朝6時から早々と仕事を済ませ
いつもの如く、突然思い立ち、秩父三十四箇所観音巡礼に出かけた。

本来の予定では、四国八十八ヶ所遍路〜四国別格二十箇所〜小豆島八十八ヶ所遍路〜西国三十三箇所巡礼を経て、その後に行く予定だった。
しかし、迫る予定日にはどうにも出発できそうになく、雲行きは益々怪しくなる一方である。ただ、その代わりというよりは、お大師さまに「先に秩父へ行け!」と言われているような気がしたのも確か。

だから、四国遍路のために用意してあった、白装束でフル装備で行く事にした。
関東八十八ヶ所遍路の際は、まだ揃えていなかったので、今回が初めての白装束だ。
菅笠、笈吊、半袈裟、数珠、脚絆、手甲。そして、賽銭袋にお線香、ろうそく、ジッポライター、風除けライター、スニーカー。白いジーンズ、白いワイシャツ、と徹底してみた。
初めて着用する脚絆も手甲も、やってみなきゃ分からない。菅笠のひもの結び方もさっぱり分からない。これも、長い長い四国への旅の準備編と思えば、やはり今回の出立は偶然ではなく、必然だったように思える。


しかし全く下準備も、各札所の予備知識も見ない始末。そんな無計画のまま、関越に乗り込み、上里SAで昼食をとって、のんびりと、だがとにかく一番札所 四萬部寺(しまぶじ)へと向かった。

一番札所では、お遍路用品がしっかり揃えられており、納経軸も迷うほどある。うーん・・流石、歴史を感じる。
いっちゃあ悪いが、関東八十八ヶ所の一番札所、高崎観音の慈眼院には、ここまでの遍用品は、全く揃っていない。
平成に産声を上げた、関東八十八ヶ所遍路と、室町中期に確立された秩父観音霊場とでは、雲仙の差を感じることが、このあと度々起こることになる。

納経所と一緒になった売店で、ご朱印を頂きに上がった際に、買い損ねていた物を購入する。すごい人で溢れている。こんなにも巡礼者が多いのかと驚いた。真夏と行楽の秋という、時期的な差もあるかも知れないが、関東のときはほとんど遍路さんに会わなかった。


〜購入した物〜
まずは平幡良雄大先達がお書きになった、「秩父観音巡礼の本」。それに忘れちゃいけないのが、各札所の御詠歌の載った「秩父巡礼用経本」。
なにせ、観音巡礼は初めて。観音経も読経したことも見たこともないので、これは何はさておいても、入手しておかなければならない。

他に購入したものは、「線香入れ」。筒型になっていて、爪楊枝のようにお線香が取り出せる。これは便利。折れる心配もなさそうだ。「納経帳」も然り。御影入れは、西国、秩父、坂東の百観音霊場用を持参した。


「持ち鈴」は、安い物もあったが、千円の差で音が響きが全然違うので、一番高い物にした。それでも、3000円ぐらい。因みに、18番だと同じ物が2500円だった。


さあ、これで準備万端!
歩いていく人、自転車で家族で廻る人、車で行く人、様々な巡礼者がこの寺から出立していく。


▼初日巡礼ルート
一番 四萬部寺(しまぶじ)⇒二番 真福寺(しんぷくじ)⇒三番 常泉寺(じょうせんじ)⇒四番 金昌寺(きんしょうじ)⇒五番 語歌堂(ごかどう)⇒七番 法長寺(ほうちょうじ)⇒六番 ト雲寺(ぼくうんじ)⇒八番 西善寺(さいぜんじ)⇒九番 明智寺(あけちじ)

以上、合計9箇所巡礼。



〜初日の感想〜
○関東八十八ヶ所遍路と比べ、巡礼者が多い!
○案内札がそこら中にあって判りやすい!
○次の寺への移動が近い!関東は3〜40キロある時も!
○最初の一桁台の札所は、近すぎてずっと同じ参拝者と廻る感じ!
○歩いてる人が多い!車で行くのは申し訳ないほど。
○二周目は絶対歩こうと思った。