11*05湾岸線
十数年前と変わらず大渋滞。元町あたりで第二神明から阪神高速5号湾岸線へ。最後にここを訪れたのは12年前、阪神淡路大震災の救援活動の時だ。某組織の手伝いで、水や食料を配給し瓦礫を片付けた。 世界中の新聞の一面に載せられた、真っ二つに折れた阪神高速道路、倒壊したビル群、陥没した地下鉄大開駅、それら全てが見事に復興し、どれも真新しい、綺麗な高層ビル群や住居が乱立している。

阿波座ー天保山渋滞6Kmの電工表示、尼崎 武庫川 …我が青春の街、ミナミにジワジワ近付いて行く、この感覚が好きだ。


11*29築港
いよいよ大阪に入った。大阪人以外は聞き慣れないかも知れないが、築港とは五大国際貿易港=大阪港の一部で、最も古い港。6世紀頃から難波津(なにわのつ)として、国際港が栄えた。秀吉も大阪城築上の際に、川の付け替え工事で携わっている。

現在は、日本最大のフェリーターミナルを擁する、ユニバーサルスタジオジャパンや、天保山ハーバービレッジなど含めた、巨大ウォーターフロントだ。


天保山PA
ここも懐かしい…昔、深夜に湾岸線を飛ばして、良くここでコーヒーを飲んだ。あの頃に乗っていた車は、AMG6.0SECハンマー。美しい女の裸体のような、ブリスターフェンダーがお気に入りで、ブルーブラックの車体に、デカい金メッキのAMGエンブレム。そうそう、ブーメラン型のテレビアンテナに、トランクリッドの電話アンテナまで付けていた。今じゃ趣味悪ぅ〜と云われそうだが、かつて一番愛した車だったのよ。

今でこそ、AMGはメルセデスの傘下に収まり、エンブレムまで小さくなって、すっかり骨抜きにされた印象は払拭出来ないが、その代わり簡単に、ヤナセで買う事も、メンテナンスを受ける事も出来る。
しかし、アーマーゲーとも呼ばれていた当時は、まだまだ鼻息の荒い新興チューナーで、スタイリングもずっとワイルドだった。

車の話しをし出すと、止まらないが久々だから許して頂戴。もうちょっと喋らせて、お願い(笑)
AMGに限らず、シルヴェスター・スタローンも購入した、ブラックバードと異名を持つケーニッヒ6.0SECや、ABC(アーベーツェー)エクスクルーシブなど、当時は皆ワイルドなチューナーが多かった。

後にBRABUSが、大人しくなったAMGに代わり台頭して来て、AMGは500E6.0を最後に乗り換えたが、BRABUSも近頃じゃ、有名になり過ぎて面白くない。これも04'S5.8を最後に、去年メルセデスオーナー自体を引退した。結局、21歳から乗り継いできたメルセデスは、全てコンプリートカー。ノーマル車は一台もなかった。

ロリンザーや清原の好きなカールソン、MKBやクリーマンなど、現在のチューナーを見渡して見ても、世界的にかつての様なワイルドさは身を潜めてしまった。

確かに、金や物欲に染まり切っていたが、あの頃が本当に懐かしい・・・。