皆さん、こんにちわ。
まいど、おおきに。北斗法蓮です。
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本日のお題目、【男たるもの】は過去記事に書かせていただいたことがあるぅ思うて、リンクするのに検索してみても見つかりまへん。タイトルとは別に記事の一節に書いたのかも知れまへん。まぁまぁ、新たな気持ちで読んでもろたらええと思います。ついでにちょっと、経典からの超訳を引用致しましょうかね。何かしら、びびっと悟って貰えたなら冥利でおます。

経に曰く、、『無諍分別経』(むじょうふんべつきょう  Araṇa-vibhaṅga-sutta, アラナヴィバンガ・スッタ)

マニアックな単語なんかに、拘らずに話す。
そう、例えば
『実在の絶え間ない揺らぎ性が、超越論的に構成された同一性により回収されうる必当然性が云々すんぬん、、、』みたいな、哲学方言を云われても、哲学オタク以外は『はぁ?オマエ何ゆーとんねん?何のこっちゃ?』となりますわな。
或いは、
『このビジネスモデルにおけるソリューションは、あなたのモチベーションをシステマティックかつ、エレガントにキャッチアップしますよ。』みたいな、ビジネス方言を云われても、横文字オタク以外は『はぁ?』となる。
亦は、
『カイヤーにエッカーガタを向けて、サンマサンカッパでサティしなさい。』≒「身体に集中し、正しい思考をもって気づくようにしなさい」みたいな、仏教オタクか仏道家しか知らんで当然のような、云い方されても相手はサッパリ?ですわな。相手より良く知ってるぞ!へへん、どないや?そんなチンケな優越感に拘らず、相手に合わせて柔軟に分かりやすく話すこと。それが最も賢い人なのです。

他人を貶すのは無論、実は褒めることも亦、相手の自尊心を同様に刺激することを知りなさい。賞賛することも非難することもしてはいけない。では、どうするのか?『こうすれば、こうなる』と法則のみを指摘すれば良いのです。これは様々な生活場面や、セリフが絶妙な映画のワンシーンでも見受けられます。理解すれば特に注視せずとも、そこかしこに垣間見れますよ。

実例としては
瞑想修行している人に、『そーゆー煩悩だらけの愚かな瞑想法だと、自分が苦しくなるだけですよ』なんて云われたら、ムカッとしますわな。これは非難です。逆に、『あなたの瞑想法は、煩悩に惑わされることなく正しい実践ができていますな』これは賞賛なので、相手を浮つかせます。どちらも自尊心を良くも悪くも刺激してます。賞賛でも非難でもなく、自尊心を刺激することなく単純にあなたが、『煩悩に惑わされない瞑想をすれば、苦しむことのない正しい実践となりますね』とだけ云えば、客観的に法則のみを語ることになります。それが、相手のためにも語った『あなた自身』のtまにもなるのです。
以上、パーリ仏典経蔵中部(中部経)第139経 超訳

男たるもの
鋼を超えた、金剛(ダイヤモンド≒地上で最も硬いもの)なる、揺るぎなき精神力を持て
但し、相手を打ち負かすのではない。遣り込めるのでもない。優越勝敗をつけてはならない。

臆するな
怖気づくな
拗ねるな
不貞腐れるな
いちいち傷付くな
縋るな
甘えるな
足るを知るな
怯えるな
舞い上がるな
狼狽(うろた)えるな
動じるな
取り乱すな
慌てるな
怠るな
飛びつくな
自慢するな
謙遜するな
まだまだ馬鹿だと知れ
もっと賢くなれると知れ
己に奢る以上に人を歓ばせ
己以上に人の誉れに尽くせ


『満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。 同じく、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い。 そして、その豚もしくは愚者の意見がこれと違えば、それはその者が自分の主張しか出来ないからである。』
ジョン・スチュアート・ミル


『人間および一般的に理性的な存在すべては、目的自体として存在し、誰かの意思によって恣意的に使用されるための手段として存在するのではない。』
イマヌエル・カント



ぜひ、一度はPC版でもご覧ください。
本日の講釈はこの辺にて。ほな、さいなら。
毎度おおきに。有難う御座いました。
平素ご高覧に感謝致します。

結願
全世界核廃絶武装解除 Prayers for World Peace.
全人類が共に尊み、共に助けあい、共に慈しみ合いますように
We've to do Heavenly Rapture Pure Land construction.
皆さんに聖天様のご加護賜りますこと。日々祈念致します。

感謝合掌 北斗法蓮