13*00発車
子供を六人も連れた姉妹ママ、見慣れない格好をして不気味に見えたのか?(笑) 遠慮がちに立っているので、荷物を退かして席を確保してあげた。 最後の大瀧寺で貰った飴を数えると、丁度六個あった。子供たちに配る。 「ラピート!ラピート!」子供たちが指差すのは、関西空港行きの青い電車だ。 空港に用が無ければ、乗る機会はない。 併走しだしたラピートを、抱いた子供に見せて、「ホラ見てみぃ!乗ってる気分になるやろ?」若いが流石に大阪のおかん、やっぱ云う事が違う。(笑)

途中で子供たち四人が降りた。少子化が進み、甘やかされた一人っ子が増える。そんな子供は、兄弟と助け合ったり、分け合う気持ちも知らないまま、大人になる。日本の明日を背負う、人口増加に貢献する若いおかんはエラい! 自分も五人兄弟だが、あの頃から既に、少子化は始まっていたと思う。同級生でも殆ど、一人っ子か、せいぜい二人で、五人は珍しかった。自分はこんなヤツで、世の中に貢献度は足りんが、そう考えると、ウチのおかんもエラい!


朝から座りっぱなしで、今日は脚よりケツが痛い。それが、とてつもなく贅沢に感じる。歩き遍路とは、こうして日常に戻ってこそ、沁み々と些細な事に感謝を繰り返し、実感して行くのであろうか。


六人の子供たちと入れ替わりに、お年寄りが三人乗って来た。 傷付きすり減った金剛杖を見て、話しかけて来られる。一人、降りられる時に、片手合掌して挨拶。「いつまでもお達者で…」 宿の女将や、年配遍路、寺を掃除する婆さん達に、繰り返して来たこの言葉。もう、すっかり口癖になっている。 悪態を付いたり、暴言を吐いたりと、変わらない部分も確かにあるが、間違いなく何かが変わった。 今すぐ実感出来なくても、やがて分かる日が訪れると思う。

残った二人は、病院帰りの老夫婦。ご主人が、脚をさする自分を見て、貰ってきたばかりの漢方薬を分けて下さる。 無論、遠慮したが沢山あるから、持って行けと云う。感動した。大阪に来てまだ尚も、こうしてお接待を頂いた。
…いや、今までもそうだったのかも知れない。ずっと強がって、一人で生きてきたつもりでも、人は多くの「縁=えにし」の情けに支えられて、生きている。いや、生かされ続けてきたのだ。それらの好意を、感謝するか否か?応えようとするか否か? そうだ、受け止め方が変わったのだ。それさえも、何も気付かず41年間も、のうのうと生きて来たのだ。


橋本駅付近から、後ろ四両が切り離され、列車はグイグイと傾斜を登って行く。 誰も乗り降りしない駅が続く。バスのように電車は素通りしないのか。 紀伊細川駅付近から、単線になって所々で、列車は行き違う。 キィーキィーと、絶え間なく金属音が聞こえる、車窓からは四国に負けじと、山々が連なる。お大師さん然り、高野山の地形を表すのに、東西に竜が伏せていると形容されたのも頷ける。電車でも、こんなに長く感じる山、更にケーブルで登って行くのだ、一体標高何メートルあるのか? ナンだか無性に、歩きで挑戦したくなってきた。