冒頭にわたくしごとで失礼致します。
マジシャン高橋サン。貴方には毎度乍ら本当に恐れ入ります。
待ち構えていたかの如くマッハのコメント、しかもほぼ毎回毎回。なんともお礼のしようがありません。
一時期、ブログの更新を滞らせていたときも、たま〜に記事を書いたのに、それにも関わらずに更新直後、ソッコーでメールか、コメントをくれましたね。ということは、ほぼ毎日読んで下さってるのでしょう。本当に有難う御座います。
貴方は私よりも、背が高いし、学歴も高いし、年齢だって上、人生経験豊富な先輩です。一流企業の部長さんとして人望も厚い。お声も読経に向いていて大変いい。聴いたことはありませんが、唄もきっとお上手なのでしょう。まぁ顔に関してだけは、人の好みによりけりでしょうが。(笑 それでも貴方は、ずっと慕って下さいます。有難いとしか云えない。とは、このことで御座いましょう。まさに聖天さまのご加護そのものであります。

そして先日、ご自身のブログ、【僕の彼女はヴァイオリニスト】の中で、当ブログへのリンクに関する紹介文を、わざわざ書いて下さり、その上この愚髭のことを、『親友』。という肩書きでご紹介下さいました。よく何十年来の親友とかって聞きますよね。この歳でまさか、『親友』と、呼んでくれる相手が現れるとは、夢にも思っていませんでした。

因みにグーグルで『親友』、と検索すると、なんと277万件もヒットしました。すべてが『親友』の定義を述べているページではないにせよ、自分にとっては、想像をはるかに上回るヒット数でした。それだけ『親友』について、ナンやかんやと語られているということですよね。
地元の親友、幼馴染の親友、元彼の親友に口説かれてる(笑 とか、色んな親友の形があるものなのです。自分は今までの人生で、男に限りますが、本当の親友と呼べる相手はいませんでした。常に周囲の男は敵か部下。それがほとんどでした。あとは利害関係にある、ビジネス上の上っ面な信頼に結ばれた相手。それと片手で数えられる、ほんの数名の恩師。

女性の方はすいません。親友どころか友人にもなれません。恋人か否か。そのどちらかだけでした。(友情は不変といってよいが、色と恋が絡めば話しは別になる:シェイクスピア)それだけに、彼の表現して下さる『親友』。という言葉自体の重みを、非常に強く痛感せずにはいられないのであります。決して素直に受け入れられないのではありません。正直にいえば、とても気恥ずかしいのであります。

ですから、そんな理由もあって、自分は彼のことを、『伴侶』。と、呼んでおるのであります。伴侶とは、かけがえないのない、〜にめぐり合えたなど、伴侶≒配偶者、即ち異性を差すのが一般的ですが、伴侶の侶は僧侶と同じ文字を用います。
マジシャン高橋さんとは、白蛇信仰を発起点とし、聖天さまに因って確立された、神仏とのえにしにより頂戴し因果関係から、一生を伴に仏道を歩む。という意味合いで、そう表現させていただいております。

(友情のための最大の努力は、友人に我々の欠点を見せることではなく、彼に彼の欠点を悟らせることだ:ラ・ロシュフーコー)敢えて『親友』と呼ばせて頂けるなら、この世に二人と居ない、『唯一無二の親友』として、末永くお付合い頂きたい次第で御座います。愛する彼女さん共々、今後とも宜しくお願い致します。また、貴方と二人で言問橋の袂で唱える、弥陀経を心待ちにしております。・・って、なんだか、マジシャン高橋さんとの交換日記みたいになってしまいました。懐かしっ(笑。


さてさて、本日の本題に入りましょう。
自分はとうとう無関係でしたが、GWも完璧に終わり一週間経ちましたね。皆さんはご家族、恋人、友人知人と、愉しい時間を共有し合えましたでしょうか。

「うーん。久しぶりの仕事は気持ちええで!仕事したぁてしゃーなかったのぉ!」
「あ〜ぁ。まだ仕事かいな〜くっそダルイのぉホンマにぃ〜」。
貴方の休日明けの感想は、どちらでしょうか?

後者の方。まぁまぁ、そうおっしゃらず。無事に休暇が過ごせて、また戻れる職場があることに感謝出来たら、随分と仕事の取り組み方も違うかも知れませんよ。自分がよく通う図書館に向かう途中、ハローワークがあります。いつも駐車場に入れない車が、ヤマダ電器の開店セールのように、道路にはみ出し大渋滞しています。
喫緊の課題であろう、「2009年問題」。大手企業を中心に横行される、「派遣切り」「内定切り」「人員削減」。3月までに9万人近い非正規労働者が失業するとされ、年明け早々から雇用不安の報道が溢れましたね。

「ナンであんな会社に喜ばなアカンねん?」
ウザイ上司のため? セコイ社長のため? 家族のため? いえいえ、とんでもありません。貴方や貴女自身のためです。 また、外為ドッドコムのCMみたいになりましたが、気の持ちようひとつだということです。


事業を営んでいたころ、弊社の求人広告にはいつも、『愉しくなければ仕事じゃない!』と、書くよう指示してきました。自分のやってきたビジネスのほとんどは、エンドユーザー相手の云わば客商売、サービス業でした。まだお店が小さかったころは、面接に最低でも一人一時間以上費やし、全て自分が行なっていました。

お店が増えても、どのお店のバックヤードには、自分が書いた社訓や接客の心得など、所狭しと貼られていました。その中の一つに、『売り場は舞台だ。主役を張るのも、端役になるのも自分次第。どうせなら主役を演じよう!』というのがありました。自分自身が商品の一部。社員全員がタレント意識を持つように教育してきました。
それは、不動産でも家具でもジュエリーでも、商品説明が上手く出来る人が、決してトップセールスとは限らないからです。だったら、製造メーカーや技術開発者がトップでしょう。そうではなく、どこにでもある、どことでも同じ価格のモノが、売れるか売れないかは、セールス自身の魅力なのです。

「このお店は近隣他店や競合店から、こっそり視察に来られるようなお店です。お客様にとって、従業員はみな同じ。ベテランでも新人さんでも、バイトでも社員でもね。貴方が大きな買い物をする際に、選り好んでまで頼りなさそうな新人さんのところへ行かないでしょう。」

「だから、君がプライベートでどんな人格であろうと、ボソボソ話そうと、笑顔を見せなかろうと、一向に関与しない。ただ、この店のドアを潜ったら再びドアを開けて出て行くまでは、この店の看板を背負っている誇りを持って、お客様に接して欲しい。この店に来たいんじゃない、君に会いに来たいと思ってもらえるように。」

「何よりも仕事を愉しもうや。あ〜今日もバイトかぁ〜ダリィなぁ〜と思うだけで、時間が気になって仕事も辛いだけ。よしっ!今日はバイトか!いっちょ愉しむか!と云う気になれば、仕事もうんと楽になる。自分のためにね。」

「その代わり、ウチはどこよりも高い報酬を払います。なぜなら、みんながイキイキ頑張るからです。利益が上がってるからです。逆に例えば自分がお店に来て、接客が悪く気分を害されたら、二度と来たくないでしょう。」

「文句を言って下さるお客様は神様です。大抵のお客様は、ただ黙って来なくなります。これをサイレントマジョリティー(沈黙する大衆)といいますが、そうやってお客様が一人二人と減っていったら、売上げが減り利益も減れば、給料だって払えなくなります。」

まーまーそんなことを、とうとうと話してきました。聞くほうはダルかったと思いますが。読む方も長々とすいません。ついつい、当時を思い出して熱く語ってしまいました(笑。 しかし、お客様商売とは何か。を、少しでも肌で感じてもらうため、愉しく働いてもらうためでした。(ここまで書いたら、元・従業員が偶然コレ見れば、なに坊主やってんだ?ってバレバレですね(笑。)


まぁ兎に角、経営者がこのような考えや取り組みを行なっていなくとも、自分の心の持ち方次第で、愉しく仕事が出来れば、アイデアも豊富に浮かぶでしょうし、成績も上がるでしょう。別に、実績と無関係な仕事においても、少なくとも自分自身が今より楽に仕事と向き合うことが出来ると思います。
(不思議なことに、他人の仕事は楽に見える。しかも、他人がいい仕事をすればするほどに、それは楽に見えるものだ。:エデン・フィルポット)

本人の思い違い、正当化にもよりますが、仮に仕事というものが、人を騙したり、搾取したり、不幸にするものでないものに限られるのなら、この世に存在するすべての仕事に不必要なものはありません。この世に元々、不必要な人もいません。
皆がみんな、人の嫌がる仕事、疲れる仕事、汚れる仕事、危険な仕事、一見つまならなそうな仕事、を一切誰もやらなくなったら、普段、全く無関心に利用している商品やサービスが受けられなくなって、結果私たちだってきっと困るでしょう。

そんな仕事が陪審員制度のように、市民交代制になったらどうします? 払ってる税金の多い少ないでここまでは免除とか。・・いやでしょう? だから、そんな人たちにも感謝しましょうね。そして、そんな仕事をして下さってる方々は、感謝してくれてる人もいるんだって、誇りを持って頑張って下さいね。
(昨日より今日は、もっと愉しく過ごそう。そうすれば明日は今日より、きっともっと愉しく過ごせるはずだから。:かつての社内掲出物by法蓮)
(貧者は昨日の為に働き、富者は明日の為に働く。:二宮尊徳)


仕事とは、単なる仕事=Work・Job・Task・Business。これらは責務の重要さや、従事する構え方など違えど、どれも基本的に同じです。自分は、かつて本当にお客さん商売が好きでした。確かに一時期、(ってかずっと)一生懸命遊びもしましたが、その代わり一生懸命、遊びもしました(どっちも一緒やないかい!)(笑。

ハイ。仕事もしました。しかし、それは家族のためではなく、世の中のためでもなく、私利私欲がための仕事、つまり私事(しごと)でした。自分は家族のために生きて来れなかった人間ですから、家族を養うために我慢する人は尊敬しますし、「ただ、食べるがための仕事」を、せざるを得ないのも分かりますが、いやいや適当にやっているのは、死事(しごと)です。また、自分の可能性に挑戦しないでいるのは、立ち止まったままの止事(しごと)です。

これからは、私たちが取り組むべきは、志事(しごと)です。
神仏と両親、ご先祖に与えれし自分の御霊、魂を磨きに磨き、生まれし死にゆく使命を全うする、赤心(せきしん:ウソや偽りのない、清浄なる透き通った真心)で、己の道を生きること。
どう生きるのかではなく、なぜ生きるのか。それを儚からずとも、教えて下さるのが、今の自分にとっての仏教であります。仏道とは、生きる教え、仏の智慧を最大限に活かし歩む、(仏の弟子たる)人の道で御座います。

『明日ありと思う心のあだ桜。夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは。:親鸞聖人』
『生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く。死に死に死に死んで死の終わりに冥し(くらし):遍照金剛空海』。まさにこれですね。
一見、暗と冥の文字から暗い印象を受けますが、実は超ポジティヴな言葉なのです。何がために生まれ、何がために死ぬ(生きる)のか。無明と光明は表裏一体でありましょう。ですから、毎日を自分自身で光り輝かせようぜ!。と仰っているのです。

皆さん、人の命なんて儚き人の夢と同じで御座います。ならば、「無明の闇≒後生暗い心」に惑わされず、見事に燃え尽きてやりましょうよ。華麗な命の華を咲かせましょうぞ。

なんかまとまってないような気もしますが、本日はこの辺りにて。
ご拝聴、畏れ入ります。有難う御座いました。


感謝合掌
法蓮 百拝




〜編集後記〜
以前、「我家のお供えについて」にて、お話ししましたように、一日と十五日は忙しいのです。
事業しておるころは、五十日(ごとび)といって、五と十の付く日がバタバタしておりました。外貨も仲値が高ぶるので、為替の皮算用ばかりしておりました。そんな生活が、なんだか遠い昔のような気がいたします。

我家の神棚 ご開帳神棚も月に二回だけのご開帳。中央が天照大神、その裏に大山祇大神。向かって右が住んでいる地区の産土神、五霊神社のお札。左が九頭竜神社のお札です。

空っ風群馬、穏やかな春は一瞬です。
金属音のように奏でる連日の強風で、冗談ではなく、桜の花びらはソッコーで吹っ飛び、チャリンコに乗ったオバチャンはひっくり返り、昨日も飛び散ったテレビのアンテナが道路に落ちていて、車が跳ねて子供にでも当ったらと、そこん家に届けたりしている内に、あっという間に春は終り、蒸し暑い夏がやってきます。花粉も勿論、飛びまくりです。花粉症の方が群馬にいらっしゃる際は、完全防御のフル装備で臨まれた方が賢明ですよ。来ない方が一番ですが。(笑 


榊榊も日持ちが悪くなって参りました。冬場は一ヶ月以上持つのですが、半月が段々苦しくなってきました。真夏は半月も持ちません。画像の榊は左から順に、半月づつ経過したものです。榊を買うときは、取り繕ってある表ではなく裏を見て、虫食いが少なく、葉の若々しいものを選びましょうね。水替えの際、根元のヌルヌルを流水で手洗いすると傷みが抑えられます。仏花なども、漂白剤をほんの少し垂らすと日持ちしますからね。



お供え物 月初めお供え物も買出しです。榊は朝一番に交換なので前日に買っておきます。菓子も一緒に買えばいいのですが、榊は近くの花屋さん。菓子は遠くのスーパーと、うまくいかんのです。先の画像が月初めのお供え、あとが月中のお供えです。ブルボンプチシリーズや、じゃがりこミニカップは水子供養。甘めの菓子が聖天さま、黒豆は大黒さま用、その他、神棚や仏壇用です。



お供え物 月中
「余は辛い酒は嫌いじゃ。」「甘いものがええのぉ。」「匂いの強いものもイヤじゃ。」と、まぁ〜なんとも好き嫌いの激しい、まるで駄々っ子のような聖天さま。しかも元々、暴れん坊将軍。機嫌を損なうと有難くありませんね。そんな困ったチャンですから、皆さんも聖天さまへのお供えには、随分と悩まれると思います。

原則、「魚肉鳥もダメ」ですから、厳密に云えば、甘い物とはいえ、クッキーやビスケットには、動物性油脂も含まれます。しかし、航空機内の宗教別配膳のようにはいきません。そこまで拘ると、お供え出来ませんからね。そうでなければ、多少は許容範囲でありましょう。

野菜か果物となれば、出し昆布や乾ししいたけなら、一年ぐらい持ちますが、そーゆーワケにもいかず(笑。 音羽さんのコメントに、バナナの比率高っ!と、ありましたが、すごく分かります。その気持ち(笑。まぁバナナなら、小分けしやすく朝バナナダイエットになりますし、傷んだらシュガースポットですから、食べごろなんですが。大変ですね〜我が侭な聖天さまは。ただし、願いをなかなか叶えてくれないと、嫌味に思いっきりレバニラ炒めみたいなモンを、もろにお供えするのは、単なる神への虐待と冒涜ですから止めましょう(笑。

半生和菓子は許容期日が短く、大抵半月もお供え出来ません。ヤマザキの「桃山」、「月餅」などは日持ちします。大根も三日も経てば、爺さんの○○○○みたいに、しゅわしゅわになって萎み、中身がスカスカになってしまいます(笑。 夏に向けてお供えは難しいですね。勤行(おつとめ)も、汗ボトの毎日が始まります。頑張りましょうね。

え? 編集後記が長すぎる? これだけで一回分の記事になる? そもそも、いつも長すぎるから分けろ? そしたら毎日書けるだろ? 御尤もで御座います(笑。 熱くなる性分でして、なにぶん平にご容赦を。それでは。