今日、10月15日は四国遍路への出発日だった。
車遍路で四国八十八ヶ所と、西国三十三箇所、そして小豆島八十八ヶ所までを約17日間を、ツアー会社のプログラムでレンタカーにて巡る・・と云う、予定だった。

んでオマエは呑気に何やってんだ?ってハナシだが、実は車をやめて歩き遍路で巡ることにした。急に決断したので、日程的にも大幅な変更だ。レンタカーはキャンセル、遍路ツアーもキャンセル、一から計画を練り直した。


 ご存知の通り、関東八十八箇所と秩父三十四箇所は車で巡礼した。今回も車遍路の予定だった。だが、誰しもそうらしいが遍路は巡礼するたびに、すぐさま気付かなくても、徐々に心の変化を感じることが出来る。

自分も巡礼を重ねる内に、そうした心境の変化の中で、歩かなければならない・・歩きたい・・歩こう・・歩くべきだ! そう強く思うようになった。具体的には、秩父三十四観音巡礼において特に、その思いは強まっていったと思う。
26番円融寺から27番大渕寺までの山道を歩いたり、また31番観音院の奥の院を始め、極力歩こうと試みた中で、やはり遍路は「歩いてこそ」と考えるようになった。


「人生は遍路なり」・・
人々はなぜ、遍路に旅立つのか?その先に何が見えるのか? 不安が無いわけではない。かつてキックボクシングをしていた、マラソン経験もあるとは云え、もう二十年近く運動らしい運動もしていない、ぶったるんだメタボリックな中年の身体で、1300とも1400Kmとも云われし、途方もない距離を本当に歩けるのか?
一体何日要するのか?その間、仕事はどうする?家族は?従業員は?取引先は?考えればキリがない、ネガティヴな要素は溢れんばかりに湧いてくる。

しかし、自分は歩かなければならないのだ。
とにかく、やると決めたらやるしかない。そうと決まればやるべき事は山ほどある。出発を遅らせて、歩行計画や旅の準備、トレーニング、仕事もある程度片付けて行かねばなるまい。心思う相手には公私問わず告げて行かねばなるまい。


さあ、今日からまた忙しくなりそうだ。