この台詞、ご存知の方はご存知のアレでんがな。
私と武掌さんが、あと音羽さんが(あ、あの方は女性だけどw)その他、同じ匂いのする男たちが愛して止まぬ、例の伝説の映画の、伝説の台詞のひとつですわ。
ねぇ?武掌さん。武掌さんって、変換せんから登録しときましたw

話し戻しまっけど・・
一見、女を卑下する或いは侮辱する、男尊女卑のブタ野郎が如き、よもや時代遅れの男が吐きそう言葉だと、そう理解されがち受け取られ気味でっけど。

実は、この台詞を脳裏に刻みし男たちにとって、これは単に、床上手なだけで料理ひとつまともに作れん女は要らん!っちゅう、そーゆー浅い意味ではおまへんねや。

まー、料理すら出来んのなら、そこしか抑え場所ないやろ?、それもマグロやと最悪やろ?・・とは思いまっけどw
女も千差万別、男っちゅうてもイロイロ。料理なんか出来んでも、そこはいっちゃん大事!っちゅうのも居てまっしね。


先日から娘が帰って参りましたのは、既に皆さんの知る処ではありますが。どうも、私と家内にとっては娘は娘でのぉて、どうやら孫のような感覚なんやのぉ・・と思い始めました。

例えば娘は、自分の皿もコップも何にも洗いまへん。ただ、シンクに持ってくるだけです。ときにはテーブルに放置。
出戻り娘と入れ替えるように、上京した息子はと云うと、奴は家族揃って食事したときは、娘と同じようにシンクへ運んで水をかける程度ですが、遅く帰宅して既にシンクがピカピカの状態で自分が最後に食事すると、ちゃんと自分の食器は洗ぉてました。

いや、たまに私がダルいときなど、フライパンなどごっちゃごちゃに置いてあるものまで、ときには洗ってくれてました。
そんな息子とつい対比してしまい、息子に比べ娘は・・女のクセにと。フツーこうなりまっしゃろ?最初はムカつきましたが、娘の顔見たり、声聴いたりすると云えんようになります。もぉええわ、コイツはコレで。みたいなねw

然し、あんなんで能ぉ一年も、朝六時に出勤の職人の彼氏の弁当作りぃのやってきよったのぉ〜と思うワケですわ。
そこで昔っから私がずぅっと云うて来た言葉を思い出し、娘にも云うたんです。
「そやからムリすんなっちゅうたやろ?」と。ガキの頃から付き合う女にそう云って来ました。ムリしとんなコイツ・・と思えば。

なぜなら、娘もそうでっけど元々料理嫌いな奴が、ムリして料理する。ホンマは嫌でたまらんけど、そこにただ、"好きだから"、"愛してるから"と云う感情が唯一の機動力となっておるに過ぎんのです。しかもそれは非常に危うく聊か脆いモンです。

相手に同じように確かに、"愛されてる"と云う、不確かなモノが唯一なる支えなんですから。当然、その愛に疑問を感じた時点で、「こんなに尽くしてんのに」「こんなに一生懸命してんのに」(大嫌いな料理を、貴方が望むから嫌な◎◎◎もなにもかも)「なのになんで愛してくれないの!」となるワケですわ。

も、ワンパッターンっちゅうやつです。ムリしとる自分がそこに常に存在するから、日頃から鬱積された辛抱しとるタガが外れてギャー!ってなるワケですわ。そやからムリすんなっちゅうんです。
頼んでへんねやから、そんなムリを私の場合。それを勝手にやって勝手にギャー!っちゅうんやから、反って迷惑極まりないっちゅうねんw。

家内もおんなじクチでんな。
娘がまだ小学生の頃、能く家内に訊いておったそうです。
「ねぇねぇ、今日は来ないの?(←私がね)」「どうして?」と家内が尋ねると、「だって、あの人が来るときはご飯がいっぱい出てくるんだもん」と、そう云うたらしいです。

この会話から当時の娘が何を云わんとしとるかお分かりでんな。
家内も料理嫌い、なのに私と交際当初は、頑張って作る。ずっと続かんと分かってても、男は嬉しいモンですが、資金繰りに苦しなったら、即座に閉店するような食いモン屋と同じですから。

そうなればその程度っちゅうことに留まってしまいますわな。
そもそも主婦業自体が嫌い、家事も育児も日曜大工も全て夫が手伝うのが、嫁はんの常識。私の常識は、そのど反対。能ぉ夫婦やっとんなって思いまっけどw。

ルパン三世のような生活したいと云うので、
「アホか?ルパンは遊んでるように見えても、命懸けで仕事して尚、世界警察に追われて生きとるんやで。それがしたいんか?」っちゅうと、「じゃあ、仕事しないルパンがいい」とかワケ分からんこと抜かしますw。

料理が元々好きな女性は、男への恋愛感情の程度がどうであれ、ちゃんと作ります。結論は、女が料理してくれたからって、惚れてる度合いと、その愛の永続率は推し量ることは出来んっちゅうことですわ。

旦那操縦のカリスマ・落合監督の奥さんが、
「男を操るには胃袋を掴め」と云いました。確かに男は、往々にして料理が出来る女が好きでんな。それは事実です。キチンと手料理食わしておけば、旦那も浮気せんし、子供もグレんとも云われます。それも事実でしょう。私みたいな想定外の男を除けば。

能ぉ女性に母親像を被らせる男が多いそうでっけど、マザコンやのぉても大抵の男はそーゆー部分ある思いまんな。要するにそこに、女=母やのぉて、母の向こう側に女を見とると思いまっけどね。

私の母は、そないに料理得意やなかったし、アレこれ食いたいっちゅうても、「ウチはレストランじゃないんだからね!」と叱咤されましたが。それでも好物は能ぉ作ってくれましたね。五人兄弟ですから、いっつも大皿料理。それが嫌でねぇ、二人兄弟の友達ん家行けば、一人ずつレストランのように料理が出される。あれに憧れましたね。


男自身が料理出来る出来ん関わらず、下手クセでまともに作れん女でも、本見ながら散らかしながら一生懸命してくれれば嬉しくも感じることもあるでしょう。またこの歳になれば、更に健康も配慮してくれれば尚感謝の気持ちも芽生えるでしょう。

ただ、既述したようにムリすれば、我慢の糸はいつかプツンと切れましょうし、あくまでも料理の内容どーのこーのより、そこにその仕草に行為そのものに、男にない女らしさを感じるっちゅうことが肝要なワケで、これがタイトルの例の台詞の深い部分に繋がるんですわ。

どんな料理でも、その先に愛があるのかないのか?
愛がなくても料理はナンボでも作れますし、愛がなくとも◎◎◎も出来まっしゃろ?しながら他の事も他の異性も思い浮かべられるし。なんせ目ぇ瞑ってまっさかいね大抵。特に日本女性は。抜群のメディテーション空間でしょw

外人さんは結構、目ぇ開くけど。開けすぎやろソレっちゅうぐらいw。まー兎に角、目の前に置かれた現実が、そのまま全て真実とは限らんっちゅうことでんな。何事も。のほほ〜〜んとした男性陣よ、せいぜい眼力を養のぉて、お気を付けやすw。


北斗法蓮の愛娘


来年、成人式のため、きょうび何や・・
前撮りっちゅうんですかね?着物をこの時期から着付けて、先に撮影してまうらしいでんな。詳しいことは知りまへんが、モデルに選ばれたそうで娘も今度、東京のスタジオ行くらしいでっけど。

「オイ、それ案上ぉ調べたんか?エロビちゃうんかい?」と、着物屋に同行した家内に訊きましたが、「分かんない」と相変わらず頼んない返事w。
いやね、甘い華やかなモデルの世界を餌にした裏商法、ナンボでもありますさかいね。私はそーゆー裏をずっと見てきたんでつい、まともにモノを見る習慣がないもんで。

クセの話しに戻しまっけど・・
この、男のクセに女のクセにっちゅうのは、仏教で云う処の分別のひとつですさかい。執着、確執、決め付け、拘りのうちでんな。

男はこーでないとアカン、女はこーと。
私はずっと長年、それこそハナタレ小僧んときから、男は強く男は男らしくと生きてきました。この世には基本、男と女しか居らんのですから、それぞれがそれぞれの魅力を磨くに懸命になるからこそ惹かれあうのやと。

そない思ぉてますし、どちらも人間ですから似たとこはあっても、全く違う生き物ぐらいに思ってます。100%理解し合えるのはムリやと。諦めやなしに、互いを互いのままありのまま認め合うのが自然やと、そない思うてます。

が家内などは、女はこーやあーやと決め付けられるんが我慢ならんようで。然しそう云いながらも、「何であーしてくれないの?こーしてくれないの?」「他所の旦那は皆やってるよフツーだよ。」と云います。

それこそ、理想の亭主像はこうだと云う決め付けでしょ?w
そやからええ加減にせんと、ど発狂モードのスイッチが入った私に、「オドレはそやから人に依存しとるっちゅうんじゃボケコラ!」「主張したかったら一人で生きてみせる腹くくらんかい!」と、ズタズタのボコボコにされてますw。一向に懲りんヤツなんですわホンマ。



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毎度おおきに。


感謝合掌
北斗法蓮 百拝