満月 22日の夜は、かつてないほど実に美しく荘厳で、それはそれは見事な満月だった。特に根拠はないのだが、神仏に目覚める遥か以前から、満月から降り注ぐ力のようなモノを信じていた。なので、いつも満月の夜には外へ出て、堅実合掌(昔は知らなかった(笑  ただ、手を合わせてただけ)した指の、ほんの少し隙間から満月をしっかり捉え、しばらく見つめたあとで両腕を大きく広げ、体全体で満月の光を浴びて、願意を称えた。無論、信仰心なき頃の願意など、たかがお里が知れていて、せいぜい『事業拡大』や『自分の理想の未来』を託していた程度だったが・・・。

 最近は、満月カレンダーソフトや、暦を調べるサイトでも簡単に満月の日が分かるが、大体30日後だから翌月の同じ日から、一を引いた日でおよそ合ってる(当月が30日までなら同じ日)。 専門的な月齢方程式を使ったって、月の軌道が楕円だから公転角速度(満ち欠け)が一定に落ち着かず二日ほどズレる。但し、前月の正確な満月日を忘れると計算し損なう。前月が曇りや雨で、見えなかったりすると自分も良く忘れる(笑。

科学的に立証されているわけではないが、竹取物語を始め大昔から満月には不思議な力があるのは確かだ----と、自分はずっと信じている。また犯罪が増えるとも言われているが、そんなコトより何よりも、むしろ単純に美しく相当にロマンチックではないか。

白く浮き上がった妖艶な光を全身に浴びると、それだけでナンだかとてもやる気が沸き起こってくる。
この夜は、いつもより増して雲ひとつなく、見惚れるほどに美しかった。満月に向かって差し出した両手の先から、自らの魂を捧げ月光が導く道筋に心を溶かし込む。歩き遍路を終えた自分の、新たなる息吹を願意と共に満月に届けた。


 月を眺めていて、ふと、自分が帰依したときの事を思い出した。
このブログでも公開している、自分のハンドルネームの『慈徳院心厳浄哲居士』というのは、見てお分かりの通り列記とした『戒名』であり、このブログの開設に至ってテキトーに付けたものではないのよ(笑。

これは去年、春頃に某大阿闍梨から頂いたもので、戒名の意は

「大いなる慈悲を以って人々に施し、己の心には厳しく淨く、功徳の智慧を知る」

と、当の大阿闍梨は説かれた。無論この際に、五つの戒律を厳守する宣言も行った。戒名の『戒』は授戒の意であり、歩き遍路においてのお約束事、『十善戒』の半分を要約したようなものだ。

ご存知だろうが、自分のような煩悩多き俄か出家者では、しょっちゅう戒律を破ってしまう。 が、これらを知る以前と今とでは、そのたびに我を振り返る心に気付き、多少は以前よりマシな人間になろうとしていること自体、自然と身が修まろうとするのには、信仰心の不思議さを感じずには居られない。

五つの戒律とは・・
1. 不殺生戒 (ふせっしょうかい)殺さない
2. 不偸盗戒 (ふちゅうとうかい)盗まない
3. 不邪淫戒 (ふじゃいんかい) やたらとしない
4. 不妄語戒 (ふもうごかい)   嘘をつかない
5. 不邪見戒 (ふじゃけんかい) 因果道理を重んずる


 戒名が何たるかを書き出すと、また果てしなく長くなるので簡潔に。
そもそも自分が、戒名(授戒)を求めた理由は、生き様=死に様を定めたかったからだ。戒名は、死後の名前と誤解されている事が多いがそうではない。 仏門に入った証し、戒律を守る印しとして与えられる名前である。
仏教においては、人は死ねば誰しも出家し、仏と一体となり得度するから、フツーは死して戒名を得るのである。この場合は、お葬式がイコール得度式と考えれば分かりやすい。
う・・ヤバイ、もう何行も書いてしまった(笑 さぁ手短に一気にまとめよう。


 まぁとにかく、本来戒名には生前・死後の区別は無いのだが、フツーは死んでから、生前の寺院や宗派に対して、或いは社会的に高い貢献をした度合いによって、名を冠することになる。
要するに自分の場合、「こんな人だった」を「こんな人デス」と現在進行形で世に示すために、生き様を先に肯定してしまえということだった。

 位牌に書かれる戒名には、院号(いんごう)・道号(どうごう)・位号(いごう)等が、『戒名(かいみょう)』の上下に附随するのが通例である。
自分の戒名を例にすれば、『慈徳院・心厳・浄哲・居士』の、慈徳院が院号、心厳が道号、淨哲が戒名である。自分は真言宗なのでこうなるが、宗派により異なり、一般的にこれらを総称して戒名と呼ぶ。
本当の戒名(法名)には苗字もなく、二文字だけで表現され、身分の高い低いに関係ない、仏の世界の平等さを表している。

 余談だが、名字+戒名の呼び方が一般化するのは室町時代後期で、信仰心の深かった武田信玄、上杉謙信、山名宗全、大友宗麟など、誰もが知っている下の名前は、みな本名(俗名)ではなく、戒名である。これらの呼び方は江戸時代に入り廃れていったが、今の自分の名刺は戦国武将らに因み、名字+戒名にしてある。

 また、浄土真宗では無戒であるため戒名とは呼ばず、法名(ほうみょう)と呼び、日蓮宗では法華経信者は霊鷲山の浄土に生まれるとされるため、戒名よりも法号(ほうごう)を重んじられる。


〜戒名を問う〜
このサイトへいらっしゃる方々には、寺院へ行くのは葬式と法事の時だけ、と云う方は少なかろうが、自分は檀家と云う言葉すら、去年まで知らなかった(爆。

明治以降に檀家制度が廃止されても、今も根強く残り現に檀家に支えられている寺院は少なくない。そういった葬式仏教化した近年では、戒名は寺院の良い収入源のひとつである事は否定出来ない。が、大切な身内が死してから少しでも立派な戒名を頂こうものなら、遺族の見栄や故人の社会的貢献度にもよるが、如何せん高くついてしまう。永大供養代が安く提示されても、実は墓石屋からリベートを受け取る寺院もあるのも事実。

 もし貴方が、御仏に帰依する気持ちさえあれば、生前に旦那寺なりから、戒名を貰っておけば、わずかな布施だけで済んでしまう。航空券のお得な早割りではないが、無用な高額費用を子供達に負担させたくなければ、自分のような理由がなくとも、先祖は過去の自分であり、子孫は未来の自分であると考えるなら、生きて戒名を頂く意味となりえまいか・・・。

南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛
南無大師遍照金剛

南無とは帰依することね。
遍路や日々の勤行に出てくる、「三帰」「三竟」。

南無帰依仏 buddhaM saraNaM gacchaami
南無帰依法 dhammaM saraNaM gacchaami
南無帰依僧 samghaM saraNaM gacchaami

空海の言葉『十住心論 』より
「仏法の殊妙を聞かば、必ずよく帰依し信受すべし」
帰依すること、すなわち信受すること。



〜後記〜
戒名については、また後日詳しく。
え?もうええって?(笑

そうそう、1月24日の夜は待ちに待った、『甲子祭』。
甲子祭とは、年6回、60日ごと(暦の中にある甲子の日)に行われる、大黒さまのお祭り。我が家のご本尊、『三面大黒天』さまを祀る大切な日。全国の大黒天を本尊とする寺院や神社でも色々執り行われるでしょう。

自分は以前にお知らせした通り、弘法大師が登嶽し大国主命を奉納した、妙義山・中之嶽大黒神社で深夜(子の刻)行なわれる、三百余年斎行される祭事にお参りし、明けの25日は目黒大圓寺へ飛んで、10時からの甲子祭に参ります。
なんだか、こうして書くとハリウッドスターの追っかけみたいですが(笑、なんせ60日に一度の事やしねぇ〜。ちなみに、甲子年は60年に一度なので西暦2044年。また、ここに自分の運命数「4」がゾロ目になってんのが、ひとりニヤニヤ喜ばしいことでも、まだまだ先の話し。仮に生きてても、死にかけてるかも知れないし(笑。


あ、それから・・
まだあるんかい! ごめんごめん、もうひとつだけ(笑

 平成20年の今年は、なんと36年ぶりの一白水星の子年でもあるそうで、九星気学では一白水星、十二支は子、と共に始まる、やり直しやスタートに相応しい年・・らしい。風水では「金生水」と云われ、「水」の年と干支の競争で一番を勝ち取った、「子」は多産なことからも、天下取りの良い霊獣とされ、相乗効果によって特に金運成就の年とも云われる。・・そうです。

36年前の昭和47年は、高度成長期のど真ん中で、戦後最大の第二次ベビーブームの年。また、当時流行った曲、「喝采」←ちなみに大好き。「あの鐘を鳴らすのはあなた」←これも好き→「旅の宿」などは、今でも唄い続けられるなど、この年に始めた或いは成し得たことは、末永く成就すると云う。・・らしい。(笑 
だから、賢明な読者の皆さんも、世界同時株安の波に圧されず奮起飛躍の年にしましょう!