るとご近所の住民が集まっており、小さな祠に奉られたお稲荷さんの前で祈祷が始まった。勤行時と同じように九字を切り、密教の印相を結ぶ。その後で、住民による玉串の奉天が行なわれた。ここにも、正に神仏習合の名残を垣間見た。更に上へ登り、冷たい北風吹きすさむ頂上でも般若心経を上げた。

この日、我々より一日早く参加していた一人は今日で満行なので、昼食は本堂で残った二人で彼とは別々にとった。行を解いたら、食べるものが違うらしい。
食事後、ふたたびマントラの続きを行い、眠気は収まらないままだったが、何とか集中力を取り戻し、かなりのハイペースで追い上げて午後2時ごろには一万回を完了した。途中、先の彼が挨拶をして帰っていった。


その後、林浴(身体を清める)をした。
てっきり、水をぶっ掛けられると思い、気合を入れて行ったが、浴室で温水シャワーを浴びられた。修行中は入浴出来ないと書かれていたが、シャンプーも石鹸も使っていいそうで、フツーに風呂に入るのと同じだった。住職の話では、以前はやはり井戸の水を被っていたらしいが、衛生上近頃はシャワーにしているらしい。

夕食後、勤行をしてこの日の修行は終わった。時間が有り余ったので、一人本堂へ行き、虚空蔵求聞持法を1500回やった。雪もすっかり解けて、お日様も照っていたのでストーブは点けず、扉も開けっ放しでやった。やはり少々寒いくらいの方が、集中力は増す。
住職が「寒くないんか?」と気遣って下さる。何かと小うるさく厳しい住職で、しょっちゅう怒られたが、それは自分の常識や他人への配慮が欠けているせいで、至極当たり前のことをおっしゃっておられる。本当は心優しい方なのだ。人一倍修行により、己を鍛えておられる分、人に優しくもなれるのであろう。尊敬すべき大先達だ。


消灯時間は9時だが、さすが本を読んでいると眠くなってきた。
隣の彼は既に死んでいる(笑。 このときも、住職は上に上がってきて「寒いだろ?平気か?」と声を掛けて下さった。昨日、初めてこの部屋に入ったときは、絶対凍死すると思ったが、徹夜明けの疲れからか、一度も寒さに目を覚まさず、5時までぐっすりと眠った。